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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録


ライター名:間垣久実

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

*****

 セフィロトの塔を訪れる者はすべからく『ビジター』と呼ばれる。
 その名には二通りあり、ひとつは塔に上がるまでもなく、ただ入り口をうろうろしたり塔周辺を見物に来る者までをも含めた、まさに来訪者と言う意味合いの俗語。
 もうひとつは、ビジターズギルドに登録し、正式にセフィロトの塔の中を探索する権利を得た者。こちらは管理局が認めた正式名称であり、本来ならばこちらの言葉でしか使う事は出来ない筈だった。
 ――とは言えいくらそんな事を口酸っぱく言ったところで、俗語として認識されてしまえば御役所の人間などにはなす術はない。
 という訳で、今日もその2種類の名は曖昧な境界線を持って人々の口の端に乗せられていた。

「混んでますね〜」
 ビジターズギルドの一角、登録所兼待合室のウレタンがはみ出したソファになんとか席を取りながら、のんびりとクレイン・ガーランドが呟く。
 この塔を訪れたのは何度目だろうか。今までは正式に『ビジター』として登録するような必要性を感じずにいたため、ここギルドはほとんど素通り状態だったのだが、登録しないままでいるのも何だと思い、こうしてやって来たのだったが。
 窓口はいくつもあるが、登録受付はひとつきり。そしてそこにずらりと並んでいるのは、いかにも初心者と言った面持ちでぴしっと背筋を伸ばしている若者から、今までは別の場所で身体を鍛えていたのか、歴戦の戦士を思わせる雰囲気を持った者まで様々な人々が列をなしていた。
「今日来たのは失敗だったですかね」
 思わず独白。
 とは言え、延々と列が連なっているわけでも無いようだからとクレインはもう少し空くまで、ぶらぶらとその辺を散策する事にした。
「――おや」
 そんな中、丁度同じようにギルドへ足を踏み入れて、人の多さにうんざりしている様子の知り合いの顔を見付けてのんびりした足取りでそっちへ向かって行く。
「あなたも来ていたんですか。偶然ですね」
「んーまあな。しっかし、同じ事を考える連中がこれだけいると今日来た事が悔やまれるな」
 ふうーと息を付いて、げんなりした表情を浮かべたのはクレインの知り合いであるケヴィン・フレッチャー。
「そういや登録してなかったと思ってさ。――そっちは?もう済んだのか?」
「いいえ、まだです。私も先程来たばかりでしてね」
 どうです、一緒に人が空くまでこの辺りを散策でも、と誘われたケヴィンが、
「…そうだな。別に急ぎの用じゃないし」
 軽く頷いて、向かおうとしていた人の列に背を向けて歩き出した。
「ここも随分古い建物なんだな」
「そのようですね。…年月のせいではない傷も多いですけど」
 一部、床のタイルが擦り切れてコンクリートが剥き出しになっている部分に足を取られないよう気を付けながら、誰かがここでマシンガンでも乱射でもしたのか優雅な線を描いている壁の弾痕などを見つつ、出口近くまでぶらぶらと足を進める。
「あの受付付近でいきなり銃の乱射騒ぎが起こったらしゃれじゃすまないな」
 この場所が良いという訳ではないが、と言いつつまだ最後尾で立つ人物の背中を見てケヴィンが溜息を付く。
「さっきから動いてる様子が無いぞ」
「そうですね…まあ、ゆっくり待ちましょう。どうせ今日一日はお互い暇なんでしょう?」
「まあね」
 『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉の前まで行ってから、今度は受付方面へとゆっくり足を進める。途中でクレインがミネラルウォーターを手に入れつつ。
「俺たちの後からまた何人か来てるな…ってまたあんたかよ」
「?」
 列の最後に大人しく並んでいた青年が、ケヴィンのどこか呆れたような声に不思議そうに振り返り、そして2人の知り合いの姿にほんの少し目元を緩ませた。
「奇遇ですね。2人も登録に?」
 渋い顔をするケヴィンと、素直にええと微笑して頷くクレイン。その対照的な2人を見ながら、リュイ・ユウがちらと自分が来た方向を見て人が来ない事を確認すると、自ら列を離れて2人の側へ寄って来た。
「考えてみれば俺も登録してなかったんで。あった方が便利なのは確かでしょう」
「考える事は皆同じか。しかもそのタイミングまでばっちり。これが明日だったらあんたとも会わずに済んだんだけどなぁ」
 嫌なシンクロだ、と呟きながらも心底嫌がっている訳ではなさそうなケヴィンに、
「シンクロシニティが俺たち3人の間でなされたという訳ですか。それは実に興味深い」
 口元に笑みを浮かべながらユウが滑らかな口調で言い切った。

