 |
サヴァイ・ハイスクール定期試験
ライター：黒金かるかん
●生徒たちへの招待状
「さて……君たちにはこれから定期試験をしてもらう」
教官兼校医である一天医師が言う。
試験は実践だ。サヴァイ・ハイスクールは元来セフィロトで生き残るための技術を学ぶ、そのための学校である。所属している生徒は年齢も様々だ。職業を持つ者もいる。来る者拒まず、望めば誰でも生徒になれる。
さて試験は、廃墟となっているブロックを進み、仕掛けてある罠を解除、あるいは障害を排除し、目的地に置いてあるブラックボックスを回収する。場合によっては、他の教官の妨害が試験内容に含まれることもある。だが、試験内容の詳細は事前には明かされない。常に同一であるのは、目的の『ブラックボックスを回収する』ことだけだ。場所も仕掛けも、その時々で変更される。
同時に試験を行うのは……１人から３人まで、その時による。
「今回の君たちの行き先は……ここだ」
一天は、マップの一点を指し示した。
「ここにブラックボックスがある。無事回収して、帰ってこれることを祈っているよ」
そうそう、と最後に一天は付け足す。
「これから向かうエリアは、けっして安全とは言えない。予定外の敵との遭遇もないとは言えない……リタイアするときは、このボタンを押すんだ。誰か一人でも押せば、そこで試験は終了するが。発信場所に最寄の教官が急行するから、どうしようもなくなる前には決断するんだよ」
しかし定期試験の終了証を手に入れなければ、スクールを卒業できる日は、はるかに遠い……リタイアはできれば避けたいところだろう。
「では、頑張ってくれたまえ」
●試験開始
この試験の受験者は３名だった。アルベルト・ルール、エリア・スチール、Ｊ・Ｂ・ハート・Ｊｒ．と、男性二人、女性が一人。少々凸凹な感がある組み合わせだったが、試験を受けるには問題ないと看做されたのだろう。三人が、今日昨日からの知り合いではなかったこともあるだろう。
その三人に、出発直前、地図は二種類あると示された。一天が二つの地図を示す。
ひとつは手の平に乗る程度の小型の機器の画面上に地図が浮かび上がって見える。小さいが、必要な部分を切り出すように見ることができる。
もうひとつは詳細に描き込まれた、新聞紙大の地図だ。折りたたまれている。
どちらも情報量は同じだということだった。
さて、どちらを取ってもいいということで、三人は顔を見合わせる。最終的な選択権は今回のこの試験のリーダーを務めるアルベルトにあるようだったが、アルベルトは他二人の意見を聞いてから決断しようと思ったようだ。
エリアは二つの地図を見比べて、どちらがより頭に入りやすいかを考えていた。事前に見る事は禁じられていないので、悩む時間は多少ある。試験開始時刻は決められているから、無限ではないが。
エリアは、アルベルトをちらりと見た。自分にとっては、どちらも大きくは変わらない気がする。ならば、アルベルトの能力に合わせて電子マップが良いかもしれない。
と、そう思ったところで。
「こやつがよかろう！」
とＪ・Ｂが紙の地図の方を取った。
「やはり地図とは、こういう形でなくてはな」
「でも……アルベルト様が持たれるのなら、こちらの方がアクセスしやすいのじゃありませんかしら……？」
「いかんよ、こういう機械はロマンがない」
エリアには、こういったものはロマンで選ぶものではないような気がしたが、どうやらＪ・Ｂの価値観はそういうところにあるようだ。Ｊ・Ｂは自称トレジャーハンターであるわけで、こだわりはわからなくもなかったが、エリアには若干非効率すぎる気もした。
結局それで、最終的な決断はアルベルトに帰ってきた。
レトロにロマン溢れる紙の地図か、効率重視で電子地図か。当然自分の使い勝手を考えれば、その手のひらに乗るマシンになるわけだが。
アルベルトはエリアとＪ・Ｂの顔を見比べた後、エリアに訊いた。
「こいつの方が、使いやすいか？」
「わたくしはどちらでも……元々、先に覚えてしまおうと思っていましたから」
「じゃ、こっちにしよう」
そう言って、手に取ったのは紙の地図だ。
「やはり、そうだろう！」
Ｊ・Ｂは、自分のロマンを理解されたとばかりに、ご満悦の様子である。
「でも……」
いいの？ と、エリアが目で訊ねると、アルベルトはにやりと笑った。
