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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 『二つの出会い』


 『ヘブンズドア』と呼ばれる場所。
 そこは、ビジターたちの憩いの場、そして、これから旅立つ者のための前線基地としての機能を果たしていた。
 周囲は、昼間から酒を酌み交わす者たち、談笑しながら昼食を採っている者たちなどでごった返している。
 その一角で、天嵩律杜は、注文した料理を片っ端から平らげていた。
 食べても食べても苛立ちは収まらない。その原因は、以前、武器マーケットでとある事件に遭遇し、運良く手に入れたマスタースレイブにあった。その時は、自身の幸運に感謝さえしたのだが、今はとてもそんな心境ではない。そのマスタースレイブのあちらこちらから欠陥が見つかり、ついには動かなくなってしまったのだ。
(ったく……俺の乗るMSは、何でこうすぐに壊れるんだ!)
 以前乗っていたマスタースレイブも全損したという経緯があり、自分はマスタースレイブと相性が悪いのではないか、とすら疑いたくなる。
「おにーさん、ココ、いい?」
 律杜が目の前のローストチキンを、フォークで勢い良く串刺しにしていた時、唐突に可愛らしい声が聞こえた。顔を上げると、そこにはショートカットの髪をツンツンと立ち上げ、右目に奇妙なゴーグルをつけた小柄な人物の笑顔があった。健康的に日焼けした外観は一見少年のように見えるが、体のラインから、少女ということが分かる。
「他にも席、空いてるだろ」
 律杜はそっけなく言い放つと、再び目の前の食事に取り掛かり始めた。しかし、少女はそれを気にもせずに、勝手に向かい側の席に座ってしまう。
「だってさぁ、おにーさん、いかにもヤケ食いですって食べ方してるんだもん。ほっとけなくて」
 そう言って少女は笑うと、持ってきたトレイの中のサラダをつつき始める。
「放っておいてくれて構わない」
「あのね、ボクはシーム・アレクトっていうの。おにーさんは?」
「あのなぁ……」
 こちらの言葉を無視し、自己紹介を始める少女――シームに、律杜は溜め息をついた。そして、仕方なく名前を名乗る。
「天嵩律杜」
「へぇ、律杜さんかぁ……これも何かの縁ってコトで、ヨロシクね、おにーさん!」
「名前を名乗った意味ないだろ……」
 思わず呟く律杜だったが、いつの間にかシームのペースに巻き込まれている。彼女の人懐っこさがそうさせるのだろうか。中々侮りがたい、と内心思う。
「で?おにーさんは、なんでヤケ食いなんかしてるの?彼女にでもフラれた?」
「違う」
 好奇心に満ち溢れたシームの緑の瞳を見ながら、律杜は無愛想に答える。
「うーん……じゃあ、MSが壊れちゃったとか?おにーさん、MS用スーツ着てるし」
 それを聞き、思わず言葉に詰まった律杜に、シームは何故か嬉しそうに声を上げて笑った。
「あはは〜!ビンゴだ〜!」
「……うるさい。喜ぶな」
 益々不機嫌になった律杜は、スープを掻き混ぜながらシームを睨み付けた。当の彼女は、特に怯む様子もなく、ハンバーガーを口に運んでいる。
「MSならボク、直せるよ」
「ああそうか、そりゃ良かったな」
 もう、シームの相手をするのが面倒になった律杜は、猫を追い払うかのように手をひらひら振って、適当な言葉を口にする。
 と、そこで動きが止まった。
「何だって!?本当に直せるのか!?」
「うん」
 コーヒーを啜りながら、事も無げに頷くシームに、律杜は掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。
「ちょっとおにーさん、近い、近い」
「あ……ああ、悪い。つい……で、本当に直せるんだな?」
「くどいなぁ。直せるってば」
 シームはさらりと口にするが、こんな少女にマスタースレイブの修理が出来るとは到底思えない。
(だが……このまま何もしないよりはマシか……)
 藁にも縋る思いだった律杜は、目の前のあどけない少女に、賭けてみることにした。駄目で元々、という気分だ。
「じゃあ、頼めるか?」
「うん、いいよ……ただ」
「ただ?」
「食事が終わってからね」
 一瞬息を呑んだ律杜は、思わず脱力した。


「ふーん……『DOLPHIN』だね」
 律杜の自宅近くに置いてあるマスタースレイブを見てすぐに、シームはそう言った。
「『DOLPHIN』?」
「うん、『ディスタン』をベースに水中でも利用可能なMSとして試験的に作られたんだ。ほら、頭部から背中にかけてのフォルムが流線型で、カラーリングも淡いブルーだし、ちょっとイルカっぽいじゃん?だからそう呼ばれるようになったんだよね。でも、やっぱり試験型だから、結構不備が多かったの」
「へぇ……」
 こう詳しい説明をされると、もしかしたら本当に直せるのではないか、という希望が湧いてくる。
「それで、直せそうか?」
 律杜の言葉に、シームは右目のゴーグルを弄ると、片目をつぶり『DOLPHIN』の周りを一周し、ブツブツとひとり呟き始める。
「うーんと、主に接続不良と……あと、少しパーツが足りないかな……まあそれは作っちゃえばいいか。買うと高いし、そもそも売ってない可能性が高いしね」
 そして、祈るような気持ちで待っている律杜に向かうと、シームはこう告げた。
「一日もあれば直せると思うよ……ただし、条件がひとつ」
「条件?」
「ボクの部屋、掃除して」


