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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録

ライター:文ふやか

 ――オープニング

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。


 ――プロローグ

 えーと?
 そんな気まずい沈黙が、ギルド内に立ち込めている。
 これは非常に珍しい光景だった。ギルドはいつも喧騒に包まれていて、誰かが何も発さないなんてことはあり得ないことだったからだ。
 だが今正に、ギルドは沈黙に包まれていた。
 理由は些細なことだった……のだと思う。
 青髪をゆったりとバレッタでとめた女性が、登録用紙を片手に、とん、と前に並んでいる柄の悪いビジター未満の肩を叩いたのだ。それだけならよかった。問題はそれ以後だ。ナンナの力が怪力なのか、ビジター未満の男の方がひ弱なのかは見た目だけではわからない。だが、男はつんのめり前の男の腰にすがりつき、その男も倒れ……と見事なドミノ倒しが繰り広げられることとなったのだ。
「まあ……楽しそう」
 ナンナ・トレーズはその地獄絵図を見て微笑んだ。
 それからふと急に心配そうな顔になった。
「でも、お怪我はありませんか?」
 オオアリです、オオアリ。
 ギロリとナンナを睨み上げて、男が立ち上がる。男の身長はナンナより頭一つ分高い。
「頭打たれまして?」
 ナンナからしてみるとただ心配で言っているのだが、男にしてみたら馬鹿にされているようにしか聞こえない。


 ――エピソード

「このアマ」
 一歩足を踏み出そうとしたところに、何故か誰かの足が挟まり男はナンナへ向かってつんのめった。ナンナは受け止めればよいものを、ひょいと男を避けた。男は無残にもその場にべたんと転がった。
「大丈夫ですかな」
 足を差し出した男、J・B・ハート・Jrはティンガロンハットの庇を持ち上げながら、にいいっと笑った。ナンナはきょとんとした顔でJ・Bの顔を見つめている。それから、何を言われているのかわからないにも関わらず、微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます」
 ナンナはJ・Bに会釈をして、再び一番窓口の番号札に並ぶ列に並ぼうとした。
 立ち上がった男がナンナの肩を持つ。
 ナンナは振り返って、男の潰れた顔を見た。
「こんにちは。あら? あなた先ほどお会いしましたわね、どうなさったんです、そのお顔」
 嫌味なのか嫌味ではないのか。ナンナの場合は後者であろう。
「てんめぇ、シラ切るつも……」
 男の声は尻すぼみになっていく。
「シラ? シラとはドレミファソラシドの、シラですか」
 おしい。ドレミファソラシドにシラはない。
「このご婦人に何か御用がおありなのですか」
 ナンナの後ろに大男が立っていた。仕立てのよい黒いロングコートを着て、首にはネクタイを巻いている。中のスーツもいかにも威厳のあるものだった。彼はシュワルツ・ベーゼア、見た通り主に仕える執事である。
「え、お、おう、そうだ、この女が……」
「この女……とは。先ほどからお聞きしておりますと、とても不適切な表現のように聞こえます。改めるつもりはございませんか」
 冷たい口調でシュワルツは言った。
 シュワルツの無機質だが整った顔が、男に近付いていく。
 ナンナは「シラ? シラ?」とつぶやきながら、フラフラB・Jの前までやってきて
「シラとはなんでしょう」
「ああ、そいつは『ちょっとだけよ』って見せる女の太腿のことだ」
 それは『チラ』である。
「まあ? そうなんですの? 太腿……」
 ナンナは自分のミニスカートに目を落とした。それから分からない風に頭を振って、また列に戻った。
 列の最後尾では、シュワルツに男が追い詰められている。
「このような美しきご婦人に暴言を吐くなど言語道断、ビジター以前人間としてやりなおしていらっしゃい。誰しも間違いはあるものです、間違いは悔い改めるものにあるのです!」
 シュワルツはそう捨て台詞を吐いて、男の首根っこを掴み、ボロボロのビジターギルドのドアから外へ放り出した。
 どうでもいいがシュワルツは人工生命体である。「人間としてやりなおしていらっしゃい」とはよくもまあ、言えたものだ。
「なんだか大変なことに巻き込まれたみたいだね」
「なんだか大変なことに巻き込まれたようですね」
 ナンナが再び並んだ番号札の列の前と後ろの二人が言った。前には黒髪の少年朱・瑤がちょこんと立っており、後ろにはシオン・レ・ハイが立っていた。
「こんにちは、シオンさん」
 ナンナはまずシオンに深々とお辞儀をして、それからそばかすがかわいらしい瑤へ向き直った。
「はじめまして、わたくしナンナ・トレーズと申します。今ビルダー登録をしようと並んでいるところです」
 彼女が言うと、くすくすと瑤は笑った。
「ボクだってそうですよ」
「私もです」
 シオンが同意する。
 ナンナは口に手を当てて、目を見開いてから、目を細めた。
「奇遇ですわね、これも何かの縁。嬉しいことですわ」
 ここはビジター登録をしにくる場所なのだから偶然も縁もまったく関係ないのだが、ナンナにとっては違うらしい。
 三人は番号札を取り、先ほどから待合椅子に座っていたJ・Bの隣に座った。
「かわいらしいお嬢ちゃんだのお、我輩の孫にも負けず劣らずじゃよ」
 そう口火を切って、J・Bは語り出した。
「実はうちのひ孫は今三歳でなあ、才能のある子じゃったからの。お腹の中で逆上がりができたんじゃよ。今は空中逆上がり綱渡り南京玉簾を自由自在に操っとるよ」
「まあ、参勤交代を」
 ニコニコ笑いながらナンナが相づちを打つ。
「いや、南京玉簾だから」
 南京玉簾だって何かの間違いじゃないかと懸念しつつ、瑤がすかさず突っ込むと、ナンナは
「米騒動しかわかりませんわ」
 しゅんとしたように答えた。
 シオンが慌ててフォローをする。
「私だって、農民一揆について知ってることなんかありません。きっとクワ持ってお代官のところへ行ったんだろうなとは思いますけど」
 ナンナは目を丸くした。
「生タマゴイッキにクワですか」
「せめてビールにしてくださいよ」
 つい肩を突っ込みそうになりながら瑤が自分を抑える。
 ナンナは正真正銘、天然のオオボケ女なのだ。
「そのひ孫ももう三歳、可愛いさかりだがなかなか会いに行くこともできず。もしかしたら、もう鬼退治に向かってしもうたかもしれんのう」
 などとJ・Bがボケなのかマジなのかイマイチわからない発言を連発している間に、外へ出て行ったシュワルツが戻ってきた。
 彼は恭しく一礼して、ナンナに訊いた。
「お怪我は?」
「いいえ、わたくしとても元気ですわ」
「ご不快な思いなどは?」
「いいえ、わたくし今とても富国強兵に興味がありますの」
 シュワルツは端正な顔を一瞬沈黙させて、それでもまだ笑みを浮かべた。
「さようでございますか、それならばようございました」
 瑤が小さな声で
「富国強兵ってどっから出ただろう?」
 シオンは答えた。
「おそらく、参勤交代、米騒動、農民一揆、にまつわる富国強兵なのでは。……因みにあの頃の日本ではカボチャパンツが流行ってました」
「マジでか」
 驚いて瑤が言うと、シオンは確信的にうなずいた。
 時代はうつろう。であるから、間違った知識もまた広がっていくものである。
 
