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<東京怪談ノベル(シングル)>


Dear My Shepherd's-purse


 本日の宅配便。人が住んでいるのか甚だ怪しい住所に、ダンボールを一つお届け。

 ――得体の知れないダンボール箱には、『Fragile』のステッカーが無愛想に貼られている。字義通りの『壊れ物』が入っていることを、ケヴィン・フレッチャーはまったく期待していなかった。例えば、花瓶とか、そういう害のないものだ。花瓶ならず、火炎瓶が入っている可能性はそこそこ高いと思う。
 これまでだって、知らないうちに爆発物や国家レベル級の機密を運ばされてきたのだ。自分が何を運んでいたか気づいた頃には、時既に遅し、なことが多い。
 一度で良いから、平和なクリスマス・ギフトの宅配をしてみたいものだ――とケヴィン・フレッチャーは思う。
 今日も例外なくそんな気分だった。
「やっぱりヤバい荷物なんじゃないのか、これ……」
 ダンボール箱を右肩に担ぎ上げ、ケヴィンは荒涼たる廃墟を見渡した。
 生物の気配はないでもない。こんな瓦礫だらけの廃墟でも、草花は朴訥と生息している。雑草の繁殖能力といったら、まるで……俺並みだ。
 そしてもう一つ。この廃墟に生きるコミュニティといえば。
「――毎度毎度、しつこいんだよっ!」
 ケヴィンは左腕を横に薙ぎ払った。ソニックブームが一陣の風を起こし、胡散臭い男どもを吹っ飛ばす。――そう。ごろつきだ。
 いい加減に慣れたとはいえ、こう毎回胡散臭い人間に付き纏われると、嫌気が差してくる。
 弱肉強食というルールがまかり通っているこの地で、単独の何でも屋(実質的に宅配業者)といったら、弱者に他ならなかった。幸いにもケヴィンは、他の多くの宅配業者と違って、生態系の頂点に立ってもおかしくない戦闘能力を保有している。従って今まで無傷で済んでいる。が、これからも無傷でいられるとは限らない。
 ケヴィンに吹っ飛ばされ昏倒しているいるごろつきどもを、雑草と同じノリで踏んづけて歩きながら、ケヴィンはこんなつぶやきを漏らした。明日は我が身。
 そのまま十数分ほど歩いただろうか。
 ケヴィンは繋ぎの懐から殴り書きの地図を取り出し、辺りの様子と比較した。目印になるものがないので、九割方は自分の方向感覚に頼らねばならない。しかし地図を確認したくなるのも無理はないだろう――こんな廃墟の奥深くに迷い込んでしまっては。
 途方に暮れて周囲を見回す。
 建物としての機能を放棄して久しいアパート。ゴーストタウンという名を冠するに相応しい雰囲気。人が住んでいるほうが逆に不自然だろう。地図の赤いマークと、荷物に書かれた宛先は、そんなゴーストタウンの一角を示していた。
 キープアウトと黄色いテープを張っておいたほうが良いんじゃないだろうか、とケヴィンは思う。下手なところを歩くと床を踏み抜いてしまいそうだし、雨でも降ろうものなら地盤ごと沈下してしまいそうだ。
 このまま建物の前に荷物を置いて引き返したい気分だったが、それでは代金が貰えない。己の命を取るか宅配料を取るか。あまりにも割の合わない選択だが、それでもケヴィンは後者を取ることにした。時には己が身を危険にさらさなければならないのは重々承知だからだ。いくら危険とはいえ、自分の身を自分で守るくらいの能力はあるわけだし――、
 と、一応用心しつつ廃屋に踏み込む。法的には不法侵入かもしれない。
 やっぱりな、とケヴィンは溜息をついた。一歩建物に踏み込んだ瞬間に、ケヴィンの研ぎ澄まされた感覚は、複数のたおやかでない気配を感じ取っていた。
 ふと、以前小耳に挟んだ物騒な話を思い出す。
 何でもこの付近では、臓器売買が商売として成立してしまっているとかなんとか。
 身包みを剥ぎ取られただけでは済まず、最近は身体の中身も持っていかれるらしい――。
 サイバーパンク小説か、っての。
 胸中で毒づくと、ケヴィンはどさり、と荷物を部屋の中央に置いた。
「荷物をお届けに上がりました。ハンコと宅配料お願いしまーす」
 この場にはあまりにもそぐわない台詞を、呑気な調子で口にする。
 自分の位置を相手に知らせてしまうことになるが、構わなかった。どうせ向こうにはこちらの動向などもろばれだろう。
 ケヴィンはただ部屋の中央に棒立ちしていた。
 しばらく、沈黙がつづく。
「――そこ!」
 相手が攻撃を仕掛けてきたと同時に、ケヴィンは腕を横に払った。廃屋を破壊しない程度にコントロールされたソニックブームが、空間を歪めて飛び掛ってきた男に到達する。断末魔っぽい悲鳴が上がり、男が一人、床に伸びた。
「正当防衛なんで、あしからず」
 その宣戦布告ともとれる言葉が、ごろつきどもを刺激したのか。
 半ばヤケになって、男達が武器を手に手に物陰から飛び出してきた。
 攻撃の一つ一つを正確に交わし、見舞いに蹴りを叩き込んでやる。エスパーの能力を使用するまでもない雑魚ばかりだった。
「人海戦術にしても詰めが甘いぜ」
 俺と真っ当にやり合いたいなら、人並み以上の戦闘能力は持っていて貰わないと困る。アクション映画にしても、敵がここまで弱いんじゃ興醒めというものだろう?
 ケヴィンはさっと周囲を見回し、一瞬で『一番金を持ってそうな奴』を嗅ぎ分けた。金に対する嗅覚が強いなんて、誰かさんを思い出すようで嫌だな――誰かは内緒。
 そのリーダー格と思しき男の背後に回り込むと、ケヴィンは手刀を首筋に叩き込んだ。
「俺は高いんだぞ」
 低い声でつぶやいたその台詞が、相手の耳に届いたかどうか。おそらくは自分が攻撃を受けたことも認識しないうちに意識を失ってしまった男の懐から、代金と、金目のものを適当にふんだくった。臓器は保存が利かなそうなのでいらない。
「一応、届けるものは届けたからな。毎度あり」
 独り言のようにつぶやくと、ケヴィンは他の連中に気づかれないうちに、廃屋を脱出した。
 結局、ダンボール箱の中身が何かはわからなかった。
 もちそん、そんなものはわからなくて良い。どうせろくなもんじゃないだろうしな。

