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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


■ドールハウス−マーロウ・ドーリィ−■

「無事に仕事が終わってよかったな、今回は怪我人も出なかったし」
 仲間の声に、
「ああ、そうだな」
 と、こちらも明るい気分で、シノム・瑛(−・えい)は応じる。
 もう夜に差し掛かってしまったが、今彼は、プラハ平和条約機構“エヴァーグリーン”の仲間達と共にいつも通り、仕事を終えて挨拶を交わし、それぞれに解散したところだった。
 瑛はおよそ自宅と呼べる場所はなく、共同施設のような場所に仲間達数人と共に住んでいる。
 今夜彼が、その仲間達とそのまま帰らなかったのは、ふと、とある声が聞こえてきたからだった。
「おにいちゃん、ぼくのお人形、治してよ」
 小さいが、微かに瑛の耳には届いた───小さな男の子の声が。
「おい瑛、帰らないのか?」
 足を立ち止めた瑛を不審に思い、尋ねる仲間に「先に帰っててくれ」と言い置き、仲間が去っていくのを見届けると声がしたと思われるほうに、そっと移動する。
 人形───例の「ドーリィ事件」を否応なしに連想してしまう彼には、放っておけない言葉だ。
 スラム街にごく近いところで、薄汚い街灯もチカチカと点灯していてよく見えない。
 だが、小さな男の子と、向かいに座っている毛布を被った人物は見て取れた。
 スッ、と街灯がまた消え、次に点いた瞬間には、毛布の人物は消えていた。
「!」
 たった一瞬のことである。
 身を引く暇もなかった。

 ガチャリ、

 音がして、瑛の手首に硬いリストがつけられていた───こちらも一瞬のうちに目の前まで来ていた、その男の子の手によって。
 スーツ姿の、緑髪に瑠璃色の瞳のその美しい男の子は無表情に、リストバンドによって瑛を自分にびっちりと繋ぎ止めたことを確認し、口を開いた。
「このままぼくといてくれれば、『とある言葉』をいってくれれば───おとうさんの意思をついで、ぼくがあなたを爆破できるんだ」
「……とある言葉?」
 瑛は、リストバンドが今まで見たこともない物質で作られたもの、そしてとてつもない硬度を持ったものだと分かり───背中に汗をかくのを感じながら尋ねた。
 男の子は、頷く。
「ぼくの名前は、スーサイド。言葉遊びによって、あなたは死ぬんだ。ぼくのおとうさん、だいじなおとうさん、アイズ・ニイムラを追い詰めた罰として、恨みを受けて死ぬんだ」
 言葉にも抑揚がない。
 スーサイド───自殺、か。
 何の言葉を言えばそれが「キーワード」となってリストバンドが爆発するのかは分からないが、今回ばかりはお手上げしかないのか、と、歯を食い縛る瑛だった。




■Factor 1■

 最近、シノム・瑛の姿を見ない。
 クレイン・ガーランドは、その事に少しばかり疑問を抱いていた。
 彼とはそれなりに出会う確率も高いのでは、と今までの経験から考えると、ここ一ヶ月ほど姿を見ないのが何か引っかかるのだ。
(事件に何か巻き込まれているのでしょうか)
 未だ解決しないドーリィ事件、若しくは他の事件等。彼ならあり得る、とクレインは妙な確信を持ちつつ、瑛の所属先に赴いた。沈みかけた夕陽が、移動する彼の影を長くしていく。



 ちょっと散歩に出ようと思ったら、遅くなってしまった。
 プティーラ・ホワイトは、どんどん沈んでいく夕陽を恨めしく思いながら走っていたが、ふとその足を止めた。
「あれは……」
 街中、人込みに消えていきそうなあの姿には、見覚えがある。
「シノムー! シノムじゃない!?」
 手を振り、呼びかけると、その長身の男は振り返り、ギョッとしたような顔をした。そして、逃げるように走り出す。
 プティーラは、ちょっとムッとした。確かにあれは、シノム・瑛だったのに。
 意地でも追いかけたくなり走り出そうとしたところへ、ぽんと肩に手が置かれた。
「よ、お嬢ちゃん。久し振りだな」
 カメラを肩から担いだ、それは前回のドーリィ事件で一緒に仲間として働いた、ゴウ・マクナイトだった。
「ゴウちゃん、今ね、シノムがいたんだけど」
 かくかくしかじか、と話すとゴウは考え込むように顎に手をやった。
「それって何か訳ありじゃねえか?」
「まさか、また『巻き込まれて』るのかなぁ」
 とりあえず追いかけてみよう、とゴウがプティーラを抱き上げ、走り出した。



