|
【専用オープニング】都市マルクト【繁華街】ギャンブルの愉しみ
〜バニー・ハント〜
ライター:月村ツバサ
「ほんとだって。信じるも信じないも、おまえの勝手だけどな」
スティンガーは、相変わらず気さくに笑いながら、そんなことを言う。
繁華街にある、わりと大きな賭場の前に彼はいた。賭場の名は「ナイトシェアリング」。まるで小ラスベガスとでも言っていいほど、ギャンブルの種類が多種多様に揃っていた。ポーカー、ルーレット、スロット、果ては花札まで、誰もが楽しめるようにというオーナーの熱意が伝わってくるようだ。
「これだけ人が集まって楽しそうにやってるとくれば、壊したくなるってのがタクトニムのさがだろ。そうは思わないか?」
話しているそばから、たくさんの景品をもって意気揚揚と出ていく客や、身包みはがされた情けない格好で出てくるもの、それらとすれ違うように、希望に満ちた目で中へと入っていく者が絶え間なく続く。商売は繁盛しているようだ。
「やられる前に誰か雇えって、ここのオーナーに忠告したんだが聞いてもらえなくてな。どうだ、良かったら手を組まないか? うまくいけばオーナーからたっぷりふんだくれるぜ」
スティンガーは、眼帯で隠れているにもかかわらず、ウィンクのようなことをして見せた。
◆1◆
「ふぅん、カジノにねえ……」
いかにも胡散臭いスティンガーの話に耳を傾けていた白神・空は、さして興味もなくカジノの入り口に目を向けた。出てくるのはむさくるしい男や明らかにマフィアと思われるスーツばかりだ。どうもこう、やる気が起きない。一言で言えば、そう「華」がないのだ。彼らがタクトニムに襲われている阿鼻叫喚の図を想像しても、ご愁傷様、の一言で終われる。
「こんな店が一つ潰れたところで別にあたしにはなんの損害もないわね」
今にもそこを去ってしまいそうな空のセリフに、スティンガーはさして動揺した様子もなく
「そうかい?」
再びカジノの入り口を顎でしゃくって見せた。一瞥してから帰ろうと思っていた視線は、そこに釘付けになった。「また来て下さいねぇ〜」
「待ってますから」
「次はきっと女神様が微笑んでくれるわよ」
求めていた華がそこにあった。
ピンク色の声を張り上げ、色っぽさを全面に押し出したバニーガールたちが、客を見送るために出てきていたのだ。黒い衣装が、白い耳が、そしてお尻についた白いボンボンがたまらなく可愛い。
もしもタクトニムがここを襲撃してくれば、まず間違いなく彼女たちも犠牲になってしまうだろう。
「さあ、どうする? この仕事乗るか乗ら……」
「手を組みましょうか」
空の返事は素早かった。彼女たちをみすみすタクトニムの手にかけるわけにはいかない。
◆2◆
カジノにはあっさりと侵入することが出来た。二人ともあからさまな武器を持っていないことも一役買っていただろう。足を踏み入れて早々、スティンガーは店のオーナーらしき人物とガンをたれあっていた。
「オーナー、あたしたちのこと門前払いしたりしないのね」
「そんなことしたら、俺達の忠告を気にしてるって思われるからだろ」
スティンガーは相手に見えないように舌を出して見せた。けれど正直、そんな下らない争いはどうでも良い。誰が怪我をしようが誰が命を落とそうが誰が損失をこうむろうが、知ったことではない。空に重要なのは彼女の大切なバニーガール達が無傷でいることなのだ。
「何かあったら大声でも出して合図しろよ。それまで解散だ」
「幸運を祈ってるわ、スティンガー」
空はくすっと笑って彼を送りだした。さて、こちらはこちらで動かせてもらおう。
「ねぇ、そこのウサギちゃん」
空はにっこり笑って手招きした。
先ほどから壁に寄りかかって行き交う人々を眺めていたが、空が声をかけたのはその中でも1番可愛らしく一生懸命に働いていた一人のバニーガールだ。初々しさが違う。右のうさ耳が少したれ気味なのがチャームポイントだ。右の目の下の泣きぼくろが本人も気付かぬ間に色気を増している。
「何かご用でしょうか?」
右手に銀の丸いトレーを持って、バニーガールは小首をかしげた。
「お名前は?」
「シェリオンと申します。あ、お飲み物をお持ちしましょうか?」
「いいえ、けっこうよ。ありがとう。――それよりも」
空はさりげなく彼女にしなだれかかり、腕を絡ませた。そっと耳元で囁く。
