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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


■ドールハウス−ドーリィ・ラウザ−■

 それは、シノム・瑛(えい)がプラハ平和条約機構“エヴァーグリーン”の仲間の一人の情報により、暇つぶしにと、とある店を訪れた時のことだった。
(人形の店……?)
 様々なマスコット人形やら陶器人形が置かれてあり、店の雰囲気もどちらかといえば、明るい。
 店主はオールサイバーのバイトの青年のようで、女性客相手に適当に接客していた。
 何気なく、店の奥の暗闇に繋がる通路の接点に立った時。
『その映像』が頭の中に入ってきたのだ。

<ドーリィ・ラウザ……新たなる殺人兵器……>
 何者かの声が、美しい少女に向けて発せられる。その人物だけ、暗闇で「見えない」。
<ドーリィ・ラウザ……私を陥れた者を全て……抹殺……せよ……>

 ドコン、と重い音が背後からしたのは、その時だった。瑛は「夢」から現実に引き戻され、振り返る。
「あーあ……またかよ」
 オールサイバーの青年が頭を掻く。向かいの店が爆破されていた。
「またか、とは?」
 瑛の問いに青年は、
「最近ここら辺で店ごと爆破の殺人事件が多いんだよね。共通点は、この店から人形を買ったってだけなんだけど、全く迷惑な話でさぁ……それでもお客は来てくれるからいいんだけどね、俺は」
 バイトだし、と続ける青年を放っておき、瑛は野次馬を掻い潜って向かいの店に入る。やっと仲間が人形店を「紹介」したわけが分かった。
(仕事ってわけか)
 まだもうもうと煙の立つそこは、確か洋服屋だった筈だ。
「!」
 まだ店の一角が燃えている。その向こうに彼は、人影を見つけた。
「大丈夫か?」
 カラン、
 落ちてくる瓦礫と炎の隙間から見えたのは、泣いている一人の少女。瑛はやっとやってきた救護の者から水を奪い取り、自分にかけると、炎の中に入って行き、なんとかその少女を保護した。
「あの店の子か?」
 安全な場所───自分の所属する本部、自室まで戻ってくると、少女に水を飲ませて落ち着かせながら瑛は尋ねた。
「…………」
 こくんと頷く少女は、緑髪の青瞳である。
「名前は?」
 更に尋ねると、少女はまた泣き出した。
「……おぼえて、ない……」
 瑛は頭に手をやった。
 爆破のショックで記憶喪失というのはよくあることだ。瑛の能力のテレパスで彼女の心を探ってみても、「何も」出てこなかった。彼女はウソを言っていない。
 連続爆破殺人事件を阻止するには。
 手がかりは、瑛があの人形店で「見た」───テレパスで感知した、映像のみと言ってよかった。
「協力者……募るか」
 果たして集まるかどうか。
 それにしても、下調べや調査は必要だと、瑛は動き始めた。



