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little angle
☆−Fall−☆
一年に一度。
天使達は地上に祝福をもたらす。
人々はその日を、クリスマスと呼ぶ。
世界中に数え切れないほど存在する教会。その1つ1つに天使たちは舞い降りる。
この街外れの小さな教会にも、例外なく天使は来るのだ。
その身体に似つかわしくないほどの大きな翼を羽ばたかせ、彼らは地上に降りる。舞い散る白い羽根は雪になって地上を白く彩り、時に雪に混じる羽根を手に入れ特別な祝福を与える。
教会に訪れる人々に等しく祝福をもたらす日。それは、この小さな天使にも同じだった。
祝福をもたらし天へと帰る。
それだけのはずなのに―――…
『何……!?』
見えないはずの彼を無数のカラスが取り囲む。
『止めて!』
襲い掛かるカラスの嘴が、彼の身体や羽根を傷つける。
彼は翼を羽ばたかせ、団子状態のカラスの群れから飛びぬけた。何とか逃げなくてはいけない。
『…ぁう!』
背中に鈍痛を感じて、彼の意識は白濁として、力の抜けた翼が羽ばたくのを止める。
彼の身体はそのまま地上へと落ちていった。
☆−Encounter−☆
普段はめったに外へ出ることはしないが、クリスチャンでもあり降誕祭でもある今日、教会のミサへ向かうためにクレイン・ガーランドは久しぶりに家から外へ出た。
アルビノ体質である自分にとって、日光の下で出歩くことは困難ではあったが、太陽の光が地平線の向こうからオレンジから紺へのグラデーションを作り始めた時間に教会へと向かう。
自分が住んでいる地域の教会のミサが夜に行われることは、クレインにとってとても都合がよく、その方がキャンドルの光も綺麗に見えることだろう。
―――ドシャッ!!
不思議な衝突音に、クレインはふと足を止める。
「……?」
今、目の前を何かが通り過ぎ、足元に落ちた。
クレインはゆっくりと視線を足元に移動させる。
「天使…?」
そこには6歳くらいの翼を付けた少年が、所々につつかれた様な引っかかれた様な傷を付けて倒れていた、
それと同時に聞こえた不穏な羽音にクレインは顔を上げると、カラスが数羽、空を旋回していた。
どうやら、あの空を飛んでいるカラスに攻撃されたようだ。
これ以上はちょっかいを出してくることはないだろうと判断すると、クレインは天使と同じ容姿の少年を抱き起こし、口元に耳を当て息を確かめる。
「大丈夫ですか?」
クレインの声に反応するように、薄っすらと瞳を開けた少年は、
『だぁれ…?僕が、見えるの……?』
「はい、見えていますよ。大丈夫ですか?」
『……ぅん』
ところどころ煤汚れた背中に白い翼を持った少年。
クレインはクリスマスという今日の日に出会った少年に、何か運命を感じずにはいられなかった。
「おや…」
少年は小さな手でぎゅっとクレインの服を掴んで、また意識を失ってしまっているようだった。
☆
取り合えず少年を家までつれて帰り、お風呂に入れてやると、背中の羽根がクリスマス用のコスプレなどではなく、実際に背中から生えているものだと確認できた。
「正直どこの病院へ行けばよいのか分からなかったのですよ」
天使という生き物の特性なのか、カラスに受けた傷はすっかり自己治癒してしまったらしく、傷跡一つ無くなっていた。
『あの、助けてくださってありがとうございました。えと、お兄さんは、どうして僕が見えるの?僕の事誰にも見えないはずなのに』
それでも、一応おでこや腕に怪我が無いかと見ているクレインに、少年が尋ねる。
「さぁ、どうしてでしょうね。ですが、あなたが私の前に落ちてきたんですよ」
そう笑いかけると、少年は照れるようにクレインを見る。
「天使様とお呼びしてもいいのですが、名前がないと不便ですね。私は、クレイン・ガーランド。あなたの名前をお聞きしてもよろしいですか?」
『うん!僕はティアラ。じゃなくて、未来を司る天使ティアイエル』
ティアラと名乗った天使は、照れたように微笑んで、声を弾ませてクレインに名前を告げた。
☆−Protection−☆
『僕たちは、毎年この日に教会へ祝福を届けるの』
教会に行かなければならないというティアラの手を引いて、クレインは道を歩く。一人で行くと言ったが、またあのカラスに襲われるかもしれないと思って、どうせクラインも教会へは行こうと思っていたし一緒に教会へ行く事にした。
念の為にと、小さな銃を一丁上着の裏に持ってきた。
