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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


エンドレス・タイ・ゲーム


 十人目。
 頭の中で勘定し、右腕を横に薙ぎ払った。
 衝撃波が荒廃した街の風景を一瞬歪める。かまいたちをまともに喰らった男は、数メートルほどぶっ飛んで壁に叩きつけられた。一応手加減はしたつもりだが、そもそも個人を対象に使う能力ではない。一度無造作に放っただけのソニックブームは、ただでさえぼろくさい廃墟を完膚無きまで破壊していた。
 また派手にやってしまった。ま、良いだろう。どうせ誰も住んでいない。もう少しスマートに片づけられないこともなったが、
「悪いな。いい加減に面倒くさくなってね」
 ――そういうことだった。何しろ今ので十人目だ。
 叩きつけられた拍子にあばらの二本や三本はいってしまあったであろうごろつきは、うう、と恨めし気な呻き声を漏らす。立ち上がる気力はなさそうだ。
「運が悪かったな。ちょうどあんたで二桁達成だったんだ」
 腕の一振りで性質の悪いごろつきを片づけてしまった東洋人風の顔立ちをした男は、素っ気無く言い捨て、身を翻した。結い上げた長髪が揺れる。
「まったく。ハイエナ並みに性質が悪い連中だ……」
 つぶやいた言葉は誰の耳に届くでもない。寂れた街の間を、乾いた風が吹き抜けていくのみ。
 瓦礫でできた山あり谷ありの廃墟を歩きながら、男――ケヴィン・フレッチャーは、未だかつてない大冒険(一部誇張)を溜息混じりに思い返す。
配達中の物資を狙った異様にしつこいごろつきの襲撃に始まり、いつ崩れるとも知れない瓦礫の山。ぱっくり裂けたアスファルトの谷。当然車は回せない。うんざりしながら徒歩で強行軍。ごろつき、山、谷、またごろつき。
(目的地までのルート選定、間違えたかな……)
 一応犯罪発生率の低い区域を選んできたはずなのだが。そしてこれが最短距離のはずなのだが。――既に日が暮れかけているというのは何事か。
(どんなところに診療所を構えてるんだよ、この依頼人は……)
 物好きな奴だ、と口の中で悪態をつく。
 仲介屋を通じて物資配達の依頼を受けたのが昨日。何でもいつもの配達人が不在だとかで、その代役を頼まれたのがケヴィン・フレッチャーだった。
 配達品の内容からして依頼人は医者。届け先も診療所、となっている。しかし、この山あり谷ありの死地を潜り抜けた先に、……診療所? もしかしなくても闇医者の類いではなかろうか……。
 ――記憶を綺麗さっぱり失った状態で瓦礫の中から救出されて、早三年。記憶は未だに戻らないものの、危険が付き物の何でも屋稼業はそれなりにこなせるようになってきた。
 記憶なんてなくてもどうにかなるものだ、と今は楽観的に構えている。少なくとも仕事に支障はない――はず、だ。今回のは例外。ちょっと特殊だ。そう思って良いだろう?
 願わくは、このリュイ・ユウとかいう医者が、あくどい非人間ではありませんように。などと、どこにいるかも定かでない神様に向かって祈るケヴィンだった。