 瑛は街中から離れた廃墟と化したビルの、広い一階のフロアにどさりと買いだめした食料等を置き、自分も腰を下ろした。
「あいつら、追ってこなきゃいいけどな」
 ちらりと同じように隣に座る、ドーリィの少年───スーサイドを見やる。相変わらずの無表情だ。
 そして、昨夜から気をつけていたのにうっかりまた喋ってしまったことに気がつき、口元に手を当ててから、今の言葉で爆発するならとっくだろうと思い当たり、苦笑した。
 このまま死ぬ気はないが、万が一爆発が起きた場合のことを考え、周囲に人のいないことを確かめたこのビルに腰をすえることにしたのだ。
「こんなところで、何をしているんですか?」
 不意にかけられた声に、ビニール袋から夕食を出そうとしていた彼はビクッと振り向いた。裾の長いコート、そして特徴のある色の髪と瞳、何よりも声でクレインだと分かった。
 靴音を立てて、歩み寄ってくる。
「件(くだん)の件について、あれからどうなったのかお聞きしたかったのですが───」
 そこで、瑛の陰に隠れて今まで見えていなかった少年スーサイドを発見し、言葉を途切らせた。無言のまま、瑛に視線を戻す。彼が言葉を出さないのは、また何かに巻き込まれたなのか───とりあえず何か書くものを、とジェスチャーで伝えてみると、「持ってない」と手を振ってジェスチャーが返って来る。
「はいはーい、プーが持ってるよ書くもの。ちょうど買ってきてた買い物の中に、って……ゴウちゃんもシノムも走るの、速いよ……」
 子供扱いが嫌いなプティーラが、途中から自分で走ってきたらしく、ビルのフロアを見渡しては写真を撮っているゴウの後から息切れしながら手を挙げた。
 ゴウはレンズを瑛に向け、そこで初めて彼の隣に無表情に座り込んでいる美少年に気がついた。
「その子は……なんだ、おまえさん、子持ちだったのか……?」
 思わず抗議しようとして口を開いた瑛が、また慌てたように手で口を抑える。
「喋れないようですね。物理的なものか事情がおありなのか、どちらかなのでしょう。プティーラさん、とりあえず書くものをシノムさんに。どうやらそちらに座っている少年は外見からして『ドーリィ』のようですし、リストバンドを手錠のようにされているのも気になります。事情を是非聞かせて頂きましょう」
 クレインは、比較的綺麗な場所、瑛とそれほど離れていない場所に腰を下ろす。
 プティーラは、こちらも買ってきたばかりの大き目の花柄の可愛いハンカチを広げ、その上に座って瑛にノートとボールペンを「はい」と差し出す。
 ゴウは構いなく、ドーリィの少年の真正面にあった瓦礫の一つに腰掛けた。
 やがてサラサラと簡単にまとめた「事情」を瑛から受け取ったクレイン、プティーラ、ゴウの三人は流石に真面目な表情になった。
「一生言葉を出さずに生きていくのも不都合が色々とあるでしょうしね」
 真顔で、冗談のような台詞を言うクレイン。
「また巻き込まれたんだー……って言いたいとこだけど、そんな場合じゃないみたいだね。シノム、プーもなんとかさせてもらっていいかな。シノムもだけど、その子……スーサイドちゃんも死なせたくないから」
 プティーラの言葉にも、スーサイドは何も反応を示さない。ただ黙って、足元を見つめているだけだ。
「しかし、おかしなルールだ。キーワードを言えば助かる、のじゃなくて、言えば死ぬだと。罠ってことか。つい言ってしまいそうな言葉ほどヤバイってことじゃいなのか? 『たすけてくれ』とか、さ」
 ゴウがちらりとスーサイドを見上げ、「写真撮っていいかい?」と尋ねる。やはり何も反応を示さないので、ゴウは「許可」と受け取って写真を何枚か撮った。
「まずはアイズ・ニイムラって人のことを調べようよ。あ、それまでシノムはしゃべっちゃだめ。筆談かジェスチャーね」
 プティーラが言うと、瑛はひとつため息をつき、自由な右手の親指と人差し指で丸を作る。
