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<クリスマス・聖なる夜の物語2004>


■このイヴに、世界中に花を■

 イヴの数日前、寒さは例年にも増していた。もう日が落ちるときだというのに、街角で花売りの少女が、何故だかぎくしゃくとした動きで呼び込みをしているのを、プラハ平和条約機構“エヴァーグリーン”所属のシノム・瑛(しのむ・えい)は見つけた。
 この寒いのに手袋もせず、古びたセーターとマフラー、それに泥だらけのスカートという身なりだった。
「風邪ひくぞ」
 イヴの為に買った品物の中から暖かな飲み物を一本差し出すと、少女は驚いたように瑛を見上げた。
「あ……ありがとう……なにか、おれいを……」
 近くで見ると、まだ6歳くらいだ。瑛は彼女の視線と合わせるように、しゃがみこみ、微笑んだ。
「じゃ、花を一束。綺麗な花だな、しかも造花じゃないなんて珍しい」
 花かごから一束つかみとっている隙に、少女のスカートのポケットに一束分の料金を滑り込ませる。ギシギシと音がする───オールサイバーかハーフサイバーで油をさす金もない、といったところか───瑛がそう判断したとき、少女は目の前で、ぱたりと倒れた。
「お、おい」
 瑛は急いで少女を抱き上げた。ふと、首から下げられているペンダントの紐が目に入り、服の中から出してみると、プレートがあり、住所らしきものが書いてあった。



(スラムってのはこういう場所を言うのか)
 仕事以外では、あまり来たことがない。ゴミが道に散乱し、真昼間でも暗そうだ。
 少女を花かごごと抱き抱えながら瑛は道を進み、ひとつの小さな小屋のような家に入っていった。予想どおり、鍵などかかってはいない。
 わん、と、小さな痩せた小犬が人懐っこく瑛の足にじゃれてきた。
「す、みません……」
 ベッドを整えて寝かせると、ちょうど少女は目覚めたようだった。
「いや。つかあんた、顔色悪いし、仕事はやめな。せっかくのイヴなんだ。友達か家族に看病に来てもらうから、その人達の名前教えてもらえるか?」
 極力優しく尋ねると、「看病してくれるような親しい人間はいない」と、返事が返ってきた。
「このこ───ブルームーンだけが、わたしの家族、弟なんです」
 と、ベッドに上がって隣で丸まってきた痩せた小犬を愛しげに見る、少女。
「ブルームーンっていうのか、この犬。あんたの名前は?」
 部屋にある、出来るだけのもので室内を暖かくしながら、瑛は尋ねる。フラウ、と返って来た。
「フラウ・ムーン。わたし、夢があるんです……いつもしってるひとには馬鹿にされるけど、世界中にいつか、花をいっぱいに降らせたいんです」
 それがイヴなら、最高に幸せです、とフラウは無邪気な笑顔を見せる。
 瑛は翌日になってから、知り合いの医者に診てもらったが、フラウの命は、もう今日明日という段階だ、ということだった。
「もしかしたら───ちょうどイヴになるかもしれんな。出来るだけ楽しい思いをさせたほうがいいかもしれん」
 医者の言葉に、瑛は、それからつきっきりでフラウと共に過ごすことにしたのだった。



■イヴの日に集いし人々■

 昨日と同じように、一日独りで看病するつもりなのだろう、シノム・瑛が自分の小屋に入ってきたのを見て、フラウは咳をしながら「いらっしゃいませ」といい、瑛が戸口を開けたままにして通路側に向け、何者かに手招きしているのを見て、小首を傾げた。
 瑛のほかに、三人の人間が入ってきた。
 ひとりは、赤い瞳が印象的なスーツ姿の美しい青年。
 ひとりは、こちらも赤い瞳、だが無邪気な大きな瞳の可愛らしい少女。
 最後のひとりは、粉雪のような印象の長髪の、黒い肌の美青年だった。
「スーツの格好をしてるのがクレイン・ガーランド。時々俺の手伝いをしてきてくれた人間だ。女の子のほうが、アストライア・0001(−・ぜろわん)。こっちはとあるバーで顔なじみの子だ。最後の一人はキウィ・シラト。今日はイヴだからって、父親から俺に預かったマフラーを渡しに来た時フラウ、お前の話をしたら是非紹介してくれってさ。父親は俺と一度仕事をしたことがある。皆安心していい人間だよ」
 優しく、瑛が説明してくれて、フラウは少し、自然と入っていた身体の力を抜いた。
 小犬、ブルームーンがさっきから三人の足元を行ったり来たり、忙しない。
 無理もない、こんなにたくさんのお客は少女にとっても小犬にとっても初めてだったのだから。



