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第一階層【居住区】誰もいない街
ライター:青猫屋リョウ
【オープニング】
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
「やっぱここはいつ来ても静かだよなぁ。タクトニムも出る気配ねえし、楽勝だ。まるで廃品回収じゃねえか、なぁ?ま、手に入る物資も廃品回収並なのが難だけどな。あー、スーパーハッカーさんの住んでた部屋でも見つかってくれねえかなー」
男の舌は動きを止めることはない。マグナス・レイルフォードはいい加減うんざりして、既に適当な相槌を打つことすら止めていた。
同行した男は口数が多かった。名前は――さて、何と言ったか。覚えていない。もっとも、名前を覚えていようがいまいが探索にはさほど影響がないとマグナスは思うので、聞きなおす気も起きないのだが。
昨夜、マルクトの酒場で飲んでいたところに声をかけてきたのがこの男だった。絡み酒かと思えば、一緒に探索に出る相手を探しているという。特に予定も入っていなかったので、マグナスは二つ返事で承知した。
その時から饒舌とは思ったが、まさかここまでとは予想もしていない。男は実に、ゲートを潜った時から今までほとんど途切れることなく喋り続けている。唯一の救いは、男の話がマグナスに語りかけるものではなくほとんど独り言で、返事をしなくても済むことだ。
「おい、早く行こうぜ。ったく、あんたちょっと足遅いんじゃねえの。ってかさ、そんなでかいライフル担いでるからだよ。対戦車型だろ、それ?敵さんもいないようなとこなのに、そんなゴツイの持ってくる意味あんのか?」
愛用の銃にケチをつけられ、多少不機嫌にマグナスは男を睨んだ。
マグナスのライフルは特殊合金製の改造品なので見た目ほど重くはない。とは言っても、男の持っているアサルトライフルに比べれば相当重量があるのは事実なのだが。
「ここも『比較的安全』というだけで、タクトニムが全く出ないわけじゃないだろ。用心するに越したことはないと思うけど」
ふうん、とまるで意に介さないふうに男は肩をすくめ、呆れたように笑った。
「あんた、石橋を叩いて渡らないタイプだろ?」
「……それはどうも」
あからさまに抑揚をつけずに言い捨てると、さすがに男もにやけた顔を多少不快そうに歪めたが、ここで揉めるほど馬鹿ではないしく、すぐに媚びた笑みを浮かべた。
ほんの冗談だ、とか慎重なのは頼もしい、とか。あからさまに機嫌を伺う台詞を呟くと、男はマグナスと目を合わせずに先を歩き出した。
――長生きしないだろうな。
男の背中を眺めつつ、マグナスは冷ややかにそう予想した。余計な口数が多いのも、タクトニムに対する警戒が足りないのも、ビジターとしては致命的だ。
ずしりと重いライフルを背負い直して、マグナスはよく喋る男の背を追った。
無駄に豪奢なエントランスホール。ロココ調の彫像が趣味悪く配置され、実用性に乏しい全階吹き抜けの螺旋階段がホールの中央を貫いている。
天井から吊るされたシャンデリアがきらきらと光を放つ様は、見る者もない今となっては滑稽だ。幾何学模様のステンドグラスにはひびが入って、落ちる色の影はいっそう風変わりな模様を描く。
「洒落たコンドミニアム、ってところかね」
「リゾート地には程遠いけどね」
男の台詞の後を取ってマグナスが続ける。軽口に付き合って貰えたのが嬉しいのだろう、男は機嫌よく笑った。
「ここなら少しはマシな物がありそうじゃねえか?なぁ?」
上機嫌なままに男はぐるりとホールを見回す。
確かに高級住宅らしく、調度品一つ見ても相当値が張るものなのは判る。だが、美術品やアンティーク家具などは幾らあっても値がつかない。これが値打ち通りに売れたらどれだけいいかと、マグナスはいつも思う。
ため息を突いたマグナスとは裏腹に、男はうきうきと螺旋階段を登り始める。警戒心のかけらもない――銃すら構えていない様子にマグナスは眉をしかめる。
「ちょっとは警戒しろよ、タクトニムがいないとも限らないんだから」
「あ?平気だよ」
大きく手を振り、男は肩をすくめる。抱えたライフルを軽く示して見せ、
