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<東京怪談ノベル(シングル)>


■Lone Cat■



□Opening

 薄暗い部屋の小さな窓から差し込む光は、ささやかなものだった。
 一直線に伸びる光の筋道には、キラキラと白い埃が輝いている。
 「これが、今回の依頼か?」
 「あぁ。まぁ・・難易度は五分五分ってトコかな?」
 埃っぽく湿った室内に、腰に来るほどの低音の声が静かに響く。
 「・・はっ、何が五分五分だよ。」
 今度は先ほどの声よりも数段幼さを含んだ声が響いた。
 光の筋の中、すっと奥から出てきた少年の顔は声同様幼かった。
 漆黒の髪と、その下で光る青い瞳が印象的な少年・・年の頃は12,3だろうか?
 「気に召さなかったか?五分五分が。」
 「本当に五分五分なら、気に入ってたかも知れないけどな。」
 「・・鋭いね。」
 「子供だからって見くびんなよ。」
 少年はそう言うと、側の椅子にかけてあった上着を取った。
 依頼書片手に、男に背を向ける・・・。
 「MSは好きなのを持って行くと良いよ。」
 「言われなくても。」
 「あぁ・・それから、何かあったら連絡を入れてくれ。勝手にドンパチやられてMSがダメになったらアレだしな。」
 「・・そっちの心配かよ。」
 「君の心配もした方が良いわけ?」
 「・・・余計な心配だな。」
 少年はそう言うと、うっすらと埃の積もった床を踏み鳴らした。
 靴底が床に着地すると、その部分から白い埃が舞いあがる。黙々と立ち上る様は、さながら煙のようだった。
 しかし少年はそれには気を止めずに、閉まりきったままの扉を押し開けた。
 「・・だが・・無事でいてくれた方が良いけどね。」
 「自分の良心がか?」
 「依頼のためだ。例え君が果てようとも、良心は痛まないさ。」
 少年は少しだけ肩をすくめると、外へと出た。
 扉が閉まる・・再び閉ざされる薄暗い部屋の中、男が低く囁いた。
 「それでも、無事を願わずにはいられないんだよ。」
 光の筋の中、男の声にあわせて埃が少しだけ舞った。


