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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ヘルズゲート】出陣
 初陣

ライター:斎藤晃

【Opening】
 さて、こいつが地獄への入り口。ヘルズゲートだ。
 毎日、誰かが門をくぐる。そして、何人かは帰ってこない。そんな所さ。
 震え出すにはまだ早いぞ。
 こっちはまだ安全だ。敵がいるのは、この門の向こうなんだからな。
 武器の準備は良いか? 整備不良なんて笑えないぞ? 予備の弾薬は持てる限り持てよ?
 装備を確認しろ。忘れ物はないか? いざって時の為に、食料と水は余分に持て。予定通りに帰ってこれるなんて考えるな。
 準備は良い様だな。
 じゃあ、行くぞ。地獄へようこそだ。


【First battle】
 セフィロトの第一フロアに位置する都市区画『マルクト』の入口に作られたビジターの街には二つの出入口がある。
 その一つ、街のはずれにある巨大な門――ヘルズゲートの前は意外に閑散としていた。門の前に立つガードマンにビジターズギルドのチェックを受けると、ほどなくしてヘルズゲートの巨大な門が大きな地響きをあげて開く。
 門の向こうに広がったのは暗澹とした町並みだった。室内故に薄暗いのか、まるでそれはこの先で起こる事を暗示しているかのようでもある。
 白神空はそこで一つ息を呑んで、一歩を踏み出した。
 門が開いた瞬間から痛いほどの殺気がぴりぴりと肌を刺し、たとえようのない緊迫感に全身が粟立つ。それと同時に高揚感が押し寄せてきた。ともすれば膝が笑ってしまうのは武者震いだろうか。
 また一歩、また一歩、足を進めゲートをくぐると「Good Luck!」の声と共にさっさとゲートは閉じられた。未練も余韻もない。
 これでもう頼れるものは我が身一つだけになった。
 空は小さく息を吐き出した。
 手にしていた12ゲージハンドガンの銃口を下げるように両手で握って、昂ぶり続ける気持ちを沈めるように目を閉じたのは頭に血が昇るのを防ぐ為か。激情すれば判断能力を鈍らせてしまうだけだ。それがここでは命取りにもなりかねない。未知なる場所である以上、用心深くなって過ぎる事もあるまい。
 目を閉じ全身の感覚を研ぎ澄ましていく。
 圧倒されるような空気に体が慣れてきた頃、空はゆっくりと目を開けた。
 と同時、その強い意志を秘めた白銀の瞳が更に大きく見開かれる。
「!?」
 視線の先、目の前に続く大通りと思しき道を、一人の少女が後ろ手に手を組んで、今にもスキップを踏み出しそうな軽やかな足取りで近づいてきたからだ。
 黒くて短い髪に、同じ黒の双眸。けれど肌の色は透き通るように白くアーリア系民族を思わせるような顔立ちは、美少女といって差し支えないだろう。年は14、5といったところか、まだあどけない幼さの残る顔立ちに、それとは不釣合いな濡れた唇が今にも舌なめずりしそうなほど淫猥に歪んでいた。
 空は【玉藻姫】へのメタモルフォーゼも忘れて少女に魅入ってしまった。自分が今いる場所さえも忘れて半ば呆然と少女を見つめている。無意識に生唾を飲み込んだ。美少女は嫌いではない。むしろ好きだ。
 少女が目の前で立ち止まった。ふわり、という言葉がよく似合う。楚々とした黒のフレアスカートの裾を翻して、ともすればその笑い声は銀鈴を転がすような愛らしいものだろうか。
 美しい微笑み、けれどそれはまるで作りものの人形のようで、違和感だけが大きくなる。そもそもこんな少女がこんな場違いな場所にいるものか。それはあまりにこの殺伐とした世界に似つかわしくない。
 ここはヘルズゲートの中だ。
 少女は頭一つほど高い空の目をまっすぐに見上げていた。その手が動く。
 胸騒ぎがしたのは今までに培ってきた野生の勘故か。空はまっすぐに少女の目を見返したまま、殆ど反射的に身を引いていた。
 たった今、空のいた場所を閃光が走る。
 少女の手に握られた高周波ナイフの軌跡だった。
「なっ・・・・・・」