 時を少し遡ると。
 まず、イヴの日に仲間も連れず、独り、なにやら布製の袋を提げて雪道を歩いていた瑛を見つけたのは、所用で外に出ていたクレインだった。雪が降っているから、陽射しをそんなに気にする必要もない。
「シノムさん」
 彼が声をかけると、よう、と明るい微笑みが返って来た。いつものような殺伐とした事件を抱えているわけではないらしいと知った彼を、瑛は「少しならいいかな」と腕時計を見てから、喫茶店に誘った。
 事の次第を話し終わるとクレインは、
「力になることが出来れば」
 と、少女を自分なりに楽しませるために協力してくれるというのだ。
「すみません」
 瑛が考えていると、ひょっこりとテーブルの脇に青年が立った。見覚えのない、真っ白な髪に赤い瞳、黒い肌の美しい青年である。手には、紙袋を持っていた。気付いたように、まずそれを、彼は瑛に渡した。
「父からのクリスマスプレゼントで、マフラーをお届けに行く途中、シノムさんと、こちらの方を発見しまして……ついてきてしまい、声をかけづらい話だったので、聞いてしまいました。───私もその女の子のために何かしてあげたいのですが、いけませんでしょうか?」
 この言い方にはなんとなく覚えがある、と記憶を手繰り寄せていた瑛は、ふとこの青年の言う「父親」を思い当たり、自然身についてしまっている警戒を解いた。
「こうなったらもうひとり、心当たりの奴にも連絡取って、皆でフラウを元気付けてやるか。ええと───お前、名前は?」
 携帯電話を取り出す瑛に、青年は、「キウィ・シラトです」と礼儀正しく言う。クレインにも会釈した。
 間もなくしてやってきた三人目、瑛の行きつけのバーでの顔なじみという、アストライアがやってきて、三人は準備のために一度解散した。
 瑛はスラム街の入り口付近で待っているという。
 クレインとアストライアは、わりとすぐに来たのだが、キウィは大分遅れて、両手いっぱいに色とりどりの花を抱えてやってきた。
「遅れてしまって、すみません」
「わあ、随分きれいなお花さん達デスね!」
「こんなにたくさんの種類、よく集められましたね」
 白い息を吐くキウィは、アストライアとクレインのその言葉に、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
 そして治安の悪いスラム街を、瑛が牽制しながら進み、今に至るわけなのである。



