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第一階層【ショッピングセンター】もう新人じゃない
リトライ
ライター:斎藤晃
【Opening】
よし、お前さんがルーキーじゃないって所を見せる機会が来たぞ。
目差すのはショッピングセンター。過去に大量の商品が詰め込まれた宝箱。だが、同時にタクトニム共の巣でもある。
ショッピングセンターは巨大な建物だ。道に迷う事だって有る。
生きて帰ってこれれば一人前だ。帰ってきたら、とっておきの一杯を御馳走してやる。
【Prologue】
「えぇっと・・・・・・」
白神空は一枚の紙切れから顔をあげて辺りを見渡した。
都市区画マルクトは、どこもかしこも壁はひび割れ今にも倒れそうな雑居ビルが立ち並び、あちこちの鉄骨や鉄筋が飛び出したかと思えば崩れたコンクリートが道を塞いでるような、この世界では意外とよく見かける街並みなのだが、そこは更にそれらとは一線を画しているように思われた。
瓦礫の山に起用に家が立っていたり、怪しげな看板が掲げてあったりなかったり。一種異様な活気さえ漂う。マルクトの片隅にひっそりと佇むガラクタの寄せ集めで出来た町、ジャンクケーブだ。
「確か、この辺だと聞いたんだけど・・・・・・」
呟きつつ空は再び紙切れを見た。
直線が縦横斜めに重なり、その片隅に黒く塗りつぶされた四角。そこからは矢印が飛び出して「ココ」と書いてある。一応、地図だ。
彼女はその紙切れの他に小さな花束と、ついさっきジャンクケーブの入口で買った菓子箱を持っていた。
彼女の目的の場所は、この前初めてヘルズゲートをくぐった時に助けてくれた少女の家。顔馴染みのビジターだったらしくガードマンに尋ねたらすぐに名前と家を教えてくれて、ご丁寧に地図まで書いてくれたのだ。
まだ子供ぐらいだったのに、そんなに頻繁にヘルズゲートをくぐっているのかと、妙に感心してしまう。とはいえ、それくらいでなければあんな場所に一人でいたりはしないだろう。
これから再戦する前にお礼を言っておこうと立ち寄ったのである。
それらしい建物を見つけて空はその入口の前で立ち止まった。
一呼吸置いて一歩を踏み出しかけた時、突然頭の上から声が降ってくる。
「あ! 貴女、この前の!?」
それで上を振り向くと、大声をあげた主が窓の中へ消える姿がかろうじて見て取れた。
どたどたと階段を駆け下りるような音と共に勢いよくドアが開いて、肩で大きく息を吐いてる少女は大きな黒い目を更に大きくして空を見上げた。あの時の少女だ。短い黒髪に黒い服がよく似合う。
それに笑みを返して空はお礼の言葉をと口を開いた。
「もう! 名前ぐらい言付けときなさいよ。お礼にもいけないじゃない!」
と、怒鳴ったのは少女の方だった。
「あ」という形に口を開いたまま呆気にとられる空を、少女は今にも飛び掛らん形相ではったと睨みつけている。それから、ふと表情を和らげて自嘲気味につぶやいた。
「って、私が怒ってどうするのよね」
なにやら自己完結して少女は一歩退くと深々と頭を下げる。
「あの時は、ありがとうございました」
それに面食らったのは空の方だった。
「ちょっ・・・・・・ちょっと待ってよ。それはこっちのセリフでしょ」
お礼を言うのは自分の方だ。しかし少女は心底不思議そうに首を傾げている。
「どうして?」
「どうしてって、助けてもらったのは私の方でしょ」
「いいえ。あの時貴女が来てくれてなかったら、私、逃げ切れてたかどうかわからないもの」
少女はさも自分の言い分こそ正しいと、疑わない顔で空を見ている。
「でも私は貴女に助けてもらったのよ」
それは紛れもない事実の筈だ。
「普通、足手まといは置いてくものよ」
妙に冷静な顔をして少女が言った。見た目とは不釣合いなほど大人びた目をしている。思えば少女は空が彼女をどうやってヘルズゲートまで運んだのか知らないのだ。確かに徒歩であったなら、これほどの荷物はないのかもしれない。
「命の恩人を置いてくわけないでしょ」
空は半ば気圧されつつこたえた。これでも義理堅いつもりだ。
そんな空に少女は諦めたような溜息を一つ吐いた。
「つまり、助けてもらったから、助けたというわけね。じゃぁ、今回はお互い様という事でチャラ」
少女は『チャラ』の部分に力をこめて満足したように笑った。。
しかし、そう言われて「はい、そうですね」とは引き下がれないのが空の性分である。確かにお互い様と言われてみればそうなのかもしれないが、それじゃぁ感謝してる自分の気持ちはどうなるのだ。しかも先手を打たれてお礼を言われてしまっている。全然、お互い様ではない。