■Factor 1■

 調査を済ませ、現場百篇という誰かの台詞を頭に思い浮かべつつシノム・瑛が再び人形店に行くと、向かいの爆破された、今は鎮火している店の残骸を、「そういう」職なのだろうか───背の高い長髪黒髪の男が何かを探すようにしているのが目に付いた。
「あっ」
 先に声を上げたのは、こちらを見た彼のほうだった。シノム・瑛の連れていた少女がビクッとするのが分かる。置いてこようとも思ったのだが、それも却って危険かもしれないと連れてきたのだが───長髪の外見年齢30歳は超えているだろうと思われる男は、厳格そうな整ったその顔に優しさを添え、少女に一度微笑みかけてから瑛に向けて自己紹介をした。
「初めまして。私はシオン・レ・ハイと申します。先程爆音を聞きつけてやってきたのですが、宜しければ事情をお聞かせ願えませんか?」
 濃紺のロングコートの左袖から僅かに見えた機械の腕から「ハーフサイバーかオールサイバーか……」と内心推測しつつ、瑛も自己紹介をし、どうやら協力してくれそうだと知っているだけの情報を彼に話した。
「あの爆発でよく助かりましたね……」
 と、シオンが彼女に視線を合わせ優しい表情を再び作った、その時。新しい、可愛らしい声が瑛の背後から聞こえてきた。
「プティーラも参加。いいかな?」
 振り向くと、いつからいたのか───瞳のぱっちりとした可愛らしい、白い動きやすい服を着た、瑛が連れている少女よりも低い年齢と思われる女の子が立っていた。
「無関係な人達が怪我するの、嫌いだし」
 可愛らしい口元から紡がれる言葉は、鈴のような声と対照的にどこか大人びている。
「出来れば私も───宜しいでしょうか?」
 更に、シオンの背後から低い滑らかな若い男の声がした。
 まるで日光を嫌うかのように人形店のひさしの下に立っている、推定25歳前後と思われるスーツ姿の美貌の青年だった。
「たまには本業以外で息抜きもいいかと思いまして」
 この青年、見たことあるなと瑛は思ったが、その思考をとめるかのように彼は自己紹介をした。
「私の名前はクレイン・ガーランド。そちらの銀髪のお嬢さんのお名前は?」
 自分のことだと気づき、白服の彼女も礼儀正しくにっこりと微笑みながら名乗った。
「プティーラ・ホワイトよ。みんな、よろしくね」
「ああ」
 ようやく瑛は、声を出した。
「危険な仕事になるかもしれないが───手が多いのは助かる。宜しく」



■Facter 2■

 近くの喫茶店に行き、瑛から出来るだけの彼の調査した事等を聞いた三人の一致した意見は、「人形店に行く」ということだった。
「事件ってテレパスの行動操作系かな。暗示みたいなの。普通、不審なことが起こると噂が立って迫害されるから。人間ってそういうものだよ。そうなると犯人はアルバイトの店員さん以外だよね」
 まず最初に意見を出したのは、プティーラだった。オールサイバーに超能力はないって通説だし、と付け加える。シオンが目を丸くして自分を見ているのも構わず、彼女は「聞き込みがしたい」旨を皆に伝えた。
「マシンテレパスを使ってオールサイバーに対しても使っているかもしれないよね」
 クレインは何かを思ったのだろう、僅かに眉をしかめるようにしたが、それはプティーラの意見に対して気分を害したからではなかった。
「人形店と爆破されたあの店の関係についても気になります」