 空の持っていたハンドガンを真っ二つにして、その服までも薄っすら切り裂き、少女は反転すると再び軽やかなステップを踏んで間合いを詰めてくる。
 少女のナイフの握りは、刃先が下を向き小指がこちらを向いていた。素人の持ち方ではない。ならばオーバーハンドかバックハンドで狙ってくる先は胸か腹の中心だ。
 再び閃光が空のいた空間を切り裂いた。
 何故という疑問よりも先に体が反応する。人間かタクトニムかを判ずるよりもそれは最優先された。人を襲う人間だって存在する以上、攻撃してくる者に隙を見せるわけにはいかない。一瞬の迷いが命取りになる。
 バックステップでナイフをかわすと背に壁があたった。
 追い詰められた、か。いや、それでも一瞬あれば充分だ。
 全身を白銀の毛が覆う――【玉藻姫】。
 しかし少女は空のメタモルフォーゼに動じた風もなく左足を踏み込んできた。少女の右ひざが上がる。その高さに次の蹴りを予測して空は横に飛んだ。
 少女の回し蹴りが後ろの壁を粉砕する。
 壁に通っていた鉄骨までへし折れているのに、空は当たっていたらと思うとぞっとした。両腕を交差したクロスブロックでよけていれば、今頃確実に腕をもっていかれていたところだ。
 空は少女がこちらに向き直るよりも早く一歩を踏み出していた。
 鉄をも切り裂く爪が少女の脇腹を抉る。切り裂いたのは人工皮膚。流れ出す体液は赤くない。
 ――――サイバー!?
 否、剥き出しになった脊椎の割れ目から覗く脊髄は電線コードのようで、今までに見たオールサイバーのものとは明らかに違う。これが噂に聞く、人の形をしたサイバー型シンクタンクか。
 少女の回し蹴りをぎりぎりでかわしたが、風圧がかまいたちの如く皮膚を裂いた。
 威力もスピードも先ほどと遜色ない。痛みを感じてないのか、そもそもそういう感覚が最初からないのだろうか。恐怖という感情さえも。
 ただ人を襲うだけの殺戮マシーンの凄まじさに空は慄然となった。
 少女を見返したまま無意識に半歩後退っている。
 背後、十数メートルのところにヘルズゲートがあった。
 息を呑む。
 こんなところでそう簡単にやられたのでは自慢にも出来ない。
「大丈夫」
 空は少女との間合いを開け、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。少女が手にしている高周波ナイフと蹴りの間合いより一歩分離れたところで身構える。
 大丈夫。威力は確かに強力だが、スピードは自分の方が上だ。当たらなければ致命傷にはなりえない。
 空は一気に少女との間合いを詰めると、少女の懐に飛び込んだ。
 この距離なら蹴りは出来ない。
 少女がナイフを振り上げる。
 それが振り下ろされる瞬間を狙って、その手首を捉えると少女の鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。くの字に曲がる少女の体に一歩退きナイフを持つ手を逆方向へ引っ張るとバランスを崩した少女はうつ伏せに倒れた。背の上から押さえ込む。少女はすぐに力にものを言わせて起き上がろうと暴れたが、空は静かにトドメをさした。
 断末魔の叫びはなかった。
 人心地つきたくて空は【玉藻姫】を解くと荒い息を吐きつつ壁に手をつき少女の残骸を見下ろした。
 もし街で出会っていたなら一も二もなく手を出していたような美少女だった。
 これがタクトニムなのか。
 とんでもなく強かったわけではない。恐らくその戦闘能力はオールサイバー並、いやその中でも低い方だったろう。けれど肉体的ダメージよりはるかに精神的ダメージの方が大きかったのだ。
 何だかやるせない気分で空は少女が落とした高周波ナイフを拾い上げた。戦利品としてはいささか寂しい気もしたが、柄の部分に特殊な加工が施されているだけで満足するとしかない。これ以上、何かを漁る気にもなれなかったのだ。
 空は残骸に背を向けた。
 ウェストポーチから一口サイズの携帯用非常食を取り出すと口の中へほうりこみ、水筒の水で喉の奥へと流し込む。
 束の間――――。
 足はヘルズゲートを背にして進んでいた。
 再び全身は銀毛で覆われる。