「それじゃ、私の気がおさまらないでしょ」
「そっか」
少女は少しだけ不思議そうに首を傾げて上目遣いに空を見上げた。美少女のそんな仕草に一瞬たじろいでしまう。美少女は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
「ありがとう。これ、お礼」
空はぶっきらぼうにそれだけ言って持っていた花束と菓子箱を彼女の手の中に押し込んだ。別に体で払っても良かったんだけど、それは返って迷惑になるかもしれないし、なんて言葉を飲み込みつつ。
「・・・・・・ありがとう」
少女が花束と菓子箱を困惑げに見下ろしながら、それでも空には笑顔を向けて言った。
「助かったのは、私の方だから」
そう言って空は踵を返す。
「もしかして、これからまたゲートをくぐるの?」
少女が尋ねた。
「えぇ」
振り返るでもなく空がこたえた。
「じゃぁ、ちょっとそこで待ってて」
言うが早いか少女が建物の中へと入っていく。空は結局無視できずに少女を待った。程なくして少女が現れる。
「はい、これ。お菓子とお花のお礼。ヘルズゲート内部の地図よ。私が作ったやつだから、まだ5分の1も埋まってないけど、ショッピングセンターの方は大体埋まってるから」
少女が広げて見せたのはA3サイズくらいの羊皮紙に詳細に書きこまれた地図だった。どうかするとタクトニムの巣の場所書きこまれている。
「・・・・・・・・・・・・」
「埋まってないところは自分で埋めてね」
確かに、やたら細かく書きこまれている部分もあれば、全くの空白になってる部分もあった。
「どうしてショッピングセンターだと?」
空が尋ねた。
「ビジターが一番最初に行きたがる場所だから」
少女の即答に、なるほどと頷いていしまう。ビジターとしてはビギナーである事をしっかり看破されているのだ。
「悔しいな。私もこの肩が完治してたらついてくところなんだけど」
そう言って、少女は痛そうに顔を歪めながら肩をまわした。あの時の怪我がまだ完治していないのだろう。というより、ここはこうして元気に走り回ってるその回復力の方を驚くべきところなのか。
「足手まといになるだけだから行かない。その代わり、これを持ってって。あまり嵩張らないと思うから」
と、少女はコインのようなものを空に差し出した。
コインにしては5枚くらい重ねたような厚みがあるだろうか。受け取ってうっすらと浮き上がった側面のスイッチのような部分を軽く指で押すと表面が点灯した。コイン型のライトだ。
「きっと、役に立つと思うわ」
「いいの?」
「別にあげるわけじゃないわよ」
「え?」
「貸すだけ。だからちゃんと返しにきなさいね」
それは、遠まわしに生きて帰って来い、と言ってるように聞こえた。
だから素直に受け取っておく。
「わかったわ」
「Good Luck!」
少女が言った。
――健闘を祈る、と。
【Second battle】
これから向かおうとしているショッピングセンターは勿論今もショッピングセンターとして機能しているわけではない。かつてショッピングセンターだったというだけあって、物資が豊富なその場所は今でこそ宝の山であった。しかしその一方でタクトニムの巣と呼ばれている場所だ。現地で確実にタクトニムと対するであろう事を鑑みれば、そこにたどり着くまでは、出来る限り出くわさないようにした方がいい。少女の地図によればヘルズゲートを入ってすぐ左側の道を辿れば、比較的タクトニムとの遭遇率は低いらしいので、そちらから向かう。
そう決めて空はヘルズゲートを中へとくぐった。
二度目である。
一度目の緊張感はさほどない。かと言って慣れは禁物だ。空はゲートが閉じられるのを背に感じながら一つ深呼吸すると歩き出した。一歩を踏み出す間に全身は白銀の獣毛で覆われる。【玉藻姫】だ。
手には前回の戦利品である高周波ナイフを握っていた。
頭の中に叩き込んだ地図を思い浮かべながら、全身を研ぎ澄まし慎重に進んでいく。
程なくしてショッピングセンターの入口と思しきアーケードと出くわした。中は更に薄暗く続いている。
かつてはもっと賑わっていただろう店先のショーウィンドウは殆ど割れ落ち、そこに陳列されていただろう商品は、既にいくらか物色された後のようだった。
空はもう一度少女の地図を脳裏に思い描いて確認する。