「こちらに、不審な客は来てないかしら? シェリオンの目で見て、怪しい人物よ」
「怪しい人物、ですか……?」
少女――シェリオンの心拍数が聞こえてきそうだ。ずいぶんと緊張しているようである。可愛らしい。それでも必死に記憶をたどり、シェリオンはぱっと顔を輝かせた。
「怪しい人、見ました。3階のルーレットのコーナーの辺りにいた髪の長い人なんですけれど、一回も賭けに参加しないで、ずっと見ているんです。それで、ちょっと怪しいなと思って近づいてみたら、ひとり言みたいに『ルージュの4』とか『ノワールの19』なんて言ってて、それがことごとく当たってるんです」
それは怪しい。しかし、そんな怪しい人物に近づくとは、この少女も大概良い根性をしていそうだ。
◆3◆
バニーガールの少女、シェリオンと共に3階へ上がる。この階にだけ窓がついている。外を見ても青空が覗くわけでもないのだが。
「その不審者はどこかしら?」
「えぇと……あそこです」
シェリオンが指差した先に、その男はいた。怪しいのはその行動だけではなかった。一目見ただけで、これは怪しいと思う風貌である。どピンクのストレートヘアを腰辺りまでたらし、服は東洋、おそらく中国のものと思われる真っ赤な布に金糸の刺繍が入っている。脇には、いかにもボディーガードというなりの男達が控えている。屈強そうなボディーガードたちは、黒のロングコートの襟を立て、サングラスをかけているためどんな顔なのかさっぱり分からない。両腕は後ろで組んで、微動だにしない。
「あんな感じだから、ちょっと話し掛けにくくて……」
空はうなずいた。シェリオンの視線はずっと胡散臭い中国人に向けられたままである。警戒心が強いわりに好奇心旺盛、まるで本物のウサギのようだ。
「あ、シェリオン! サボってるなんてずる〜い!」
フロアの中央からそんな声がして、バニーガールがまた一人空たちのもとへやってきた。カクテルを運んで回る途中だったようだ。
「何やってるのよ、シェリオン。こっちはすごい忙しいんだから……」
赤毛を揺らして元気よく怒鳴っていた少女は、空を見て頬を染めた。怒鳴っている所を見られてしまったから、というだけではないようである。
「カクテル、一つもらっても良い?」
「え、えぇ、もちろんです!」
赤毛の少女がカクテルを差し出すその手をそっと掴み、空は赤い唇を少女の耳元に寄せ、
「それで、あなたのお名前は?」
「あ、あたしはアリッサ、です。お姉さんは?」
「あたしは白神空。あなた達を助けにきたのよ」
守らなきゃいけないウサギちゃんが2羽に増えたわね。空は密かに微笑んだ。それから、少し表情を引き締めると
「じゃあ、持ち場に戻って良いわよ。シェリオン、アリッサ」
名残惜しげに立ち去る後ろ姿を見送る。
大丈夫よ、あなたたちはあたしが守ってあげるから。
◆4◆
丁度同じ階にスティンガーも来ていたことに気付いたのは、空がシェリオンたちと別れてからだいぶ経った後のことであった。
「金にも女にも見放されたような顔をしてるわね」
「ほっとけ」
苦々しい顔をするが、決して否定しない所を見るとどうやら図星のようだ。そう言えば心なし体が軽くなったようである。
「それで、ずっと遊んでいたわけじゃないわよね」
「当たり前だろ。多分、あいつだ」
スティンガーが指差したのは、シェリオンやアリッサも怪しいといっていたあの男だった。しかし、あの優男風のなりで一体どんなことをしようというのだろう。注意すべきはあの派手な男よりはボディーガードたちのほうではないだろうか。先ほどから1ミリも動いていないように見えるが。
「ずっと見てるだけなんて、タクトニムにしても物好きだな」
「賭けたりしないのかしらね」
「金がないんだろ」
「あなたと一緒ってことか」
空が一人うなずくと、スティンガーがキッと目をむいた。
スティンガーをからかうのにも飽きたので、壁のほうへと再び目を向ける。ピンクの髪の男は、しかしすでにその場所にはいなかった。場所を移動したのだろうか。ボディーガードたちはのそのそとした動きで出口ではなく窓へと向かって歩いている。
「まさか、動き始めたか?」
同じところを見つめたスティンガーが頬を掻いて呟く。こんなヤツと下らない話をしている間に逃がすなんて失態は許せない。空は目を凝らしあのピンクの髪を持つ男を探した。
