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□−白い箱庭−□
どうしてでしょう。
わたくしエリア・スチールはどうしてこんな森を歩いているのでしょう。
足だけが先へ、先へと導かれるように動く。
木々の影に暗い森の先に、明るい光が見えた。わたくしの足は知らずに早足になって森を抜けると、眩しさに眼が眩む。
ゆっくりと光に慣れてきた瞳を開くと、美しい湖畔が眼前に広がった。でも、この違和感はなんなのでしょう。
わたくしは思わずその光景に見入るように立ち尽くす。
『こんにちは』
突然の声に、この景色に見入っていたわたくしは、びくっと肩を震わせる。
このキィンと耳鳴りがするように、直接脳に響く声。
辺りを見回すと、湖畔の辺に可愛らしい少女が一人、わたくしに背を向けて立っていた。
「今日はぁ、貴女は何方様でぇすかぁ?」
一心に空を見上げていた彼女は、顔を俯かせると、
『僕は、エアティア』
「エアティア様ですね〜。わたくしはエリア・スチールと申しますぅ」
人が誰も居ない湖畔の辺で立っている彼女に、わたくしはゆっくりと近づきます。
もしかしたら、この森にはわたくしと彼女しか居ないのかもしれませんし、そう思ったらなぜか少し寂しくなってしまった。
「あのぉ、エアティア様。わたくしもエアティア様もどうしてこの湖畔にいるのでしょうね〜」
俯かせた顔を少し上げて、彼女は振り返ります。
『また、迷子だね』
わたくしはその顔の半分を覆っている目隠しに驚き、少し瞳を大きくした。
『それに、キミがどうしてここにいるかじゃない。キミがここに入ってきたんだよ』
容姿はとても可愛いのに、どこか悟っているような達観している口調に、わたくしはどうしても違和感を感じてしまう。
『キミに僕の姿がどう見えていようとも、キミの勝手……』
……え?
今さっきわたくしが感じた違和感を真正面から返されて、ちょっとおろおろとしてしまう。
「エアティア様の仰られている事はぁ、こういう事でしょうかぁ?」
ここは、貴女の湖畔と森で、わたくしが迷い込んでしまった。と。
彼女は静かに頷いて。またわたくしに背を向けると空を見上げる。
『出口は、向こうだよ』
わたくしに振り返る事もせず、そう告げた彼女につられるように、空を見上げた。
「……白い…」
見渡す限りの白い空。さきほど感じた違和感は、きっとこの空の事。曇り空の白じゃない、ペンキで塗りつぶしたような真っ白な空。
こんなにも綺麗な風景なのに、どうしてこんなにも寂しいのでしょう。
まるで、今のわたくしの心のよう……
どうして貴方はわたくしに何も言わずに冒険に出てしまうの?
どうして貴方は何も連絡してくれないの?
わたくしの存在は、貴方の中でその程度なのですか?
『不安に思う事じゃない』
立ち尽くしていたわたくしに優しくかかる声。
彼女の手がわたくしの頬に触れてそっと撫でる。
『泣かなくて、いい』
目隠しをしているから見えないはずなのに、どうして彼女はこんなにもわたくしの事が分かるのだろう。それは、この場所が彼女のものだからでしょうか。
『聞こえないから、言われないから不安になる。でも…』
彼女は頬に触れていた手を下ろし、わたくしの顔を真正面から捉えた。目隠しで隠れているはずなのに、どうしてこんなにも近くで彼女の視線を感じるのでしょうか。
『旅人は、帰る場所がある事に安心する。キミの彼もきっとそう』
どうして貴女はこんなにも優しくしてくれるの?
偶然貴女の場所に訪れてしまっただけの見ず知らずのわたくしに。
「でも、不安…なの。怪我をして欲しくないの…」
彼を引き止めておきたいの。
突然泣き出してしまったわたくしに、貴女はおろおろしているかもしれない。
『キミは彼の翼を手折るの?』
でもそんなわたくしの不安なんて杞憂だったみたいに、ほぼ彼女は無表情で首を傾げた。
「翼を…手折る?」
言われている意味を理解する事に少し、時間がかかった。
彼は自由な冒険者。
心が赴くままにふらりと旅立ち。なんの前触れも無く帰ってくる。
そう…彼の背中には自由な翼があって、だから突然居なくなってしまうのね。
『翼を無くした鳥は、死ぬだけ』
彼から冒険を取ってしまったら、きっと彼は彼で無くなる。そんな彼はわたくしの好きな彼じゃない。
「でも、連絡くらいはしてほしいの」
心配で心配で心が潰れてしまいそうだから。
『怒ればいい』
キミ達は何のために言葉を持ってるの?なんて言われてしまって、わたくしははっと突然視界が開けたような気がした。
嫌われてしまうかもしれないって思って、彼に本気で怒った事があったでしょうか?言葉に出して伝えなければ思いは何も伝わらない。
でも、脳に直接言葉を届けるテレパスの彼女には、少し言われたくないかもしれないなんて、苦笑気味に思ってしまう。
彼女もきっとわたくしの気持ちが分かったのか、その無表情だった顔が少しだけ苦笑しているようでした。
『どうしても心配なら、一緒にいけばいい』
彼女の言っている事は、正しいと思う。
だけど、わたくしに彼の翼についていけるだけの大きな翼はあるのでしょうか。
『キミの存在に、きっと彼は安心しているはず』
どんな鳥だって、羽根を休める場所がある。
そんな場所になれたらどれだけ幸せだろう。
もし、わたしくしがその場所になれるなら、こんな心配はしなくなるのかもしれない。
『人は無くすまで、その尊さに気がつかない』
いいえ大丈夫。わたくしは彼を信じられる。
そう思ったら、わたくしが抱いていた悩がどれだけ自分を中心として考えていたかに気がつく。
彼女はそんなわたくしに少しだけ微笑んだように見えた。でもそれも一瞬の事で、彼女の口元は最初に見たのと同じ一文字。
『さようならだよ、エリア』
彼女はすっとわたくしに道を照らすように一点を指差した。
ジョロジョロジョロジョロ―――…
「うわぁっ!」
さっと足を避けてみても音の正体はわたくしが手にしていたじょうろ。
きょろきょろとあたりを見回すと、ここはわたくしの家で目の前には育てていた鉢植えがあって、どこを見てもあの湖畔の景色は無い。
あれは、夢だったのかしら?
「エリア!」
わたくしははっとして振り返る。
大好きな彼が頬に小さな擦り傷を作って笑顔で手を振っていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0592 / エリア・スチール / 女性 / 16歳 / エスパー】
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■ ライター通信 ■
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白い箱庭にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧でございます。
エリア様の突然冒険に出てしまう彼に対しての気持ちを、僕なりの解釈で書かせていただいのですが、彼は恋人の彼でよかったんですよね……?今更そんな事を思っていますが、これでエリア様の悩みが消えたのならよかったと思います。
それでは、エリア様がまたエアティアに会いに来ていただける事を祈りつつ……
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