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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録

千秋志庵

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

 セフィロトの塔ビジター登録。

 刺激と快感、血のにおいを求める人間ならば、およそ全ての人間が訪れるだろうそこは、その日も人で溢れていた。
 見渡してみても、見知った人間はあまりいない。あまり、というか殆どいない。
 ……早く登録終わらないかな。と、一足先にビジター登録を終えた彼は、待合い席で何人分もの席を占領して退屈そうに視線を巡らせていた。
 この場にいる人間で、同じ目的を持つ人間はいない。彼はビジター登録という単純な目的故だが、彼のような理由の他、仲間を求めて、或いはただ何となしに訪れる人間もいるのだから、各々の理由は多種に及ぶ。登録する人間にしても求める“モノ”は一概に言えないのだから、人ごみとしての中にも確たる個が存在しているのもまた面白い。微々たる個が目の前のように密集し、結果として彼らはまるで記号と化した軽薄な存在になる。だがそれに反して集団としての存在は強固となり、時に人を動かし、時代を動かすことがある。
 歴史を紐解いても、その事例は幾つも存在する。例えば、だ。
「…………」
 そこまで思考して、彼は一度考えを中断させた。
「なに、考えてんだ、俺」
 口に出して自身に問うが、当然の如く答えは出ない。くだらない一連の考えの結果として弾き出したのはあまりにも簡素な結論でもあり、これからも同じ最後しか出ないのかと再び思考の鼬ごっこに入ろうとし――強制終了させた。
 そもそも、こんなにも自虐的な気分になるのは、別段変わったことではない。知人とビジター登録に誘われ快諾したものの、先に登録が完了した彼が他人の全ての工程に付いていくのは、流石にガキのお守り以外の何者でもないと察し、待合室で待つことにしたのだが――。
「こんだけ人いるんじゃ、時間掛かる……よな」
 自覚しないようにしていたことを口にし、彼は視線を周囲に向けた。
 待合い席の喧騒に溶け込み、普段と変わらぬ風景を眺める。そんなのが既に日常の一部と化してしまった訳で。
「……またかよ」
 何度目かにお目に掛かる口論及び乱闘に小さく悪態をつきながら、彼は待合い席で宙を仰いだ。原因がどうこうというものは問題ではない。こういう場所での勝敗は簡単なもので、要は強いか否か、だ。強い者が全てにおいてここでは勝者だし、弱けりゃ敗者だ。ここでの問題はその一点に限る。
 ……まあそれも、“仲間”の数でどうにか出来ることもあるんだがな。というか、それは集団圧力って最悪なヤツか? などと再び思考に入りつつも、視線は彼らの方にやっておく。普段ならば余計な巻き添えを食わないためなのだが、今回はそれすら違った。彼は緩慢ながら険しい顔で立ち上がり、騒動の中心へと足を進めた。

「おっと」
 急に目の前に飛びでてきた少女に、席を立った彼は一瞬足を取られる。それすら気付かない程に、余裕がなかったのだろうか。相手は髪を両脇で丸く結わいた、少女としか呼べない若い女、ということに気付いたのは、よろけた体を踏み止まらせた後だった。彼は少女が反動で後方に倒れこまないように咄嗟に手を差し伸べるが、伸ばされた少女の手はするりと自身のそれから遠ざかっていく。
 何もないのに派手な音を立てて、少女は後方に倒れこんだ。
「……大丈夫か?」
 それでも武術だかの嗜みはあるようで、少女後頭部をひどく打ちつける結果にはならず、彼は小さく安堵した。少女と同じ視線になるよう、彼は腰を落として中腰になる。頭を擦りながら、少女は大きく肯いた。
「あ、はい。大丈夫です」
 床にぺたりと正座をするような形になりながら、少女は笑顔で答えた。
「ご迷惑かけてすみません」
 申し訳ない、という顔よりも、ただ綺麗な笑みを少女は浮かべる。と、思い出したように少女は言った。
「あ、私、ティファ・ローゼットって言います」
 ……自己紹介、か。彼は名乗る義務もなかったが、久しく誰にも呼ばれていなかった自身の名前を口にすることを選択した。
「俺はギルハルト・バーナードだ。よろしくな。で、自己紹介はこんなとこにして、立てるか?」
 差し出した手に、ティファは肯いて、一人で立ち上がった。虚をつかれた顔でギルハルトは苦笑し、ティファに軽く手を振ってやった。
「じゃあな、俺はここで」
「はいっ」
 ティファは笑顔でお辞儀をし――、
「あ」
 ギルハルトの声も空しく、眼前でまたもや誰かと正面衝突した。今度の相手は恰幅のよい男性で、多少衝撃が吸収されつつも、反動でかなりの距離を後ろ向きで飛んでいった。その先でも別の人とぶつかり、ぺたりと床に転がり倒れる。そして危なっかしい足取りで立ち上がり、……予想通りぶつかった。今度は壁に。
 ギルハルトはティファの一人劇場を眺めながら、あたふたと訳もなく手を千動かしていた。彼の位置からではティファの元に行くのは人ごみの多さに加えて、彼女自身の予測不可能な動きから追いつくことは出来ないのは明らかだった。
 仕方なく、ギルハルトは当初の目的へと足を再び向けた。
 後ろからは騒音の中に小さな悲鳴が幾度となく混じっているのが聞こえ、何かと何かがぶつかる音がよく聞こえた。ギルハルトは一度だけ振り返り、
「…………」
 無言の声援とガッツポーズを作ってティファを応援し、漸く本当に足を進めたのだった。

