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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 『幼馴染』


 いつも一緒に居たから。
 これからも多分――きっと。


「――秀流。秀流ってば!いい加減に起きなよ!」
 聞き慣れた声で、神代秀流は眠りから醒めた。まだ、頭の芯がぼんやりとしている。睡魔が、心地よい夢の中へ再び誘おうと手をこまねいていた。全てをそれに委ねたくなる。
「うーん……あともう少し……」
「コラ!!」
「分かったよ……」
 しぶしぶベッドから身体を起こした秀流に、高桐璃菜は微笑みながら言った。
「おはよ。そうやっていつまでも寝てると目が腐っちゃうよ?」
「うるさい。俺の目は、そんなにヤワじゃない」
 大きく欠伸をしながら悪態をつく秀流を見て、璃菜は思わず吹き出した。
「朝ご飯出来てるから、顔洗ったら来てよね」
「……了解」
 その言葉に満足したのか、璃菜は大きく頷くと、身を翻し、部屋を出て行く。秀流は彼女の後姿をぼんやりと見送った。そして、目線は窓の外へと向けられる。
 灰色の空。灰色の街並み。
 高層立体都市『イエツィラー』の内部にある都市区画『マルクト』の、いつもの光景。
 秀流は暫くそれを眺めた後、両手で頬を数回叩き、着替え始めた。

「遅い!ご飯が冷めちゃうよ!」
「分かってるって」
 洗面所から出てきた秀流を、璃菜が急かし立てる。秀流は苦笑しながら、簡素なテーブルに近寄り、席に着いた。
「おお、旨そうだな」
「お世辞はいいよ。いつもと同じじゃん」
 トーストにコーヒー、ベーコンエッグという質素な食事。だが、この世界では、食事が出来るというだけでも感謝しなければならない。
 ――最も、そのような問題は、『審判の日』以前から世界中に溢れていたのだが。
「しふぁしまあ」
「もう、食べるか喋るかどっちかにして」
 トーストを頬張りながら言葉を発した秀流は、呆れ顔の璃菜に窘められ、コーヒーでそれを喉の奥に流し込んでから、再び口を開く。
「しかしまあ、サポートとはいえ、璃菜まで所属することもないだろうに」
 その言葉に、ベーコンエッグをフォークとナイフで丁寧に切っていた璃菜は、その手を休めて言う。
「秀流が心配だからだよ。喧嘩と機械弄りしか取り柄のない秀流が、ああいうところで一人でやってけるわけないもん」
「俺も心配だよ……こんなオテンバがサポートなんてさ」
「何ですってぇ?」
 すかさず切り返した秀流の言葉に、璃菜は頬を膨らませた。元々彼女は、カジュアルファッション誌のモデルの仕事が舞い込んでくる程の美貌の持ち主だ。その彼女がそういう子供じみた仕草をすると、何だか余計に微笑ましく、秀流はくつくつと喉の奥で笑い声を上げる。
「何笑ってんのよ!もう!」
 璃菜は肌を上気させながら、恥ずかしそうに俯くと、再び食事を開始した。
『あの娘を護ってやれるのはお前しかいない』
 その姿を見ながら、秀流は昨日のことを思い出す。


 軌道エレベーター『セフィロト』。
 その奥へと続くゲートの前に『ビジターズギルド』の本部が置かれている。このギルドに登録しなければ、セフィロトの内部へ行くことは出来ない。
 ビジターズギルドが行っているのは、ギルドによるセフィロト探索事業の独占と、ギルド所属者の保護の二つ。
 ビジターズギルドに所属すれば、利点が多く、そのため、『ビジター』達は全員がギルドに所属していた。そしてこの組織は大変強い権力を持っており、事実上、ビジターズギルドが都市マルクトの政治を動かしていると言っても過言ではない。
 秀流と璃菜の二人は、ここに所属の手続きを行いに来ていた。
 本当は、一人で来るつもりだった。だが、秀流がビジターズギルドへの所属を決めたことを告げると、璃菜は「私も一緒に行く」と言って、幾ら宥めても聞かなかった。
 世界は混沌の中にある。
 普通に生活するのでさえ危険が多いのに、璃菜をさらに危機に晒したくはなかった。
 でも、彼女の真摯な赤い瞳を見ていたら、止めることが出来なくなった。
 ――彼女もきっと、亡き父の跡を継ぎたいのだと感じたから。