「俺にとっても、どっちでも同じだからな。このくらいの地図なら、頭に入る」
つまりは、そういうことのようだ。地図は細かく描かれてはいるが、所詮平地図である。頭に入れるのは雑作ない……そう、アルベルトも思ったからだった。
だがその思いは、試験開始後ほどなくつまずくこととなった。
「行き止まりだ」
先頭を進んでいたアルベルトが足を止めると、後ろからＪ・Ｂも覗き込む。
「道がない？ これはどうしたことだ！」
状況は、Ｊ・Ｂの言葉通りだ。アルベルトも地図上では通路があるはずの場所を睨みつける。
「……開くような仕掛けじゃねぇな。どういうこった」
アルベルトは少し考え込んで、そう言った。『そこ』は見た目の上では、ただの壁。開く開かない以前の問題だった。アルベルトは、ただそこを見ていたのではなく、マシンテレパスによって電子的な仕掛けの存在の有無を探っていたのである。
手動でどうにかできるような部分が見当たらないのは薄暗いライトの灯りの中でさえ一目瞭然なので、後は電子的に制御する仕掛けがあるかないかだと、アルベルトは考えたのだ。
しかし、それはなかった。
と、すれば。
「迂回するっきゃねーな」
アルベルトはあっさりと判断を下す。
今回の仲間に、道なき道を無理やり作ってまで進める程の力技を使う者はいない。ならば、迂回は唯一の選択肢だ。そしてそうならば、判断は一分一秒でも速いほうがいい。
この試験は時間無制限ではなく、もたもたしていればタイムアウトにより不合格という可能性もあるからだ。
「うむ。この先にも通路がるぞ！」
Ｊ・Ｂは力強くうなずいて、地図を光で照らして、叫ぶように言った。『塞がれた通路』の前を通り過ぎて、少し先に同じように曲がる道があると。
言うが速いか、Ｊ・Ｂはそちらへずんずん進んでいく。
だが、エリアが慌ててそれを止める。
「ダメ！ そこはだめですの！ 遠回りになりますもの！」
「なんと!?」
エリアは地図を思い出しつつ、ルートを考えなおす。最短ルートがわかりやすいなんて、おかしいと思った……と内心溜息をつきつつも、ここで足踏みしている余裕はない。
「えっと……あちらですわ。少し戻ったら右に曲がれる所がありましたでしょう？ その奥から、抜けられますの」
「む……しかし、あちらは、なにやら嫌な気配が……」
エリアが頭の中で組み立てなおしたルートを示すと、Ｊ・Ｂはなにやら顔をしかめる。
「気配？」
しかし、エリアは首を傾げた。振り返ってアルベルトを見るが、そちらも似たような表情だ。
「そんなの、ありましたかしら……？」
「いや」
わかんねえ、と、アルベルトは肩をすくめる。
「我輩の勘は当たるのだ！」
「……なんだ、おっさんの勘か」
アルベルトは頭の後ろで腕を組んだ。思い切りなめてる様子が見て取れる。そして、そのままくるりとＪ・Ｂに背を向けた。
「なんだとはなんだ！」
「エリア、戻って右だっけか」
Ｊ・Ｂはわめき続けているが、アルベルトは既にまったく聞いていない。エリアも、ただうなずき返して。
「そもそも古来よりトレジャーハンターの勘とは……あ、待て、待たんか！」
エリアとアルベルトは来た道を戻り始めた。Ｊ・Ｂを置いていくわけにはいかないので、エリアは振り返り振り返りだったが……話を聞かせる一心でＪ・Ｂもついては来るので、段々これでいいのかもしれないという気分になる。アルベルトは、わかっているのかも、と。
「我輩の話を聞けと言うに！ 待たんかー！」
そして当然、アルベルトは待たなかった。
「だから言ったじゃろがー！」
そして程なく、三人はタクトニムに追われていた。
「悪ぃ、おっさんがエスパーだとは知らなかったんだ！」
「我輩はエスパーなどではないぞ！ ただ、悪い勘は良く当たるがな！」
「そいつぁ……」
ろくでもねえ予知能力だ、とアルベルトは続けようとしたが、横合いから飛び出してきたタクトニムを避けるために中断した。実際、無駄口を叩いている余裕はない。
相手の数が多すぎるのだ。気がついたら囲まれていた。
これが試験の範囲内かどうかは、微妙なところだった。八割方、試験外だという気はしていた。なにしろハードすぎる。
「くっ！ やはりここは我輩が……！」
逃げ回る状況の歯がゆさに耐え切れなくなったか、Ｊ・Ｂがホルスターから銃を抜く。
「って、待て！」