 相変わらず日を避けるようにして日の当たらない場所に陣取っていた彼は、そう言った。
「人形の店で販売された人形を手に入れた人物は爆破されているという事ですが、それは人形を手に入れた事で標的として店員以外の人物へと合図しているのではないでしょうか」
 販売された人形はどの様な形状のものなのでしょうか、と聞かれ、瑛は、
「まあ、大体どれも似たような型の人形なんだがな」
 と、持っていた書類の中から一枚の紙を取り出した。一つの人形について前、後ろ、横からの写真と、紙の端のほうに小さく「Tipe−A」と書かれている。どこか瑛の連れている緑髪の少女に面影があるような気がして、三人は思わず彼女に視線を注いだ。
「察しの通り、似てるから───色々な推測が立つ。けどな、まだ情報が足りない。だからこうして俺も人形店に行こうとしていたわけだが」
「それで───この人形を買った人物が爆破されてるの?」
 プティーラが尋ねると、瑛は「正確には、この型と『似たような』もの」と応えた。
「同じ人形でも顔つきが一つ一つ違う、とかですか?」
 ぬいぐるみのように、とシオンが、先程緑髪の少女に手渡した兎のぬいぐるみを見つめながら言う。
「そういうことだ」
 瑛が相槌を打つ。
「標的にされる人物が買うにしても、店の周りで起こっているのですから、何度か起これば不審に思いますし、購入者は同一人物か、それとも購入者の記録───それなりの品であれば保証もあるでしょうから───それから調べる事は可能でしょうか? シノムさん」
「見た感じ、あの店には能天気なバイトの男しかいないからな。店長は留守か何かなんだろう、その間ならいわば隙だらけなんじゃないか?」
 クレインの言葉に苦い紅茶を飲みつつ、瑛。
「この人形が店独自のブランド人形ならば、何らかの仕掛けを施すことも可能でしょう。設計者の事についても調べられる限り調査したいです。さすがに店内なら何もしてはこないでしょうから、まずは店に」
 クレインはそう決めたようだった。
「それでしたら」
 シオンが口を開く。
「人形の中に爆弾が仕込まれている可能性もありますし、私も行きたいです。それと調査なら、人工エスパーの実験や軍事等に利用しようとしている動きがないか調べたかった事もありますので、私の裏の情報網も使えます」
 シオンは内心この緑髪の少女が、行動操作等により人殺しの道具にされているのでは、とも思ったのだが、殺人事件とこの少女と関係がないことを祈るため、瑛に言わなかった。
「それと、『ドーリィ・ラウザ』っていうことについても調べたいかな。シノムちゃんが『見た』っていうのに出てきた言葉」
 と、プティーラ。僅かに緑髪の少女の、兎のぬいぐるみをいじっていた指が止まったのを、他の三人は気付いただろうか。瑛は安心させるように少女の頭に手を乗せ撫でてやりながら、「それは俺も気にかかってた」と言った。
「俺の情報網では今のところ何も出てきていない。シオンの『裏の情報網』ってのにも頼らせてもらうよ」
「はい」
 シオンは頷き、そういえば、と思い出したように、ポケットに入れていたものを取り出す。
「爆弾ならどこに設置されたんだろうと思いまして、残骸か何か残っていないかさっき爆破された店で調べてたんですが……こんなものが落ちていました」
 カラン、とテーブルの上に置かれたのは、一本の機械の指だった。


