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都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
ライター:文ふやか
――オープニング
ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。
――プロローグ
ここには様々な連中がいる。
くっちゃべってる奴、黙りこくっている奴、睨みを利かせてる奴、唄っている奴。
セフィロトへきたばかりだっていうんで、盛り上がって荷物から手を離しているバカや、そつなくしっかりと荷物を握り締めて新聞を読んでいる男もいる。さっきっから片っ端から頬を殴られながらも、ナンパをやめないアホもいる。まんざらでない女もいれば、無視以上に気にもかけない女もおり、それから……。
ここセフィロト内の都市マルクトのビジターズギルドは十人十色、人種の坩堝人間かどうか怪しい奴だって大勢いる。このご時世どこもそうかもしれない。
だがたしかに、ここには様々な都市にはない、何かがある。
それは、ビジターという新たな職業に就く人間達の意気込みや自信熱気、色々な事情が入り混じっているのだろう。
建物はバカでかいというのに、ただのガラスでできた観音開きのドアはちゃっちくてみすぼらしい。理由は簡単だ。すぐに壊されるから、値段の高い防弾ガラスを設置しても無駄なのだ。騒ぎを起こす人間が多ければ、騒ぎが起きる確率も高い。
そうじゃなくても人口密度が高いというのに、またドアが開き、誰かが入ってくる。
――エピソード
マルクトに空はない。だから雲もない。だが、鳥はいる。
宙を横断する鳥が、ビジター達の少しの清涼剤になっている、とは思えない。所有するバイクや車にに糞を垂れられて憤慨しているビジターを見ることも少なくないのだ。
だが、だからと言って……。
傍らに下げた武器を手に、鳥を撃ち落している誰かは、正しいだろうか?
翠・エアフォースは売店で買った軽食用のクッキーを口に入れていた。
彼女は空色の髪色をしていた。細める涼しげな目許は翠色だった。口許はベージュの口紅がかすかにひかれているようだ。
売店の裏の壁に持たれながら、小さな赤い髪の少女シーム・アレクトが翠を見上げる。
翠は気が付いてクッキーを差し出した。シームはにっこりと笑って、嬉しそうにそれを受け取る。二人はポリポリとクッキーを租借し、行き交うマルクトの民を眺めていた。
「クッキーってもそもそしてるよね」
シームは言って、腰にぶらさげた鞄の中からペットボトルを取り出した。
「たしかに、もそもそするかも」
同意した翠も下げている大きなバックからペットボトルを取り出す。
二人は目を合わせて、少し笑った。
そして水を飲もうと栓を外し、口へペットボトルを持っていった。
ドウン!
珍しくもないが、銃声が轟いた。
その程度で手を止める二人ではなかった。しかし、その後落ちてきた物に注視した。
二人はペットボトルを放り出して、落ちた物に駆け寄った。それはまた珍しくもないハトだった。ハトはすでに息をしておらず、さきほどの銃声を浴びたのはこのハトのようだ。胸から血を流している。
「さっきの!」
大袈裟な身振りでシームが辺りを見渡す。
「そうみたいね」
翠は小さな声でつぶやいた。
彼女は小さな情報を持っていた。
誰も捕らえられない、だが取り立てて目くじらを立てるほどのものでもない、小物の犯罪者のことを翠は人づてに聞いていた。その男は動物を殺すことが趣味で、毎日猫や犬それから鳥などを撃ち殺しているそうだ。人殺しの横行するこの時代、動物殺しなどかわいいものではないか。……そういった本音もあるだろうが自警団が動かないのには他の理由がある。その犯人が、相当なお偉いさんの息子で、ビジターが犯人に手を出せば登録は削除される。セフィロトでの活動の全てが破綻するカラクリだ。自警団とてビジターの集まり……つまり捕まえられないのだ。
翠は少し口を尖らせた。
「かわいそうに、埋めてあげようよ」
シームがハトを抱きながら言ったので、翠は哀しく微笑んでうなずいた。