 璃菜とは、八歳の頃に出会った。
 秀流はそれまで、孤児として、ずっと施設で暮らして来た。だが、ある日、自分を引き取りたいと申し出てきた男性によって、彼の人生は大きく変わることになる。
『わたしは、りなっていうの。よろしくね――ええと』
『みのる』
『みのる。きょうからかぞくだね!』
 そう言って、父親と一緒に施設にやって来た、二つ年下の少女は笑った。
 あの笑顔は、十二年経った今でも忘れられない。
 璃菜の母は、彼女が幼い頃に他界しており、『マスタースレイブ』――通称『MS』と呼ばれる人型の作業機械乗りだった父が一人で切り盛りしている家は、家庭の匂いには乏しかったが、それでも家族を知らない秀流にとっては、最初こそ戸惑いはしたものの、温かかった。
 多少荒っぽいところもあるが、気さくで優しい養父。
 そして、明るく元気な璃菜。
 かつて味わったことのない種類の『幸せ』が、秀流の内部に浸透していった。
 だが、その二人にとっての父親も、事故でこの世を去った。
 その時から、秀流は養父の跡を継ぐことを決めていた。父亡き後も、二人は同居を続けている。
「秀流、登録終わったよ。待たせちゃってごめんね」
「ああ」
「次は自警団だね」

 自警団詰め所。
 ここは、元々警察署だった建物を修理して、自警団が使用している。
 自警団は、都市マルクトに入り込む『タクトニム』と呼ばれる、セフィロトの内部を徘徊するシンクタンクやモンスターを排除し、野盗の襲撃から都市を守り、犯罪を犯す者達を逮捕するために自発的に組織されたものだ。
 現在の都市マルクトにおいて、警察と、対外的には軍隊の役目を果たしているが、ビジターズギルドやマフィアよりも立場は弱く、これらの組織の保護下にある人物には、その権限を及ぼせない。
 その所為かどうかは分からないが、自警団専属の者はあまり多くなく、ビジターとの兼業をしている者が大半であった。また、志願すれば大概そのまま採用されるため、荒っぽい自警団員が起こすトラブルも少なくはない。
 ビジターズギルドに所属するだけでも危険なのに、璃菜はここにもついてくると言って、頑として引き下がらなかった。もしかしたら、彼女の頑固さは、父親譲りなのかもしれない。
「ええと……私はサポート部だから、受付があっちだ。秀流、またあとでね」
「ああ」
 秀流は、璃菜と別れると、自警団員の受付へと向かう。幸い、並んでいる者は少なかった。サポート部の受付の方を見遣ると、そちらには人だかりが出来ている。璃菜が苛々している姿が目に浮かぶようで、思わず笑みが零れた。
「よぉ、秀流じゃないか」
 登録を済ませ、詰め所の入り口の壁に寄りかかって璃菜を待っていた時、後ろから声が掛かる。
 そこには、養父の友人であった男性が立っていた。白髪の混じった髪を後ろに撫で付け、がっしりとした体格に似合わないほどのつぶらな瞳が愛嬌を醸し出している。
「あ、どうも」
「登録か?」
「はい。さっきビジターズギルドにも行って来ました」
「そうか。璃菜ちゃんも一緒か?」
「ええ」
 そこで、男性は溜め息をつく。
「あの娘なら、そうすると思ってた」
 彼は、どこか遠い目をしながら、そう呟いた。その瞳に映っているのは、もしかしたら亡き友人の面影だろうか。
「秀流、今のご時世、エスパーは迫害のマトだ。あの娘を護ってやれるのはお前しかいない」
 璃菜は、『エキスパート』と呼ばれるごく普通の人間である秀流とは違う。マシンテレパスと遠距離会話のESP能力を備えた『エスパー』だった。
 『審判の日』によって荒廃した世界に放り出された人々にとって、超能力は第三次世界大戦におけるESPテロを思い起こさせる恐怖の対象だった。そのため、エスパーは常に不当な迫害を受け、数々の悲劇を生んで来た。未だに、その差別意識は払拭されていない。
 璃菜は普段、人前で能力を使用することは殆どなく、そのことを知っているのはごく限られた人物のみであるが、今後、彼女が迫害対象にならないことが保障された訳ではない。
「秀流、頑張れよ」
 そう言って肩に置かれた手は、とても力強く、重かった。自分に課せられた使命を思い知らしめるかのように。
 秀流は、その思いをゆっくりと噛み締め、黙って頷いた。


「――のる。秀流?」
「え?」
 気がつくと、目の前には怪訝そうな表情でこちらを見ている璃菜の姿があった。
「どうしたの?ボーっとしちゃって」
「あ、いや、何でもない」
「まだ目が醒めてないんじゃない?」
「違うよ――飯が旨いな」
「だからいつもと同じだってば」
 慌てて朝食の残りを口の中へと押し込む秀流を不思議そうに眺めながらも、璃菜は自分も再び食事に取り掛かる。
 暫く、穏やかな時間が流れた。
「さ、初日から遅刻とかしてもいけないしな。片付けて出かけるとしよう」
 璃菜が食べ終わるのを待ってから、秀流は口を開いた。
「そうだね」
 そう言って、璃菜も微笑む。


 いつも一緒に居たから。
 これからも多分――否、絶対に。

 絶対に。