だが、その手にある銃は思いっきり旧式だ。生身の人間相手ならともかく、タクトニム相手では話にならない。追ってくるタクトニムが足を伸ばしてくるのを視界に入れ、そのセンサーに誤情報を流し込みつつ、アルベルトはＪ・Ｂを引き戻すために手を伸ばすと……
ごつっという音と共に、アルベルトの視界からＪ・Ｂの姿が消えた。
「何を考えていますの！ 死んでしまいますわ！」
涙目でエリアが訴える。いつの間にか、手に棒切れを持っている……どこかで拾ってきたのだろうが。あるとないとじゃ、エリアの運動能力は段違いだ。
いや待て、と、吹っ飛んだＪ・Ｂを慌てて見る。今のエリアに殴られたら、そっちの方が……と思ったが、幸いよろめきながらも立ち上がるところだった。
もちろんタクトニムは待ってくれないだろうから、アルベルトの送った誤情報に惑わされて三人を見失っている一番近くのはともかく、近づいてくる物がないかすばやく周りにも注意を払いつつ……アルベルトはＪ・Ｂに手を貸す。
「く……やるな！」
Ｊ・Ｂはエリアに殴り飛ばされたことに気づいていないのか、タクトニムを睨んでいる。
……言わないでおいてやろう。
そんな小さな思いやりを胸に、アルベルトは放っておくとタクトニムに向かって行きそうなＪ・Ｂを引っ張って、再び走り出す。
「あ……あのですね……」
それを追って、エリアも走り出しながら……
「ちょっとよろしいです？」
「なんだ？ 今じゃないといけないか？」
ここまで、追いつかれたところからアルベルトがセンサーに誤情報を流し込んで振り切ってきたが、話をしている余裕は確かにあまりなかった。
今もそれは同じではある。誤情報で誤魔化せるのは、それほど長い時間ではない。追ってくる相手を巻ききるまでは、逃げ続けなくてはならないのだ。
だからこそ言いそびれていたのだと、エリアは少し恥ずかしげに言った。
「実は、ブラックボックスの場所通り過ぎてるんだけど」
「……そういうことは、早く言ってくれ！」
●試験結果
一天は時計を見ながら、ゴール地点で待っていた。後、試験時間は十秒を切った。
９・８・７……６……５……
どどど……と足音は近くに聞こえている。
バターン！ と、扉が開いて、三人が飛び込んできた。
４……３……２……
先頭を走っているのはエリアだ。そのまま一天のところに突っ込むようにブラックボックスを押し付ける。
「間に合ったか!?」
Ｊ・Ｂを引きずるように、その後ろから来たアルベルトが勢い込んで問う。
そして、ストップウォッチを覗き込むと。
「残り一秒、というのは初めてのことだが」
秒針が、わずか一秒前で停止していた。
「合格は合格だ。おめでとう……大変だったみたいだね」
「途中、タクトニムの群れにぶつかっちまって……ありゃ、試験の内なのか？」
「違う。君たちの動きはモニターしてたけど……早いうちに遭遇してしまったから、ルートがめちゃくちゃになったみたいだな。君たち、試験用に用意した仕掛けの場所は、ほとんど通ってないよ」
「そうなの？ ……まあ、良かったかも。試験の罠とかまで、手が回らなかったわ」
襲撃があればと、エリアは途中で棒を拾っていったのだが……残念ながら、そういう場所は通らなかったようだ。通ったとしても、相手できたかどうかはわからない。タクトニム相手では棒切れ一本ではどうにもなりそうもないので、かわすだけにしか役には立たなかったが。
「ま、とにかく……合格なんだな？」
「合格だよ」
ぎりぎりだろうが、合格は合格だ。
「しばらくは走りたくねーなー」
ほう……と、三人は各々に脱力したように息をついた。
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【0552】 アルベルト・ルール
【0592】 エリア・スチール
【0599】 Ｊ・Ｂ・ハート・Ｊｒ．（じぇい・びー・はーと・じゅにあ）
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
発注ありがとうございました〜。
コメディ系ということで、執筆させていただきました。滑ってないと良いんですが……滑ってるかもしれません（汗）。
何はともあれ、少しでもお気に召しましたら、幸いです。また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
|
 |
|
