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都市マルクト【繁華街】ヘブンズドアのクリスマス
穏やかな聖夜
ライター:高原恵
いらっしゃい。
今日は店の中が寂しいでしょう?
クリスマスは皆、自分の家で過ごす事が多いですからね。お客さんは少ないんですよ。
この繁華街でも、半分くらいの店は閉まってますし、いつも五月蠅い客引きや売人も姿を見なかったでしょう? 彼等も、今頃はクリスマスを祝っている筈です。
ヘブンズドアは、来て下さるお客さんがいる限り、こうして開いてますけどね。
さて、一杯どうですか? クリスマスプレゼントと言うわけではありませんが、店からのおごりです。
では、クリスマスを祝って‥‥とっておきの一杯をお出ししましょう。
●聖夜は来たれり
今年もまた、聖なる夜が訪れた。
神の怒りかとも思われた『審判の日』、そしてその後に続いた大暗黒期を経てもなお――聖なる夜は訪れた。生きとし生けるものたちに、平等に。
無論、ここセフィロトも例外ではない。セフィロトのあるブラジルは元来、キリスト教徒は多いのだ。それゆえ、クリスマスともなると盛大に祝うこととなる。
しかし、何かのカーニバルのごとく外で派手に騒ぐ訳ではない。家族や仲間たちと、家で主の生誕を祝いながらゆったりと過ごし楽しむのが普通である。そして夜には、晩餐会を開いてお祝いをするのだ。
いやはや、何とも真摯な聖なる夜の過ごし方である。けれども別の見方をするのならそれは、家で過ごすために街は閑散となるということでもある。繁華街であれば、なおさらに。
セフィロトの第1フロア――都市マルクト。普段であれば絶え間ない賑わいを見せている酒場ヘブンズドアも、この時期ばかりは非常に閑散としているのであった……。
●寡黙な空気、饒舌な視線
カラン……と、空になったグラスの中の氷が音を立てた。積み重なっていた氷が、溶けてグラスの底に落ちたのだ。
「…………」
カウンターで1人夕食を取っていた高町恭華は空のグラスを小さく持ち上げた後、そのままバーテンの方へ押し出すように無言で置き直した。
バーテンも心得たもので、その恭華の仕草を見てすぐに空のグラスを回収すると、30秒も経たないうちに新しいグラスを持ってきた。まあバーテンがそういう芸当が出来るのも、恭華が幾度かここに顔を出していたのと、客の数がとても少なかったからであろうが。
本当に、笑えるほどに普段より客の数は少なかった。いつもの半分……いや、1/3以下かもしれない。もっともそれはここだけにあらず、繁華街全体に言えること。店も半分ほどは閉まっているのだ。いつもは鬱陶しくなるほどにしつこい客引きや得体の知れない売人たちすらも、姿が見えなくなっているのだから、納得の出来る話であるけれども。
店は普段の喧騒が嘘のように思えるほど静かだった。いつものように喋っていても、大声を出してしまったのではないかと感じてしまうくらいに。だが、時折個室のある方角より楽しそうな声が聞こえてくる。誰かが個室を借り切り、仲間たちとパーティを開いているらしい。
(賑やかなことだ)
恭華はそんなことを感じながら、スプーンを置いた。別に個室の方に対して耳を澄ませていた訳ではない。店内が静かゆえに、漏れ聞こえる音が自然と恭華の耳に入ってくるだけのことである。
黙々と夕食を取っていた恭華だったが、視線は何度となく感じていた――ほとんどは胸元にある豊潤な双房に向けての視線だ。男たちからすれば(一部の女性もかもしれないが)、恭華のスタイルのよさには服の上からでも目が釘付けになってしまうらしい。
残念ながら男たちが目の保養としたい対象物は、セーターとその上に羽織ったジャケットによって全て覆い隠されている。恭華がちらりと視線の主たちの様子を窺うと、ほとんんど皆が苦笑しながら肩を竦めて『しょうがないや』といった仕草を見せていた。
「……セーターがなきゃな……」
まれにそんな声も聞こえてきたが、それを聞いた恭華は苦笑したくなるのをついつい堪えることとなった。
いやはや、知らないというのは何とも滑稽である。セーターの下には、きちんと防弾スーツを着用していたのだから、恭華は。
(……私に興味があるのなら、素直に声をかけるなりすればよいのに)
誰にも分からないくらい小さな溜息を吐き、恭華はグラスに口をつけた。
もしナンパをしてくるような者が居たのなら、恭華もそれに乗ることはやぶさかではなかった。無論、下手なお誘いをかけてきたのなら、最後まで言葉を聞くまでもなくお断りであるのだが。
●サービス、そして贈り物
「どうぞ」
バーテンが恭華の前から夕食の皿を回収し、入れ替わりに切り分けられたローストターキーの載った皿を置いた。恭華が怪訝な視線をバーテンに向けた。
「注文していないけど……?」
「店からのサービスですよ、クリスマスですから。プレゼントとまでは言いませんが」
バーテンはふっ……と笑みを浮かべて恭華に言った。ヘブンズドアは客が来る限り、いつであろうと開いている。なので、ちょっとした感謝の気持ちがあったのかもしれない。……それにしては、他の客には出していないようなのがちとあれだけれども。
まあサービスと言うのなら、遠慮なくごちそうになっても問題はない。恭華は皿に添えられていたフォークを手に取ると、ローストターキーを1切れ口に運んだ。噛み締めると肉汁が染み出してくる。美味しさが口の中いっぱいに広がっていった。
「どうぞ」
少しして、またバーテンが恭華の前に物を置いた。今度は皿ではない、カクテルグラスだ。淡く青いカクテルの色が、グラスに映えていた。
「これもサービス?」
先程のことがあったから、恭華はそうバーテンに尋ねた。しかし、バーテンはゆっくりと頭を振った。
「いえ。これはあちらのお客様より……」
バーテンは入口に近い側を手で指し示した。そこにはいつの間に来たのか、1人の青年がカウンターに座っていた。恭華の初めて見る顔だった。
青年は恭華の眼差しに気付くと、飲んでいたカクテルグラスを軽く上げて会釈した。恭華も会釈を返し、出されたカクテルグラスを手に取った。
青年も恭華がカクテルグラスを手にしたことで安堵したのだろう。自分のカクテルグラスを手に、静かに恭華のそばへと近付いてきた。恭華は青年に目を向ける訳でもなく、そっとカクテルグラスに口をつけた。
「隣……空いてますか?」
「あいにく、誰の物でもないから」
青年の問いかけにそう答える恭華。口調に拒否するニュアンスは感じられなかった。誰の物でもない――つまり、空いているということだ。
「じゃあ……」
恭華の隣に座った青年は、少し思案してからこう言った。
「あなたの、朝までの時間は?」
「……さあ」
青年に目も合わせず、素っ気なさそうに恭華は言う。そして、カクテルをもう1口だけ飲んでから、カクテルグラス越しに青年のことを見た。
「それについては、一晩かけて教えてあげてもいいけど――」
……次の日の朝を恭華がどこで迎えたのか、それについて触れるのは野暮というものであろう。皆様のご想像にお任せすることにする。
メリークリスマス。
【END】
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名:クラス
【0490】 高町・恭華:エキスパート
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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・『サイコマスターズ・アナザーレポート PCパーティノベル・セフィロトの塔』へのご参加ありがとうございます。本パーティノベルの担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・クリスマスの模様をお届けするのが大変遅くなってしまい、非常に申し訳ありませんでした。全体的に静かで穏やかに進んでいたお話ですが、この後にどのように展開されたのかは……さて?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、またお会いできることを願って。
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