■Facter 3■

「心当たりっつってもなあ」
 オールサイバーの青年は、困り顔で銀髪の少女を相手に、レジのカウンターに片肘をついて顎を乗せていた。
「俺ただのバイトだし……店主は来年にならなきゃ帰ってこねーし、心当たりはないぜ、少なくとも俺には」
「おにいちゃんのことじゃないの」
 少女が小さくため息をついたので、青年は「へ?」と拍子抜けした声を出した。おかげで、さっきから人形を見ていたシオンが、瑛に見せてもらった型の人形を発見し、爆発物がないか探していたのにも気付かなかったらしい。
「これ、下さい」
 何も買っていかないと悪い気がしたのだろう、シオンは決して裕福とは言えない生活をしていたので、出来る限り小さな兎のマスコットを見つけ、青年と少女───プティーラの間に申し訳なさそうに割って入った。
「毎度ー」
 シオンが店から出て行くと、プティーラは知らない人でも見送るかのようにちらりと見ただけで、青年に顔を戻す。万が一のため、三人とも互いに知らない者同士ということにしておこうということにしてあった。瑛は今頃、合流したシオンと共に、シオンの言う「裏の情報網」を頼りに調査すべき事に取り掛かっている筈である。
「爆破されるくらいなら、その人達や関係者には心当たりがある筈よね。そういう話、聞いてない? それと、このお店から人形を買った以外の共通点とか知らないかな? おにいちゃん」
 可愛らしい少女は、しっかりとした瞳で自分を見据えてくる。少しでも協力してあげたくなったのか、青年は唸りながら暫く考え込み、思いついたようにぽんと手を打った。
「そういや一度、爆破された家族の親戚とやらがウチに文句言いにきたことがあってさ。『昔の仲間は皆殺されてる、昔のしがらみはもう解けた筈なのに、皆あなたのところの人形が狂わせた』とかいうこと言ってたな。結構若い男でさ、肩より少し長いくらいの緑髪の奴だったな」
 緑髪───と誰にも聞き取れない程の呟きを発したのは、丁度店に入ってきて今の部分を聞くことが出来た、クレインである。
「でも半狂乱だったし、すぐ家族に連れられて出てったよ。それくらいかなあ……そいつも確か人形持ってたな、大事そうに抱えてさ───と、いらっしゃいませー」
 ようやくクレインに気付いた青年が、プティーラから視線を外して声をかける。クレインは微笑みをつくり、
「部屋のアクセントに人形でもと思ったのですが、こちらのお店のブランド商品というか、自慢のものはありますか?」
 と尋ねた。うまいな、とプティーラは思う。うまいなと気付く彼女もすごいものだが、本人が自覚しているかは分からない。
「当店自慢の商品はモロにブランド商品だけど、今話題の人形だからなあ……やめといたほうがいいぜ、お客さん」
 と言いつつも一体の人形を持ってくる。50センチちょっとのその緑髪の人形をくまなく見ていたクレインは、ちらりと意味ありげにプティーラに視線を送ってから、青年に尋ねる。
「これはすばらしいものですね。今話題の人形ということですが、購入した人物はどんな方なのでしょう?」
「愛好会でも作ろうってのか? まあ生き残ってる奴がいるかは分からないけど、その人形なら店長に購入者リストつけとけって言われてるから分かるぜ」
 と、名前を上げ連ねていく青年。どうやら、購入者は多数に渡っているらしい。
「店長って、なんて名前の人なの? あと、『ドーリィ・ラウザ』って言葉に聞き覚えある?」
 最後の質問としてプティーラが尋ねると、
「店長はジェス・ニイムラって名前だけど、その言葉には聞き覚えねえなあ……」
「すみません、ではこれを一つ下さい」
 クレインが頼むと袋に包みながら青年は、
「気をつけてくれよ? これ以上なんかあったらマジで店の評判落ちかねねーから」
 と、心配そうに念を押し、「ありがと、プティーラも帰るね」とクレインとほぼ同時に出て行くプティーラを、「ありがとうございましたー」と気だるげに見送った。