ヘルズゲートをくぐった理由は勿論、タクトニムとの実戦経験を積むことだが、今回ここを訪れた目的はといえば防御アイテムを得るためだった。あの怪力に対抗する手段が欲しい。それ以上に更に奥に進めばもっと強いタクトニムが徘徊しているだろう事を考えれば当然だ。
ESP向けのアイテムを取り扱っているというテナントの入った建物に向かいかけたところで、殺気を感じて立ち止まった。全身に緊張が走る。――奴らがいる。
空は息を呑んだ。気配が一匹ではない。
さすがに巣があるというだけあって群れで行動しているのか。
そう思った瞬間横から何かが飛んできた。
それがモンスターの腕であると視認するより速く、獣のもつ超感覚が危険を察知して反射的に体を横へスライドさせていた。
受身を取るように一転して起き上がると身構える。この前出会ったのと同じ、剥き出しの筋肉をほこる異形のモンスター。数にして三体。
多勢に無勢は明らかに不利である。
しかしここで尻尾を巻いて逃げるのも癪で空はナイフのスイッチをONにした。刃の部分を高周波振動させることにより、鉄をもバターのように簡単に切断する高周波ナイフ。勿論、獣人化したこの鋭い爪でも鉄を切り裂く事はできるが、力を入れなくてもいい事と、リーチが長くなる分スピードが増すという利点がある。
空は傍の建物の狭い路地へと駆け込んだ。人間が二人行き交うのがやっとという道幅である。ここなら、あの巨体では三体同時に襲い掛かってくる事は出来まい。その上リーチの長い腕を振り回すにはかなり動きを制約されることだろう。
空は、一体のモンスターと対峙した。
案の定というべきかモンスターは壁に手をぶつけながら腕を振るってきた。この程度のスピードなら獣化しなくても容易に避けられるだろう。空は軽々と頭を下げて避けると、相手の懐に飛び込んでナイフを一閃した。
相手のスピードは知っている。前回は避けられた。しかし、この路地の狭さが功を奏したのか、或いはリーチが長くなった故か、切っ先に肉を裂くような感触をとらえる。手ごたえありだ。
手を振り切るより速く、殆ど条件反射のようにバックステップで後ろへ飛び退った。相手のパンチが空を捕らえきれずに地面を叩く。その威力に地面は大きな穴をあけた。
モンスターの浮き出した目が口惜しそうにぎょろりと空を睨みつけている。それに空は口の端をわずかあげて、薄く笑みを返してみせた。
今にもはち切れんばかりの緊迫感を先に壊すのはモンスターの方だ。安い挑発にのったのか、単なる本能故なのか、再び右の拳が飛んでくる。
今度は懐には飛び込まず空はそれを後方へかわした。
伸びきった腕のタイミングに合わせてナイフを振るう。その腕を切断するぐらいのつもりで。しかし、狙ったのは手首の腱だ。
直後、モンスターの右手はだらんと下がった。
モンスターが怒ったような咆哮と共に左腕を振り回し、空を薙ぎ払おうとする。しかし、狭い通路にスピードも威力も半減だ。軽々と後ろへ避けようとして、その気配に初めて気付いた。突然、後ろから別の腕が伸びてくる。どうやら先ほど三体いた内の一体が路地裏に回りこんできたらしい。目の前の一体に気を取られている間に挟み撃ちにされていたのだ。
咄嗟に腕を伸ばしてビルの横を通っていた配水管を掴むと、後ろに向かって飛んでいた体の向きを強引に変える。空は地面の上に転がったが、何とかモンスターの一撃を寸ででかわしていた。
一転してすぐに立ち上がり体勢を立て直したが、肩が大きく上下してしまう。息切れだ。荒い息を吐きながら空は二体のモンスターを睨み据えた。
形勢逆転された、か。一体の攻撃を不用意に避ければ、続けざまに別の場所から攻撃が飛んでくるというわけだ。
一体が伸ばした腕をかがんで避ける。いつでも、次の攻撃をかわせる体勢を作りつつ、再びナイフを振るった。
「!?」
先ほどまで軽い力で簡単に切れていた肉が、途中で切れにくくなる。鈍い切れ味に驚いてしまったその一瞬の隙をついて、もう一体の腕が飛んできた。ナイフの刃をその腕の方に向け応戦しつつ、クロスブロックで反射的に体をガードする。
直撃は避けたが風圧に押し飛ばされるように体は壁へと叩き付けられていた。
肺が悲鳴をあげる。
一瞬息が詰まった。
万事休すか。
だが背が叩き付けられたのは正確には壁ではなかった。それが非常口の分厚い扉だと気付いて後ろ手にドアノブを掴む。
鍵は開いていた。
じりと近づき包囲してくる二体のモンスターに一呼吸おいて空は非常口を開けると転がりこむように建物の中へ飛び込んだ。
襲い掛かろうとしたモンスター同士が正面衝突するのを見送って非常口のドアを閉めると両手を広げる。瞬く間に全身を羽毛で覆って翼を広げると上の階へと飛んだ。