「最初は赤、次は白……でしたよね」
 クレインが、慎重に考えを進めていく。
「赤───そうだね、ラウザの時は爆発した炎の中からシノムが助け出したんだから、赤っていえば赤かも」
 プティーラが彼を見る。ゴウは、こちらも何か考えているようで、じっと黙り込んでいる。
「赤、白ときたら、今回は黒に纏わるものなのかもしれませんね。───ゴウさん、今撮った写真は今すぐに現像できますか?」
 クレインの問いに、ゴウは「ああ」と短く頷き、
「作業させてくれる写真屋がありゃ30分とかからないが。
 悪いが俺ができることといったら……こいつ、カメラだけさ。シノムさんよ、短いつきあいだったが、あんたの死の瞬間は俺がばっちり撮ってやるからな」
 カメラを見下ろしつつ言う。
 瑛は黙っていたが、クレインは何か言おうとして口をつぐみ、プティーラが声を上げた。
「ゴウちゃん、解決策も練らないで諦めちゃうの!?」
「シノムさんに死んで欲しいとは思わないが、何があっても俺はありのままを見て、それを報道するだけだ。シノムさんのことも、ドールハウスのことも」
「ゴウちゃん!」
 どうやらゴウは、自分の命を賭けて瑛と共にいるつもりらしい。クレインは何かを感じ取り、プティーラはまだ怒っていた様子だったが、やがて冷めたような瞳になった。
「こんな時こそ、前向きにいくべきだとプーは思うけど、人それぞれだし、仕方ないよね」
「ではゴウさん、その写真だけ現像して私に貸して頂けませんか?」
「ああ、いいぜ」
 ゴウの応答に、クレインは少し微笑みを見せて「ありがとうございます」と言ってからすぐにそれを引っ込め、自分の考えを言った。
「スーサイド少年は以前に見たドーリィ達と共通の容姿のようです。彼の写真をゴウさんからお借りしたら、シノムさんが彼と出逢った場所から目撃した人間がいるかどうか聞いてみます。それと、スーサイドさんは『人形師』に『ぼくの人形をなおしてほしい』という旨を言ったようですので、今彼が人形を持っていないところを見ると、その現場に人形が残されているかもしれません。
 前回のドーリィ事件でお会いした、ニイムラの血筋と思われる初老の老人のお方、いらっしゃいましたよね。彼もまた孫娘の人形を作っていましたし、ですからそれなりに血族の消息や建物の把握などされていると思うのです。どこかの会長をなさっていたとのことですし、情報収集に秀でていると思いますので、お力を貸して頂きたいと思います」
 どこに行けば会えるのか分からなかったが、前回あの老人は初回のドーリィ事件の発端となった店にちょくちょく訪れているというようなことを言っていた。クレインは、そこを当たってみるつもりだった。
(駄目ですね)
 話しながら、普段滅多に使わない「記憶読破」をスーサイドに対し使っていたのだが、きっちりとまるでバリアのように思考や記憶が読めない。
「ニイムラなんだから、ドーリィに拘わる人で、プーもやっぱりクレインちゃんと似たように、ジェス・ニイムラの関係者である可能性が高いと思う。それで、シノムに言ったスーサイドちゃんのこの言葉から」
 と、プティーラは瑛が書いたノートの一文を指し示す。
「シノムが追い詰めた人物じゃないかってこと。だから、シノムが最近手懸けた事件で、ドーリィ以外の事件も教えてほしいんだけど……。
 あと、言葉遊びを使ってるんだから、言葉に拘わるひとかなあ───何かの先生とか、公務員とか。多分、自殺する言葉と救済の言葉が用意されてると思うの。それも探してみたいな。自殺する───そのリストバンドが爆破する言葉の予想は、『ジェス・ニイムラ』か『ドーリィ・ラウザ』、もしくは『死』に直結するようなものなのかも」
 そして瑛は最近の事件をノートに書きとめ、それからそれぞれに行動を起こし始めた。