そんな、ティアラ達天使はクリスマスの日に教会へ訪れる人々に祝福を与える事が仕事だという。
「では、ティアラみたいな天使は他にもいっぱいいるという事ですね」
ミサは毎年行われているはずなのに、今日ティアラが目の前に落ちてくるまで気が付かなかったとは、なんとも不思議なものである。
『ティ〜ア〜ラ〜〜〜!!』
どこか舌足らずな高めの少女の声が響く。どこからの声かとクレインは辺りを見回すと、カラスが数羽、真正面から飛びぬけていった。
「誰です?」
声のトーンからしてやはり子供。ティアラと同じような天使は子供が多いのだろうか。
カラスの羽根に包まれながらも顔を上げると、やはり6歳くらいの年のころの黒い翼を持った少女がこちらを見下ろしていた。
『サ…サリー!?』
どうやら、ティアラはあの黒い翼の天使の正体を知っているようだ。
「カラスを操っていたのはあなたですか?」
『うっさい、おじさん!!バカティアラ!絶対、教会になんか行かせないんだから!!』
「………」
確かに事故で半身がサイバー化してしまった上に、なんら昔と変わらない容姿とは言え、36歳と言えばもうおじさんの歳かも知れない。だが、幾年生きてきたのか分からない天使におじさんとは言われたくないものである。だが、この目の前の天使たちの容姿は小学校上がるか上がらないか程度なのだから、自分はやっぱりおじさんなのだろうと納得してしまう。
ティアラがサリーと呼んだ少女が叫ぶと同時に、その背後から無数のカラスが襲いかかる。
問答無用の攻撃に、クレインは無表情で念の為にと持ってきた小さな銃の銃口を少女に向け、引き金を引いた。
☆
『ごめんなさい…』
頭にばってんバンソーコーをつけるようなギャグっぷりを披露して、ふて腐れている少女天使。
クレインの足元で正座させられているサリーこと黒い天使・サリエル。クレインの記憶が正しければサリエルとは最高位の天使にして、邪眼の使い手であり、堕天使としてもその名を連ねている。
クレインの咄嗟の転機でなんとか二人は無傷で済んだものの、彼女を見下ろしているクレインとサリーの間でおろおろと成り行きをただ見つめているティアラ。
「さて、サリー。どうしてティアラを襲ったんです?」
謝りはしたが完全に気を許していないサリーは、そんなクレインにぷいっと顔を背ける。
ふぅっとため息を付いてサリーを見ていると、クレインの背後から声が掛かる。
『ごめんね…サリー…』
口を開いたのは、ティアラだった。
その言葉を聴いた瞬間、サリーの瞳からぶわっと涙がこぼれ出た。
『謝らないでよぉ!今日が終わった後に出会うティアラはもうティアラじゃないんだからぁ!!』
天使は死なないから、傷つけて動けなくしても、祝福を与えに行かせたくなかった。
あぁ、そうか、クリスマスに祝福を与える天使は、新しく生まれ変わるのか。
「私に、あなた達天使の世界の事は分かりませんが、役目を全うすることが出来なかった天使は、この先どうなるんです?」
役目を全うできなかった天使は、ただ消えるのみ。サリーもそれを知らないはずないのに。
クレインの質問に、言葉を無くしていたティアラと、泣き崩れていたサリーが顔を上げる。
「あなたには役目がないのですか?」
教会に等しく天使が舞い降りるなら、高位の天使であるサリーにも何か役目があるはずだ。なのに、自分の役目をほったらかしにしてここに居る、クレインにとっては矛盾の天使。
『私は、堕天使だもの…役目なんて、ないわ…』
なぜ堕天使が天使に逢う事が出来るのだろうか。聖書の通りならば、堕天使は天界を追放された存在のはず。二人が出会う事などありえない。
しかし堕天使や悪魔と天使は天敵のようなもの。役目の妨害を行うことも不思議ではない。だが、
「あなたは役目のあるティアラが羨ましかったのですか?」
『違う…!!私は……』
ぐっと口ごもり、またそっぽを向くサリーに、クレインは屈みこむと、その姿を真正面から見つめた。そして、天使と言う存在であれ、その心は女性なのだという事を知る。そんなクレインにそっぽを向いているサリーの顔からはぼろぼろと涙が溢れている。
『だって…ティアラは…人の未来に祝福を与えたら、生まれ変わっちゃうん…だもの……』
あふれ出る涙を拭おうとせずに、ただ泣いているサリーに堕天使と天使という種族の境を越えた絆を感じて、クレインはその顔を真正面から見据えると柔らかく微笑みかける。
「サリーはティアラが大好きなんですね」
その言葉に、ティアラは一瞬瞳を大きくすると、真正面からきっとクレインを睨みつけた。
