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都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
ライター:東圭真喜愛
■オープニング■
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
■待つのはつらいよ■
せっかく、うきうきとビジター登録にやってきたというのに、エリア・スチールは随分待たされていた。
まあ、こういう場所は待ち時間が長いのは分かるのだが……思わずあくびをしてしまったエリアは、慌てて誰にも見られていなかったかどうか辺りを見渡した。
どうやら皆、自分のことや仲間に気を取られていてエリアのことなど見向きもしない。
ホッとしたような淋しいような感覚を覚え、だが待つのに飽きてきたのも確かなので、ちょっと前の人に声をかけてみた。
「すみません、わたくし、エリア・スチールと申すものですけど、ずいぶん待ちますね」
すると声をかけられた背の高い女性が振り向いて、「あら」と呟くように口にした。
「エリアさんじゃないの。私よ、ジェミリアス・ボナパルト」
あ、とエリアは思い当たった。最近出入りしているバーで、よく話したりしている女性だ。
するとその女性の前に立っていた同じくらい背の高い男性も振り向いた。
「エリアだって? ホントだ。あんたもビジター登録にきたのか」
こちらはジェミリアスの息子、確か名前はアルベルト・ルールだ。
思わぬところで知り合いに会い、エリアはちょっと心が浮き立った。
「よかった、知り合いに会えて。ここって見るからに物騒だし、大きな建物ではあるけれど辛気臭いし、おまけに待つのも長いときて……」
参っていたんです、というエリアの言葉ももっともだ、とジェミリアスとアルベルトは彼女と共に改めてこの大きな建物、ビジターズギルドを見渡してみた。
役所のような造りにはなってはいたが、たくさんの窓口があり、忙しなく受付嬢が右へ左へと動いている。喧騒も凄まじく、窓口の前に並んでいる者や待合室に追い出された者も半分以上は物騒な格好をしていた。
「壁なんか、襲撃でも遭ったら崩れ落ちそうだな」
アルベルトが、素直な感想を漏らす。
床なども擦り切れ、コンクリートの下地が丸見えである。
「大きな地震でも起きたら、ってつい思っちゃうわよね」
ジェミリアスも待ちくたびれたせいもあり、小さくため息をつく。
エリアがふと、壁の一箇所に寄って行く。
「おい、一人でふらふらすると危ないぞ」
アルベルトが声をかけるが、エリアは発見した壁の弾痕を物珍しそうに見ている。
「本当にぼろぼろですね」
ひとりごち、戻ろうとした時。
ドン、
誰かとぶつかり、エリアはすてんとひっくり返ってしまった。
「あ、ごめんなさい」
痛む腰を抑えながら謝ると、結構年のいっている金髪の、いかにもプライドが高そうな女性がつんとした表情で彼女を見下ろした。
「気をつけてちょうだい。わたしは頑丈だからいいものの、この子が怪我でもしたらどうするの!」
この子?
ふと見ると、女性の腕には真っ白なふわふわの犬が、玩具の高級品なのか本物なのか分からないが、抱き抱えられていた。
エリアは、白くてふわふわしたものを見ると、つい抱きついてしまうクセがある。今もその衝動に駆られたが、さすがに我慢した。
「エリアさん、大丈夫?」
ジェミリアスが、アルベルトに順番を任せて駆け寄ってくる。犬に見惚れて立ち上がるのも忘れていたエリアの手を引っ張り、服についてしまったコンクリートの粉等を手で払ってやる。
「ほんとに、すみませんでした」
エリアが再度謝ると、女性は、ふんと鼻を鳴らして去って行った。
「……あんな一見そうは見えない方も、ビジター登録なさるのね」
ジェミリアスが、怒るというよりは呆れた感じで静かな、冷たい声で感想を一言で言ってから、エリアと共にアルベルトの元へ戻っていく。
「犬の持ち込みなんか、いいのか?」
見ていたアルベルトが眉をしかめるが、「分からないわ」というふうに、むしろああいった輩は相手にするまでもないといった風に肩を竦める。
「機械にしても、精密に出来ていましたよ」