■イヴにフラウとブルームーンと過ごすこと■

「今日はイヴだからな。腕によりをかけて料理するぞ」
 と、足りなかった調理具まで揃えて持ってきた瑛は、布袋の中から様々な食材を出す。こちらも、このご時世によくこれだけの品をそろえたものだ。
「パーティーを開いたらどうかと思っていたので、料理はちょうどいいですね」
 と、花をあちこちに飾りながら、キウィ。
「私はお花じゃなくて、世界中のお菓子は用意できるデスよ!」
 胸を張って、アストライア。
 クレインがなにやら、最新式の小型レコーダーのようなものをバッグから取り出して、「本当ですか?」と尋ねた。
 なんでも、アストライアの能力で、「どこからともなくお菓子を出せる」らしい。そして、限界量は不明だというのだ。
「お菓子の家になりそうですね」
 キウィが笑うと、フラウは目を輝かせた。
「お菓子の家、昔、すみたかったです……うれしい……!」
 ワンワン、と、フラウの感情が分かるのだろう、ブルームーンもフラウが半分起き上がったベッドの隣を走り回る。
「あ、シノムさん。ケーキはできれば手作りがいいかと思うのですが、材料はありますか?」
 キウィが尋ねると、ある、と返事が返って来た。是非とも作りたいというので、クリスマスケーキはキウィ担当となった。
「となると、宴のトリはクレインだな」
 と、彼が何を準備してきたのか見当のついた瑛が、クレインを見やる。視線を向けられて、クレインは苦笑した。
「唄の技量はプロに比べれば素人ですけれど、ね」
「唄えるんですか、クレインさん? それは凄いデス!」
 アストライアが、早速お菓子を空間のどこかから「受け取りながら」花々の隙間に埋めていく。
 見る間に、花とお菓子で、小屋の中は明るくなった。
「ところで」
 と、瑛が切り出したのは、鍋も煮込むだけの段階となり、床に座っていた三人同様、腰を下ろした時である。
「フラウ。世界中に花をって、どうしてそんな夢を?」
 するとフラウは、少しうつむいた。瑛が買ってきた調理具でケーキの焼き加減の時間を計っていたキウィも、レコーダーの調子を見ていたクレインも、暖かくてチョコ菓子などが溶けないよう気をつけていたアストライアも、少女を見る。
「わたしのなまえ、……本当は、フラウ・ムクイ・ムーンっていうんです。ムクイは、罰を受けるためだって、パパがつけたって、まえにすんでた家のとなりのおばさんから、ききました」
「何故───罰を?」
 クレインが眉をひそめて尋ねる。
「わたしをうんで、ママがしんだからです。わたしがいると、一年のうちにたくさんひとがしにます。まわりのひとが、たくさん。どこにひっこしても、たくさんたくさん、死にました」
 だから、パパも死んじゃったんです、とフラウは言う。クゥン、と慰めるようにブルームーンがぺろぺろとフラウの手をなめた。
 フラウは、顔を上げる。6歳にしては痛いくらいの気丈な微笑みだった。
「本でむかし、よみました。ちいさなころ、童話で。イヴに空から、つみびとをゆるすために神様が涙をながす証として、白いお花がふってくるって。わたしは、じぶんの罪も、世界中のひとの罪もなくしたいんです」
 だから花売りになって、お花の研究もしたんです、と言う。
「これデスか?」
 すみのほうに積み上げられた、たくさんの紙片や本を見つけ、一枚を取ってみて、アストライア。
「はい」
 と、フラウは頷いた。
「お父さんやお母さんが死んだのは、あなたのせいではありません、フラウ。もちろん、周りの人が死んだのも、あなたのせいなんかじゃない。人の死は、そんなに簡単に決まっていないはずです」
 キウィが、しっかりとした、優しい瞳でさとすように語った。
 フラウは一瞬泣くかと思ったが、歯を食いしばりながら、「ありがとう、おにいちゃん」と、言った。



 コトコト、と、いい具合に鍋の中のスープも煮えている。
 ケーキも焼き立てで美味しそうだった。
 今まで心にためてきたものを吐き出して、少し楽になったのか、フラウはベッドに横になって、すうすうと寝息を立てていた。ブルームーンにお菓子をあげているアストライアを見つめながら、クレインが口を開く。
「イヴに空から降る花……ですか。私は聞いたことがありませんが、実際にそういった例はあるのでしょうか」
「私も聞いたことも、見たことないデス」
 ちょっと振り返って、物悲しげに、アストライア。
 キウィも考えていたようだったが、
「私もありません」
 と、言った。
 残るはこの中で一番の情報通であると思われるシノム・瑛が頼りなのだが、彼は少し考えてから、言った。
「似たような話は実際に起きた事実として記録された書類を、過去読んだことは、ある」
「本当ですか?」
「お花が空から降ってくるデスか!?」
「雪ではなく?」
 クレインとアストライア、キウィが、フラウを起こさない程度に身を乗り出す。
「通称、『聖灰花(せいかいか)』。ESP、つまり意思の力により咲かせられると言われている。ま、一晩経つと枯れるんだが───とある本には、『罪人を赦す花』と書かれてはいるが残念ながら新種の花というのが通説だ。それをもじって書いた童話をフラウは読んだんだろう」
 どんな時に咲くのかというのも、それも分かってはいない。「気紛れ」のように咲いては一晩で散っていくのだという。
 キウィが、紙片を次から次へと、ゆっくりと読み進めている。
 たった数年で、よくこれだけの研究をしたものだ、と思う。
「こっちの紙片は、血が滲んでいますね」
 ぽつりと呟いた、クレインの手にも紙片が握られている。
「こっちは、泥デス」
 アストライアが、キウィの読み終えたものを受け取りながら、目を伏せる。
 そのうち、フラウが目を覚ました。
「ごめんなさい……ねむっちゃって……せっかくのイヴなのに……」
 三人は、にっこりと微笑んだ。
「心配ご無用、俺達は好きでここにきてるんだから」
 その後ろから、鍋からスープを皿に盛り付けながら、瑛が言った。



