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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


□■□■ 烙印の福音<前編> ■□■□


 太平洋のど真ん中。かつて大災害を齎した米国製重力制御装置の残骸が眠っているというもっぱらの噂があるその一角で、巨大な船が停船していた。見ればデッキにはどこかのマフィアの幹部と思しき男が、女性サイバーの腰に腕を回して水面を見下ろしている。そこでは作業を進める男達、下ろされるクレーン――
「とんだロスト・テクノロジーだな。引き上げれば良い金になるだろう、ボスも喜ぶってもんだ――しかし本当にここなんだろうな? もしもガセだったら」

 ご、どんッ。

 男がサイバーの女性に問い掛けたその瞬間、急激に船が傾く、男の腕がサイバーの腰から外れた。下ろしていたクレーンがどんどん海中に引き込まれていく。伸びきったワイヤーが船自体を傾がせる――圧倒的な力で。
「た、たすけッ」
 船はあっと言う間に、広い波の中に飲み込まれた。
 穏やかな水面を見下ろしながら、サイバーの女性は浮かんでいる。脚の収納ポケットから出した小型の通信機を自分の顔にあて、相手に、告げた。
「やっぱりここにあるみたい、例の――吸い込まれたわ、連中。良い囮になってくれた。尊い犠牲ね。それじゃ、適当に人員集めて――私もすぐに、戻るから」

■□■□■

「……面倒だわ」

 はぁっと溜息を吐いて、ジェミリアス・ボナパルトは景色を眺めた。何処までも続くのは青い色、空と海の間は微妙な境界線として存在している。三百六十度が水平線の景色というのは中々に気分を落ち着かなくさせるのかもしれない――外したサングラスの向こうには、ギラギラとした太陽が照っていた。赤道近くの暑さというのは中々に侮れない。パラソルの下で寝そべっていても、その熱気に当てられそうだった。

 元はと言えば息子の引き受けた仕事である。母親が出て来る所ではない筈なのだが、その息子が急にキャンセルしなければならなくなったと言って――しかも理由が恋人に関することだというのだから尚更に情けない――彼女にそれを押し付けてきたのは、出立前夜のことだった。マフィアからの依頼を土壇場でキャンセルとなると、確かに後味は悪い。だがいい大人なのだからそのぐらいの責任は自分で取って然るべきだろう。ぐ、ッと長い身体を伸ばし、彼女は伸びをする。
 財力とコネとを使えば、そんな急な仕事でも容易く対処は出来る。近くに寄せていたクルーザーに、現地で雇った漁師を五人。二十人乗りの船は中々に生活性が高い設計をされているし、旅は快適なのだが、いかんせん依頼には釈然としないものを感じさせられる。

 大災害を引き起こした、重力制御装置――『らしきもの』、の引き上げ。

 暗黒期の記憶はそれなりにあるが、大災害そのものとなると流石に物心の付いていない頃なので憶えてはいない。ただ、世界はいつでも真っ暗なのが当たり前だった。太陽の現れない数年間でその存在を忘れられる程度だった年嵩。だからこそ、嫌悪感を持ってはいない。持っていたとしても道具に悪意などあるはずは無い、すべては時の人々が引き起こした悲劇でしかない。現状で厳しい生活を送る人々の多くは重力制御装置の暴走を憎んでいるだろうが、彼女には、そういう感覚は無い。
 だが、それを利用しようとする存在がいると言うのは少し判らない感覚だった。そんな巨大過ぎるロスト・テクノロジーを引き上げた所で、現状それを制御できるメカニック達の存在など殆ど皆無に等しいのだし、何よりも――実用性に、欠ける。所詮はエスパーが数名いれば事足りるような能力しかないのだし。規模を換算しなければ、だが。

 ぴー、と小さなアラームが鳴る。時計を見れば、時間は目標地点到達予測時刻に達していた。自動操縦のクルーザーがゆっくりと減速し、碇を下ろしていく。船の中で準備を進めていた漁師達が気配を察してドアを開けるのと同時に、彼女もまたチェアから身体を起こしていた。すらりとした長い影が、甲板に伸びる。

「それじゃあ、作業を開始しましょうか」

■□■□■

 最初に海面に放ったのは、巨大な浮き袋だった。スイッチを入れると同時にそれは外気を吸い込み、あっという間に膨らむ。一つがちょっとしたマンションの一部屋にも達するそれが二十個以上も浮かべられれば、太平洋といえども少しは狭く見えた。計算をして必要な浮力分調達しただけだったので、その景色は少し圧巻である。オレンジ色のそれはふよふよとたゆたうが、離れては行かない――クルーザーにワイヤーで繋いでいる為である。