■Assault

 だだっ広い荒野を、真横に進む線があった。
 砂埃を巻き上げながら進む一筋の線・・・。
 実際には線などではないが、スピードがある分それはただ一筋の線のようにすら見えた。
 「ったく、『好きなものを持って行くと良いよ』なんて言ってた割りに数が無かったじゃないか。」
 安宅 莞爾(あたか かんじ)はそう言うと、更にスピードを上げた。
 またがった中型バイクが少しだけ躊躇したように振動したが、すぐに莞爾の命令どおりに速度を速めた。
 巻き上がる砂埃が目の前の景色を黄色く染め上げる。
 聞こえてくるのは、バイクのモーター音と風を切る音。そして、後方へと飛び退る砂の音・・・。
 「なんかこのMSシックリ来ないんだよな・・。いまいち大きい感じがするし。」
 莞爾はそう言うと、少しだけ首を動かして眉をひそめた。
 「あいつもちゃんと揃えとけっつうの。ったく・・。」
 ため息をつく。
 脳裏に浮かぶのは“あいつ”の顔だった。口の端をあげて、いかにも余裕のある表情をたたえているあの男。
 小さく舌打ちをしたのは、故意ではなかった。
 『難民達を救出する為のルートの確保』
 それが今回の依頼の内容だった。
 一見すると、それほど大変な依頼では内容に思う。
 注目すべきは『ルートの確保』と言う所だ。
 救出するためのルートを確保しなくてはならないほど危険な場所・・そうとしか思えなかった。
 あの時のあいつの言葉“五分五分”から考えて、何かしらの危険があるのだろう。
 しかも・・・。
 「はっきり言わないって事は、相当なものかもな。」
 莞爾はそう言って笑うと、目を伏せた。
 危険なら危険と言うし、安全なら安全と言う。五分五分と言って言葉を濁したのは・・・。
 そんな事は、考えても仕方がないし・・考えた所でどうだって良い。
 今やるべき事は・・依頼を無事遂行する事だけだ。
 莞爾は顔を上げた。
 続く荒野の先、視界の端に何かが映った気がした。
 人影のような・・・。
 その時突然、莞爾の耳に空気を切り裂く音が聞こえてきた。
 直ぐ真横で一直線に裂かれる空気の層。
 「・・なっ・・!」
 小さく零れ出た驚きの声は、直ぐに肯定された。
 視界の端に映る小さな黒い影達。皆一様にMSに身を包み、筒の長い銃を構えている。
 ライフルか・・・。
 その焦点には莞爾の姿があった。
 引き金が引かれ、熱い鉛球が飛び出る。
 莞爾の直ぐ真横に着弾して大地を削る・・・。
 その数は近づくにつれて段々と多くなり、激しさを増す。
 「この俺に当てようなんて・・・。」
 鉛の雨が降る中で、莞爾は呟きながらそっと口元を上げた。
 ハンドルを切り、速度を上げる。
 既に身体の一部のようになってしまったバイクは素直に莞爾の言う事を聞き、滑るように銃弾を避け、走る。
 「十年早いさ!」
 無論、十年間必死に努力をすればの話だが・・・。
 莞爾は繰り出される銃弾をかいくぐって行った。敵の目の間を過ぎ、後方から銃声が轟き数弾莞爾の隣の地面を抉ったが・・ついに莞爾に当たる事は無かった。
 速度を上げ、真っ直ぐに目的地を目指す。
 敵の姿は砂埃の中で揺れ、遥か彼方に消えて行った。