 その日、この小屋は、主が小さな少女に変わってから初めて賑やかになった。
 フラウはクリスマスソングを知ってはいたが、歌詞を知らなかったので、クレインが持ってきていた昔録音した曲を聴きながら、一緒に唄った。
 クレインにとっても、今回のことは「いいこと」だったのかもしれない。最近は祝うこともなかったクリスマスだったのだが、今回のこの準備も、楽しかった時を思い出しながら用意した。また、この少女を見ていると、自分は恵まれていると思い、同時に、彼女の同居人であるブルームーンを見ると、生活環境は違えどもどこか似たところがあると感じていたからだ。
 そのブルームーンは、ケーキを切っているキウィの足元にじゃれついたり、お菓子をお皿に綺麗に盛り付けているアストライアの足に手を乗っけたり、既に準備を終えて宴の様子を椅子に座って楽しんでいる瑛の膝に飛び乗ったりと、忙しない。
 正直、この厳しい環境で、フラウを喪ったらしっかり生きていけるのだろうかと心配だった。
 アストライアはお菓子の盛り付けが終わると、クリスマスソングを目を輝かせて聴き、
「うまいデス」
 とフラウの頭を撫でたり、瑛が持ってきていた指貫人形でフラウと遊んだりしていた。
 キウィはといえば、料理を食べる前にと、どこかに走っていき、帰ってきた時には両手いっぱいの袋を山ほど抱えていた。
「これ、あの街角の大きなおみせで見たサンタさんのおにんぎょう!」
 人形というより本当は飾りなのだが、フラウは喜んだ。
 キウィは、身寄りのない少年少女のエスパーを保護する施設と化している某研究所で働いているためか、元来の性格か、この少女にどうしても幸せな思い出を作ってあげたかった。
 決して裕福とは言えない彼なのだが、街中をまわって、自分に買えるだけのクリスマスの飾りと追加の花を買ってきたのだった。
「ほら、料理が冷めないうちに食うぞ」
 と、いつまでも三人と遊んでいるフラウに瑛は笑いかける。
 まるで家族のようだ、と、瑛は少女の笑顔を見て思った。口には出さなかったが、その思いは皆に伝わってしまったかもしれない。瑛の持つテレパスは、時々コントロールがきかなくなるから───伝わってしまったかも、しれない。
 それでも皆、何も言わなかった。
 椅子が足りない人間は、空の箱を裏返しにして座った。
「シノムさんのエビチリソースがけのお料理と、フライドチキン美味しいデス!」
「アストライアさんのデザートのお菓子も美味しいですよ」
「キウィさん、そう早く食べては、身体に悪いですよ」
 アストライアとクレイン、キウィも心底から楽しんでいるように感じたのは、瑛だけなのだろうか。フラウの今のこの子供らしい無邪気な笑みも、偽のものなのだろうか。
 シャンパンを初めて間近で見た、とはしゃぐフラウに説明したりグラスについであげたりするクレインとアストライアから離れ、キウィがそっと、瑛に耳打ちした。
「フラウさんは、瑛さんが呼んだ医師によるとエスパーハーフサイバーだそうですが……花を咲かせる能力があるとかは、お分かりですか?」
「いや。何故だ?」
 するとキウィは、耳のよいクレインもこちらに集中していると知った上で、更に続けた。
「フラウさんが研究してきたという紙片から、どうも『聖灰花』は、特定と根を張った場所ならその場所しか咲かないそうです。もちろん、根を張っていないものは気紛れに場所を選ばず突然咲きます。もしかしたら───フラウさんの住んでいる地域が、その『根を張った場所』なのかもしれないんです」
 さっき飾りや花を買い足してきた時に調べてきた、と言う。
 その時には、疲れたフラウを抱き抱えてベッドに寝かしつけてやってきていたアストライアも聞いていた。
「じゃ、イヴに咲けば───つまり、今日咲けば、あの子は少しでも『救われる』デスか?」
 キウィの手作りケーキを食べながらのアストライアに、クレインと瑛は難しい表情をした。
「そう簡単にはいかないとは思いますが───なにしろ一番大きいのはアストライアさん、フラウ嬢が自分の名や生い立ちにより、自分のことを『罰しなければならない人間』だと思っていることです」
 カチャ、と、フォークの音が止まり、アストライアも痛む胸を左手で抑えた。
「オールサイバーの私にも、痛むくらい……心、あるのに、変デス」
「───変?」
 キウィが問い返すと、
「いつもこんな小屋の中で、自分の毎日の、一日一日の生活を考えて生きるのに必死だったに違いないのに───本当は、今私たちが遊んであげていた無邪気な顔が『本当の顔』のはずなのに───世の中は、変デス」
 と、震える声が返って来た。その肩に、ぽん、と瑛の手が置かれる。
「ちょっと、ここらの古株に、キウィの情報について聞き込みしてくる」
 え、と目を瞠る三人。
「ここらの古株って───スラム街ですよ」
「何されるか分からないデスよ」
「危険です」
 クレインとアストライア、キウィに悪戯っぽく微笑んで、瑛は、
「俺は強いから。フラウを頼んだ」
 と、扉を閉めた。