 次に水に落とされたのは、大型コンプレッサーだった。船の側面を開いてゆっくりとワイヤーで落とすその数は、八個。バランスの崩れかクルーザーが大きく揺れるが、彼女は平気な顔をしてその作業を眺めていた。小型の水中艇に乗った漁師二人も、一緒に沈んでいく。ジェミリアスは無線機の周波数を合わせ、トントン、と軽く受話口を叩いた。

「もしもし、聞こえるかしら?」
『はい、聞こえてますよーミストレスさん』

 女主人。しわがれ声のおどけた言葉に、彼女は小さく笑いを漏らす。

「ちゃんと手順は憶えていてくれて? 操作に判らないことがあったら、ちゃんとマニュアルを読んでちょうだいな」
『ここまで来る間に穴が開くほど読みましたよ。大丈夫でさぁ――コンプレッサーは全部で八機、側面のレバーで作動。船室に空気を突っ込んでやれば良いんですね?』
「そう。くれぐれも集中して下さいな、無線は切らないようにして」
『ほい、了解!』

 くすくす笑みを漏らして、ジェミリアスは自分の船室に向かう。少し広めのVIPルームが、この航海中の彼女の部屋だった。作りつけの小さな、だが瀟洒なデザインのクローゼットを開けると、そこにはダイビングスーツが収められている。長身の彼女に合わせられたそれは、男性用よりも大きいのだと業者が言っていたのを思い出す。
 好きで大きくなったんじゃないけれど、色々便利なのよね。思いながら無線機から流れるレバー操作音に耳を傾け、彼女は着替えるために髪を纏めた。塩水に漬けられると髪がごわごわとして不快になることが予想される。バスルームに向かってコックを捻れば、蛇口から流れ出るお湯がバスタブに注がれた。

 コンプレッサーで空気を送り込み、浮き袋の浮力に手伝わせて、まずは先に沈んだ船を引き上げる。問題のコンテナもくっ付いて上がってくるだろう。このクルーザーが無事なことからして、下手に刺激さえ加えなければただのコンテナでしかないようなのだし――酸素ボンベを背負い、無線機を顔にあてながらもう一度甲板に向かう。海中から響く重低音が身体を僅かに揺らすのを感じながら、彼女は作業の監視をしている雇い人の隣に寄った。

「どんな様子かしら?」
「概ね順調ですよ、今六機目を稼動させた所です……でも、本当に潜るんですかい? 何か変なモンがいたら洒落になりませんよ」
「まあ、よほどでない限りは自分で対処出来るわよ。貴方達こそ、いざとなったら自分達で逃げる覚悟はしていてちょうだいな?」
「へいへい……七機目、入りましたよ」

 重低音が僅かに増す。計算上では充分な浮力を与えられるはずだが、どんなものだろうか――海面を見詰めながら、ジェミリアスは軽く鼻歌を流していた。

 争いが好きなわけではないし、自分のESPもそれほど使いたいとは思わない。むしろ、疎んでいるのが、昔からの変わらない態度だ。だがそれも人間やサイバーに対してであって、無機物やタクトニムの類に関してはそれほど使用に葛藤は感じない。人でなく、かつ敵ならば、何と言うことも無いのだ。もっとも彼女の能力は無機物に対しての働き掛けは出来ないのだが。
 戦争もチェスのような頭脳ゲーム、机上だけで終わるのならば、むしろ推奨したいところだ。こんな災いを産み出すよりは余程良い。重力制御装置も元々の製造目的は、軍事にあったのだし。思いながらまた増す重低音に、最後のコンプレッサーも稼動したことが判る。
 戻りますよ、と無線の向こうから声が響き、水中艇が海面に顔を出した。入れ違いに少し仕様の違う水中艇が海面に落ちていく。残り二人の雇い人を乗せたそれには、コンテナの側面に穴を開けるバーナーを積んでいた。ゆっくりと浮上してくる白い船体、無線からは乗組員の声が響く。死角になって見えないが――予想通り、コンテナも浮上してくれたようだ。

「いい、ある程度穴が開いたらすぐに引き上げて構わないからね」
『了解了解。案外分厚いようですよ、これ』
「でしょうね――私にも中身が見えないんだから、熱さは一メートル以上あるかしら。鉄でもないわね、チタンか何か? 焼き切れて?」
『なんとかやってみますよ』