□Combat

 突然の襲撃から数分走った後、莞爾は指定された場所まで来ていた。
 廃村と言うにはそれほど廃れていない村。
 遠めに見ても、さほど荒れてはいないようにさえ思えた。
 しかしそれよりも莞爾の目を釘付けにしたのは、村の入り口付近でうろつく数機のシンクタンクだった。
 巨大な鉄の蠍・・・X-AMI38スコーピオン・・・。
 莞爾はバイクに付けられている無線機を取った。
 「・・俺だ・・。」
 『どうした?』
 「村の入り口付近に、肉眼で見える限り2機のシンクタンクがいる。X-AMI38スコ−ピオンだ。」
 『・・あぁ。・・で?』
 「戦闘の許可を取りたい。」
 『・・・そうか・・・。もうしばらくすれば後から送った部隊が着くはずだが・・?』
 「それを待っている暇はないだろう?それに、そもそも俺の依頼は“ルートの確保”だ。・・違うか?」
 『・・分ったよ、戦闘を許可する。だが・・MSには傷をつけるなよ?』
 「分ってるさ。」
 『それと・・無事を祈ってるさ。』
 「・・・ほざけ。」
 莞爾はそう言ったきり、無線機をバイクに戻した。
 そして再びバイクにまたがると、一直線にシンクタンクの近くまで滑らせた。
 迫り来るシンクタンクの1機がこちらに気付き、クローを伸ばす。
 それを軽く避けると、今度は反対側からクローが伸び・・莞爾の真横の地面に突き刺さった。
 「そんなにトロイ動きじゃ、当たらないな・・・。」
 シンクタンクの真横をすり抜け、村の中に入った所でバイクを止めた。
 身軽に飛び降り、シンクタンク2機と対峙する。
 一呼吸置いた後・・再び2機のシンクタンクが莞爾に向かってクローを差し伸べ、物凄い力で地面を抉る。
 莞爾は繰り出される攻撃を避け、何ら危なげない様子で1機のシンクタンクに近づいた。
 右手に持ったライフルを正確な狙いでシンクタンクに当てる。
 弾は一直線にシンクタンクの足へと向かい、一瞬のうちにそぎ落とした。
 7本足になったシンクタンクは僅かばかり体制を崩したものの、すぐに立て直し莞爾へとクローを差し伸べようとするが・・生憎それまで待ってはくれなかった。
 体制を崩した一瞬の隙を突き、莞爾はシンクタンクの真上へと飛んだ。
 行き場を失ったクローが地面に刺さるよりも早く、莞爾の弾がその背を貫いた。
 金属がかち合う甲高い音がした後にシンクタンクが力なくその場に崩れ落ちた。
 莞爾はその背から降りると、地面に着地した。
 その真横の地面を抉る・・弾。
 残った方のシンクタンクが、足掻きとばかりに繰り出すのは機関銃からの弾丸だった。
 乾いた音を荒野に響かせ、止まった空気を振動させる。
 しかし・・それすらも莞爾から見れば虚しい足掻きに過ぎなかった。
 莞爾はハーフサイバーだが・・能力的にはオールサイバーやエスパーと互角以上に渡り合える。
 飛躍的に強化された身体能力がある限り、機関銃なんてただのライフル銃に過ぎなかった。
 1弾1弾がゆっくりと・・しかし確実に狙いを定めるライフル。
 狙いがあまり定まっていない分、ライフル以下かも知れない。
 弾の動きはスローに見えた。
 避けるのなんて、造作もない。
 そう言うのを朝飯前とはよく言ったものだが、朝飯中でも避けられるさ。
 莞爾は右へと身体をひねった。その後を弾が追いかける。
 今度は左へ・・そして右へ・・・。
 前進しながらの素早い動き。
 シンクタンクが気が付いた時には、莞爾は直ぐ目の前にいた。
 避けようもないほどの至近距離で撃たれては、どうする事も出来ない。
 ・・・いや、一つだけ出来る事があった。
 無言で地に膝を着き、勝者の足元にその亡骸を横たえる事だ。
 鉄屑が地に叩きつけられ・・砂埃を上げる。
 莞爾はしばしその亡骸を見つめていたが、すぐに踵を返した。
 村の中ほどに置いてあったバイクが、莞爾の帰りを待っていた。
 ポンと一つだけそのボディーを叩くと、莞爾は村の中に入って行った。
 ある予感を心の底に抱きながら・・・。


