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ひめごと
●秘め事
青年の主張、その壱。
「……くそオヤジが悪い」
帰結するところはそれだ。
天上天下、唯我独尊。
傲慢にして我が儘、女泣かせのプレイボーイな挙げ句に、母親を泣かす大罪人。
これが和紗束紗の父親論である。
和紗の言う『クソオヤジ』の血を引いているのが自分だという事に気が付けば何でもないのだが、それを自分で否定しているが故に、彼は気が付かない。
自分自身も、女泣かせであり生まれついてのプレイボーイだという事に。
プレイボーイとは言っても若干、父親のそれとは方向性が異なるのである。父親の場合は自覚した上でそれをコントロールする術を知っている。よく言えば常識人、悪く言えば意識のある朴念仁さえ演じられるワルである。
束紗の持つのは、所謂受けの良さだろう。
小さな頃から彼は年配の女性や女の子に受けは良かった。気になる子に悪戯するというでなく、まんべんなく彼は女の子にちょっかいをかけては怒られる、泣かせる前にさっと身を引いている。
天性の勘というものだろう。間違いなくこれは父親からの遺伝だろうが、それは彼には自覚されていない。
加えて、第3者から突っ込まれやすい、かつ致命的な失敗に結びつかない弱点を彼は持ち合わせている。
所謂ボケであるが、それをはっきりと見抜いているのは今のところ家族だけだ。
故に、束紗という少年は今のところ家族以外からは熱血漢的に見られつつ、家族からは冷ややかに、同時に心配されているのだが、本人はそれを余計なお世話、もしくはまた何か文句を言う為にこっちを見ているという風に感じて育ってきた。
特に、父親と末の妹からの視線に対しては彼は過剰なまでに敏感になっているのだが、それは全くの誤解だ。
それを知り得ているのは彼の妹である和紗久遠であるが、ことある毎にそれを説いても束紗は納得しない。
それどころか、最近では彼女を避ける傾向まで見せ始めている。
いや、避けているのは久遠も同じだったが……非常に複雑なのは少年だけでは無いという事だろう。
●姫事
夜な夜な、束紗は嫌な夢を見る。
夢の場面は何時も決まって彼のよく知る場所、特に家族と過ごした家の光景だ。
その夢には決まって、自分と彼女が出てくる。 鮮明な光景、それは今までの経験にはない事であり、決してあり得ない話。
だからこそ、束紗は困惑する。
少女と束紗の幼い頃からの想い出全てが嘘ではないのか、嘘であってくれればいいのにとさえ思った事もある。
今日も、夢の中で彼女は束紗に微笑んでいる。 黒いつややかな髪、梳っている自分の掌の中を流れるようにしているその長い髪は、あくまできめ細やかで濡れ羽の様に漆黒の色を変えようとしない。
少女の唇が動く。
口紅をさしている訳ではないのに、赤い情熱の色に染まるそれは、彼女が健やかであり彼に寄せる思いが上気した形で鮮やかに染め上げられている風に見える。
その唇が紡ぐ言葉は朦朧とした意識の中での束紗にははっきりと届かない。届かないのだが、困った事にその意味だけは通じてくるのだ。
――アナタガ スキ デス
幾万の人の中で、ただ独り聞けるとしたら彼女からのその言葉がどんなにか束紗の心を奮わせただろう。
幾度と無く、彼女の言葉で支えられてきただろう。
だからこそ、束紗は彼女の思いに答えてきた。 答えなければいけない。
しかし……返答する事を夢の中の彼は躊躇うのだ。
だから、少女は悲しげに瞳を伏せ、束紗の手を彼女の小さな手で握りしめる。
細く、白い指が彼の手を握りしめる。
自分の手を比べると、なんて無骨で骨張った手だと思う。彼女の指の柔らかさに、自分の手を恥じる束紗の手が逃れようとするのを彼女は許さない。
引かれる事に逆らえず、かといって彼女の手を振るえないでいると、添えた手を引いて彼女は束紗の手を自分の胸に招く。
一瞬、冷たい肌が束紗の掌に包まれる。
彼の手に収まるそれの真ん中に、突起となった物の堅さを感じて束紗の意識が手に集中する。
始め冷たいと思った彼女の双球の片房を包む自分の掌に、柔らかく、そして弾力のある張りが伝えるのは彼女の鼓動。
そして冷たいと思った次の瞬間に、内にある熱に気が付いて束紗は手の中に収まった彼女の鼓動、そして体温に気を失う程に惹かれてしまう。
涙をこぼしそうな彼女、その悲しみを止めたいと願い続けているのも真実。だが、想いに答える事が全ての解決策ではないはずなのだ。
だが、今彼の目の前に寄せられてくる赤い蕾に唇を寄せる事を止められない。