 
 というところで、ふと、ナンナはシュワルツの足を見た。
 仕立てられた黒いスーツの左足に、三歳ほどの男の子がひっついている。
 ナンナは目を丸くして、シュワルツを見上げた。
「あの、重たくございませんこと?」
「は、何がでございましょう。執事としての地位、これは重たく受けておる所存でございます」
「いえ……あの、ですから、左のお足に、小さなお子様をお連れになって……」
 全員の視線がシュワルツの左足に向く。すると目の大きな男の子は、首をこくりこくりと右と左に動かして、それから上を見た。そしてゆっくりと大きく息を吸い込み……
「うわぁーん!」
 泣いた!
 誰が一番びっくりしたかというと、左足に子供が乗っていても気付かなかったシュワルツが一番驚いたようだった。
 慌てず騒がず、三歳のひ孫持ちのJ・Bが男の子をそっと取り上げる。
「泣かない泣かない、おら、男の子じゃろ」
 J・Bは体よく男の子を泣き止ませ、懐かしそうに彼を抱いていた。
「ねんねこよいこだ、舌出した、舌を出したら抜いちまえ」
 しかし唄う子守唄は恐ろしい歌であった。
 だが男の子はキャッキャキャッキャ笑っている。
「かわいいですねえ」
 とすっかりナンナとJ・Bが和んだところへ、瑤がするどい切り口の突っ込みをした。
「どこの子だ」
「そうです、一体どこの……因みに乳幼児に蜂蜜を与えるとお腹をくだす場合があるので注意が必要です」
 シュワルツが唸ってドアと赤ん坊を見比べた。
「さきほど外へ出たときに足へ絡みついてこられたのでしょうか」
 シュワルツが外へ足を踏み出したのは一瞬である。その一瞬にこの少年は、シュワルツの足に組み付き尚且つ離れなかったのだろうか。


 外がにわかに活気づいているようだった。
「誘拐だ! マフィアのボスの孫が誘拐されたぞー!」
 割れた窓越しにそんな言葉が飛んできた。
 瑤は血の気が引くのを感じながら、ゆっくりとJ・Bの手にいる少年を見つめた。
 シオンは青ざめた顔をしたまま、J・Bの手にいる少年を見つめた。
 そして言った。
「因みにマフィアは血で血を洗う名誉という掟があるそうで」
 とまたいらぬ予備知識を全員に植え付けた。
 ナンナは聞こえてきた台詞を理解すらしていないらしく、少年の頭を撫でて微笑んでいた。それはまたJ・Bも同じであった。
 高速回線で頭を巡らせていたシュワルツが、眉間にシワを寄せながらうなだれて言った。
「返さなくてはなりません」
「おいおい、誘拐犯にされますよ」
 瑤が慌てて止める。シオンもそれに大きく同意している。
「因みに極刑は、背丈より三倍近い大きなガマにサソリを入れて中へ放り込むんだそうです」
 また人がすくみ上がるような因み知識をシオンは言った。
 シュワルツは哀しそうに微笑んだ。
「私、オールサイバーですから平気です。それに、なぜだか私が連れて来てしまったのは事実ですし。話せば誘拐じゃないとわかっていただけるかもしれません」
 少年に手を伸ばそうとしたシュワルツの行く手を、シオンが遮った。
「まままま、待ってください」
「いえ、ですから私は」
「私に、いい、いい考えがあります」
 ……と言ったシオンの顔はまっ白で、彼の頭の中もおそらくまっ白なのだろうと予想される。
 見兼ねた瑤が、ちろりと舌を出して笑った。
「ボクに、いい考えがあります」