    *

 しかし生憎、リュイ・ユウはあくどい奴であった。
 ――というのは言いすぎかもしれない。彼は至極真面目な、己の仕事に忠実な人間であったが、一旦金が絡むととにかく暴利のぼったくり、プロ意識が高いからこそ自分の能力は安売りしない――、言ってしまえばちょっとした吝嗇家だった。
 そんな彼が、不慣れな代理配達人相手に値切り交渉をしないわけがない。今月は家計も厳しいことだし、大いに値切らせていただくことにしよう――などと頭の中で算盤を弾いている真っ最中だったりする。
 時計を見る。既に夕刻。配達時間の遅れを理由にどれだけ値切れるだろうか。一時間や二時間の遅れは珍しくないことだが、相手はそれを知らないだろう。ユウの診療所は、どの方向からアプローチしてもスリル満点という素晴らしいロケーションに位置するのであった。有能な運び屋なら、三時間以内の遅刻で到着するが、さて。
 好物のカフェオレを啜りながら時計を眺めていると、果たして二時間十五分の遅刻で配達人がやって来た。なるほど、それなりに有能だ。
「……やっと着いた……」
 やって来た配達人の第一声がそれだった。
 一見するとまだ十代そこそこといった感じの、東洋人らしい青年だった。瞳は緑色をしている。国籍不明だ。
「あんたがリュイ・ユウさん? 荷物をお届けに参りました」
 ぶっきらぼうな調子で言って、青年は床に荷物を降ろす。
「ご苦労様」
 ユウは差し出された伝票にサインした。配達担当の名前は、ケヴィン・フレッチャーとある。ますます国籍不明だ。
「内容を確認させていただきますよ。座って休んでいて下さい」
「そうさせてもらう。正直、くたくただ……」
 ケヴィンは待合室の長椅子に腰を降ろすと、背もたれにぐったりと伸びた。
 ユウはそんなケヴィンを横目に荷物の内容をチェックする。包帯や点滴などの医療品、合法かどうか疑わしい薬品類、エトセトラ。特に問題はない。この荷物を担いでここまでやって来たのだから、彼の疲労は相当なものと推察された。
「珈琲でもいかがですか」
「ああ……頼む。そろそろ中毒症状が出そうだ」
「珈琲がお好きなんですか?」
「特に美味いとは思わないが、なぜかやめられない。そういうのってあるだろ?」
 習慣と化しているんだ、とケヴィン。昔の俺が珈琲を好きだったのかもしれないな、と不可解な台詞を付け足した。
 ユウは診療所奥の給湯室で珈琲を淹れると、大ぶりのマグカップで客人に差し出した。カフェイン中毒者相手にはこのくらいの量でちょうど良いだろう。
 ケヴィンは、本当にたいして美味くもなさそうな顔で珈琲を一口飲むと、ふぅっと息を吐き出した。
「随分とお疲れのようですが」
「ここまでの配達経路が……冗談抜きで、なんというか……」
「スリル満点?」
「そう。当分、スリルはいらない」
「無傷で辿り着けただけ僥倖、と言うべきでしょうね。この辺りでは臓器売買が当たり前なんでね」
「そう、まったく幸運だった――って、え?」
 聞き捨てのならない台詞を聞いた。ケヴィンは顔を強張らせた。
「身包みを剥ぐだけでは足りない連中ばかりだ、ということです。人間のパーツは高く売れますからね」
「…………」
 しれっとした顔で言い切るユウに、ケヴィンは思いっきり不審げな眼差しを向けた。
「……あんたもそういうので生計を立てているのか?」
「さぁ?」
「さぁって」
「良くぞここまで辿り着いた、おめでとう。――といったところで、お互い用件を済ませましょうか。貴方もさっさと帰りたいでしょう、夜道はスリルが二割り増しですからね」
「そうだな。経費のほうだが、身体を張ってここまで来たわけだから、その分危険手当くらいは――」
「こんなものでいかがでしょうか」
 ついているわけがなかった。
 むしろ引かれている。
「……ちょっと、待ってくれ」
 電卓に示された寒風吹き荒ぶような数字を見、ケヴィンは額を押さえた。
「はじめに提示された金額と、違うんだが?」
「ええ。ですから、値引き交渉です」
 当然、と言わんばかりにユウは言い放った。無情に。
「これはいくら何でも、引きすぎだと思うんだが」
「値引き交渉は半額から行うものですよ?」
「と、言われても」
「郷に入っては郷に従えという言葉があるでしょう」
「こんな無法地帯に郷も何もないだろう……! 値引きはなしだ!」
 ケヴィンはクールな表情を崩し、ぐわっとユウに食いかかった。対するユウはあくまで涼しい顔で、
「では妥協して六割でいきましょうか」
「それは妥協とは言わない! 値引きには応じないからな。むしろここまで死ぬような思いをしてきたんだ、危険手当の上乗せを要求したいもんだね」
「偉そうな口は仕事をきちんとこなした上で利いてほしいものですね」
「俺の仕事に何か文句でもあるのか」
「二時間十五分の遅刻ですよ」
「車が乗り入れられない状態だったんだ、二時間程度の遅れは許容範囲だろう!?」
「こちらは配達経路まで感知しません」
「しろよ!」
「遅刻したという事実は事実。プロたるもの、職業意識はしっかり持っていただかなくてはね」
「医師の職業倫理をどこかに置き忘れてきたようなあんたが言うなよ」
「失敬ですね。俺のどこを見て職業倫理を置き忘れてきたなどと」
「どこの世界に必要経費の値引き交渉をする医者がいるんだ」
「ここにいますが」
「だから職業倫理を置き忘れてきたと……!」
「埒が明かないので話を戻しましょう」
「だからっ! 値引きには応じないって言ってる!」
 今にも飛びかからんばかりの勢いで怒鳴るケヴィン。
 ふむ、と右手を顎に当てるユウ。「……一筋縄ではいきそうにもないな」
「いい加減に諦めろよ……マジで……」
 ケヴィンは力尽きて椅子にずべりと伸びた。
 思い出したように、冷めかけの珈琲を口へ運ぶ。それを見て、あ、とユウは声を上げた。
「出した珈琲の値段分は引いていただきますよ」
 ケヴィンはマグカップを傾けた状態で一瞬固まる。
「……あんたみたいな奴を、守銭奴って言うんだぜ」
「貴方が無警戒すぎるんです」
「珈琲を勧めたのはあんただろ。これは代金に含まれない」
 ケヴィンはくいっと冷めた珈琲を飲み干した。相変わらず美味くなさそうだった。
「ミルクは別料金ですよ」
「入れてないから、それも無料だな」
 ぶすっとした顔で、空になったマグカップを突き返すケヴィン。それを受け取り、ユウも仏頂面で吐き捨てた、
「貴方みたいに強情な人ははじめてですよ」
「光栄だね」
 ケヴィンは、ふん、と鼻を鳴らした。
 俺に一銭も値切らせないだなんて。要注意人物だ、と、ユウはブラックリストにケヴィン・フレッチャーの名を連ねる。
 ケヴィンもケヴィンで、関わり合いにならないほうが良し、とリュイ・ユウの名を銘記。
 微妙に不穏な空気が流れたり流れなかったり。
「では『今回は』引き分けということで」
 次は負けるつもりはないという意思表示のつもりで、ユウは値引きなしの金額をケヴィンに渡した。
「次回がないことを願うね」
 ケヴィンはうんざり顔で、危険に満ちた配達経路には見合わない報酬を受け取る。
「それでは、夜道にお気をつけて。報酬と身体の中身を盗られないように」
「たとえ臓器を抜き取られても、あんたの手だけには渡ってほしくない……」

 診療所の前で、強敵に敬意を示して互いにラフな敬礼。
 一度っきりの付き合いのはずなのに、なんとなく、どこかでまた会ってしまいそうな気がしてしまう。忌々しくはあるが、運命とやらは存在するのかもしれない。
 何にせよ、――当面、勝敗は決まりそうにない。



fin.