 普段以上の人ごみを備え、ギルハルトは輪の中央に近付いていく。不思議なことに野次も声援も、その他一切の声がこの空間からは全く聞こえない。別空間に入ってしまったかのような不安を胸に人を掻き分け、見知った人物であり今回ギルハルトがこの場にいる原因を作った片割れを見付けた。
「律杜」
 声に、律杜と呼ばれた人間はゆっくりとギルハルトの方を向いた。
「ギルハルト、俺の手には負えない」
 開口一番、天嵩律杜はギルハルトに言った。ほぼ輪の中心で両腕を組んで、どうやらことの成り行きを眺めているだけに徹しているようである。
「止める気あったのか?」
「最初は。途中からは皆無。全くなし」
 律杜はギルハルトに付いてビジター登録に来た一人だが、今回は登録申請完了間際に巻き込まれたらしい。関わる気が皆無、というのは、睨み合っている二人の面子が原因だろう。
 ギルハルトも同様のことを思ったのか、苦笑雑じりの顔で大きく肯いた。
「大体は把握出来たが、つまり悪いのはどっちだ?」
「白玲の方だろ? 全くさ、キミがいてくれれば事なきを得たものの」
 俺は保護者かよ、とギルハルトは口を入れそうなところを躊躇ったのは、自分らに向けて声が掛けられたためだった。
「悪いのはあの小さい方じゃないだろ、あんた」
 知らない声に、二人は顔だけ向ける。
「事の経緯、知ってるけど聞くか?」
 手にカメラを携えた男はゴウ・マクナイトと名乗った。闘いの最前線でもカメラを構え、全てをフィルムに収めてしまいそうな、凛とした目と雰囲気を持っている人間である。第一印象として、好感は持てる。むしろ頼りになれそうな、リーダーとしての素質を生来備えている様子さえ感じる。
 カメラは睨み合う二者を捉え、いつでも撮影できる状態にあった。
「撮らない方がいい。撮った途端に、こっちも巻き添えくらうかもしれないからな」
 ギルハルトはゴウに忠告する。ゴウは、それくらい慣れている、と言った顔を見せるが、分かったという表情に間も無くして変わった。
「強いのか?」
「相当」
 ゴウの質問に代わりに答えたのは、律杜だった。
「ここでやるのは止めとくのが得策かな。下手したら、申請取り消されるから止めてほしいんだけど」
 律杜の文句に、そうだな、とゴウは口を開けて豪快に笑った。
「で、何でこういうことになったか、って話だけどな」
 カメラを降ろし、ゴウは簡単に事の経緯を話した。とはいっても、
「チンピラがあの小さい方の武器をからかって、キレた」
 というあまりにも単純明快なものであった。
「それにしても、あれはチンピラには見えないんだが?」
 連れと睨み合っている相手を指差し、ギルハルトは問う。律杜は一つ、頷いて言った。
「それが一番ややこしいんだ」
 見れば苦笑とも困惑とも付かない顔で、成り行きに視線を送っている。
「説明はゴウ、任せる」
 ゴウは分かった、と首を縦に振る。手を顎にやり、視線を彼方にやり、
「ニアミス……かな?」
 ぼそりと呟く。
「違いないな」
 律杜が遠い眼で、それに同意した。

「誰がチビだ」
「チビって言ってないよ。ただ小柄な子、って言っただけ」
「チビと同じだ」
「同じなんかじゃない」
「違わない」
「何だよ、こっちはキミにちょっと興味があったから呼び止めて」
「チビだからか?」
「違うって。……あのさ、いい加減にしな、キミ」