 まず、少年をJ・Bに任せます。
 そしてJ・Bにはこう言わせます。
「かわいいこじゃねえ、どこの子じゃねえ」
 マフィアが見つけて飛んできます。J・Bが囲まれます。そこで、J・Bは言います。
「はて? お母さんや、わしゃおやつのアンパンをまだ食べておらんのだがのお」
 マフィアはここでひるむ筈です。
 まさか、まさか誘拐犯がボケ老人だとはマフィアも思っていませんでした。どちらかというと、きっと金銭絡みの誘拐だと思っていたに違いありません。
「洋子さん、お便所へ……大便……」
 と、マフィアの一人に語りかける! こうなれば、最早マフィアは組織として成り立っていられません。ボケ老人などマフィアの辞書にはないのです。
 しかし、これでは誘拐犯がボケ老人ということになってしまいます。
 ここで、瑤が登場するのです。
「おじいちゃん!」
 マフィアを掻き分けて、瑤がJ・Bに駆け寄ります。そして言います。
「だめだよ、おじいちゃん、そこらをほっつき歩いちゃあ。往来の人の迷惑になっちまうよ、なあ? なあ? そうだろう皆さん」
 マフィアはこういう人情話系にもたじろぐ。マフィア反応できず。
 そこへ追い討ちをかける。
「ああ、マサヤ、おじいちゃん大便と喧嘩して負けたんだよ」
「それは今朝うんちが出なかったってことだね、ぼくマサヤじゃないよ。瑤だよ」
 リアルすぎる、リアルすぎるボケ老人の日常!
「おっかさんが病の床に倒れてからおじいちゃんこんな調子で……う、うう。いけね、泣いてる場合じゃなかった。おじいちゃんも追い先短いんだ、なるべく長生きさせて、好きなことさせてやらなくっちゃ!」
 健気な瑤少年に、マフィア号泣。
 そしてマフィアはそっとJ・Bから少年を取り返し、瑤少年に
「がんばれよ、負けるな!」
 そう応援の言葉を残して去っていくのであった。
 
 
 ――エピローグ
 
 と、言うわけで再び並び直している五人なのである。
「誰ぇがボケ老人じゃ!」
 ようやく番号順に一番窓口に並びながら、不死鳥のJ・Bは怒っている。しかし仕方があるまい。あそこはボケ老人しか切り抜けられない難所だったのである。
「申し訳ございません。私の不手際でこのような事態を起こしてしまい、恥ずかしく思います」
 シュワルツが深々と頭を下げる。シオンはぶんぶんと手を振った。
「だってあの子がついてきてしまったのは不可抗力ですから……因みに江戸開港を迫ったのはペリーです」
 うなだれるシュワルツに瑤は笑って言った。
「不可抗力ですよ、不可抗力」
 ナンナはよくわからない顔で全員を見渡して、はっと口を押さえた。
「わたくし、ギルドで兄の情報を探さなくてはならないのです」
 言われて瑤も気がつく。
「あ、俺も奴の行方を捜さなくちゃならなんだった」
 立ち上がる二人をよそに、J・Bは語っている。
「ひ孫になるともうメンタマくりぬいても痛くないほどかわいくてのお。その子がはじめてしゃべったのは「ニラ」じゃった。頭のよいこじゃ」
 シオンはまあまあと両手で場を制しながら言った。
「登録なさってから、調べることにしたらどうです? 私、手伝いますよ」
 シュワルツもやわらかく笑う。
「微力ながら私もできる限り手伝わせていただきます」
 瑤はへへへとそばかすの残る顔を笑わせて言った。
「サンキュー」
 ナンナは深々とお辞儀をして、微笑んだ。
 
 
 ――end

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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0579/ナンナ・トレーズ/女性/22歳/エスパー
0375/シオン・レ・ハイ/男性/46歳/オールサイバー
0599/J・B・ハート・Jr.(じぇい・びー・はーと・じゅにあ)/男性/78歳/エキスパート
0607/シュワルツ・ゼーベア/男性/24歳/オールサイバー
0614/朱・瑤(しゅ・よう)/男性/16歳/エスパーハーフサイバー

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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パーティノベル発注ありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
登録でコメディ、になっていたでしょうか。不安です。

文ふやか