    *

 なんだかな……。
「俺もあいつに似てきたのかもな」
 やれやれと溜息をついてから、ケヴィンはふとそんな風につぶやいた。
 このままいくと、あいつ以上に波乱万丈な人生を送ることになるかもしれない――
 あいつ?
 ケヴィンははた、と足を止める。何気なく振り返った。「あいつ」が、背後についてきているような気がしたからだ。
 ……あいつって誰だ?
 ケヴィンは首を捻る。相棒、パートナー、戦友、同胞、片割れ……片割れだな。それが一番しっくり来る。
 ごっそり失われてしまった過去の、どこかに存在していたに違いない人物。片割れというからにはいつも一緒にいたのだろうが、顔も、名前も、声も思い出せない。つまり、何も思い出せなかった。
 何も思い出せないのだが、喉まで出かかっているというか……、あのもやもや感だ。何だか物凄く気持ちが悪い。
 と。
 つかめそうでつかめない記憶と格闘しているところに、通信が入った。ケヴィンは通信機を取り上げて応答する。
『仕事だ、K』
 ノイズだらけの通信の向こうで、いつも厄介な仕事を回してくる仲介屋が言った。K、というのはケヴィンの相性だ。
「ちょうど良かった。たった今、一つ仕事を片づけたところだ。今度は何だ? どうせ真っ当な仕事じゃないだろうが」
 とりあえず「片割れ」のことは置いておき、ケヴィンは答える。
『この間荷物を届けた、なんていったかな……チャイニーズだかジャパニーズっぽいアジア人の医者、覚えてるか』
「……げ」
 ケヴィンは顔を引き攣らせた。思い切り心当たりがあった。真っ当な仕事じゃないどころか、最悪な仕事じゃないか。
『値切られないで帰ってきたのはおまえだけなんだよ、K――いっちょ荷物を届けてやってくれ』
「……その依頼、断れるのか?」
『もちろん、』
 ノーだ。と、あっさり返ってきた。ケヴィンは肩を竦める。
「オーケイ、わかった。すぐに戻る。通信終了」
 ケヴィンは通信を切ると、また一つ、大きな溜息をついた。
 とりあえず、記憶の断片を探るのは後回しだ。思い出そうと努力しても、今はどうにもならないだろう。
 まずはあの医者のところへ行って、「値切られずに」仕事を完遂することだな。
「……さて、行きますか」
 一人つぶやき、ケヴィンは廃墟を去る。

 瓦礫に生えたしぶとい雑草を踏みつけて、
 ――しぶとさだったら負けないぜ、ぺんぺん草よ。
 ともかくも、新たな依頼へ急ぐケヴィンであった。



fin.