 色々とツールは積んでおいたが――やがて海上に巨大な作業音が響き出す。引き上げてきた最初の水中艇の二人が、その音にうひゃあと肩を竦めて見せた。苦笑して、思考する。果たして中身は、どの程度『うひゃあ』の代物なのか。

 違う組織の人間を囮に使うことなどマフィアの世界ではよくあることだ。そして、雇ったその場限りの人間を捨て駒に使うことも同様である。あらゆる可能性を考えておくべきだろう、もっと何か危険が潜んでいる可能性があるからこそ、自分達の組織で動かなかったという可能性もあるのだし。
 今回は交渉により、完全な引き上げ作業にはしなかった。と言うのも、本当にそれが重力制御装置ならば電力を供給することで勝手に浮上するだろうし、そうでないのならば無用だからである。まずは中身の確認、でなければお金の無駄になるという彼女の言葉に、向こうはあっさりと頷いた。何かが潜んでいる可能性があるからなのだとしたら、やはり油断は出来ない。

 生物ならば操れる。そうでなければ、どうしようか。
 そのスリルも一興の所かと笑ったところで、無線からの声が響く。

『姐さん一人どうにか通れそうな感じの穴が開きましたぜー?』
「そう? それじゃあもう戻って結構よ、あとは――」

 言って彼女は甲板を向き、背中から海に落ちた。

「私の仕事ね」

■□■□■

 脚で水掻きを揺らし、酸素ボンベの泡に目を眇めながら、彼女は海中を進んでいた。途中で水中艇が浮上していくのに、軽く手を上げることで挨拶をする。スクリューに巻き込まれないように注意しながらゆっくりと船に沿って沈めば、やがて光が足りなくなる。頭に付けたライトほ点灯すれば、黒い壁が目の前にあった。
 海藻類の付着が妙に少ないのが不気味だが、件のコンテナである。探せば白い小さなコンテナが、それに寄生するようにくっ付いていた。水が入らないようにと出入り口に被せたものである。脚を下ろし、重い扉を開いて、彼女は中に入り込んだ。途端に海水が入り込んでくるが、すぐにドアは水圧で閉じられる。ボンベの供給を切り、彼女はふぅっと息を吐いた。

 白い部屋の中で一面の壁だけが黒く、そこだけ海藻も僅かにだが付着している。コンテナと接触している面だ。軽く目を眇めて意識を集中し、中の透視を試みるが――やはり、見えない。何かが邪魔をしているのだろうか。抗ESP効果のある内壁でも使用しているのかもしれない、溜息を吐いて彼女は無線機を叩く。水を落とせば、船の上で騒いでいる漁師達の言葉が僅かに漏れていた。まだ通じている、ちゃんと。保険があるに越した事は無い。

「はいはい、ちゃんと聞いていてくれてー?」
『ああ、聞いてますよ。白いほう入りましたか?』
「ええ、今からメインとご対面」
『気をつけて下さいよ、何があるか判ったもんじゃありませんから』
「本当にね……まあ、骨は拾ってくれなくても良くってよ。さっさと逃げてちょうだいな」

 笑いながら、彼女はコンテナの下部に身体を屈ませる。一応拳銃ぐらいは持ってきたが、それが通用するものだろうか。何かが入っているとしたら、何が。生物か、無生物か、何かしらのセキュリティは覚悟している。それには携帯しているツールでプログラムを書き換えれば応戦出来るだろうが――何か、独立プログラムを持つものが相手だとしたら。
 入ってみなければ判らないか。ネズミの穴のように床近くに空けられた穴は、彼女がギリギリ通れそうな程度の小さなものだった。壁が分厚いのだから仕方ないだろうが、これでは咄嗟のときには逃げられまい。腹を括って身体を捻じ込み――彼女は、ライトを拡散させた。

 這い出せば、内部は酷く暗い。縦になっているのか横になっているのか判らないが、とにかく何が入っている場所なのかを迅速に把握しなければならないだろう。彼女は意識を目に集中させ、不可視光線を視覚出来る状態にしておく。何か体温を持つものがいたなら赤外線の様子で知れるし、弱弱しいながらも光を弾くものがあれば、物質の位置も判るだろう。こういう場合には能力も悪くはない、暗がりを一人で歩くには便利だ――もっとも彼女にはそんな機会も、数える程度しかないのだが。
 ゆっくりと辺りを見渡せば、ライトの位置も変わっていく。どうやら逆さまの状態になっているらしく、床に蛍光灯が確認出来た。目標物は天井か――彼女は首を上向かす、光が揺れる。