「空さん、何か探し物ですか? よかったら飲みものでも……」
真剣に探しているというのに、能天気に声をかけてきたのはアリッサだ。しかし、その申し出はやぶさかではない。グラスを受け取ろうとアリッサに微笑みかけた次の瞬間であった。
「伏せて!」
空の声が響くとほぼ同時に、ボディーガードだとばかり思っていた男達のコートの中から、灰色に鈍く輝く円盤が現れ、38口径の銃口を向けフロアへと音もなく移動してきた。アリッサの腕を引っ張り共に床に伏せる。持っていたグラスはいつのまにか手から離れ、床に落ちて砕け散った。
◆5◆
「あのピンク……コマンダーだったってのかよ!」
どこからかダガーを構え円盤に向かって放ったスティンガーは、いまいましげに舌打ちをした。激しい爆音を響かせ、ダガーの命中した円盤がフロアの上空で爆発する。内部に装備されていた銃や小型カメラ、軽装甲板の破片がバラバラと降り注ぐ。
円盤型をした物体は、セフィロトの塔によく出現するソーサーと呼ばれるシンクタンクの一種だ。スティンガーがとっさにはなったダガーは一つだけで、ソーサーはまだ3体はいる。誰かに操られているかのように統制のとれた動きだ。
「コマンダー、か。なるほどね」
知能の低いタクトニムたちを統率し指揮する高位タクトニムが存在するという。スティンガーはそれをコマンダー、すなわち指揮官と呼んだに違いない。ボディーガードに扮していたものは、ソーサーを収納するスペース以外には歩行の機能程度しかついていないようだ。ひたすら起動前のソーサーを守る「箱」になっている。
「シェリオンはどこ? ――あら、あんな所に……」
空は浅く息をついた。よりによって窓に1番近いところにいる。敵の襲撃には遭いやすく、逃げ場は少ない、まさに最悪の場所だ。
「ここでいいトコ見せなきゃね」
ぺろりと唇を舐め、呟く。
「スティンガーは親父達に恩を売っといてね」
新たなダガーを浮遊物体にむけて放つ男に軽く声をかけると、空自身は【玉藻姫】へ変身した。「なんで俺がおっさん担当なんだ!」という抗議の声を遠くに聞きながら、アリッサに「このまま、ここでおとなしくしててね」と囁きかけた。何かのテーブルの下だが、相手がソーサーであるならばこのテーブルもそれなりに有効だ。非難訓練よろしく下に隠れていれば良い。気丈にうなずいたのを確認すると、ソーサーの放つ弾丸を紙一重で避けながら身軽な動きで窓際へと跳ぶ。もう1羽のウサギの元に。
「シェリオン、無事ね?」
「あ……、く、空さん……」
腰が抜けているのだろう、ぺたんと座りこんでいる。体が震えるのに合わせて、うさ耳も小刻みに震える。今すぐお持ち帰りしてしまいたい衝動を抑え、感覚を研ぎ澄ます。ソーサー――小物はどうでも良い。頭をつぶせば統制を無くし同士討ちを始めるような低知能だ。ピンクの髪のコマンダーの気配を探る。
「壁際……なるほどね」
男の気配は、窓にほど近い壁際にあった。あそこならば指示も送りやすいしいざというときにはすぐに逃げられる。
「空さん、後ろ……ッ!」
シェリオンが悲鳴に近い声で叫んだ。二人の存在に気付いたソーサーの一体が、銃口をこちらに向けたのだ。
空は、シェリオンが胸に抱えていた銀のお盆をそっと抜き取るとタイミングを合わせてソーサーにむけた。盾にするのではない。弾丸がこちらを避けてくれさえすれば良いのだ。角度をつけられた弾丸は、窓を抜けて遠くへ跳弾する。次の弾丸が放たれる前に、スティンガーの投げたダガーがソーサーをしとめた。ナイスコンビネーションだ。
空の腕の中で震えるシェリオンを少しだけ力を入れて抱きしめると、
「あなたはあたしが守るから大丈夫よ」
場違いなまでに明るく囁いてから、視線を空へ向けた。空にはダガーを放つなんて特技はない。けれど、今なら鋭利な爪がある。獣のようにしなやかな体も、鋭い感覚もある。
「見ててね、シェリオン」
コマンダーは、ソーサーを絶え間なく送りこんでくる戦法をとっている。一体が破壊されるとまた次の一体を起動させるという具合である。動きの鈍いソーサーの嫌な所は、銃弾がなくなると自爆プログラムが作動する所である。それゆえ、9発の銃弾が発射される前にしとめなくてはならない。MSでさえ無傷ではいられない破壊力だ。こんなおんぼろビルは地響き立てて崩壊しかねない。
