PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【繁華街】ヘブンズドア

ライター:青猫屋リョウ

【オープニング】
 いらっしゃいませ。ヘブンズドアへようこそ。
 まずは一杯。貴方の生還を祝って、これはこの店のバーテンの私がおごりましょう。
 貴方の心を潤す一杯になったなら何よりです。
 さて、今日は誰かと待ち合わせですか? 愛する人と二人きりも良し、テーブルに行って仲間と語り合うのも良いものです。
 それとも、今日はお一人がよろしいでしょうか? そうとなれば、貴方の大切な時間を私が汚してしまった事を許してください。
 さて、それとも‥‥今日は何かを抱えて店にやってきた。辛く苦しい事。重苦しく、押しつぶされそうで‥‥
 そんな時は、誰かに話してみてはどうでしょう? こんな私にでも話してみれば、少しは心が晴れるかも知れません。
 夜の時間は長い様で短い。せめて、その一杯を飲み干すまでは、軽やかな心で居られますよう。心より願っておりますよ。



 12月31日。大晦日の昼である。白神空は寝起きしている部屋でひとりぽつねんと天井を見上げた。
 ――一人きりの年越しなんて、ありえない。
 空は頬を膨らませ、窓に歩み寄って通りを眺め下ろす。
 クリスマスの熱狂が過ぎた街は妙に閑散として寒々しく、人々は事務的に年末の準備を整えにかかっている。年越しと新年と言うのはクリスマスほど人の心を捉えるイベントではないらしい。
 それでも、「来年」だったものが一瞬で「今年」に変わるのだ。これはすごいことだと空は思う。そして、そのすごい瞬間をたった一人冷たいベッドの中で過ごすのはもったいない、とも思う。
「……でも、相手がねぇ……」
 空はここセフィロトにやってきてまだ日が浅い。全てさらけ出して見せられるほどに信頼できる相手はまだ数少ないのだ。
「どうしようかなぁ……」
 ふう、とため息を漏らして窓枠に肘をつく。長い髪を指に絡めて遊びつつ、考えるともなしに通行人を見ていると、仲睦まじく腕を組んで歩く男女が目に入った。女性のほうはストールを巻きつけている。街娼だ。
 その光景に、呼び起こされるものがあった。
「――そうだ」
 数日前に一緒に過ごした少女の顔を思い出し、空はにっと笑った。


「ねえ、ちょっといいかしら」
「何?」
 声をかけられた少年は値踏みするような目で空を眺め回した後、ぶっきらぼうにそれだけ返答した。街娼の集まる界隈で立ち尽くしているこの少年も、客待ちの一人だろう。
「悪いけど、女の客はとってないんだ」
「あら、残念ね。……でも違うの、人を探してるのよ」
 少年に、あの時の少女の特徴を告げる。外見から、両親がいないと言う境遇に話が移った時、少年はああ、と呟いた。
「ちょっと待ってなよ、呼んでくるから」
 濃紺のストールを翻して、少年は込み入った路地の奥に消えた。
 しばらくして、少年に引っ張られて小柄な少女がやってきた。空の顔を見て、あ、と声を上げる。
「この前の……」
「ふふ、お嬢ちゃんのことが忘れられなくて」
 少年にコインを握らせてその場から去らせると、空はにっこり笑って少女の顔を覗き込んだ。
「出来れば今日もあたしに買われてくれない?一人で新年迎えるのは寂しくて」
 ね?と首を傾げる空に少女は躊躇するような表情を見せたが、少し考え込んだ後にゆっくりと頷いた。
「――うん、わかった。付き合ってあげる」
 空の手の中にするりと自分の手を潜り込ませて握りしめ、少女はふわりと微笑んだ。