「競技会でトロフィー取ったことあるからな」
開いた片手で銃の形を作り、マグナスを撃つ真似をして見せた。
ただの冗談か、本当に自分の腕に自信があるのか。どちらにしろ警戒心を欠いているということに変わりはなく、腕が良かろうが悪かろうがその点は最悪だ。組む相手を間違えたと痛感する。
「あんたも早くしねえと、俺が全部頂いちまうぜ?」
銃が重くて上がれないかもな、と余計な一言を付け加え、マグナスに睨まれる前に男は階段を駆け上がっていった。
マグナスは周囲にざっと視線を巡らせてタクトニムの気配がないことを確認し、階段に足をかけた。男はもう随分上を行っている。追いついたほうがいいかと少し足を速め、マグナスは数段を駆け上がった――。
「――!?」
ぴり、と肌がざわついた。
刺すような殺気。不自然に空気の流れが変わる。
一瞬、光源が遮られ、不気味な影が横切る。
反射的にマグナスは上を見上げ、そして。
「――……」
まるでスローモーションのように見えた。
吹き抜けの上から飛び降りてきたのは赤黒い生物――通称ケイブマンと呼ばれるモンスターだ。階段の手すりに手を掛け滑り降りて来る。
鉄よりも硬く、刃物より鋭い爪を剥き出しにして。
そして、白い大理石の階段が鮮血で染まった。
やはりと言うべきか、先を歩いていた男が犠牲になったのだった。自慢の射撃の腕を披露する間もなく、男の体は手すりを乗り越えてマグナスの目の前に落ちた。
マグナスは咄嗟に身を翻して手すりを飛び越えた。ライフルが重石になって背中から床に落下する。
ケイブマンがマグナスのいた場所まで爪を尖らせて滑り降りてくるのとそれはほぼ同時だった。手すりがまるでチーズのように削れるのが見えた。
「ちっ……!」
ケイブマンがマグナスを視界に捕らえた。体勢を立て直している暇はない。
腿のホルダーからアサルトライフルを外すと、床から上半身だけ起こし、構えるのももどかしくトリガーを引いた。
フルオート連射の反動が背中に痛い。銃弾は縦列にケイブマンの体を撃ち抜き、右肩の肉を抉り取って床にぶちまけた。
巨体に似合わない甲高い咆哮が耳をつんざく。飛び散る薬莢の向こうでケイブマンの巨体がぐらりと傾いだ。
――今のうちだ。
痛む背中を気に掛けるのも忘れ、マグナスは背中のライフルを支えにして立ち上がると、対戦車用のそれをいとも軽々と両手で抱え上げ、照準を合わせる。
ケイブマンは強靭な肉体と再生能力が厄介なモンスターだ。抉ってやった肩も既に出血は止まり、周りの肉がグロテスクに盛り上がって骨格を覆い隠し始めていた。高速肉体再生時に特有の、鼻先にまとわりつくような肉の甘い匂いがする。
不恰好に再生した右肩を振り回し、不規則に歯の並ぶ口を大きく開けてケイブマンはマグナスを威嚇する。そして、飛びかかろうと身をかがめた瞬間に、銃口が火を噴いた。
重苦しい銃声がホールを揺るがす。
きつい反動がマグナスの体を駆け抜ける。マグナスがよろめいて床に尻餅をつくのと同時に、眉間を打ち抜かれたケイブマンの巨体が倒れた。
「…………」
ケイブマンはしばらくびくびくと体を痙攣させていたが、銃創から濁った血が流れ出すにつれて動きは鈍くなり、やがてぴくりとも動かなくなった。
「……ふぅ」
一つ大きくため息をつく。
まだ警戒を解くことはせず、マグナスは神経を尖らせて他のタクトニムの気配を探る。
だが、元来集団行動をとることが少ないケイブマンのこと。心配は杞憂に終わったようだ。ホールはしんと静まって、動くものはもう何もない。
マグナスはコートの埃を払いながら立ち上がり、ライフルを元通り背負いなおした。
振り返ると、血で染まった大理石の上に男がうずくまっている。腹部が無残にケイブマンの爪に抉り取られ、千切れかけた臓腑が傷口からだらりとぶら下がっていた。血は既に乾き、生臭さより鉄の臭いが際立ち始める。
一目見て生きていないことは判った。即死ではなかったのかもしれないが、どちらにしろ今は死んでいる。あれほどよく回った口からはもう、一筋の吐息すら漏れてはこない。
「……だから警戒しろって言ったのに」
マグナスは男の死体に歩み寄った。一瞬のことで何が起こったのか判らなかったのだろう、男の表情は収獲を期待する笑みのままで凍りついていた。