■Factor 2■

 寝言に気をつけてくださいね、とクレインは言い置き、ゴウが30分で現像してきた写真を手にビルから出て行った。
 瑛は元来寝言を言うほうではない。万が一、ということもあり得たが、そこまで気にしていては本当に神経が参ってしまうだろう。
 こんな危険にも慣れている。まあ、これほどの危険に遭遇したことは、あまりないのだが。
 そんなわけで現像帰りにクレインが買ってきた人数分の毛布と懐中電灯等を点検し、プティーラから少し離れたところで瑛は横になった。同じように、機械的な動きでスーサイドも横になる。眠るわけではないようで、じっと瑛を真正面から見詰めていた。
 やがて、すうすうとプティーラが寝息を立てる気配がする。ゴウが横になる気配も、背後でした。
(巻き込みたくなかったんだがな……)
 だがプティーラの言う通り、自分はまだ死にたくはないし、こんな時こそ前向きにとの言葉は確かにそうだと思う。一時は腹をくくった瑛だったが、彼女の言葉に気を持ち直したのは確かだった。
 クレインも、動いてくれている。ゴウも、自分にはりついたままなら例えこのまま瑛が「うっかりキーワードを言ってしまって爆破しても」確実に命はなくなるだろう。それを覚悟でここにいるのだ。ゴウなりの熱い気持ちに、瑛は感謝した。



 真夜中、というわけではないが、瑛がスーサイド少年と遭遇した場所は聞いていた通り、少し治安が悪そうだった。ちょっと路地裏に入っただけのところなのだが、街灯がチカチカと点滅しては、ゴミの散らばった地面を照らし出す。
「…………」
 そのゴミの中に確かに人形の形をしたものが見えた気がして、クレインは目を凝らした。
 ちかりちかりとゆっくりとしたペースで点く明かりの何回目かで、「それ」が確かに男の子を象った小さな、子供でも手に持てる毀れかけた人形だと分かった。
 迷い、足を踏み入れようとした時、背後から聞いた覚えのある声がかけられて、クレインは振り向いた。
「おや、あんたはあの時の。ほれ、私を覚えていないかね? 人形店にいた、孫娘の人形を人形師に頼んで───」
「無論、覚えています。こちらこそ、あなたを探そうとしていたところでした」
 そこには、ガードの者を両脇に付き従えた、前回、亡くした孫娘の人形を人形師に作っていた老人───作戦をプティーラやゴウ達と立てているとき、クレインが探して血族の消息等を聞こうとしていた、まさにその老人そのものだったのだ。
「改めまして。私はクレイン・ガーランドと申します」
 丁寧なクレインの姿勢に、老人も改まったように、
「私はメルナー・ニイムラ。今夜ここに来たのは、とある消印のない手紙を通りすがりの少年にこの前渡されてな、『おじいちゃんが探している人形師さんが三日後の午後20:30ちょうどにこの地図のところにくるから、行ってごらんよ』と中に書いてあったものだから、一応ボディーガードを連れて来てみたんじゃ」
「今───20時25分ですね」
 時間ぴったりだ。その手紙がでまかせでなければ、老人が待ち望んでいた人形師が現れるというわけだ。
 何か引っかかるものを感じながらも、とりあえず当該の質問をしてみる。
「メルナーさん。ニイムラの血族のあなたであればご存知と思いますが、私と仲間は今、とある問題を抱えています。ドーリィに関することです」
 ぴくりと、老人メルナーの眉が上がる。
「私の仲間が今、そのドーリィの生き残りか、またはあなたが待ち望んでいる人形師によって作られた少年のドーリィにより危機に瀕しているのです。是非お力添えをして頂きたいのです」
 クレインの続く説明を受けたメルナーは、考え込むように顎に手をやった。
 次の瞬間、その手が顔の皮をはぎ、見る間に緑髪に瑠璃色の瞳の青年の顔に摩り替わった。
 ───化けていたのだ。
 危険を感じ、身を翻そうとしたクレインの身体を、ボディーガードの手が抑え付ける。
「爺ちゃんは頭が固くて困る」
 メルナー老人に化けていた青年は、そう言って右手でくるくるとかぶっていた顔の皮を振り回し、首を傾げてクレインを見た。
「爺ちゃんに来た手紙は本当さ。ああ、爺ちゃんつっても俺はニイムラの血縁の中から偶然養子に入った関係の孫でね───名前はマーロウ・ニイムラという。『人形師』に昔から会いたかったのは俺だったってのにさ……俺が代わりに行くっつっても無駄だったからそこの車のトランクに閉じ込めて連れてきてやったよ、ついでに妹、ホワイト・ニイムラの人形もまた作らせてやるからって言っといたから、あとは『人形師』に会うだけだ」
 青年、マーロウがくいと親指で示した後ろの路上には確かに、黒塗りの車が停められている。クレインは掠れた声を喉の奥から出した。
「───あなたは一体」
「ドーリィってヤツに興味持ってさ。試作品を何個か作って、『人形師』に気に入ってもらえたら『ドールハウス』を再興しようって約束してたんだ、小さな頃から」
 あの車の中にドーリィ2体もいるんだ、とクレインの言葉を遮って、マーロウ。
 「ドールハウス」の、再興。
 クレインが口を再び開くよりも先に、カチャリと拳銃が突きつけられた。
「だから、『人形師』や俺達のこと、今探られると困るんだよな。あんたの言ってた危機に瀕してる仲間ってのはシノム・瑛だろ? 作ったドーリィを前回殺されて、『興味深い、でも邪魔な存在』つってた。ほっとけよ。つかそんなヤツの仲間なんていうくらいなんだから、あんたも邪魔だ。消させてもらうよ」
 安全装置の外れる音。こんなに至近距離から、しかも退路はボディーガードによって断たれている。
 ───私の人生は、やはり「終わっていた」のか。
 クレインは目を閉じ、僅かに首を項垂れた。



