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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【ジャングル】ワイルドターキー

ライター:青猫屋リョウ

【オープニング】
 クリスマスとは言えば、七面鳥だ。こんがり焼けたあいつに会えば、セフィロトの地獄の中で生き延びてきた事が無駄じゃなかったと心底思えるだろうよ。
 そこでどうだ。クリスマスイブの晩餐で、どんとでかい奴をテーブルの上に置いてみないか?
 買うのかって? いやいや、金なんか無いだろ? もっといい話があるんだ。
 ちょっと穴場があってな。ジャングルの中なんだが‥‥俺の知ってる秘密の場所に、七面鳥が住み着いてるんだ。
 野生種ってわけじゃないだろう、何処かから逃げたのが勝手に増えたんだろうな。
 もちろん、誰の物でもない。なら、お前さんの胃袋に入れても問題ないって事だ。悪くない話だろう?


 黒のタンクトップの上に迷彩のジャケットを羽織り、下はゆったりしたこれまた迷彩柄のデニム。長い銀の髪は頭の上でひとつに結い上げられている。いつになくワイルドなファッションに身を包み、白神空は独りジャングルにいた。
 目的は、七面鳥狩りである。
「さあて……待ってなさいよ、ターキーちゃんたち」
 肉汁あふれる七面鳥を思い浮かべて空は舌なめずりをした。
 クリスマスも近いこの時期、セフィロトの住人はにわかに活気付く。楽しいクリスマスを過ごすためにビジターたちは様々な努力を払うのだ。
 小金があればマナウスまで繰り出して豪華なコース料理を楽しむ選択肢が一番だが、金はなくとも仲間を多く集めれば、食料を持ち寄ってささやかなパーティも出来るだろう。懐具合に応じて、過ごし方は十人十色だ。
 そして空はと言うと、金はないが豪華なディナーは楽しみたい、でも群れるのは嫌だ、と言うわけで、ローコストで食材を手に入れられる、野性の本能赴くままの方法――すなわち狩り、となったのである。
 ジャングルも随分と奥のほう、人の気配がまるで感じられなくなる辺りまでやってきて、空は一息ついて辺りを見回した。
「そろそろいいかな……」
 人目がないことを確認し、空はジャケットをさらりと脱ぎ捨てた。日に焼けていない白い肌に熱帯の植物の無骨な影が落ち、空の息遣いに合わせて揺らめく。
 目を閉じ、意識を集中して大きく息を吸い込む。そして少しずつ息を吐き出すにつれ、耳が尖り、爪が尖り、体表が銀の毛で覆われていく。息を吐き出しきったときには、空の体は狐の獣人『玉藻姫』へと変化していた。
 どうせならばジャングルに入ったときから変身して七面鳥の匂いを追ったほうが楽ではあるのだが、セフィロトに近いあたりは人目も多い。誰が見ているか判らないところで自らの能力を曝け出すような真似は極力避けたかった。
 ジャケットを肩に引っ掛け、くんくんとあたりの匂いを嗅ぐ。
 一面に噎せ返る植物の匂いと、湿った土の匂い。遠くから漂う鉄と火薬。その間を縫うようにして生き物の――家畜の匂いがする。
 大方の方向を定めると、空は音を立てないように気配を殺し、慎重に進んだ。
 ジャングルは深く、植物はどこまでも生い茂っている。羊歯も椰子も版図を広げようと力強く枝葉を延ばし、ともすれば自分もこの緑の中に飲み込まれてしまいそうだ。植物の生命力というものを実感する。
 以前ねぐらにしていた街も周りを森に囲まれていたけれど、そこの森はここまで貪欲ではなかった。ヒトの生活を侵そうとはせず、一線を引いてつかず離れず存在している、そんな森だった。
 少し懐かしく思いつつ、空は以前親しんだ森とは似ても似つかないジャングルを奥へ奥へと分け入っていった。
 しばらく進むと、前方からかすかに羽音と鳴き声が聞こえてくる。ゴロゴロと、お世辞にも可愛らしいとは言えないその鳴き声は間違いなく七面鳥のものだ。その音から察するに一匹や二匹ではない。
 羊歯の葉陰からそっと眼だけを出して覗いてみると、健康そうな七面鳥たちが何も知らずに地面を引っかいてゴロゴロと鳴き交わしているのが見えた。マナウスあたりで売っている丸々と太った七面鳥には及ばないものの、餌は豊富なのだろう、食用に耐えうるほどには肥えている。
 ――上等だわ。
 空は赤い舌を出してぺろりと唇を舐めた。薄く開いた唇から尖った犬歯が覗く。大きめの何羽かの七面鳥に狙いをつけ、爪を尖らせて一息に茂みから飛び出した。
 一際高い鳴き声と切羽詰った羽音を立てて七面鳥は四散する。――が、野性で鍛えられているとは言っても所詮は鳥の足。空のスピードに適うわけもなく、あっという間に足を掴まれ、三匹が抱え込まれてしまった。
 七面鳥たちは往生際悪く羽を広げて羽ばたき、空の腕をつつき出す。
「あ、こら!観念しなさい!」
 空は特に抵抗の激しい一羽を押さえ込んですぐにも絞めようとしたが、ふと気づいて手を止める。
「……何だ、あんた女の子なのね」
 じゃあいいわ、と空はあっさり手を離した。七面鳥は自由になるや否や、羽が抜けて飛び散るのも構わずに、一目散に羊歯の茂みの中に駆け込んでいった。
 猟を生業とする者は決して雌と子供を撃つことはない。種を根絶することがないようにだ。空もそう言ったところはわきまえている。
 暖かい目で雌が逃げていった方向を見やった後、残りの二匹が雄だと確認すると、空はためらいなくその爪で細い喉をかき切った。