「いやらしいわね、もう」
空は、先ほどと全く変わらない格好で壁に寄りかかっているピンクの髪の男を睨んだ。あの男を始末してしまえば全ては片付くのに、なかなか近づけない。スティンガーはソーサーの破壊に徹しているから、役割分担としては空が頭と対決することになる。
「早く終わらせて、ウサギちゃんたちと遊びたいのに、ね」
空はちらりとテーブルのほうをみた。下にたくさんのうさ耳が見える。アリッサの誘導で避難したらしい。まとまってくれていると、守りやすくて助かる。ちなみに空の目には他のおっさんがたは都合よく見えていない。
「さぁて、決着をつけるとするか」
バニーガールを見てやる気が復活した。空は体を低く構えると、獣を思わせる素早い動きでピンクの髪の男との間合いを一気に詰めた。
◆6◆
スティンガーが店の備品を軽く壊しながら戦うという嫌みったらしい戦法を取ったせいで、3階のフロアは見るも無残な有り様になってしまった。
「ほら、俺が忠告してやった通りだろ」
半分は自分のせいで半壊にしたくせに、スティンガーはさも自分がこのフロアを守ったかのようにオーナーに振る舞っている。根に持つタイプはこれだから。
「このフロアだけの損害で済んだんだ。安いもんだよなあ?」
オーナーは、スーツに包まれた巨体をぶるぶると震わせてスティンガーの話に耳を傾けている。その震えが恐れから来るのか怒りから来ているのかは本人のみぞ知るところだ。そして空には全くもって、無関係なことでもある。
「シェリオン、アリッサ、みんな大丈夫?」
変身を解いた空は、真っ先にウサギたちの元へと駆け寄った。非難するのに使っていたテーブルをひっくり返すと、身を寄せ合って激戦を耐えた様子がありありと伝わってきた。致命傷こそ負っていないものの、きわどい所をソーサーの弾丸がかすめたらしく黒いボディースーツがあちこち破れ柔肌が覗いている。
「空さん……」
抱きついてくるバニーガール達を抱き寄せ、空は優しい声音で言う。
「大丈夫よ。もう終わったんだから」
ソーサーは全て撃破した。コマンダーの男は結局仕留め損ねてしまったが、一矢は報いたことだしとりあえずよしとしよう。深手を与えることは出来なかったが、確かにその顔に傷はつけた。バニーガール達に犠牲者はいない。おっさんどものことは知らないが。
「で、では、賞金と共に当カジノのゴールド会員証をお渡しするということで、納得頂けないでしょうか」
必死そうなオーナーの声がふいに聞こえてきた。スティンガーはにやりと笑うと「話がようやくわかったみたいだな」とオーナーの肩を軽く叩いた。商談が成立したようだ。
「で、ゴールド会員証はどんな特典が受けられるんだっけ?」
「は、はい。チップ最大200枚までは当店の保証がつき、厳禁をお持ちでなくてもご利用いただけます。さらに当店最上階VIPルームでの特別待遇、系列ホテルへの優待など……」
空はにっこりと微笑んだ。
■
事件の終わった夜。
空がVIPルームでバニーガール達と楽しく戯れている頃、カジノの前に一人の男がいた。東洋風の服を着た、奇抜なピンクの髪を長くたらした男だ。東洋の人間らしい黄色の頬に引っかき傷のようなものがあり、そこからは血が流れることはなくただ銀色の軽合金の装甲板が覗いていた。
「今回はあちらの勝ちということにしとくネ。データも収集できたしネ。でも、このままじゃ終わらせられない、ネ」
ボロボロになった3階の窓をちらりと一瞥すると、人の流れの中に掻き消えた。
Fin.
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【0233】白神・空
【NPC0009】スティンガー
【NPC0136】月里
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
初めまして。月村ツバサと申します。
今回はセフィロトの塔にご参加いただきありがとうございました。
セフィロトを執筆するのは初めてで、いろいろと手間取ってしまいましたが、
お気に召していただければ幸いです。
2005/02/20
月村ツバサ
|
|
|