 そこに何かの影が、映った。

「…………」

 見間違いか、否か。拳銃を構えるが、どうも妙な影だったように感じられる。小山か何かのように巨大なものだった、ような――もう一度ライトを当てるか。だがそれが刺激になっては元も子もない。どう、するか――ギシリ、音が響く。彼女は視線とライトを向けた。

 黒い影は、光を当てられてもなお影のままだった。黒い身体をしている、何か。何だ? ずるずると、それは這うように近付いてくる。目を眇めて透視能力を発動させれば、中には肉や内臓、そして金属部品が確認出来た。タクトニム、セフィロト以外ではそう出現しているという話は聞かないはずなのに。チッと彼女が舌打ちをし、銃の安全装置を外すカチリという音が発せられると同時に――じりじりと警戒するかのような進むだけだったそれが、急にその速度を上げた。

「ッな」

 山に迫られているイメージ、視界を通常に戻した彼女は避けようとするが、逃げた所でその範囲から逃げられはしないだろう。とにもかくにも巨大なのだ、コンテナの容積の半分近くを占めるような物体から逃げる術はない。銃など玩具のようなものにしかならないだろう、それでも彼女は逃げる――長い脚を突き出して、床を蹴った。だがどれだけ動いても相手は少し角度を変えるだけで彼女をその領域に捕らえてしまう。そして、距離を詰め、やがて彼女に――

「ッ!!」
『ど、どうしたんですか!? ジェミリアスさん、ジェミリアスさん!?』
「う、わあッ」
『おい、どうした姐さん! 返事しろって、おい!!』

 迫ってきたそれは、巨大なトド型のタクトニムだった。重量は軽く見積もっても五トンは軽いだろう、それが、迫って、来る――文字通り迫って。意味通り迫って。
 迫る。人が異性に言い寄る様子を言うこともある。

「……なんでもないわ、なんていうか、問題ないわ」
『つっても今、悲鳴が……』
「早とちりって言うか勘違い……面白いものを見つけた、かも」
『はぁ?』

 すりすりりりり。
 面食いなのか、高速で身体を引き摺りながら迫り来たそれはジェミリアスを轢く寸前でぴたりと止まり、その巨大な鼻先を彼女の身体に擦り付けて懐いていた。
 驚かされた、激しいほどに。はあっと溜息を吐き、彼女はぺしぺしとそのタクトニムの鼻を叩いた。

■□■□■

「ふう……」

 調査が終わって彼女が海上に出た頃には、既に夕日の時刻だった。思ったよりも長く掛かってしまったらしい、垂らされた縄梯子を掴み、彼女は甲板に上がる。心配そうな顔をする漁師達に苦笑を向け、パラソルの下に設えたままにしてあった椅子にどっかりと腰を掛けた。バスタブはとっくに溢れているだろうな、と考えて、息を吐く。

「ど、どうだったんですか? 中身は」
「……可愛いトドちゃんが一匹、ってところかしら」
「は?」
「タクトニムが一体居てね、少し戦闘を覚悟したのだけれど、懐かれちゃって。それの上に乗って解析作業は一時間程度で終わったのだけれど、離してくれなくてね……逃げてくるのに随分時間が掛かってしまったの。巨大動物の世話って中々に疲れるのね、まったく」
「は、はあ……それで結局、コンテナの中身は何だったんです? それ以外のところ」
「ああ、うん。そのタクトニムが動くことで中の装置をランダムに作動させていたのが、諸々の原因みたいね。その装置の詳細は、後で――」

「今、それを聞きたい所だわ」

 不意に上空からの声が響く。
 そこには依頼人である、サイバーの女性が浮かんでいた。
 タイミングの良いことだと笑い、ジェミリアスは苦笑する。

「それじゃあ、報告を始めましょうか」



■□■□■ 参加PC一覧 ■□■□■

0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 三十八歳 / 女性 / エスパー

■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めましてこんにちは、この度はご依頼頂きありがとうございました。『烙印の福音<前編>』をお届け致します、哉色ですっ。ペースが崩れたために納品が通常より遅れてしまい申し訳ございません、普段はもう少し早いのですが…。後編ではもう少し早くしていきたいと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。前後編なので中途半端に終わってしまっておりますが、少しでもお楽しみいただけていれば幸いです。それでは失礼致します。