紡がれる言葉を止める様に、束紗の唇が彼女のそれに重なって……夢は終わる。
●ひめごと
「どわわわわわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
飛び起きた。
それ以上、今の束紗の状況を上手く表せる言葉が見あたらなかった。
「ゆ、夢見悪いとおもったら……」
全身、汗まみれだった。
肩で息をして、周りを見渡すとまだ日は昇っていない。
ヒーターの温度調整がうまくいかないのは最近気が付いていたのだが、開けると凍死必至の外気が流れ込んでくるのでまだ汗だくになって寝る方が良いと判断しているのだ。
だから夢見が悪かった、そう決めつけたい気分で一杯の束紗だったが、元凶が隣で寝こけている姿を見てため息を吐く以外無かった。
「実力行使はないだろ、実力行使は……」
久遠が幸せそうな表情で眠っている。
もちろん、彼女も汗だくになるだろう室温だが、なぜか体温調整など簡単と言い切る彼女は汗をかいていない。器用なものだが、呼気の調整で気を練る事を転用すれば、心拍数のコントロールや新陳代謝もある程度コントロールできるらしい。非常識きわまりないのだが、特殊能力ではなく人間が生まれた時から持ち合わせている力だとも言われている。
「で……あーーー」
とっても元気な自分に情けなくなる。
叩いてヘシ折れるならそれも良いだろうが、痛いのは自分なのでそれだけはごめん被りたい。
「……兄さ……」
元凶が起きた。
見上げてくるのは彼の妹。
自室のヒーターの調子が悪いからと、近くの男性スタッフの所に厄介になると言ってここを出ようとしたのを強引に引き留めたまでは良かったのだが……
(その時は、彼女は何故か無性に喜んで見えたのだが……)
ぎこちない生活が3日も続くと久遠もいそいそしくなってきて、しかし兄を見つめる瞳は消して外されていないので余計に積もり積もっていったのが束紗の青年の主張、その壱だったりする。
「お、おきたのか?」
声が裏返っているのが判る。
なぜなら、寝起きの久遠は寝間着である浴衣の袖が半開きになっていて、今し方夢で手にした彼女の柔らかな球、そしてその先までもがもう少しで視界に飛び込んできそうな程だったのだ。
「……おきました」
「って、起きてないだろ久遠!」
しなだれかかられて、逃げるに逃げれない体勢になる。既に腰の上に彼女の重さが乗せられて、動けばベッドを転げ落ちる壱に自分が体をずらしたが為に……既に現場はチェックメイトだった。
「おきろ、こら久遠! 起きて下さいお願いします!」
既に泣きが入っている。だが妹は起きそうな気配もなく、頬を彼の胸にすり寄せて気持ちよさげに微笑んでいる。
まるで、日だまりの中で眠りに就いている子猫の様だ。
「ん〜〜お父……似てる……」
ハンマーというか、マスタースレイブの体当たりを喰らったのと同次元の衝撃が束紗を襲う。
「……オヤジかよ! だからかよーー!!」
泣けてくる。妹が彼に懐いていた理由を知ったと、そう思った瞬間に泣けてくる。
だが、ここで彼は気が付かない。彼が父に似ているのであれば、それは自ずと天然にして自己の意識で女性を惹きつける能力があるという事に……。
だから永遠の無限ループに囚われるのだ。
青年の主張、壱にである。
●ヒメゴト
朝起きる。良い目覚めに久遠は目をこすりながら起きあがる。
寝ている最中に、何かとても良い事を聞いた様な、何かとても嬉しいことがあったような気がするのだが、それが思い出せない。
「おはようございます」
なんだか、今日は良い事がありそうだ。
目覚めと同時に兄の仏頂面が飛び込んでくる。困惑の混じったその表情は、見ていて飽きないのと同時に彼女の言葉に一喜一憂してくれる事の裏付けでもある事を知っている。
何しろ、知り合い(オールサイバー)の所に厄介になると言ったのに自分の部屋を使えと間髪入れずに言ってくれたのだ。
なんだかんだと、彼女の事を言っては居ても、困った時には結局束紗は答えてくれるのだ。
無償の愛で、今までも、そしてきっとこれからも。
だからこそ久遠も彼の事を愛している。
異性として、そして兄として。
でも、それは兄には告げない。
最後の久遠の我が儘だからだ。
きっと、それが一生かけて兄に宛てられた久遠からの意地悪なのだろう。
【おしまい】
●ライターより
遺伝です。
諦めましょう束紗君。
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