エリアは、まだ痛む腰を抑える。最近食べすぎなのだろうか、そんなに体重はあるとは思えないけれど、ちょっと当たって転んだだけでこんなに腰を痛めてしまうなんて───受付で渡されるであろう書類に、体重を書き込むところがなければいい、と心の中で密かに思う。
それからは、これからの「冒険」で何をするか等、エリアを元気付けるかのようにジェミリアスが話を振ってきて、三人は暫くその話題に花を咲かせた。
■見かけに騙されてはいけません■
話にも脂が乗ってきた頃に。
ふと、どこからともなく悲鳴が聴こえた。次いで、あちこちから声が上がる。
「あたしの卸したてのジャケット、切られてるわ!」
「俺の愛用武器に傷つけてくれたのは誰だ!?」
「あーっ、あたしのバッグも切られてる!」
それまでの喧騒が、別の騒ぎに変わり始めたのだ。
ジェミリアスたちも話をやめ、騒ぎのほうに目をやる。
「服切り魔か?」
アルベルトが、自分達三人はやられていないと確かめつつ、どこかに不審人物はいないかと視線を走らせる。
「アルベルト」
小さな声で、ジェミリアスが息子に顔を近づけ、くいと顎で一点を指し示した。
そこに、明らかに物騒にも高周波ナイフをむき出しにした、ごついひげ面の男が次の「獲物」をとビジター登録に来た者達の服や武器の品定めをしていた。そうしながら、SHB(水素電池)を取り替えている。高周波ナイフはSHBなしだとナイフ程度の威力しかない。すると服しか切れなくなる。だから今取り替えているのだろうが、10回分しかもたない電池を取り替えているということは、既に10回、いやその前に電池をまた取り替えつつこんなことをしていたのであれば、10回以上ここにいる人間達の服や武器を切ったり傷つけたりしている、ということだ。
「次の犯行のためってか」
アルベルトが舌打ちしつつ歩き出そうとすると、エリアに先を越された。
「エリア!?」
「エリアさん!」
エリアはジェミリアスとアルベルトの視線の先を見て、そこに、先ほどぶつかった女性が抱き抱えていた真っ白な犬が単身とてとてと無邪気に歩いているのを発見したのだ。
あの真っ白な毛が切られてしまったら、それだけじゃすまなくなったら。
そう考えると、飛び出さずにいられなかった。
ひげ面の男のちょうど目の前で、ぎゅっと犬を隠すように自分の身体で抱きしめる。
「なんだあ、お前は。切られたいのか、その服」
わざわざ出向いてくるとはいい度胸だ、と男は笑う。
隅っこということもあり、他の人間達で彼らに気付いている者は、まだ数人しかいない。それもただの喧嘩と捉えているようで、ちらちらと見ている程度である。ここで喧嘩をすれば、「マナー」を守らなければ、間違いなくその者たちはビジター登録が出来ないか、若しくは登録解除されてしまうだろう。だから皆、かかわってこないのだ。
だが、ジェミリアスやアルベルトにとっては、見過ごせなかった。
「何故こんなことをするの?」
それでも出来るだけ穏便に、そう聞いてみる、ジェミリアス。
「何って、腹いせさ」
「何の腹いせだよ」
アルベルトが喧嘩腰になりそうなのを堪えつつ顎をしゃくると、男は一瞬瞳を潤ませる。
「ビジターズギルドに俺の可愛い相棒を連れてこれなかったばかりか、相棒が誘拐されちまったからだよ!」
誘拐事件か。
ジェミリアスとアルベルトはちらりとお互いを見、エリアも呆気に取られたようにまだ犬を隠しつつ男を見上げている。
「それで、とりあえずひとりで登録をしに?」
「登録は諦めてる。相棒がいないんじゃ、俺の人生はおしまいだからな」
男は言うが、アルベルトはこめかみの辺りをぽりぽりと掻く。
「でも、だからって腹いせはよくねえよ」
「そうです、皆さん服や武器を大事にしていらっしゃるんですから」
エリアもつい口を開く。
ジェミリアスは、「じゃ」と提案した。
「その、誘拐された相棒を、探してあげるわ。だからとりあえず、それをしまってくださらないかしら」
と、視線で高周波ナイフを示す。
男は信じられないという風に疑い深そうな視線で三人を見ていたが、そろそろと高周波ナイフをしまう。
すると向こうから、さっきエリアとぶつかった金髪の女性がこちらへやってきた。
「ちょっとあなた達。わたしの可愛いボレロちゃんを知らない?」
ボレロ?