鮮やかな緑色の髪をくしゃくしゃに加工されたリボンでとめている少女がいた。彼女はソファーとは思えないほどぺっちゃんこの椅子から立ち上がっている。彼女は高桐・璃菜という少女で、ビジター登録待ちの一人だった。
少女の回りには四人ほどの大男が連なっている。
三人はニヤニヤと笑っていて、一人は目を細めてつまらなそうな顔をしていた。
こういった輩との衝突も、マルクトでは珍しくないことだ。ビジター登録の登竜門と考えてもいいだろう。
璃菜はノースリーブの腕を組んで、少し怒ったように口を尖らせた。
「チャック開いてるわよ」
片目をつぶって、男の股間を刺しながら璃菜はくすりと笑った。
慌てた男がチャックをたしかめるも、社会の窓と呼ばれるチャックはきちんと閉まっていた。
「……この、アマ」
振り上げられた拳に、さっと左足を引いて身構える。まだビジター登録をしていないとはいうものの、ズブの素人ではないようだ。
そのとき、振り上げられた手を長身の男が掴んだ。
「なんだ、てめぇ」
男が言って振り返ると、そこには短い黒髪の赤いシャツを着てネクタイをしめた男が立っていた。彼は伊達・剣人。ビジター以前に、この時代に探偵とかいう酔狂な職業に就いている男だ。
剣人は英字新聞を見ている。
「ニュージャージーで大竜巻で死者が三桁か、こりゃあオオゴトだぜ」
剣人は誰に語りかけるでもなく、一人で言って難しい顔で眉をひそめた。
璃菜は身構えたまま、困ったように剣人と辺りの男共を見比べている。
そのとき、騒ぎを聞きつけて少年がやってきた。
神代・秀流、さっきまでは一番窓口の前の方に並んでいた少年だった。
「璃菜!」
彼がそう叫ぶと、男達の動きが再開された。まず、剣人の握っている手をバンダナの男が回収する。それと同時に四人の男の手が璃菜へ伸びる。璃菜がその手をかいくぐるようにさっと身を引く。
一番最初に攻撃をしたのは、最後にやってきた秀流だった。彼は一人のハゲた男に真っ直ぐ殴りかかった。その一撃は避けられたが、次に繰り出した膝蹴りは容赦なく男の腹を突いた。
それと前後して、剣人がタンと短い音を立ててバンダナの男の頬を殴った。隣のモヒカンの男がそれを見て剣人に蹴りを出す。剣人はひゅうと口笛を一つ吹いて、笑いながらその足を片腕で受け止めた。タンタンと後ろへ小ぎみ良いステップで後退する。それはまるでカンフー映画で見るような動きだった。
璃菜は伸びてきた三白眼の男の股間を思い切り蹴り上げて、男の動きが静止した隙に両手を握って、頭に振り下ろした。男がゆっくりと床へ落ちるのを邪魔するように、膝蹴りで男の腹を打つ。後ろから璃菜の腕にサングラスの男が組み付いたが、その瞬間秀流が男の肩を強引に引いた。男は少しよろけて秀流の顔を見た。秀流は一瞬男の視界から消え、大きな軌道で回し蹴りを放ち男のコメカミを思い切り突いた。男は足からがくりと力を抜き、ゆらりとその場に倒れこんだ。
「すまんね、悪いけどこの子は俺の連れなんだよ」
秀流はまだなんとか立っているバンダナの男の胸倉を掴みながら言った。
剣人が手をパンパンと叩きながら、落ちている英字新聞を拾う。彼は二人の少年少女に挨拶はせず、後ろを振り返って一番窓口を見やった。
「あっちゃー、並びなおしってか」
そこへ、翠とシームがやってきた。
「何の騒ぎ? 剣人さん」
「やあ、翠、シームも」
剣人は取り上げた新聞を振ってみせる。
「なんてことないんだ。なあ?」
秀流と璃菜を振り返りながら言うと、二人は少し戸惑うような顔をした。
だがすぐに、璃菜はぱっと表情を明るくして会釈をした。
「はじめまして! 助けてくれてありがとうございます。私、高桐・璃菜と言います」
微笑んだ彼女の背には、羽が生えているのではないか。一瞬皆そう疑うほどかわいらしかった。
五人がそれぞれの自己紹介を始めた後ろで、のっそりと四人の男達が立ち上がる。その目には殺気が溢れていた。
そしてその後ろに、一人の女性が立っていた。
彼女は冷たい表情で男達を眺めており、男達がそっと傍らの武器に手をかけたのを見逃さなかった。
彼女は晃来という。少し短めの黒い髪を後ろで結っている。
晃来はそっとリボルバーを抜いて、男の一人に突きつけた。