■罪なのか報いなのか■

 瑛が出て行って間もなく、フラウは急に苦しがり出した。
 クレインが急いで、アストライアに瑛がメモを渡していった医師のところへ連絡する。
「来ました!」
 折りしも、雪が降り始めていた頃、キウィが扉を開けて医師を中に入れた。
 医師はフラウを診ていたが、黙って、三人を見上げた。
「「「!」」」
 その瞳が何を物語っているか、三人には充分に分かった。
「早く、瑛も戻らせてやるといい」
 まだ30台なのだろうが名医、と瑛が言っていたその医師が、もう自分のすることはないと、口には出さずに扉を開けて出て行く。
 その扉の隙間から見えた、降る雪を見て、アストライアの瞳が潤んだ。
「雪なんて」
 どん、と扉を叩く。
「雪じゃないデス! この子に似合うのは冷たい雪じゃなくて、きれいなお花なんデス!」
「アストライアさん」
 キウィが、手首をやわらかく掴んでとめる。クレインはフラウのベッドの脇に腰掛け、フラウが一番気に入ったと言っていたクリスマスソングを静かに唄い出した。

 Silent night, holy night,
 All is calm, all is bright
 Round yon virgin mother and Child.
 Holy Infant so tender and mild,
 Sleep in heavenly peace,
 Sleep in heavenly peace

 自然、アストライアもキウィも併せて唄っていると、フラウが目を開けた。苦しそうに、だが、微笑みを作る。
「おにいちゃんたちと、おねえちゃん、ありがとう。あのね、ブルームーンって希望(ゆめ)がかなうっていわれてるんだって……月が青くなるとき、願いがかなうって……だから、この子には、ブルームーンってつけたの」
 と、クゥンと小さく鳴き続けてはフラウの頬をなめる小犬の頭を撫でる。
「でも、……わたしなんかに、そんなこと……ゆるされるはず、なくて」
「そんなことありません。あなたが売っていたお花を見せてもらいましたが、罪のある人に、あんなに綺麗なお花は作れません」
 フラウの言葉を遮ったのは、キウィだった。
 アストライアも唄はクレインに任せ、フラウの手を握る。
「そうデス、きっとフラウさんの名前の『ムクイ』は、努力がむくわれる、の『ムクイ』なんデス」
 くしゃ、とフラウは我慢の限界をこえたように、顔を歪めた。ぽろぽろと、涙が頬を伝っては枕にしみこむ。
「だったら、」
 カチャリと殆ど音も立てずに入ってきた瑛にも気付かず、
「だったらどうして、わたしはもうすぐ、死ぬの? どうして、お花はふってこないの?」
 と、泣いた。
「それが、人間だからではないでしょうか」
 唄をやめて、クレイン。そしてその彼に「唄を続けてくれ」と頼んだ瑛が、フラウの枕元に立った。
「フラウ。今日この人達といて、少しでも幸せだったか?」
 うん、と答えが返って来た。
 瑛の表情がほころび、手を伸ばしてフラウの髪の毛を、くしゃりとやった。
「それでいい。人間が生きるのは、幸せな思い出を少しでも多く作ることだ。そしてそれを諦めない人間には、限りない希望が与えられる。俺は、そう思う」
 しゃくり上げ、苦しそうにしていたフラウは、一呼吸大きく吸い込んだ。
「うん、
 わたし、幸せだった」

 Silent night, holy night,
 Shepherds quake at the sight.
 Glories stream from heaven a far,
 Heavenly hosts sing alleluia;
 Christ the Savior is born
 Christ the Savior is born

 そこまで唄ったとき、クレインの唄は、今度こそ、止んだ。
 その赤い瞳は、カーテンのない窓の外をしっかりと見ている。
「───シノムさん」
 呆然としたような彼の声に、瑛だけではなくキウィとアストライアも見た───まるで雪をかきわけるかのように、白い花が路上に咲いていくのを。