非常階段は三階の踊り場で息を吐く。
下ではモンスター達が非常口から入ってきていた。空を捜すようにきょろきょろと辺りを見回し、一体は地下の方へ。もう一体はとりあえず一階から捜そう、とでもいうのか店内へと消えた。
今すぐに襲われる事もないか。
空は獣化をといて人心地ついた。
それから突然振動をやめてしまったナイフを見やる。特に損傷している節はない。光電池なのでSHBのように電池切れで交換の必要もない筈なのに、と思ったところで気が付いた。セフィロトは塔内というだけでも室内並みの明るさだというのに、アーケード内に入って更に薄暗くなっていたのだ。つまりナイフを高周波で振動させられるだけの光量が足りていないというわけだ。恐らくそれでも動いていたのはある程度充電されていた為だろう。
こんな時に――どこか、光。
空は周囲を見渡した。
アーケード街の外に出るしかないのか。
「あ・・・・・・」
空はふと思い出してウェストポーチを開けた。そこにはヘルズゲートをくぐる前、少女からあずかっていた物が入っている。コインサイズのライトだ。早速取り出すとナイフの柄の部分に付いている光取り込み用の小窓にライトの光を翳した。暫くしてナイフが振動を始める。
空は安堵の息を吐いた。とはいえのんびり充電してる暇はないだろう。
空はビニールテープでライトをナイフに固定した。これでライトが光っている間はもつ筈だ。
そうこうしている内に一体のモンスターが二階の店内の巡回を終えたのだろう、こちらへと上がってきた。
空は踊り場にあった店内図を見て三階のフロアへ出る。
モンスターが空に気付いたのだろう、猛スピードで追って来た。
三階フロア中央に吹き抜けがある。そこまで走って空はその手すりに腰掛けた。
モンスターがゆっくり近づいてくる。
その腕が空の方へ伸ばされた。
先ほど腱を切られたモンスターとは違うらしい。それともモンスターの自己再生能力は人間の治癒力を遥かに凌ぐものなのか。
空はモンスターの腕を避けるように後ろに体重を預けた。
背中から倒れこむように吹き抜けの空中へ身を投げる。
モンスターの腕が空のいた場所を掻いた。
空は後ろに宙返りを一つして両手を広げた。羽毛に覆われた翼が空の落下速度を緩める。
ゆっくりと彼女が降り立ったのは、吹き抜けに作られた噴水の泉だった。今は噴水は動いていなかったが、店の奥の滝は今も健在らしく多量の水を吐き出している。まるでここは、ショッピングセンター内に作れた広場のようだ。
空を覆っていた全身の羽が消え、水に浸かった部分は白銀の鱗へと変化した。耳は鰭となす――【人魚姫】。【玉藻姫】や【天舞姫】に比べて機動力では劣るがその力は三形態の中で最も強く物理攻撃力に長けていた。しかも今はその機動力を補う水がある。
モンスターが三階の吹き抜けの手すりからこちらを見下ろしていた。
怒ったように両腕をあげて威嚇したかと思うと、手すりを飛び越えてくる。巨体が落ちてきた時の振動を予想して空は身構えたが、どういった事か、モンスターはゆっくりと空の目の前に降りたった。
何をしたのか。ただ、モンスターの腕に取り付けられたアームレットのような装飾品が光っていたのが気にかかる。
モンスターは泉の中へ足を踏み入れた。
空はナイフを前面に構える。
振り下ろされるモンスターの右腕を、半分は力を別方向へ逸らして殺し、残りの半分を力で受け止めた。みしりと腕が悲鳴をあげたが骨をもっていかれたような感覚はない。
モンスターの攻撃を力で受け止めてみせたのは、モンスターの前面を開けさせる為だった。空は片手でモンスターの右腕を掴んだまま、反対の手でナイフを投げた。モンスターの左腕が動くよりも速く。
一般にナイフは手で刺すよりも投げた方がその貫通力は増す。相手が人間なら、迷う事無く喉か腎臓を狙ったが、弱点のわからないモンスターに、ナイフは眉間を捉えていた。刃の部分だけがそこに埋もれて付きたっている。
空は捉えていたモンスターの右腕を一瞬後方へ押しやってから、力一杯引き寄せた。「崩し」の初歩だ。見事にバランスを崩して倒れ掛かるモンスターの顔が自分の胸のあたりまで下がった瞬間、空は突き立ったナイフの柄に掌底を叩き込んでいた。
ナイフがモンスターの頭を貫通する。
その巨体は大きな水しぶきをあげて泉の中へ沈んだ。
荒い息を吐きながら空は異形のモンスターの巨体から離れた。
気が抜けて腰砕けたようにぺたんとそこに座り込む。
何故だか笑いが込み上げてきた。
「はは・・・・・・倒しちゃった・・・・・・」