 一人はチビ……もとい小柄と言われたのが気に食わず、
 一人は話が全く噛み合わない苛立ちから、夫々現在の状況に陥った。

 それがどうしてここまでの人だかりを生むのか、と。考え始めてギルハルトは途中で止めた。あの小柄な方は呂白玲と言い、ギルハルトの連れの残りの一人であり、相当な実力を持ち、武術家として名を馳せている。その少女と対等に亘っているのだから、相手の女の実力も大したものだということになる。
 雰囲気もぴりぴりとしたものだが、それらは彼女達が間合いや気、空気を肌で感じている結果としての余波だろう。それが周囲に与える影響だけでも、これだけ萎縮してしまうのだから、戦闘を好む自分達は自然惹かれてしまうのだということに気付いた。
 白玲と呼ばれている少女は弓矢を構えている。背の小ささをコンプレックスにしているのだろうが、見知っている人間からしてみれば
「可愛くていいじゃないか」
 で済むのだが、本人はそれをあまり快いものだとは思っていない。顔の横すれすれの位置に矢を飛ばすという芸当を、チンピラ衆に向けて先程も見せた程だが、それに至る原因も身長であったりする。
 対するのは黒髪のショートヘアの女性で、軍服を着込み、巨大な刃を十字型に交差したものを構えている。
 見たことない顔だ、とギルハルトは呟くと、
「兵藤レオナ、だよ」
 ご丁寧にもゴウが情報を与えてくれた。レオナの首の大きめの鈴付きの首輪が特徴的だ、と付記し、ギルハルトは礼を述べた。
 一触即発の雰囲気に、空気が震え続ける。揶揄の全く飛び交うことのないコロッセウムと化した場に、二人の女性が向かい合う。
 このような場合では、どちらかが動いた時点で勝負が始まる。
 先手必勝か、
 相手の出方を窺うのが先か。
 弦の張り詰めた状態で、白玲はその矢をレオナに向け微動だにしない。
 レオナは刃を構え、白玲へと静かに向ける。
 しんとした空気が、他の空間を侵していく。

「はい、ここまで」
 だが急に凛とした声が響き渡り、途端、場内の音は全て消え去られる。
「申し訳ございませんが、今こちらで喧嘩を始める方。申請を取り消させていただきますが、宜しいでしょうか?」
 声の持ち主はビジターギルドの一受付嬢だった。
「これは余談ですが、今後一切の申請も受け付けませんのであしからず」
 ……眼鏡の奥が笑ってない。ギルハルトは苦笑しながら、二人の間に割って入る。
「と、言う訳で、二人ともここまでだ。文句なきゃ、ここで引き下がれ。いや、あっても引き下がれ」
 白玲はギルハルトに視線を送り、不服そうに武器を下げた。
「…………」
 レオナはギルハルトに向き、何かを言いかけて止めた。ギルハルトはそんなレオナを見、
「そこのカメラマンから聞いたんだけど、いろんな人に話しかけて仲間探してるんだって?」
 逆に問いかけた。
 恐らく、今回レオナが白玲に声を掛けたのはそれが原因で、しかし呼び掛ける形容詞が全く思いつかなかったに違いない。ここは人が多い。呼び止めるには名前か、或いは一発で自分だと分かる形容詞を言うしかない。それが……今回はまずかったのだ。
 ギルハルトは苦笑するレオナに向けて、精一杯の笑みを浮かべた。
「名前、あと連絡先。教えてくれれば今度こっちから『セフィロト』に誘うけど」
「ギルハルト!?」
 白玲の目が訝しげにギルハルトを睨む。文句を言おうとして、今回だけは引き下がった方が得策だと思考し、打って変わって静かに口を開いた。
「今回は引こう。生涯申請拒否なんて、お互い分に合わないしな」
 そして白玲の目はゆっくりとレオナに向けられる。
「そういうことだけど、私も“仲間”なのか?」
「嫌なら、諦めるよ」
 レオナは素っ気無く言った。
「無理矢理ってのは好かないからね」
 白玲は複雑そうな顔をして、微妙な笑みを浮かべた。
「まあ、いいか」

 律杜はゴウに言った。
「いい写真は撮れた?」
「ああ、今度見るか?」
「そうだな。皆で見たいな」
 律杜は呟く。間を置いて、ゴウは律杜に訊ねた。
「ところで一つ、いいかな?」
 どうぞ、と律杜はゴウに質問を促す仕草をしてみせる。
「あんたの名前をまだ聞いていない。良ければ教えてくれないかな?」





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0209】ギルハルト・バーナード
【0450】ティファ・ローゼット
【0476】ゴウ・マクナイト
【0518】天嵩律杜
【0529】呂白玲
【0536】兵藤レオナ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。


今回はギルハルト主体で書かせていただきました。
ビジターギルドはその性質上“出会い”が多い場所でしたので、少しでも多くの方々が接触出来るような展開にしてみましたが、如何でしたでしょうか?
実際に戦闘を、とも考えたのですが、彼らのような実力者が力を出したらギルドごと壊滅してしまいそうでしたので、(非常に残念ながら)仲裁者を入れさせて頂きました。
余談ですが、「眼鏡の奥が笑っていない」という表現は実話です。
恐らく、この反動で塔内部では思い切り暴れた展開が待ち受けていると思いますので、実は彼らが内部に入れる日を愉しみにしていたりします。
私自身、思い切り暴れた展開が大好きなので、早く書ける日が来ること心待ちにしているところです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