『誰も気が付かないのに、誰も知らないのに…!!』
サリーはクレインを睨みつけたまま、背中の翼をバサっと広げる。
『ティアラなんか勝手に祝福を与えて勝手に生まれ変わっちゃえばいいのよぉ!』
飛び上がり、そんな捨て台詞を残してサリーは空へと飛び去っていく。
天使という存在で、クレインの眼にはどうしても小さな子供にしか見えなくとも、やはり少年と少女なのだという事。
俯いているティアラにクレインは振り返ると、
「大丈夫ですよ、ティアラ。サリーはちゃんと分かっています。あなたが生まれ変わっても、サリーはまたティアラと仲良くしてくれますよ」
この時のティアラにとって、クレインの言葉など、ただの気休めにしか聞こえていなかっただろう。
それでもティアラはクレインを見上げ、微笑んだ。だが、クレインにはその笑顔が強がりに見えて、その頭を優しく撫でた。
道すがらポツリポツリとティアラは話す。
未来への祝福を与える事で全ての力を使い果たし、また生まれなおす『ティアイエル』と言う天使。
クレインは思う。
人間は罪深い、この小さな天使が祝福を与えるに値するだけの価値が…本当にあるのだろうか、と……
『僕たち天使は、人の思いで生まれるモノだから、クレインがそんな顔する必要…ないよ?』
知らずに眉間に皺がよっていたらしい。ティアラに言われるまで気が付かなかった。
クレインは肩をすくめ苦笑を浮かべると、星が輝く空を見上げたのだった。
☆−Blessing−☆
やはりサリーが帰ってしまった後から、ティアラの顔に明らかに元気が無い。
クレインはティアラの手を引いて教会の扉の前に来たものの、ティアラの足はそこでぴたりと止まってしまった。
「ティアラ?」
見下ろしたティアラが泣きそうにクレインを見上げる。
「例え、誰もティアラが祝福を与えていることを知らなくても、私は知っています」
『クレイン…』
「来年も再来年も、私はティアラを信じ続けるでしょう」
不安げに見上げていた顔を綻ばせて、ティアラはクレインに笑いかけた。
その笑顔を答えとして、クレインは教会の扉を開ける。
(!?)
風など一切吹いていないのに、教会の中から暖かい風がクレインの髪を吹き上げる。
一瞬の光に眼を細めると、教会の中へ引き込まれるようにティアラの身体が浮かび上がる。
教会の中から聞こえる賛美歌。
それに乗るようにティアラの歌声が響く。
教会いっぱいに大きく広がる翼。
大きく広がったティアラの翼から落ちる純白の羽根が、光となって教会中に蛍の光のように広がっていく。
この光が見えているのは自分だけなのかもしれない。
その姿さえも光の粒子に変えて、ティアラは振り返る。
「……っ!」
振り返ったティアラの微笑みの穏やかさ。
この時初めてティアラが受胎告知などの絵画に残る重厚な天使に見えた。
『ありがとうクレイン。貴方の未来に祝福があらん事を!』
「お元気で、ティアラ」
クレインは笑顔を浮かべ、あえて『元気で』という言葉を口にした。
ティアラはその言葉に一瞬瞳を大きくしたが、その姿に見合うような無邪気な笑顔でニッコリと微笑み返す。
それは、聖なる日クリスマスに起きた奇跡。
教会に振る光の中に身を投じると、クレインの前に一枚の雪のように真っ白な羽根が一枚舞い降りた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【0474 / クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど) / 男性 / 36歳 / エスパーハーフサイバー】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは初めましてクリスマス限定little angleにご参加くださりありがとうございました。ライターの紺碧でございます。本当はバトルでもしてもらおうかと思っていたのですが、やはりクリスマス商品でありますしクリスマスの日は何処の国も争いを止めると言うことで、あえてバトル描写は省略させて頂きました。
クレイン様は静かなPCそうな感じがしたので、あまり抑揚も無く水の波紋のような感じで書こうと思ったのですが、あまり活かされていない様な気がします。胸ポケットに入れれなくて申し訳ありませんでした。
それでは、またクレイン様に出会える事を祈りつつ……
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