 最終的に五匹の七面鳥を仕留め、空は意気揚々とセフィロトに戻った。
 そのうち二匹はセフィロトの問屋に高値で売り捌き、もう二匹はセフィロトで知り合った相手にプレゼントするため、血抜きをして冷蔵した。そして残りの一匹が空のクリスマスディナーとなる。
 聖夜ともなれば殺伐としたマルクトの街もイルミネーションで飾られ、いつもとは違う、どこかふわふわと浮わついたような空気が満ちる。幸福が滲み出た雰囲気、とでも言うのが一番しっくり来る表現だろうか。
 家族と暖かな夕食を囲む。仲間を集めて馬鹿騒ぎする。恋人と甘い一夜を過ごす。
 クリスマスは世界が穏やかな愛に満ちる日だ。随分と荒廃した今の世でもそれは変わらない。
 けれど、どの時代のどこの国にも、神の御手から零れ落ちる子羊は存在する。
 少し値の張るワインを買い込んで、ねぐらにしているアパートに帰る途中だった。今日ばかりは閑散とした繁華街をとぼとぼと歩く少女の姿がやけに目について、空は足を止めた。
 細い体に似合わない大きなストールは街娼のしるしだ。ここでは幼い少年少女が街頭で客の袖を引いていても誰も咎めはしない。生きていくためには仕方のないことだからだ。空も普段ならば風景のひとつとして見逃していたところだろう。
 しかし、今日はクリスマス。街娼であろうがどれだけ貧しかろうが、この日は家族と過ごすというのがこの国の伝統のはずだ。
 そんな日に一人、客を探している。何か訳でもあるのだろうか。
 空の足は自然と少女のほうに向かっていた。
「ねえ、お嬢ちゃん」
「!」
 突然声をかけられて驚いたのか、少女はびくっと体を強張らせた。恐る恐ると空を見上げる瞳はかすかに青みがかった深い黒だ。小麦色の肌ともあいまって、それは随分と澄んだ色に見えた。
「ごめんね、びっくりしたかしら」
 優しく微笑んで見せると、少女はとんでもないと首を横に振る。
「あの、何か……?」
「ちょっと気になったのよ、こんな日もお仕事なのかなって。お家に帰らなくていいの?」
 空の言葉に少女は一瞬、表情を曇らせた。返す笑顔もどこか弱々しい。
「あたし、父さんも母さんもいないから」
「…………」
「だから毎日働かないと駄目なの」
 でも今日はお客さんいないね、と付け加え、少女は小さくため息をついた。その横顔は生活に疲れた者のそれだ。
「……そっか」
 空はしゃがみこんでそっと少女の手を取った。ねえ、と少女の顔を覗き込む。
「じゃあ、今日はあたしがお嬢ちゃんを買うわ」
「……え?」
「いいでしょ?」
 少女は驚いて目を丸くし、まじまじと空を見た。真意を測りかねて戸惑っているようだが、拒否の言葉がないということは承諾したということだ。
 空は不安を取り除くように明るく微笑み、少女の手を引いて歩き出した。