「さっさとギルドから出ていきなさい」
振り返った他の男共の顔から血の気が引いていく。
そして男達は歩き出した。
それに気付いた翠達が、出入り口まで男達を見送って帰って来た晃来へ言った。
「ありがとう、後始末させちゃったわね」
翠がかすかに微笑を浮かべて手を出すと、晃来は自分に手を見つめてから、おずおずと手を差し出した。
「あなた、名前は?」
晃来は一度瞬きをして、全員を見渡してから小さな声で答えた。
「晃来、そう呼ばれているわ」
シームは全員の元をくるくる回りながら、えへへと笑みをこぼしつつ言った。
「えーと、この人はリナさんの人、この人はミノルさんの人、この人はケントさんの人、スイさんの人に、シームの人、それからコウライさんの人。えへへ、全員覚えたよ」
にっこりとシームは笑う。
一番窓口の列が動いている。
剣人がそれを眺めながら、顎に手を当てた。
「完全に置いてけぼりだな」
「そうね、幸先悪いわ」
翠がそっけなく同意する。
「その、翠さんの言ってた犯罪者、捕まえません? 私の父なら……あ、私の父もビジターだったんですけど! 父さんなら絶対捕まえたと思うんです」
璃菜が右手をぎゅっと握り締める。
隣の秀流が首を横に振る。
「いいや、先に登録するべきだろ」
剣人は英字新聞を近くにあったゴミ箱に突っ込んだ。
「翠の話によると、そうだな、登録前の怖いものナシな俺達が捕まえるってのも粋かもな」
話を聞いていなかった晃来が顔を訝しげに歪める。
「というと?」
「どうやら犯人はギルドのお偉いさんの息子らしい、捕まえた奴はギルド的に登録削除、追放……と。ここじゃあギルドが全てだ」
剣人が説明をしてドアへ向かって歩き出す。剣人を追い越すようにシームが駆け出した。
「えらーいえらーいドラ息子が犯人なんだもんねー」
どうやらやる気になったらしい剣人とシームを追いかけて、他の面々も混雑するギルドを抜けてドアから外へ出た。
そこでは、片目にゴーグルをつけたシームがカタカタと空中でキーボードを叩いていた。ゴーグルと直結しているゴーグル内に表示されるフォログラムが脳波がキャッチしてコンピューターを操作できる。
「えへへへ、えーとね、犯人のドラ猫さんはギルド裏の高級住宅地で一等地の部屋に住んでます。名前は、ゴドレス・タダタ・タカハラさん。いらっしゃーい」
晃来が考え込むように、細い指を顎に当てながら言った。
「この仕事。これからギルドに登録しようという、あたし達はヤバイんじゃないかな」
璃菜が立ち止まって言い返す。
「でも悪いことは悪いことです! 悪は正さなければ」
「璃菜がそう言ってることだし。実際そういう奴は、どう考えても好かないしな。俺は行くよ」
シームがキーンと飛行機の物真似をしながら、一番先頭を行く。
翠は晃来を振り返った。
「乗りかかった船だもの、やるわ。ねえ?」
剣人へ緑色の瞳を向ける。剣人はにやりと笑った。
「ああ、俺はこう見えても猫好きでね」
「寂しがり屋なのね」
翠が微笑んで言い返す。
晃来は剣人と翠の肩を両手で同時に叩いて、首を少しかたむけて笑った。
「いいわ、あたしもわりと鳥が好きなの」
三人は目を合わせあった。そして晃来は続けた。
「焼き鳥なんか大好物」
「だと思ったぜ」
くすり、くすりと笑い声が洩れ前から璃菜と秀流の声がする。
どうやら秀流が璃菜に説教をはじめたところ、璃菜が思い切りそっぽを向いたらしい。
その前で、シームが建物を指差してにやーりと口許を笑わせている。
セキュリティはシームのゴーグルとセキュリティコンピューターを結んですぐに解除できた。
六人は問題の部屋の前に立ち、そして戸を開けた。銀色のマンションの中は、間接照明で照らされている。足をずかずかと踏み入れて、広いリビングを抜け見たこともない最新のキッチンを通って、ゴドレス・タダタ・タカハラの部屋を探した。
そこはすぐに見つかった。
その部屋は一面がピンクで、ベットサイドにはテディベアーがねっころがっていた。そして問題のゴドレス・タダタ・タカハラはなんとピンクと白の中世期を思わせる豪奢なドレスを身につけていた。因みにゴドレスは男である。
辿り着いた一同は沈黙した。
「……」