 シームの自宅のドアを開けた瞬間、律杜は思わず絶句した。
 散らばった機器類、服、ゴミ……とにかく、足の踏み場もないほど汚い。
「あはははは」
 シームが頭を掻きながら、乾いた笑い声を立てる。
「いや……『あはははは』じゃなくて……どうやったらこんなに汚せるんだ?」
「ボク、片付けるの苦手なんだよね〜」
「そういうレベルじゃないぞ……」
「はい、とにかくやって!」
 呆れている律杜を、シームは無理矢理部屋の中へと押し込む。

 それから部屋を片付けるのに、数時間を要した。片付けてもらっている割には、『機器類は丁重に扱え』だの、『レディーの服には触るな』だの、注文が多い。その癖、シーム自身は何もしなかった。「キッチンだけは綺麗だな」という律杜の言葉には「ボク、料理しないから」との答えが返ってきた。
「うわぁ〜キレイになったね!おにーさん、ありがと!お礼にキスしてあげよっか?」
「遠慮しとくよ」
 見違えるようになった部屋の中をくるくると回りながら、笑顔で言うシームに、律杜はげんなりした表情で答える。
「これで、MSを直してくれるんだな?」
 律杜の言葉に、シームは人差し指を立て、左右に振った。
「まだまだ。これからが本番だよ!」
「え?」
「ジャンクケーブに、『DOLPHIN』のパーツになりそうなモノを取りに行くの」


「なぁ……じゃあ、さっきのアレは何だったんだ?」
 『アレ』とは勿論、シームの部屋を片付けさせられたことである。
「アレはねぇ、何ていうの?オプション?ほら、ハンバーガー買うと、ポテトが一緒についてきたりするでしょ?」
 あくまで無邪気に言うシームに、律杜はもう、文句を言う気も失せてしまう。
 ジャンクケーブは、マルクトの片隅にある、ガラクタが寄せ集まって出来た町である。その名の通り、ジャンクパーツもあちらこちらに転がっている。たまに掘り出し物にありつける場合もあるが、その可能性は極めて低い。だが、シームには、例えジャンクパーツからでも、様々なものを創り出せる能力があるらしい。
 二人は、一見ゴミの山にしか見えない場所を漁っていく。
「これなんかどうだ?」
「うーん……使えない」
「じゃあこれは?」
「それもNG。おにーさん、ジャマだから黙って見てて」
 そう冷たく言い放つと、シームは材料探しに没頭し始める。それなら、何のために二人で来たのか分からないが、この近辺は治安が悪いので、小柄な少女一人では危険なのは確かだ。律杜は、自分は護衛だと思って割り切ることにした。
 何もすることがないので、彼が周囲をぼんやりと眺めていたその時――
「あ!お前!」
 すぐ近くの角を曲がってきた男たちが、律杜の姿を見ると、声を上げた。
 律杜の方でも見覚えがある。武器マーケットで金品を強奪していた男たちだ。彼は、口の端を上げると、揶揄するように言葉を発する。
「奇遇だね。また気絶したい?」
 男たちの表情が歪むが、以前の経験から、敵わない相手だと理解しているのか、皆ただ拳を悔しげに震わせていた。
 すると。
 突然、男たちの後ろが眩く光ったかと思うと、蒼い長髪を後ろで束ねた男が現れた。
「へぇ……あなたが僕の部下たちを酷い目に合わせてくれた人だね」
 その姿を見た男たちが、慌てて横に移動する。その間を、蒼い髪の男は悠然と歩いて来る。
「ふ−ん……キミが汚い手を使って金を集めてた奴らの親玉ってわけか」
 そう答える律杜の体に、緊張が走る。気配で分かる。この男は、決して手が抜ける相手ではない。本気で戦わねば、こちらが殺される。
「まあね。色々とお金が必要なものだから。所詮この世界は弱肉強食……でしょ?」
「賛同しかねるな」
 男は長い髪を気障な仕草でかき上げると、口の端を上げた。
「今日は時間がないから失礼するよ。また会えたらいいね」
 その言葉と共に、蒼い髪の男と、周囲を取り巻く男たちの姿が光を放ち、消えた。
 と同時に。
「シーム!」
 律杜は急いでシームに近寄ると、PKバリアーを発動する。その瞬間、周囲の空気が歪み、衝撃波が襲って来た。ガラクタで出来た建物の端が削げ落ち、地面に転がったジャンクパーツも吹き飛んでいく。
(テレポートと同時に、ソニックブームを発動させるとは……)
 律杜が睨み付けた先には、もう誰もいない。


「あのヒト……なんかヤバイ感じだね」
「ああ」
 ジャンクケーブからの帰り道。
 蒼い髪の男が放ったソニックブームの所為で、殆どのパーツは吹き飛んでしまったが、幸い、既にシームは『DOLPHIN』に使う分を確保していた。
「まあ……ボクはボクがやれることをやるだけだから」
「ああ、頼むよ」



 翌日。
 『DOLPHIN』に試乗した律杜は、心の中で喝采を上げた。欠陥があった部分は全て直っていたし、感度も格段に良くなっている。
「どう?」
 『DOLPHIN』から降り立った律杜に、シームが笑顔で問う。
「うん、凄くいい。ありがとう」
「やっぱり〜?ボクって天才!」
「また、何かあったらお願いするよ」
「モチロンOK!そしたらまた、部屋片付けてね!」
「それはお断りだ」

 そうして二人は、顔を見合わせて笑った。


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 今回は色々とお手数をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした……
 お待たせしました。MSをお手元にお届けします。