 【玉藻姫】は体に負担がかかる。けれど獣の五感が必要だった。二度と人の形をしたタクトニムを自分の懐に入れてしまわない為にも。
 改めて見渡すと正面に一際大きく堅牢といえる建物が建っている。あれが都市中央警察署跡だろうか。大通りらしい広い通りを歩いていくと、すぐ脇の路地から銃声が聞こえてきた。先ほど出会ったタクトニムから考えれば、銃を使うのは何も人間に限った事ではないだろう。しかし人間とタクトニムの戦闘である事は恐らく間違いない。
 そう思って、半分は好奇心で空がそちらを覗くと、彼女の縦にも横にも1.5倍はありそうな異形の巨体が一人の少女と対峙していた。
 人が皮を剥いだような剥き出しの筋肉をほこるモンスターよりも、対峙している少女の方に空は目を奪われる。
「あっ・・・・・・」
 無意識に漏れる驚きの声。当たり前だ。そこで異形のモンスターと対峙し、アサルトライフルを構えていた少女は、先ほどゲート前で遭遇したサイバー型シンクタンクとそっくりだったのだから。敢えて違うところをあげるとすれば、スカートではなくもっと動き易そうな黒のストレッチパンツをはいてる事ぐらいだろうか。
「どうして・・・・・・」
 呟かれた疑問は果たして誰に向けられたものか。
 確かに知能の低いタクトニムが時にタクトニムを襲うなんて話しは聞いてはいたが、そんなのはよくある冗談の一つだと思っていた。それだけに目の前の光景があまりに信じられなくて空はその場に呆然と佇んでしまう。
 刹那、少女が喋った。
「危ない!」
 その言葉の意味が空には理解できなくて、いや言葉の意味はわかっているが発された理由がわからなくて空は混乱した。それ以上に少女が喋った事に驚愕していたのかもしれない。タクトニムは喋る事が出来るのか。
 少女が空に向かって駆け寄って来る。
 少女の背をまるで追いかけるように異形の腕がこちらへと伸びてくる。
 避ける事も動く事さえ出来なくて空は少女に押し倒されるように地面にしりもちを付いていた。
 全てがあっという間の出来事で。
「・・・・・・・・・・・・」
 呆然としている空に美少女は顔をあげて微笑んだ。先ほどゲートの前で見た無機質な笑みとは似ても似つかない。
 未だに状況が掴めず呆然としている空に、少女は肩を押さえてゆっくり立ち上がると困惑したような顔を向けた。
「貴女も人型タクトニムの洗礼を受けたのね」
 押さえられた少女の肩から赤い血が染み出している。
「良かった。人間よね。私の勘もまだまだ、捨てたものじゃ・・・・・・な・・・」
 言いかけた少女の言葉がそこで途切れた。淡い笑みに影がさして少女の体はゆっくりと空の方へ傾ぐ。
 反射的に立ち上がって抱きとめた。
 その背中は真っ赤な鮮血に染まっていた。
 少女を追いかけるように見えた異形の腕は、たぶん自分を襲ったものだったのだろう、と空は今更ながらに気付く。この少女は人間だ。そして自分を庇ってくれたのだ。
 しかし彼女に感謝を述べる時間も、彼女の手当てをする時間も、モンスターは与えてはくれなかった。
 再び伸ばされたモンスターの腕を避けるように空は少女の体を抱き上げ後方へと大きく跳び退った。
 壁際に凭せ掛け少女の体を置く。
 大丈夫。まだ息はある。気を失ってるだけだ。
 そして空は一気にモンスターに向けて走り出した。
 どんな凶暴なタクトニムに出くわしたとしても、一目でタクトニムと分かっていれば臨戦体制にも入れるし、さっさと逃げる事も迎撃する事も出来るだろう。もしかしたら人間と咄嗟に見分けのつかないタイプが最も厄介なのかもしれない。うっかりしていると先ほどのように簡単に懐に入られてしまう。整形手術でも施したのか、人と同じ顔を真似て相手を油断させ不意を突くのだとしたら性質が悪い。それ以上に今、少女がタクトニムと対峙していなければ、自分は先制攻撃とばかりに少女を間違えて攻撃していたかもしれないのだ。
 だとしたら少女はどうやって獣人化した自分をタクトニムと見分けたのだろう。
 空はモンスターの懐に飛び込むと鋭い爪を一閃した。けれど手ごたえはない。避けられたのだ。体格の割りに思いのほか俊敏なモンスターの動きに驚く暇もなく、モンスターの次の攻撃が飛んでくる。