三人はそれぞれに顔を見合わせる。そしてそれがどうやら、エリアが今ひたすら身をもって隠している白い犬のことだと気がついたが、虫の居所の悪いひげ面の男もまだ信用は出来ないし、悪いが三人はほぼ同時にかぶりを振っていた。
疑い深そうにひとりひとりを見ていた女性は、また、「ボレロちゃーん」と呼びながら歩み去って行った。
「なんだ、今の女は」
ひげ面の男が、苛ついたように尋ねる。
「なんでもないわ。さ、いきましょう」
「おふくろ、でも俺達やエリアのビジター登録は?」
ビジターズギルドの出入り口に向かって歩き出すジェミリアスに、アルベルトが声をかける。
「わたくしは、その相棒さんが心配ですので、また今度で構いません」
エリアが、そのままの格好で言う。ジェミリアスは、微笑んだ。
「エリアさん、優しいのね」
しゃーないなあ、と言いつつアルベルトも母親の後を追う。
エリアもまた、白い犬を抱き抱えて、やっと立ち上がった。途端、それを見たひげ面の男が「あっ!」と声を上げる。
ジェミリアスとアルベルトは振り返り、エリアはきょとんとする。
次の瞬間、男は「マズルカー!」と感激の涙を流しつつ、呼ばれて「ワン」と嬉しそうに尻尾を振りエリアの腕から飛び出した白い犬を、がっしりと受け止めたのだった。
■一件落着、そして……■
つまり、ひげ面の男の「相棒」というのは、この生身の白い犬、「マズルカ」のことであり。
ビジターズギルドの入り口に繋ぎとめておこうと、ビジター登録に来る前に決めていたひげ面の男だったのだが、最近都市マルクトの一部で話題になっている「犬泥棒」のせいで、マズルカまで誘拐されてしまい、ヤケになって今回の事件を起こしていたわけなのだが。
こっそりその「犬泥棒」の手から逃げ出してきたマズルカは主の匂いを辿り、人間達に紛れてビジターズギルドに入ったところを、犬泥棒その人である金髪の女性に再度捕まっていた、というわけである。
「犬泥棒の女性については、今アルベルトが追いかけているからあと数分も経たずに捕まるわ」
ジェミリアスは、事情を聞いたあとすぐに飛んで行ったアルベルトの腕を信じ切っているようだった。
「ジェミリアスさん、このおじさんのこと、ビジターズギルドに報告なさります?」
事情を聞いてちょっと同情していたエリアの気持ちを汲み取り、ジェミリアスは小さく微笑んで、
「犬を相棒と言うくらい情の深い人ですもの、今回のことは私達の胸の中にだけ留めておきましょ」
と、ウィンクして心優しいエリアを笑顔にしたのだった。
そして本当に数分経つと、アルベルトが丁重に片手だけで金髪の女性の両手首を掴み、やや強引に連れてきた。
「こっちのオバサンはビジターズギルドに報告だな。人の相棒を誘拐してさも自分のもののように振る舞ってる人間がビジター登録なんて無理さ」
「残念ね、わたしはもうビジター登録は済ませたのよ」
金髪の女性がつんとして言うと、ひげ面の男が辛抱ならないといった風に立ち上がったが、エリアが「抑えてください」となんとか宥める。
ジェミリアスは、冷たい微笑を口元に浮かべ、金髪の女性を見た。
「そううまく、この世の中が渡っていけると本当に思っているのかしら?」
◇
それから「苦情処理」の窓口に金髪の女性を連れて行った一同だが。
「そういうことでしたら、こちらの女性のビジター登録は白紙に戻させて頂きます」
こういうことには慣れているのだろう、にっこりと受付嬢。
「出来れば身柄も預かって頂きたいのだけれど、それは可能かしら?」
ジェミリアスが尋ねると、もちろんお預かりします、と早速、文句を言う金髪の女性をどこかに連れて行く。
そして事情が事情だったため、白い犬を連れても今回だけは、とひげ面の男もビジター登録が出来るように采配された。
「よかったですねえ、おじさん」
「ああ、ありがとう。危なく本当に道を踏み外すところだった」
にこにこ顔のエリアに、こちらも白い犬に頬を舐められ相好をすっかり崩している男。
「俺、ギリア・ムックっていうんだ。本当に有り難うな!」
そして再び並ぶことになった3人はギリアとマズルカも交え、楽しく話をしているうちにあっという間に時が過ぎ、それぞれ書類を渡されることになった。
これでいよいよ、ジェミリアスもアルベルトもエリアも、そして諦めていたギリアも、ビジターになることが出来るのだ。
ジェミリアスはさらさらと書いて提出し、次いでアルベルトも「手続きつっても簡単だな、面倒なだけで」と呟きつつ提出する。ギリアもにこにこ顔で提出し、最後にエリアが提出したのだが。
「すみません、エリア・スチール様。体重の欄が空白となっておりますので、こちらのほうにもご記入して再度提出してください」
受付嬢ににこやかに言われてしまい、「やっぱり誤魔化せないのですね」としゅんとして体重をのろのろと書き、ジェミリアスとアルベルトに元気付けられるエリアだった。
《END》
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【整理番号(NPCID)】
0544/ジェミリアス・ボナパルト (じぇみりあす・ぼなぱると)/女性/38歳/エスパー
0552/アルベルト・ルール (あるべると・るーる)/男性/20歳/エスパー
0592/エリア・スチール (えりあ・スチール)/女性/16歳/エスパー
【NPC】
☆ギリア・ムック☆
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、または初めまして。ライターの東圭真喜愛(とうこ まきと)と申します。
この度はご発注、ありがとうございましたv
内容には、なるべくPC様其々の個性、主に性格を重んじて取り入れて書いてみましたが、如何でしたでしょうか。今回は皆様のプレイングを総合して考え、全体的にほのぼのとした感じのノベルに仕立て上げてみました。本当は、もっとビジター登録はキリキリした感じのものかな、となんとなく思っていたので、書いていてとても楽しかったですv
何はともあれ、少しでも楽しんで読んで頂けたなら、幸いです。
ご意見・ご感想等ありましたら、お気軽にお寄せくださいませ。
これからも魂を込めて書いていきたいと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い致します<(_ _)>
それでは☆
2005/01/27 Makito Touko
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