 時を、少し遡る。
 プティーラは、駄目元で今回も「天使の瞳」を使おうとは思っていたが、この晩少しの仮眠の間に見ようとはしていなかった。
 最近強く思うことにより、指向性を持たせた制御が可能になってきている「天使の瞳」。それが、何の前触れもなしに夢の中に現れたのだ。
 それは、闇の中。普通ならば「夜」なのだろうが、何かの───そう、何かの邪悪にも似た「負」の雰囲気により、それは「闇」と呼ぶに相応しかった。
 その闇の中を、プティーラが眠る前に出て行ったクレインの後姿がどこかの路地へと向かい、歩いていく。
 その後ろを、三人の人影が辿るように歩いていく。
 やがてクレインとその三人のうちのひとり、老人がクレインと話し始め───老人がまさに化けの皮を自ら剥いで青年の姿になる。クレインに拳銃を突きつけ、安全装置を外し───。
(起きなきゃ)
 プティーラには、分かる。これは明らかに、「天使の瞳」、いわゆる予知夢のようなもの。
(起きなきゃ───クレインちゃんがあぶない)
 だが、場面は暗転する。
 そしてその路地で、それはいつのことか分からない。
 スーサイド少年が、立っている。傍にいるはずの瑛がいない。少年と瑛とを繋いでいるはずのリストバンドも、ない。
(まさか)
 夢の中で、プティーラは「震える」。一瞬だけだが、ひやりとしたのだ。もしかして───「これ」は、瑛が爆破したあとの、映像なのだろうか?
 スーサイドはそして突如、胸から血のようなものを流し、地面に倒れた。


 悲鳴を上げて、プティーラはようやく目を覚ました。
 全身、汗びっしょりだった。
「大丈夫か? プティーラ」
 ゴウが心配そうに顔を覗き込んでくる。
 瑛も、声こそかけなかったものの、上半身を起こし、プティーラのほうを見ていた。
「急がなくちゃ、クレインちゃんが!」
 説明している暇もないかもしれない。
 起き上がり、走っただけでは間に合わないかもしれないと、プティーラが、車の運転が出来るゴウの腕を取る。
「ゴウちゃんも来て!」
「悪いが、俺はシノムさんについてるって決めてるんだ」
「クレインちゃんが死んじゃってもいいの!?」
 問答している暇も惜しみ、プティーラはやむなく単身、ビルから飛び出していった。



 クレインが? どうしたっていうんだ?
 そう小さく呟き、ゴウはちらりと瑛を見やる。瑛は黙ってプティーラの走り去った先を見ているだけだ。
 暫く沈黙が流れ、瑛はプティーラからもらったノートを開き、サラサラとボールペンで何かを書き、ゴウに見せた。
『プティーラが夢の中で何かを見たんだ。クレインが危険かもしれない』
 そう書かれてある。
「俺はできるだけ、あんたの傍にいたい。俺はありのままを」
 そして、ゴウは口を閉ざす。
『俺がジープを運転すれば、プティーラを乗せていけるだろ?』
 再びノートを手元に引き寄せて書いた瑛の文字を見て、ゴウは「あ」と思った。
 瑛はにやりとと笑い、横になっているスーサイド少年を小脇に抱え、表に停めてある自分のジープに駆け寄った。
 瑛が行くのならば、ゴウも必然的に行くことになる。
 巻き込みたくはなかったが、クレインが危険な目に遭うくらい既に巻き込んでしまっているのであれば、腹をくくるだけだ。瑛はそう思い、この判断をした。
「シノムさん!」
 ジープの後ろに乗り込んだゴウが、ノートとボールペンを放ってくる。
「忘れ物だぜ」
 ゴウもまた、ホッとしたように笑った。ゴウだって無慈悲な人間では決してない。自分に厳しすぎたがゆえ、クレインの元へ行きたい感情を捨てようとしたのだ。
 二人とドーリィの少年を乗せたジープは、やがて必死に走っているプティーラにすぐに追いついた。