長生きしない、と言うマグナスの予想は、ものの数分で的中してしまったことになる。
ごろりと足先で死体を上向かせると、ジャケットのポケットから何かが落ちた。からからと乾いた音を立てたそれはライセンスカードだった。ケイブマンの攻撃で見事なまでにひしゃげ、赤黒い血がこびりついている。
マグナスはカードを拾い上げ、そのまま無造作にコートのポケットに突っ込んだ。そして男の持っていた鞄も一緒に拾い、中を確認する。男が集めた分のパーツもやはり、二束三文の売値しかつかないようなものばかりだった。
――結局、大した収獲はなかったな……。
自分の集めた分と合わせても、一晩の飲み代くらいにしかならないだろう。
徒労だな、とため息をつき、ケイブマンと男と、二つの死体をそのままにしてマグナスはその場を去った。
血と体液の生臭い臭いが充満するホールで、天井では相変わらずシャンデリアがきらびやかに光を反射し、ステンドグラスが澄んだ色の影を血だまりの上に落としていた。
ビジターズギルドは相変わらずの混みようで、マグナスが名前を呼ばれたのは窓口に申請をしてからゆうに一時間も経ったころだった。
座り疲れて麻痺した足を引きずって窓口に行くと、釣り目の受付嬢が無愛想に応対してくれる。
「こちらの方の血縁者をお探しとのことですね?」
受付嬢は先ほどマグナスが提出したひしゃげたライセンスカード――あの男のものだ――を確認しながら尋ねる。
「ええ。家族の方にこれを遺品として渡したいと思って」
せいぜいしおらしい表情を作って言うと、受付嬢のきつい印象の目尻がほんの少し笑みに緩む。
「お優しいんですね。――でも、残念だわ」
「……と言うと?」
「ご家族はいらっしゃらないんです。結婚はしていなかったし、ご両親は亡くなってるわ」
「…………」
カタカタと端末のキーボードを叩きながら、受付嬢は残念ねと繰り返した。
「折角お待ち頂いたのに申し訳ありません」
「いえ、別に」
マグナスは笑ってライセンスカードを受け取るとその場を後にした。
混雑する待合室とエントランスを抜けてギルドの建物を出ると、いかにも気が抜けたと言う風に肩を落として息をつく。
男のライセンスカードを取り出して、忌々しげに舌打ちする。
「まったく……、手間掛けさせるなよ」
一時間も待たされた挙句、身内はいない、と来た。遺族に多少良くしてやれば見返りが期待できると思っていたのに、とんだ期待外れだ。
苛立ち紛れにカードを握り締めると、ひしゃげていたのと付着した血で劣化していたのもあってか、ぱきりと割れてマグナスの手の中でばらばらになってしまった。
「……あーあ」
本人も脆ければカードも脆い。
マグナスは辺りを見回してダストボックスを見つけると、破片となったカードを放り込んだ。カラカラと中で破片が踊る音がした。妙に陽気なその音が神経を逆撫でて、マグナスはダストボックスを一度蹴りつけるとコートを翻した。
面白くない気分でマルクトの通りを歩く間、ふと思った。
――名前、なんだったっけ……。
よく喋るあの男の名は何と言ったか。少し考えたがやはり思い出せない。ライセンスカードも見ているはずなのに薄情なものだと思う。
そう言えば、もう顔も良く思い出せない。
結局印象に残っているのは下らない軽口ばかりで、それが今更ながらに少しおかしくて、マグナスは一人笑った。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0532】 マグナス・レイルフォード
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、青猫屋リョウと申します。ご依頼有難うございました。
対戦車ライフルという渋いセレクトに痺れ、薄情ぶりにも痺れました。薄情に薄情にと思って書いていったら思いがけず冷血になってしまいましたが……。イメージと違っていましたらお知らせください。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
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