■全ては生きる心のために■

「家の中にもデス!」
 ふと足元を見たアストライアが、そこにも、小屋の床を縫うようにして生えて咲き始める、無数の白い花を見つけて叫ぶ。
「見えますか、フラウさん。これがあなたがずっと探していた、お花ですよ。『聖灰花』というんです。見えますか」
 キウィが、床から一輪摘み取って、フラウに見せる。フラウの瞳は既に虚ろだったが、かすかに微笑んだように、全員には、見えた。
 くん、と、クレインの袖を少しだけひっぱり、フラウは一言二言、何か呟き、
 ───ゆっくりと、瞳を閉じた。
「フラウ、さん?」
 キウィが、そっと前髪をかきわけ、少女の額を撫でてみる。そっとその手を顔の上にかざし、息が途絶えていることに気がつき、ひざまずいた。
「お花───」
 アストライアが、フラウの布団に顔をうずめた。
「咲いたデスよ……ずっと待ってた、お花が……」
 黙ったままのクレインに、瑛が問いかけてきた。
「耳では聞き取れなくても、フラウの能力───テレパスで、届いただろう? 心に。なんて言ってた?」
 クレインは知らず胸を、何故だか震える右手で抑えていたのだが、
「ええ」
 と、呟くように、言った。
「まだ2番までしか覚えていないから、今度は3番から教えてね、と───」
 それ以降、もう誰も喋らなかった。
 しんしんと降る雪と、地面から輝かんばかりに次々と咲き続ける白い花とを、見つめていた。



 瑛はあの後スラム街一番の古株、情報屋をその年でやっているという82歳のエスパーハーフサイバーのところへ行き、聞いてきたのだった。
 確かに、何十年か前にも、純粋な心の人間が死ぬ間際、イヴの日に「聖灰花」と呼ばれる新種の花が、スラム街を軽くこえた広範囲に渡って、その人間を中心に一斉に咲いたのだと。
「通説ではただの新種ってなってはいますけど」
 イヴの翌日、クリスマス。
 フラウを小さな共同墓地に埋葬し、その墓標を見つめながら、キウィが瑛に話しかけた。
 アストライアは、手作りの、「聖灰花」も混ぜた、キウィが買ってきた花を全部使った花輪を墓標にかけている。
 クレインは一度家に戻ったのだが今は、黙って大樹に背をもたれかけさせ、その様子を見ていた。
「本当は、『強く生きる心』に反応して咲くのではないでしょうか?」
「───どうだろうな」
 瑛が、クレインから受け取ったものを、墓の隣に置き、台風などが来ても「流れ続けるよう」しっかりと安全にして、曖昧な返事をキウィに返す。
「私は、キウィさんに賛成デス。だってあの時確かに、フラウさんは、心から幸せって顔だったデス」
 アストライアが、フラウと遊んだ指貫人形を手にはめて、がお、と言ってみる。返って来るはずの無邪気なあの笑顔は、もう、ない。
「この世に『不思議なものはない』と、これも通説ではありますが」
 クレインが、じっと、最後にフラウがつかんでいった部分を見つめながら、言う。
「本当には、信じる人がいないだけで、そんなものは案外たくさん転がっているのかもしれません」
 瑛は黙っていたが、やがて、「よし」と「スイッチ」を入れる。
 フラウの望んでいた唄が、流れ出した。
 昔の録音に更に唄をくわえたものである。
「───3番、いいですね」
 キウィが、ほんのりと微笑んで、優しく、フラウに語りかける。
 瑛が、木陰に置いておいたものを更に墓の周囲にしきつめてから、残しておいた3つを三人それぞれに手渡した。
「クリスマスプレゼントだ。フラウが望んでいたからな、『世界中の人々に』って。お前達三人だけでも、もらってくれ」
 悪戯っぽく、微笑む。
「嬉しいデス、育て方しっかり研究して勉強するデス!」
 と、明るい口調になって、アストライア。
「何よりの、プレゼントです」
 と、優しい微笑みを見せて、キウィ。
「ありがとうございます───」
 その後に続く言葉を呑み込んで、クレインも微笑を浮かべる。
「大丈夫、ちゃんと聴こえてるさ。クレイン、お前の唄も。アストライア、遊んでた時のお前の笑い声も。キウィ、お前の優しくかけていた言葉も。みんな、フラウには聴こえてる」
 フラウの墓の周囲に敷き詰め、三人が受け取ったのは、瑛が一鉢ずつ掘り起こした「聖灰花」。フラウの研究によると、一晩で枯れはするが、鉢として保存しておけば、また一年後に花が咲くという。