 いつもはビジターで溢れて血の気の多い熱気が漂うヘブンズドアも、今日は客の姿は少ない。暗い照明ともあいまって、なかなかのムードだ。
 空は少女を誘って奥のボックス席に陣取る。
「何か飲みたいものとかある?お酒は駄目かしら」
「甘いのなら何でも」
「そう。じゃ、適当に選ぶわよ」
 自分にはビール、少女には度数の低いカクテルを選び、料理と一緒に注文する。若いウェイターがかしこまりましたと去っていくと、空はテーブルに肘をついて少女の顔をまじまじと見つめた。
「……何?」
「何でもないわ。それより、名前を教えてくれない?」
 少女は首を傾げる。
「どうして?」
「知りたいからよ。いけない?」
「意味ないじゃない」
 軽く肩をすくめて、少女は空の仕草を真似るようにテーブルに肘をついた。
 なかなか硬い考えの子だ、と空は内心ため息をつく。名前が必要ないというのは、まだ「客と娼婦」という関係に過ぎないからだ。
 意地悪く微笑む少女に、空は困ったように笑ってみせる。
「夜には教えてもらえる?」
「さあ……、おねえさん次第かな」
 楽しげに言って、少女はついた肘を崩す。
 ちょうどその時に、頼んだ料理と酒をトレイに載せたウェイターが近づいてきたので、会話はそこで中断された。


 空は自分の部屋に帰ってくると、空と少女は連れ立って寝室へと入っていった。手には、帰りに買い込んで来た食料品の袋と、もうひとつ、大きな包みが抱えられている。
 寝室の小さなテーブルの上に食料品を置き、もう一つの包みの口を開けて中を覗くと、空はにんまり笑った。
 中身は帰ってくる途中の店で見つけて買ってきた着物だ。鮮やかな紅色の地に色とりどりの模様が織り込まれている。少女の肌にさぞかし映えるだろう。
 空が取り出した着物を少女は不思議そうに眺める。
「なあに、それ?服なの?」
「そうよ、ちょっと着てみて」
 少女のストールを剥がし、質素なワンピースのボタンを外していく。少女は止めはしなかったが、呆れたように半目で空を見る。
「どっちみち脱ぐのに……」
「気分の問題よ。はい、これ羽織って」
 空も着付けの仕方が正確に判っているわけではないが、着物を羽織らせて前帯で絞めるとそれなりの格好にはなった。空は自分の腕前に満足して惚れ惚れと少女を眺め、小柄なその身体を抱き寄せると頬にキスを落とした。
 そのまま袷から手を差し入れ帯を解こうとすると、少女は声を立てて笑った。
「やっぱりすぐ脱がすじゃない」
「いいの。――ほら、黙って」
 笑い続ける少女の唇を空は己のそれで塞ぐ。少女の肩からさらりと着物が滑り落ちた。


 まどろみの中、空気が動く気配で目が覚めた。反射的に腕を伸ばして、ベッドを探る。触れた手首を掴むと、少女が小さく息を呑む。
「どこ行くの?」
「……ちょっと」
「帰る気だった?」
 黙りこんだ少女に、空は小さなため息を浴びせる。
「この前も、あたしが起きないうちに帰っちゃったものね」
「…………」
「朝起きて一人っきりって、結構寂しいのよ」
 ぐい、と少女の腕を引いてベッドの中に引き戻す。腕の中に華奢な身体を閉じ込めて、空は囁いた。
「もう少し一緒にいてくれない?」
 少女は黙って俯いている。上目遣いで空の表情を伺い、困ったように眉を寄せた。
「……どうして?もう済んだんだから、用はないんじゃないの?」
 念を押す、と言うよりは、純粋に尋ねる口調だった。
 少女の今までの客は、行為そのものにしか興味のないような相手ばかりだったのだろうか。相手が起きる前に部屋を出ていなければ、と思い込んでいるようだ。
 空はそんなことはないと首を横に振り、なるべく優しい口調に聞こえるように、ゆっくりと唇を動かした。
「お嬢ちゃんのことが好きだから、一緒にいたいのよ」
 驚いた顔をした少女の頭を軽く撫で、空は重ねて尋ねる。
「ねえ……、お嬢ちゃんの名前は?」
 少女は一瞬ためらうように自分の唇に触れた後、
「……セリーナ」
 小さくそう言って、どこか安心したような笑みを浮かべた。


■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【0233】 白神・空


■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 いつも有難うございます。青猫屋リョウです。

 七面鳥の時の少女再登場、と言うことで、気に入ってくださって嬉しいです。
 今回は、セフィロト内部ということを考慮して、一部カットさせていただいたシーンがございます。ご了承ください。

 それでは、またお会いできることを願って。