■Marrow of dolls■

 クレインが項垂れた、その次の瞬間。
「クレインちゃん!」
「クレイン!」
 瑛のジープに乗ったプティーラが声をかけ、ゴウが反対側の窓越しにしがみついて左腕を思い切り伸ばし、いつもそこに仕込んでいる強化ワイヤーを放出した勢いでマーロウの拳銃を絡め取った。
「!」
 マーロウが驚いてジープから逃げる。ジープは壁際ぎりぎりで停まった。
「クレインちゃん早く乗って」
 プティーラが言うと、すぐにクレインは後部座席、ゴウが空けた場所に座った。
「すみません」
 一つそう言い置き、瑛が自分の拳銃でマーロウを狙っている隙に、これに至るまでの経過を話し、また、プティーラも彼に話した。
 もちろん、スーサイドのことも。
「……あなたの予知夢は、絶対なのですか?」
 クレインが尋ねる。今まで外れたことがない、とプティーラは頷いた。ゴウは黙ったまま、現場の写真を撮っていたが、やがて、
「スーサイド」
 と、その場に新たに現れた男の声に、仲間と共に顔を戻した。
 緑髪に、瑠璃色の瞳。美しい顔立ちの中に、どこかジェス・ニイムラを思わせる。ぼろぼろの乞食のような布を身体に巻きつけていたが、どこか気品を感じさせた。
「『人形師』のおっちゃん!」
 喜びの声を上げる、マーロウ。
「おっちゃんだろ? 久し振りだから分からないか? 俺だよ、ほら、マーロウ・ニイムラ!」
 すると男は、機械的に唇から言葉を紡いだ。
「ぼくが呼んだのは、メルナーのおじいさん。本当に人形をほしがっていた、から……よんだのに。ドーリィのお前との『約束』は、まだ先」
 外見は20代後半に見えるのに、口調は抑揚がなく、掠れている。
「ドーリィだと!?」
 ゴウが声を上げる。プティーラもクレインも、目を見開いていた。マーロウというニイムラ家にいるこの男も、ドーリィだなんて。
 マーロウは、ふんと鼻を鳴らした。
「ドーリィだからなんだってんだ。俺は街中で遊んでた時に事故に遭い、誰も助けが来なかったその時、初めて『人形師』に会い、ドーリィの身体を作ってもらって精神的生命を取り留めた」
 それならば、彼がこんな行動を取るのも分からないではない。だが。
「『人形師』さん」
 クレインが、恐らくはマーロウが作ったのであろうボディーガードの一人を興味深く子供のように見つめているのを見ながら、尋ねる。
「あなたはスーサイド少年の言う『おとうさん』、アイズ・ニイムラなのですか?」
「なんでシノムをこんな目に? やっぱり復讐なの?」
 便乗して、プティーラも聞いてみる。
 『人形師』は、どこか虚ろな瞳をこちらに向け、
「復讐……?」
 と、反芻した。
「ぼくはアイズ・ニイムラ。確かに。でも、復讐じゃない。これは、今までぼくの作ったドーリィやぼくの兄さん達に拘わってきたシノム・瑛とその仲間への、しけん」
 ───試験…………?
「何の、試験だ」
 ゴウが尋ねる。
 するとマーロウが可笑しそうに笑い出した。
「そうか、『人形師』。あんたはそういう意味であの時電話してきたの、おかしいと思ったんだ。そうか、『邪魔』ってのはそういう意味だったのか」
 そして、ちらりと実に楽しそうに瑛、クレイン、プティーラ、ゴウと順繰りに見る。
「なあ、概念を取っ払って考えてみろよ。人ってどんな時に『邪魔』って口にすると思う?」
 概念を取っ払って───?
 三人が三様に考える。無論、瑛も考えていた。ただその助手席に、変わらないのはスーサイド少年だけ。
 邪魔、と人に言う心理。
 まず、本当に「存在が邪魔」だと感じる疎み。
 憎しみもあるだろう。
「───ひねくれたヤツか複雑な過去のヤツなら、場合によっちゃ好意を持った人間をわざと『邪魔』と言うかもしれねえな」
 ふと、ゴウが辿り着いたように呟く。
「あったり〜」
 マーロウがくすくす笑う。
「つまり『人形師』はあの日───クリスマス頃だったかな。俺あてに電話かけてきて『邪魔』ってあんた達のことを言ったのは、初めて自分の作ったドーリィ達に全身で『何か』をしてくれた、過去の『ドールハウス』についても感情を持ってくれた、『人形師』は驚いたんだ。嬉しい驚きだから、このままじゃ自分が駄目になると思ったから、嬉しくても『邪魔』と俺に言ったんだ」
 アイズが、静かに4人を見つめている。
 クレインはふと、何か思い当たりそうな気がした。その間にも、アイズは瑛に語りかけてくる。
「言葉遊びのしけんだ、シノム・瑛。『キーワード』を言ったら、爆破する。ウソのこたえをいっても、同じ」
 瑛は黙ってジープを降り、スーサイドを連れて極力アイズの近くに行く。仲間達を巻き込まないためだった。
「お前は今まで、生き物を殺したことがあるか?」
「ある」
 瑛は、答える。アイズは、続けた。
「お前は今まで、ドーリィを可哀想と思ってきたか?」
「ある意味、そう思ってきた」
「だがドーリィ達と爆破された『ドールハウス』の人間達を、幸せだったともおもっているか?」
「ああ」
 その言葉に、ふとクレインの頭の中で引っかかっていたものが、「答え」に辿り着いた。
「待ってください、アイズ・ニイムラさん! あなたの言う『キーワード』、それはあなたが『望んでいる』答え、つまり」
 だがクレインの言葉を遮るように、アイズは今までより強く、瑛に尋ねていた。
「それでお前自身は、幸せか? もしくは、幸せだった、か?」
 ───今の、この状況で死んだとしても。
 プティーラは、「言っちゃだめ!」と瑛に叫んでいた。クレインの辿り着いた答えが何なのか分からなかったが、どちらを選んでも「危険」な気がしたのだ。
 だが、瑛は目を閉じ、また開き、戦いを終えた宿敵相手に対するような微笑みを見せた。
「ああ。───幸せだ」