 その後、小犬のブルームーンはシノム・瑛により保護されることとなった。が、彼は外出することが多いため、世話の殆どは仲間の何人かが見ていて、幸せそうに成長している、ということである。

 Silent night, holy night,
 Son of God, love's pure light
 Radiant beams from Thy holy face,
 With the dawn of redeeming grace,
 Jesus, Lord, at Thy birth,
 Jesus, Lord, at Thy birth.


 ───唄や声、笑顔と共に、聖なる夜に紡がれた幸せな思い出は流れる。
 ───その者が忘れなければ、───永遠に。





《END》
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★  登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0474/クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど)/男性/36歳/エスパーハーフサイバー
0539/アストライア・0001 (あすとらいあ・ぜろわん)/女性/18歳/オールサイバー
0347/キウィ・シラト (きうぃ・しらと)/男性/24歳/エキスパート
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、サイコマスターズでは二度目のイヴネタノベルとなりました。他にノベルも抱えてはいたのですが、やはり「クリスマス特別企画」となれば、少しでもクリスマス気分が抜けないうちにと、そして、頭の中から「物語の流れ」が消えないうちにと、書かせて頂きました。「聖灰花」というのは、別の読み方ではありますが、実は今年10月某出版社から発刊したものになる候補の一つの物語、そのタイトルから取りました。花の意味は大抵同じなのですが。
唄に関しましては、東京怪談で今年初めてやったクリスマスネタとかぶってしまったのですが、やはり最後のシーンを考えると、これ以上にないほどしっくりくるクリスマスソングでしたので、あえて英語で書かせて頂きました。因みにこの唄は英語では6番まで、和訳は5番まであるようです。何を隠そう、わたしが一番好きなクリスマスソングのうちの一つだったりします(笑)。今回は英語のみでしたが、お暇がありましたら、是非和訳のものも探してみて下さると、この物語の意味等がより一層分かるかと思われます。
また、今回はシノム・瑛が皆さんに渡した通り、アイテムとして、「聖灰花」をアイテム欄に加えようと思ったのですが、このクリスマス企画にはアイテム対応していないということでしたので、何かまた別の機会にお渡しできたらなと思います。
今回は、御三方とも統一ノベルとさせて頂きました。書き手としてはとても満足のいく物語(ストーリー)となったのですが、皆様もご満足頂けましたでしょうか。

■クレイン・ガーランド様:いつもご参加、有り難うございますv 曲はやはり、ピアノ演奏したものでしょうか。お墓にいつまでも流れ続ける、というのは勝手にしてしまいましたが、「これはされるとマズかった」ということでしたら、ご意見くださいませ; 小犬のブルームーンは、ああいう生活を送ることになりましたので、大丈夫です。ご心配くださって、有り難うございます♪ フラウ嬢にクリスマスソングを教えて頂けて、彼女も喜んでいることと思います。
■アストライア・0001様:初のご参加、有り難うございますv そして掲示板では瑛がお世話になっております。お菓子とお花の家になったのは、フラウ嬢にとってとても嬉しいことだったと思いますし、お菓子もそんなに食べられない生活を送っていたはずなので、きっと今でも天国で感謝していることと思います。指貫人形という懐かしいもので遊んで頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■キウィ・シラト様:初のご参加、有り難うございますv 東京怪談と、サイコマではお父上にお世話になっております(笑)。このキウィさんの設定でしたら、フラウ嬢を放っておけないだろうなと思いまして、色々と比較的積極的に動いて頂きましたが、如何でしたでしょうか。ケーキなんてフラウ嬢は食べたことも実はなかったので、とても喜んでいることと思います。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回はその全てを入れ込むことが出来たかなと思えました。本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。「人は何のために生きているか」「運命はどんな理由で偶然ではなく働き、人と人とを出逢わせているのか」「自分が幸せだと認める勇気」を考えながら、書いていました。皆様にも、少しでもそれを頭において、もう一度「フラウにつけられた本名」と「聖灰花」にまつわるこのノベルを読み返して頂けたらなあなんて贅沢な願いを、今年最後と称して祈っています(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2004/12/28 Makito Touko