■Decease Song

 村の中央部に、折り重なるようにして積み上げられた黒い影。
 強烈な鉄の匂いを伴いながら流れる真紅の水。
 莞爾はしばしばその光景を見つめた。
 重ねられた身体から流れる血液が地面を濡らし、染め上げる。
 その中には大人もいた。
 そして・・莞爾と同じかそれよりも小さい子供もいた。
 既に瞳孔の開ききった少女の手に握られた、ぬいぐるみの瞳が主人の血によって染められている。
 莞爾は村の中を歩いた。
 それほど広くない村の中は、どこも荒れていた。
 遠めに見た時には分らなかったが・・・中は凄まじい荒らされようだった。
 家の中は物がひっくり返り、壊され、夥しい量の血が付着している箇所さえあった。
 一つ一つの場所を丁寧に見て回ったものの・・生存者は確認できなかった。
 つまり、あそこに積み上げられていた人々で全てと言う事だろうか?
 莞爾は再び村の中央部に来た。
 手前に力なく倒れている女の人をしゃがみ込んで見つめた。
 若い女性だ。漆黒の髪が美しく、まだ少女を含んだ顔は綺麗だった。
 胸から腹にかけて無数の銃弾がのめりこんでいる。痛々しいまでに破れた洋服からは既に血は止まっていた。
 女性の白い肌にそっと触れる。
 既に青白くなってしまった肌は、力なく固まり・・冷え切っていた。
 莞爾はそっと、見開いている琥珀色の瞳を閉じさせた。
 不躾に触れてしまったせめてものお詫びだ。
 しばしその姿を目に焼き付けた後で、次にその隣で倒れている少女に触れた。
 親子だろうか・・?顔つきが似ていた。
 少女も同様に、胸から腹部にかけて銃弾の跡があった。
 そして・・血も乾いている。
 身体も、冷たい。
 莞爾はおおよその情報を得ると、少女の瞳も伏せた。
 積み上げられている難民達は・・50人近く。
 きちんと数えたならばもっといるだろう。
 しばらく、死者達の声に耳を済ませた後で・・莞爾はその場に背を向けた。
 先ほどと変わらぬ様子で主人の帰りを心待ちにしていたバイクにそっと触れ、その側面に取り付けられている無線機に手を伸ばす。
 「・・終わった・・。」
 『あぁ、急に話すから驚いた。で・・何が終わったって?』
 「難民を救出する必要はなくなった。全員死亡だ。」
 『・・そうか・・。状況を説明できるか?』
 「あぁ。難民達は胸から腹にかけて銃弾を浴びていた。多分・・ライフルだろうな。詳しく調べてはいないからどの銃なのかは分からないが・・・。出血は止まっていたし、死後硬直の具合から見て・・昨日、遅くとも昨夜中には息を引き取っていただろうな。」
 『昨夜中に・・か。・・まぁ、仕方がないな。とりあえず、一度こっちに帰ってきてくれ。MS返却と、報告も兼ねてね。』
 「分った。」
 『遺体は後から行った部隊に任せるから、そのままにしておいてくれ。』
 「・・・分った・・・。」
 『あぁそれと・・・無事で良かったよ。』
 「・・・そりゃどーも。」
 莞爾は苦笑交じりにそう言うと、無線機を置いた。
 バイクのスタンドをはずし、勢い良く飛び乗る。
 村の入り口に倒れている2機のシンクタンクに一度だけ目を向けると・・走り去った。
 巻き上がる砂埃に揺れながら、村の入り口が去って行く莞爾の背をじっと見つめていた。


□Epilogue 

 相変わらず薄暗い部屋で、向かい合った男の瞳は微笑んでいた。
 「さぁ、これが今回の報酬だ。」
 そう言って、分厚い封筒を差し出した。
 莞爾はそれを受け取ると、じっと男の瞳を見つめた。
 窓から差し込むささやかな光の中、向かい合った男の瞳は薄いグレーだった。
 「それにしても、本当に無事で良かったよ。」
 「・・・ほざ・・」
 「MSが。」
 ニッコリと微笑む瞳が、どこか悪戯っぽい輝きを発する。
 「あーあー、良かったな、無事で。」
 莞爾は半ば投げやりにそう呟くと、男に背を向けた。
 歩くたびに埃が舞い上がる、この部屋の空気は湿っぽかった。
 1つしかない窓から差し込む光は微々たるものだった・・。
 莞爾は扉に手をかけた。
 その背を、男の声が引き止める。
 「なぁ、お前さえ良ければ何時でもここに居て良いんだぞ?まだ子供なんだし・・・。」
 「子供は言い訳にはならないからな。」
 莞爾はポツリと呟くと、扉を開けた。
 明るい光が室内に充満し、男が僅かに目を伏せた。
 「それに・・生憎だけど、その場に留まる事より、自由気ままに旅する方が猫にはピッタリだから。」
 莞爾はそう言うと、男を振り返った。
 「また何かあったら呼ぶよ。」
 「あぁ、分った。」
 前を向き、外へと出る。後ろ手で扉を閉める時、中から小さな声が聞こえた気がした。
 『猫・・ねぇ。確かに、懐かない猫だな。』

 莞爾は止めてあったバイクにまたがると、その場を後にした。
 荒野に伸びる一直線の線・・・。
 真っ直ぐに進むその後では、砂埃が舞い踊っていた・・・。
 

  〈END〉