 カチャ、

 瑛が答えた途端、リストバンドが外れた。え、とプティーラとゴウが拍子抜けしたように驚く。無論、瑛もだった。
「しけんは、……おわった。ぼくの、まけだ。スーサイド」
 呼ばれ、『父親』のもとへスーサイドは歩み寄る。
「アイズさん、あなたは───その答えこそを欲していたんですね───シノムさんのような人間がいてくれて嬉しかったから、わざとそれこそ『試験』としてこのようなことをし、スーサイド少年にも如何にも自分がシノムさんを恨んでいるかのように観念を植え付けた」
 クレインが、内心胸を撫で下ろしながら言うと、アイズは黙ったままだった。
「でも」
 こちらに歩いてくる瑛を見つめながら、プティーラ。扉をゴウが開いてやり、瑛を迎え入れようとした、その時だった。
「でも、それじゃプーが見た、予知夢のスーサイドちゃんは……?」
 まさにその返答のように、スーサイドは、去っていく父親アイズを追おうともせず、黙って立っていた。その胸を、恐らく呼び寄せたその時に「刺されて」いたのだろう、赤黒い、人間の血とほぼ同じようなものが流れ出て染めていく。
「スーサイド!」
 瑛が駆け寄ろうとした時、スーサイドは呟くように、抑揚のない声で───言った。
「ぼくのなまえはスーサイド───しけんがおわったら、ぼくは用がないから───おとうさんが選んだ、『ドーリィ達の骨髄』っていってた、『マーロウ』とはちがうから───」
 凄まじいスーサイドの意志が、4人の頭脳を侵略しようとでもするように駆け巡る。

 ───たとえ、しっぱいしてころされても、ぼくはそれが本望。
 ───この世に疎まれていきているのなら、それならば、
 ───死んではじめておとうさんのやくにたてる。それが、ぼくの名前の由来。
 ───スーサイド(自殺)───。

 直後、刺された箇所から事前に取り付けてあったのだろう、スーサイドの体内の爆弾がその威力を発し、持ち主を粉々にして爆風を瑛達の元にまで届かせた。
 もうもうと立ち昇る煙の中、ようやく目を開くことの出来た瑛達の前から、黒塗りの車も、そしてアイズ・ニイムラもマーロウ・ニイムラもボディーガード二人の姿も。
 消えていた。