そしてまず、璃菜が秀流を見上げて訊いた。
「どういうこと?」
秀流はそれには答えず、ゴドレスに人差し指を突き刺しながら叫んだ。
「動物殺しでご用だ!」
晃来が肩を落としてつぶやく。
「なんか他にも色々余罪がありそうだけど」
剣人など顔を背けてドアに手をついている。
翠は眉を寄せていた。
シームだけがゴドレスの格好に違う反応をみせた。
「すっごーいおっしゃれ! はーい、こっちむいて笑顔。はいチーズ」
ゴーグルの上部についているボタンを押した。それから腰につけているバックの中から、一枚の紙切れを取り出す。そこには、ゴドレスの女装姿が映っていた。
秀流がげんなりとした声で訊く。
「どうすんだ、そんなもん」
翠はシームの手からそれを受け取りながら言った。
「ゴドレス! 今度動物殺しをしたら、この写真をマルクトの至るところへばら撒くわよ」
ゴドレスはようやく放心から冷めて、自分の着ている服のあちこちを手で触った。それから泣きそうな顔で、翠に掴みかかる。
すかさずそこへ秀流が足をひっかけた。ゴドレスはそのままつんのめり、晃来に抱きつく形になったが、晃来が見事な肘鉄で彼の脳天をついた為、彼はそのまま床へ這いつくばった。
「わかったわね?」
璃菜が言う。
ゴドレスが小声で返事をした。
「は、はひ……」
全員顔を上げて見合わせ、にやりと笑った。
――エピローグ
再びビジターギルドにて、外で剣人と璃菜が話をしている。
「それにしてもありゃあ、ひどかったな」
「驚いたわ、ほんと」
心底おぞましいものを見たといった風に、璃菜が同調する。
ドアが開き中から秀流が出てきた。
「終わったぜ」
「おかえりなさい」
秀流はマルクトの天井を見上げながら一つ嘆息した。
「父さんの跡を継ぐ一歩か」
璃菜が嬉しそうに頭をうなずかせる。
「うん」
「とんだ初日になっちまったな」
そうこうしていると、翠と晃来そして窓口でシームが出てきた。
「今日のはシームのお手柄ね」
晃来が言うと、シームがえへへと笑いながら辺りを走り回る。
翠は口許を笑わせて、少し照れ臭そうに言った。
「みんな、これから、ビジターとしてよろしくね」
璃菜が「はい!」と元気よく答え、秀流が「そうだな」と小さくうなずいた。晃来が微笑んで返し、剣人は「当たり前だろうが」と言いながら翠の頭をそっと小突いた。シームは「仲間仲間だもんね」と駆け回っている。
「さて、ヘブンズドアで乾杯といこうぜ。遠慮なく飲んでくれ、料金は各自持ちで」
皆が同意してヘブンズドアへ歩き出す。
今日は何人のビジターが送り出され、何人のビジターが死んだことだろう。
――end
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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0330/翠・エアフォース (すい・えあふぉーす)/女性/21歳/エキスパート
0351/伊達・剣人 (だて・けんと)/男性/23歳/エスパー
0577/神代・秀流 (かみしろ・みのる)/男性/20歳/エキスパート
0580/高桐・璃菜 (たかぎり・りな)/女性/18歳/エスパー
0603/晃来・― (こうらい・ー)/女性/19歳/オールサイバー
0604/シーム・アレクト (しーむ・あれくと)/女性/15歳/エキスパート
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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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パーティノベルのご依頼ありがとうございました。
お楽しみいただければ幸いです。
文ふやか
・神代・秀流さま、高桐・璃菜さま
今回二度目のご登録とのことですが、登録が主軸のお話である為、再びご登録いただきました。ご不快でないことを願っております。
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