 落ち合う場所は、意見を出し合った喫茶店に決めていた。
 プティーラとクレインが戻ってくると、シオンは興奮したように立ち上がった。
「やっと、少しですが情報が掴めましたよ」
 二人が座ると、シオンは極力声のトーンを落として皆に報告する。
「西暦2043年。何が起きたかは知らない人はいないと思いますけど」
「審判の日ね」
「大規模な世界破壊の日……それが何か?」
 プティーラとクレインが身を乗り出すのとは逆に、既にシオンと共に情報を知った瑛が、少し難しい表情をして、少し離れた席でホットケーキを食べる緑髪の少女の面倒を見ている。少女は少しずつ打ち解けてきたようで、兎のぬいぐるみをしっかり握り締め、まだ不安そうにしながらも微笑みを見せるまでになっていた。
「その日の前後に、人工エスパーを作ろうとしていた研究員が研究所もろともに、反対派の過激派によって爆破されているんです」
 シオンの読みは、ある程度当たっていた。彼の裏情報によると、人工エスパーを作ろうとしていた研究所の名前は「ドールハウス」。そして、人工エスパーとされていた軍事用、兵器にも使える対象となった人形達のことを通称「ドーリィ」と呼んでいたこと───兵器の為作っていたとはいえ、研究員達は人形達にとても愛情を持っていたこと等。
「あ、クレインさん。結局その人形買ってきたんですね」
 ようやく気付いたシオンが、彼の腕に抱かれている包みを見やる。
「ええ、こちらも少しだけですが分かりましたよ」
 クレインが言い、プティーラが、バイトの青年から聞いたことを話した。店長の名前を最後に言った途端、瑛とシオンの表情が同時に厳しくなる。
「なんですって───」
 シオンは、ゆっくり腰を下ろしながら、言った。
「その───『ドールハウス』の所長も35歳の若さで亡くなったのですけれど……名前、ジェス・ニイムラというんです」
「「!」」
 プティーラとクレインは同時に息を呑み、パサッとシオンが置いた書類の一枚に写っている写真の青年を見て、顔を見合わせた。そこに写っていたのは、緑髪の美しい白衣の青年。片手は、今クレインが買ってきたばかりの人形と殆ど同じと言ってもいい、瑛が保護した少女と同じ背丈の緑髪の人形の手を握っていた。
「───見えて、きたかもね」
 プティーラが、ホットケーキを食べる少女を見ながら言う。クレインは静かに大きく一呼吸すると、
「人形の設計者はジェス・ニイムラ氏と考えていいのでしょうか」
 と自問自答のように呟くように言いながら、包みを解いていく。暫くあちこち見ていたが、
「どこにも商標とかないんですよね」
「そうなんです。普通それだけ愛情を持っていた人形であれば、商標があって然るべきだと思うのですが」
 と、こちらも一番に人形店で人形を調べていたシオンが相槌を打つ。
「愛情を持っていたからこそ、商標をつけなかった───とかは、ないかな」
 プティーラが、オレンジジュースを飲みながらぽつりと言う。その可能性もある、とシオンとクレインは黙り込んだ。
「まあ」
 瑛がやっと、口を開いた。少女もホットケーキを食べ終わったらしい。
「今日はもう遅い。月がこんなに見え始めてる時刻だからな───各自俺のジープで送ってくから、続きはまた明日にでも」
 頷き、喫茶店を出て、瑛のジープが置いてある、広い駐車場まで来た時、プティーラが考えるようにして呟いた。
「でも、ドールハウスにドーリィって……じゃ、『ドーリィ・ラウザ』っていうのは人形の『ひとり』の名前なのかな?」
 ───途端。
 瑛の手を振り解き、緑髪の少女がガタガタと震え出した。
 どうした、と瑛が尋ねる前に───人影に気付き、シオンとプティーラ、そしてクレインと共に振り返る。
 そこには、人形店にいた青年が立っていた───緑色に、髪を染めて。