 ジープの中、プティーラは膝を抱えてうつむいていた。
「予知夢なんて……見たって、阻止できなくちゃ意味がないよ……」
 クレインが、隣の彼女に「そんなことありませんよ」と声をかける。
「プティーラさんのおかげで、私は命を救われたのですから」
「おーい、現像できたぜ」
 ゴウが、写真屋から前回のように全てを左目のカメラで撮っていたものを自分で現像し、袋に入れて出てくる。
「『ドーリィ達の骨髄』、マーロウ・ニイムラ……」
 その写真を見ながら、瑛は呟く。
 いよいよ何かの核心に迫ってきたような、そんな気がした。
「───スーサイドさんの写真、見せてください」
 後部座席からの声に、瑛は写真を一枚、クレインに手渡す。
 クレインはそれをじっと見下ろしていた。胸から血のようなものを流していた───そして、あの強烈な最期の意志。
 クレインはぎゅっと目を閉じ、スーサイドの、命を自ら望む意志にどうしようもなく哀しい思いを抱き、止めることが出来なかったことを悔やんだ。
「……ほんとうに、アイズってひとのこと、すきだったんだね、スーサイドちゃん」
 横からスーサイドの写真を見ながら、プティーラ。
「『ドールハウスの再興』、か」
 ゴウが、星空を見上げる。
 瑛は写真を袋に入れると、黙ってジープを発車させた。
 今は、全員が全員に、休息が必要だった。


 ───おとうさんの計画は、ぼくにはわからない、でも。
 ───ぼくが少しでもやくにたてるのなら、ぼくは、
               なにをしても、いいよ。ほんとうに、───この命のすべてを、かけても。






《完》
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0474/クレイン・ガーランド (くれいん・がーらんど)/男性/36歳/エスパーハーフサイバー
0026/プティーラ・ホワイト (ぷてぃーら・ほわいと)/女性/6歳/エスパー
0476/ゴウ・マクナイト (ごう・まくないと)/男性/40歳/ハーフサイバー
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。去年の7月20日まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv また、HPもOMC用のものがリンクされましたので、ご参照くださればと思います(大したものはありませんが;)。

さて今回ですが、アナザーレポートのリニューアルに便乗させて頂きまして、シリーズ化してしまった「ドールハウス、ドーリィシリーズ」の第三弾です。なにぶんシリーズものですので、まだまだ謎の部分もあるかと思いますが、一応一旦次回、第四弾で終わりになる……かな?といった感じです。今回は前回と同じように、わたしとしてはとても満足のいくものとなりました。物語としても、PC様をどう動かさせて頂くかという点でも。詰めに入った段階なので、いよいよ「人形師」であるアイズ・ニイムラを登場させてみました。
次回のドーリィネタはいつもよりちょっとネタが上がるのが遅いとは思いますが、もしサンプルが出来ましたら、その時はOPだけでも見てやってくださると嬉しいです(笑)。
また、今回は御三方とも同じ文章とさせて頂きました。

■クレイン・ガーランド様:いつもご参加、有難うございますv 今回、ちょっとだけクレインさんのキャッチフレーズにあわせて、「やはり終わっていたのか」という場面を作ってみましたが、結果的には助かった時、実際にクレインさんはどんな心境だったのか、とても知りたいです。また、クレインさんの推理力に頼るところもありましたが、如何でしたでしょうか。
■プティーラ・ホワイト様:いつもご参加、有難うございますv 今回は前回と逆に、不意打ち的に「天使の瞳」を使ってしまいましたが、「こんなことはあり得ない」等ご意見ありましたら、どうぞお寄せ下さい;今後の参考にさせて頂きます。目の前でスーサイド少年が爆破してしまったことはショックだったかもしれませんが、助けたいとプレイングに一言書いてあったことが、とても嬉しかったです。
■ゴウ・マクナイト様:二度目のご参加、有り難うございますv 今回もクレインさん救出のため、ワイヤーを使わせて頂きました。まさかと思うようなプレイングでしたので、最初は「どう筋書きを立てようかな」と迷っていましたが、やはりこの線で、と、今回のようなものになりました。本当に、ドーリィシリーズでは「カメラに収めていく」という着眼点、わたしもとても助かっております。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。またこの物語のシリーズの最後(であろう)のシナリオが出来ましたら、そして何かの機会がありましたら。是非また、お会いしたいと思います。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/02/01 Makito Touko