 先ほどのサイバー型シンクタンクの怪力を思い出せば、腕でブロックなど無意味だろう。絶対に避けなければならない。しかし、ぎりぎりでかわしたつもりがその風圧に空の体は弾き飛ばされていた。
 壁にしたたかに背をぶつけ一瞬息がつまる。
「けほっ・・・・・・」
 むせたように咳き込んだ。
 先ほどとは比べものにならないほどの戦闘力を有するモンスターに戦慄する。恐怖が全身を駆け抜けた。
 それでももし彼女を奮い立たせるものがあったとしたら、それは少女の存在だったかもしれない。
 空は両手を広げた。
 瞬く間に白銀の獣毛は白い羽毛へと変化する――【天舞姫】。
 空は羽を大きく羽ばたかせ飛翔すると、鷹が獲物を捕らえるかの如く急降下してその鉤爪でモンスターを切り裂き、そのスピードにのったままモンスターから離れた。
 空のスピードに翻弄されたようにモンスターが闇雲に腕を振り回す。その風圧にバランスを失いそうになりながらも空は何とか持ちこたえた。
 しかし致命傷が与えられない。
 これ以上戦闘が長引けば仲間を呼ばれる可能性も出てくるだろうし、また彼女の怪我も気にかかる。出血多量になる前に止血をしなければ。だが少女を連れて逃げるタイミングも見つけられないまま、空は一撃離脱を繰り返すしかなかった。
 その内に、空はある事に気づいた。
 モンスターの動きがどうもおかしいのだ。まるで右足を引きずっているような。
 自分がここに訪れる前、少女との戦闘中に負傷でもしていたのだろうか。
 例えばである。敵から逃げるには、相手が追ってこられないよう足を止めてしまうのが一番手っ取り早い。もしかしたら少女はモンスターを倒す事を考えず、徹底的にその足を止める事に注力していたのではないか。
 それが今のモンスターの最大の弱点となったか。
 空は高々と飛翔すると、落下する重力加速度に自分の飛翔スピードをのせて一気に急降下し、その鋭い鉤爪でモンスターの右足の関節――人でいう膝にあたるだろうか――を抉りとった。
 怒ったようにモンスターが腕を振り回したが、右足がその体重を支えきれなくなったのだろう、バランスを崩して倒れる。とはいえ戦闘意欲は薄れてないのか、片手で体を起こすと残りの手を振り回してきた。
 空はその間隙を縫うようにして少女の体を鉤爪で優しく掬い上げると猛スピードで戦線離脱をはかる。
 その背をモンスターの咆哮が追いかけてきたが、モンスター自身が追ってくる事はなかった。
 今の咆哮で他の仲間達が集まってくるかもしれない。
 空は一目散にヘルズゲートへと飛んだ。
 ヘルズゲートの前――――。
 【天舞姫】を解いて、空は少女の体を抱えた。止血も応急処置もこのゲートをくぐってからゆっくり出来る。
 ヘルズゲートが開いた瞬間、殆ど倒れこむようにして空は転がるようにゲートを出た。
 助かった、と思った。
 少女も。自分も。
 ゲートが閉まりガードマンらが右往左往しているのを背に、応急手当を施しながら空は少女を見つめやる。
 もし彼女がいなかったら自分は生きてこのゲートをくぐる事が出来ただろうか。もしかしたら逃げるタイミングを誤っていたかもしれない。
 当初は何かしら持ち帰るつもりでいたが、どうやらそれは甘かったという事か。あまりに敵を侮りすぎていた。
 その代わり多くの目に見えぬものを得た。
 次は見誤らない。口ほどにものを語る目が何を語っているのかを。無機質な目が何も語らず殺気だけを孕んでいた事を。それが人の形をしたサイバー型シンクタンクと彼女の決定的な違いだ。
 次がある。
 だから今は生きている事に感謝しよう。
 ヘルズゲート初めての出陣だったのだ。

 空は一つ深呼吸すると、閉じられたゲートをゆっくりと振り返った。


−End−


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】白神・空

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 はじめまして、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。