■哀しき人形の夢■

 夜になると姿を変える生物の事は、本や映画等で見たことがある。
 だが、実際に「それ」を現実に見たのは、全員が初めてのことだった。
 青年は見る見るうちに姿を変え、シオンが先程出した写真のジェス・ニイムラその人そのものになった。恐らく、髪の色が緑に変わったのも「夜」になったからなのだろう。
「にじゅう……じんかく?」
 プティーラが誰にともなく呟くと、「いえ」とクレインが彼女を後ろにかばいながら厳しい表情で応えた。
「似たようなものではあるのでしょうけれど───多分、違います」
「あぶないくすり、とか……」
 更にそのプティーラを自分もかばいながら、シオンが言う。
「本人に説明してもらいましょう」
 瑛も、緑髪の少女を後ろにかばいながら頷く。もう片方の手は、愛用の銃をいつでも出せる位置につけていた。
「そうだな。───簡潔に尋ねる。どういうことだ?」
 尋ねられた緑髪の青年は、くすくす笑い始めながら、言った。
「私は確かにジェス・ニイムラ本人。『こうして』気が遠くなる程の年月、私の生み出した『ドーリィ』のパーツの一粒、そう───例えば配線一本その先端のみを『使って作られた』サイバー達の『脳』にいた───死んではまた別のサイバーの脳に生まれ変わり、……今までそうして来た」
 つまり、「今回は」人形店のバイトの青年の脳に潜んでいたのだ。
「てっきり、どちらかといえば店主のことかと思いましたよ」
 名前も一致していましたしね、とシオン。
「私に脳に潜まれた者達は皆、こうして夜になると『私』になる。そして、朝になると暗示がとけ───その者達の持つ人格と記憶に『戻る』。二重人格と言ってもいいのではないかと思うがね」
 ジェスの言葉に、プティーラが眉をひそめる。
「それで、おじちゃん。どうしてこんなこと、したの? どうして、関係のない人達を爆破したりするの?」
「それが、」
 応えは、別のところから発せられた───そう、瑛の後ろで震えている緑髪の少女の口から。
「それが、……ジェス───『お父様』の最期に残った、意識だったから……」
 ただ研究熱心なだけのジェスを陥れ、仲間と共に、『子供達(人形達)』もろともに爆破された。その強い思念が、今回の連続爆破事件を呼んだのだ。
「ミツトモ・ユエ、サイムラ・ジョウ、エーリッヒ・ミューラ……」
 クレインが、人形を抱いたまま人物の名を連ねていく。ハッとジェスと緑髪の少女の視線が彼へと注がれた。
「この人形と同じ型のものを購入した人達のリストです───恐らく、過激派の子孫でしょう。人形を買わせていたのも、『夜』になって『そうなった』あなたが夢か何かに干渉して暗示を入れたのでしょう。違いますか?」
 驚いたな、とジェスは笑った。
「そこまで推理しているのなら、話は早い」
「そうね、ここまで手の内をあけたなら、プティーラたち、ころされるんだよね。たぶん、今までこうやって解決までおいつめたひとたちも消したんでしょ?」
 プティーラが少し睨むようにしながら言うと、更にジェスは笑みを濃くした。
「ま、待って下さい。あなたは───無関係の人まで今後も巻き添えに爆破し続けるのですか? 商標もつけないほど人形達を愛していたあなたが」
「商標なら、ついているさ。そして私の生んだモデルを真似て作られた人形と───ラウザさえいれば、爆破は続けられる───たったひとり生き延びた、私の子供。愛しいラウザ」
 瑛とシオン、プティーラとクレインは同時に、緑髪の少女を振り返った。もはや記憶を取り戻したのであろう彼女は、左目を痛がるかのように抑えていた。気付き、クレインが、持っていた人形の左目を食い入るように見つめる。そっと手で撫でてから指先に力を込めて押すと、コンタクトが外れ、天使の形をした商標が現れた。
「たかが人形と」
 ジェスの言葉に、哀しみが混じる。
「たかが人形と言われる苦しみが分かるか。愛情を持ち本物の子供のように名づけ育て、兵器にする事まで戸惑った私の痛みが分かるものか」
 だから───狂ったのだ、この人は。だから、こんなに年月が経っても───「生き続けている」のだ。
「この人形と、ラウザ……二人、そろえば爆破……?」
 シオンが思い当たった。爆破された店を調査し見つけた、あの機械の指。あれは、人形店の人形のものだったのだ。
「でも」
 緑髪の少女、ラウザは泣きながら訴える。
「でも、ラウザはもういや───目の前で、何度も『買われた』妹達が爆発してく。もう、やだよ───」
 それでラウザは、いわば自己防衛の形で自分の記憶に蓋をしたのだ───限界だったから。
 瑛は思い切って銃を握ろうとし、それに気付いたジェスが叫ぶように言い放った。
「さあラウザ、私のために生きるんだ。私と共に。『ドーリィ・ラウザ』───赤い花を咲かせよ」
 ビクンと、クレインが持っていた人形とラウザとが同時に痙攣した。シオンがプティーラを抱き抱えて伏せ、瑛がラウザを抱きしめ、クレインが人形をジェスに向けて放ったのは殆ど同時だった。