そうだ。倒したのだ。
前回は逃げるのが精一杯だった相手を。
しかしその一方で、これが今の精一杯である事も自覚しなければならない。持久力が足りない、というべきか。一対一で、しかも相手が不利な狭い場所でなら何とか凌げる。だが凌げるだけではどうにもならなかった。ここで探しものをする余力も残っていないのではお話にもならない。これから先も、群れをなすタクトニムと出くわす機会は増えるだろう。奥へ進めば進むほど。
それでも一つの成果は得た。
空は【人魚姫】を解くとゆっくりと立ち上がった。
感慨に耽っている余裕はない事を思い出す。他にも仲間はいたのだ。
空はどす黒いモンスターの体液にまみれたナイフを拾いあげた。このライトを返しにいくのか、と空は内心で舌を出す。
それから、先ほどモンスターがしていたアームレットのようなものを物色した。強引にナイフで切り取って手に取ると、何かのスイッチのようなものがあった。押してみたが何も起こらない。先ほど見たのは何だったのか。確かにこれが光っている間、かの巨体は重力に逆らっていたような気がしたが。とりあえず持ち帰ってじっくり調べてもらうか。
そうして空は辺りを見回した。
どうやらファッション関連の店だったらしい。店内にはさまざまな衣料品雑貨が並んでいる。とはいえ目ぼしいものは既に運び出された後のようだった。
目的の場所は向かいの建物だったのか、と気付く。
割れたショーウィンドウの向こうに一体のモンスターが立っているのを遠目に見つけて空は溜息を吐いた。
帰る分の余力を残して後もう一体、というには既に体力が残っていない。ましてや地下に降りて行ったモンスターがそろそろ上がってきてもおかしくない頃だ。
引き際は肝心だった。無理はしない。
空は両手を広げて【天舞姫】へと変化する。吹き抜けを三階まであがると、三階の窓を突き破って建物の外へ出た。丁度二階の高さのアーケードの上だ。
更に上空へ飛翔してヘルズゲートへと向かう。
思った以上の疲労を溜め込んだ体を引きずるようにしてヘルズゲートをくぐった。
それでも前回より元気なのは精神的疲労度が少なかったからだろうか。目的のものは見つけられなかったが、目的の半分は達成できたのだ。勿論、課題も多く残されたが。
後は、先ほど拾った謎のアームレットが何なのか、である。場合によってはそれを売って防具を得る事も出来るだろう。どうせライトを返しに行くついでもある。ジャンク屋でも回ってみるか。
そんな事を考えながら、空はナイフに固定していたコイン型のライトのビニールテープをはずして、ハンドタオルで綺麗に汚れを拭き取った。
「さてと――――」
【Epilogue】
「おかえり」
と、少女が出迎えた。
それに「ただいま」と返すのも何だか陳腐な感じがして、空は拳を突き出した。
「ライト、助かったわ」
そう言って拳を開く。
「貴女、気付いてたの? これのこと」
空は、ベルトにぶら下がるナイフを指した。
少女は少しだけ肩を竦めて笑った。
「小窓が付いていたからもしかして、とは思った。でもはずれてたら恥ずかしいから言わなかったけどね。それに倉庫に入ったら絶対必要になると思ったし」
「!?」
少女の言葉に空はハッとする。
「倉庫!」
そうだ。店には普通在庫を保管しておくための倉庫があるのだ。
「え?」
少女が怪訝に空を見上げる。
「行ってない・・・・・・」
空は半ば呆然と呟いた。
勿論、行く余裕もなかったが、行こうという頭も働いてなかった。店内だけを大雑把に見回して終わったのだ。
「ぷっ・・・・・・」
少女が吹きだすのに空はムッとする。
想像していた鈴を転がしたようなころころという笑いではなくて、からから、否、げらげらが一番近いだろうか。顔はいいのに、と空は内心で脱力した。
「あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね」
ふと、思い出したように少女が振り返る。
名前は既に知っていたけれど。
「マリアート・サカ」
と、少女が名乗った。
「白神空よ」
−End−
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【0233】白神・空
【NPC】マリアート・サカ
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。
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