「わぁ……!」
 空の部屋に足を踏み入れるなり、少女は目を輝かせて歓声を上げた。
 それもそのはず。部屋の真ん中に設えられたテーブルの上には、こんがり焼けた七面鳥を筆頭として、ケーキやらクリームやら、豪華なディナーが一揃い並べられていたのだ。
「すごぉい!」
 少女は嬉しそうに笑ってテーブルに駆け寄る。その無邪気な表情に安堵して、空も笑みを漏らした。
「座ってて。すぐ支度するから」
 空は少女にそう声をかけるとキッチンに向かった。支度と言っても、買ってきたワインを開けてグラスに注げばディナーは完成だ。
 チリン、とグラスを合わせる音とともに、ささやかに豪華なディナーが幕を開けた。
 朝から仕込んだマリネもシュリンプサラダも、我ながら良く出来ている。もちろんメインの七面鳥は言うこともなく美味。小屋に押し込められて育った太りすぎの七面鳥など及びもつかない、引き締まって味のあるいい肉だ。
 ――わざわざジャングルまで行った甲斐があったわね。
 七面鳥の味に満足し、また少女が美味しそうに七面鳥の足にかぶりついているのを見て、空はしみじみとそう思った。
 心ゆくまで七面鳥を堪能したらしい少女は、今度は甘いものを求めてクリームを舐めている。頬にちょこんとクリームがついているのを見て空は思わず噴き出した。
「クリームついてるわよ」
 席を立って少女の隣に立ち、少し身を屈めて、空は少女の頬についたクリームをぺろりと舐め取った。少女は照れたように頬を染めて、ありがと、と呟く。それから気がついたようにテーブルの料理と空の顔を見比べ、少し肩を落とした。
「ごめんなさい、こんなに食べちゃって」
「構わないわよ、別に」
 少女の頬に手を添えて、顔を近づけ鼻先を突き合わせる。
「むしろどんどん食べて腹ごしらえしといて貰わないとね。これから沢山『運動』するから」
 くすっと笑った空に、少女は首を傾げてさも艶然と微笑んで見せた。歳に似合わない妙な色気はやはり生業のなせる業だろうか。
 少女はぺろりと唇を舐めると、
「期待しといて」
 言うが早いか、少女は自らの唇を空のそれに重ねる。柔らかい唇の感触と、細い腕がするりと首に回されるのを感じながら、空はゆっくり目を閉じた。
 イルミネーションに照らされていつまでも明るい聖夜の夜は、静かに穏やかに更けて行く。


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】 白神・空


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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつも有難うございます。青猫屋リョウです。
 
 今回は七面鳥狩りのお話でしたが、案の定というべきか、後半のほうに力が入ってしまった感がひしひしといたします。相手はマッチ売りの少女と言った感じの女の子に設定してみましたが、如何でしょうか?
 空さんらしい(笑)場面はいつもながら楽しく書かせていただきました。自分は「空さんと女の子」と言う組み合わせがとても好きなのだなあ、としみじみ実感です。
 
 それでは、またお気が向かれましたらお声をお掛け下さい。
 今回はどうも有難うございました。