<ドーリィ・ラウザ(可愛いラウザ人形)……ドーリィ・ラウザ(可愛いラウザ人形)……お前は私といつまでも命運を共にする気があるかい?>
<……うん、大好きな……ジェスお父様のためだもの。ラウザはなんだって我慢できるよ……>
<いい子だねドーリィ(可愛い人形)。じゃあ……内緒でお前の機能のひとつをなくそう。お前と他の兄弟達が、とあるキーワードを言うとお前の機能が作動し、兄弟達を爆破してしまうから……キーワードはつけないでおこう、その爆破機能も……外そう>
<うん、ラウザ、お兄ちゃんもお姉ちゃんも妹や弟たちも、みーんなだいすき!>



 ───その会話は、瑛の能力により聴こえたもの。ジェスの哀しくも優しい微笑みと、無邪気に笑うラウザの姿も見えた。そう、シオンとプティーラ、クレインにも。
 確かに彼らは、瑛の能力により───炎の中に見たのだ……身体を借りたジェスが燃えて行くのと、まだ狂わなかった頃───研究員達を欺いてでも兵器の機能を無くそうとしていた、まだ「本物の時」の彼とラウザの姿を。




 ジェスがすっかり燃え尽き、跡形もなくなってしまうと同時に、ラウザもまた───動かなくなっていた。
「限りなく人間に近いのですね」
 シオンがどこか哀しそうに、呟く。
 今は既に虚ろなラウザの瑠璃色の瞳からは、オイルなのか他の何なのか───涙のように液体が流れていた。クレインがそっと瞳を閉じてやり、プティーラは無言でラウザを抱きしめた。
 後日4人は、誰も参拝にこないようなひっそりとした共同墓地にラウザの墓を建てた。隣にはしっかりと、ジェスの墓も。
「過激派のひとたちさえ爆破なんてしなければ」
 プティーラが、真っ青な空を見上げながら言う。
「兵器なんて機能もなくなってたわけだし、ジェスだってラウザだって狂わなくてすんだし、ずっと生き続けて復讐なんてしなくてすんだんだよね」
「審判の日から───あの前後の日から、どれだけの時を」
 シオンのその言葉は、続かなかった。どれだけの時を───苦しんだのだろう。それとも、狂ってしまった人間には苦しみなど無縁なのだろうか?
 言うのを堪えた彼を察し、木陰を選んで爽やかな風に吹かれながら、クレインは二つの墓を見る。
「願わくば、そう───願わくば……二人の魂がこのまま安らかに天へと昇りますように」
 私はそう祈るしか出来ません、と呟く。
 ジェスがいつか復活するかとか、人形がまだ回収し終わってないとか。証拠不充分だからと世間に真相を発表出来ずにいることも。
 彼らは、今はどうでもいいような気がしていた。
 ただ、二つの魂の安らぎを願った。
「んじゃ」
 打って変わって明るい声で、瑛は二つの墓をぽんぽんと旧友にするように叩くように撫でると、ジープへと向かった。
「帰るか。ああ、その前についでだし昼飯食ってくか?」
「さんせーい」
「私はホットケーキが食べたいです」
「では、私も便乗させて頂きましょう」
 プティーラとシオン、クレインも口元に微笑みを浮かべる。
 今日も、天気は良くなりそうだった。



 ───ドーリィ。
 ───愛する可愛い子供達よ。
 ───どうか、生まれてきたことを後悔せぬよう……私が護ってやろう。
 ───ドーリィ、ドーリィ。聞かせておくれ。また昔のように、私の教えた───子守唄を───





《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0375/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/46歳/オールサイバー
0026/プティーラ・ホワイト (ぷてぃーら・ほわいと)/女性/6歳/エスパー
0474/クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど)/男性/36歳/エスパーハーフサイバー

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、アナザーレポートのリニューアルに便乗させて頂きまして、シナリオを考えてみました。まだまだ謎の部分もあるかと思いますが、これはシリーズものにしたかったということもあるので、今後も是非、暖かく見守って頂ければと思いますv 「ドーリィ」は多分俗語だったと思うのですが、違っていて単なるわたしの造語かもしれません。というか本当に造語好きですねわたし……(遠い目)。次回もドーリィの関係で行くと思われますが、違うシナリオが上がってしまったらすみません(笑)。
また、今回は御三方とも同じ文章とさせて頂きました。

■シオン・レ・ハイ様:ご参加、有難うございますv 東京怪談ではいつもお世話になっております(笑)。中々違うシオンさんということで東京怪談のシオンさんより動かしづらかったのもありますが、新鮮味もあって楽しく書かせて頂きました。因みに、兎のぬいぐるみは、ちゃんとラウザのお墓に一緒に入れてあります。
■プティーラ・ホワイト様:ご参加、有難うございますv 一番気になっていたのが一人称の「ちゃんづけ」ということだったのですが、どうもこの口調でここまで頭が回る子なのに「プティーラちゃんは〜」とかいうのは違う気がしまして今回は呼び捨てにしてしまいましたが、これは違うよということでしたら、お手数ですがご意見くださいませ;「ドーリィ・ラウザ」の言葉に反応して下さったのはとても嬉しかったです♪
■クレイン・ガーランド様:ご参加、有難うございますv 雰囲気などは現在送られてきていたBUを参考にさせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。因みに最後、人形の「コンタクト」を外したり、ジェスに人形を投げたのは左手です。情報通のシノム・瑛ならクレインさんの顔を見て正体(?)がバレそうでしたので、早々に自己紹介に移らせて頂きました(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。またこの物語のシリーズのシナリオが出来ましたら、そして何かの機会がありましたら。是非また、お会いしたいと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2004/11/30 Makito Touko