*****

「少しは減って来たみたいですけれど、どうします?もう少しがら空きになるまで待ちますか?」
 今日はこれ以上ビジター登録に訪れる者はいないらしく、暫く前までは列を成していた人々も役所ならではのたらい回し攻撃に怯む事無く、1人また1人と登録を済ませてこの場から消えていた。クレインたちのように登録だけ済ませようと考えていた者もそこそこいたらしく、直接塔内部へ向かって行ったのは全体の6割程。
「わざわざ立って待つ必要は感じませんね。これから登録しようとする団体が現れでもしない限りは」
 ユウの言葉に、ケヴィンが思わず身を乗り出して入り口を見、そして誰の姿も無い事を確認すると再びソファに深く腰掛ける。
「そのようだ」
 …と言って、ただこうして待つのも少々苦痛で、それを紛らすために今並んでいる人々を何となく眺めたりしてみる。
「こうして見ると、結構ちぐはぐに見える格好の人が多いですね」
 ミネラルウォーターで喉を潤しながら、批評するクレイン。
「そりゃあまだ現場での経験が少ないからだろうな。本当に必要なものとそうじゃないものの区別が付いてないから、取りあえず手当たり次第やってみる、ってとこなんだろ」
「でも、ある意味それは正しいですね。経験を積む前にゲームオーバーじゃ話になりませんから」
「…まあな」
 下手に玄人気取りで装備一式を誂えた所で、それが自分に合っているかどうかが判らなければ、あれこれと余計なものまで背負い込む完全な初心者の方に軍配は上がる。
 そして経験を積めば、何が必要で何がいらないかはすぐに判るようになる筈だった。
 例えば。
「見たところあんたもこれから登録らしいが、そんなひょろひょろの身体で探索なんか出来るのか?」
 クレインとユウの、年齢を重ねた大人に挟まれるようにして座っているケヴィンにわざとらしく心配したような声を掛けて来る者のように。
「………」
 相手にするまでもないと無視を決め込んだケヴィンに、登録を済ませて来たらしい大柄な男がにやりと笑い、
「見た目がそうだとやっぱり臆病になるんだな。それとも本当に『おじょうちゃん』なのか、あんた?」
 筋肉なのか脂肪なのか良く分からない身体を誇示しつつ、上からあからさまに格下と見てからかい続ける男の脇でのんびりとミネラルウォーターを傾けるクレイン。
 ユウも足の上で手を組んで静観しているだけ。
「…見た目で判断しないでもらおうか」
 ごく静かな声が、ケヴィンの口から漏れた。一見穏やかなように聞こえるが、男の発した言葉に怒りを覚えている事はその気配だけで十分に感じ取れる。
「な、なんだよ。ちょっとからかっただけじゃねえか」
 見たところ全くの素人では無かったらしく、ケヴィンの発する気を感じ取れずに更に怒りを煽るとまでは行かなかった。自分の登録は済ませたのだろう、その場からそそくさと立ち去って行く。
「やれやれ。言った側からこれと言うのは嘆かわしいですね」
「あんた何もしてねえじゃねえか」
「まあまあ。――ほら、そろそろ私たちも並びませんか。随分人の姿が見えなくなった事ですし」
 同じく静観していたクレインが2人の間に割って入り、その勢いで立ち上がって受付へと向かった。
「仕方ありません。彼の顔を立てる事にしますか」
「立てるも何も…まあいいや。行くか」
 ――ようやく記入用紙を渡された3人。
「なるべく残らず記入して、この窓口へ提出して下さい」
 受付の女性はにこやかに笑いながら、備え付けのペンが置いてあるテーブルを指差した。
「こう言うところはどうも苦手だ」
 座って書けるテーブルではないため、3人横並びでさらさらと必要事項に書き込んでいく。
「あー…どうすっかな、これ」
 ケヴィンがかりこりと頭を掻く。記憶を失っている彼に取っては、記入しなければならないほとんどの箇所は、自分でも知りたい事ばかりだったからだ。
 ふと隣を見ると、迷い無くさらさらと書き込むユウとクレインの姿。
「………なあ」
 何でそんなに気楽に書けるんだ、と言いかけてケヴィンが口を閉じる。当たり前に記憶を持っている者なら、何の迷いも無く書けると言う答えを聞きたい訳ではなかったからだ。
「?何を悩んでいるんですか?」
 そんなケヴィンに不思議そうに訊ねるユウ。
「何をって…俺記憶が無いんだぞ?何を書けって言うんだよ」
「そりゃあ、全部。いいんですよ妄想でも電波でも童話の少女が夢見るような甘ったるい過去でも。堂々としていれば分かりませんよ」
「…電波はともかく、名前だけでの提出はまずいだろうから、何か書いた方がいいと思いますよ」
 クレインからもそっとアドバイスが送られる。
 ケヴィンはクレインが言うようにほとんど何も書かれていない空欄に、迷いつつゆっくりと書き出した。
「あんたも良く書けるな」
「空欄はあまり作りたくないですし」
 さらさらと何か楽しそうに書き込むユウと、思い返しつつ書き込んで行くクレイン。
「時にはフラグも必要ですよ」
「意味がわかんねえぞ」
 うー、と唸りながらがりがりひとつひとつ欄を埋めて行ったケヴィンが結局一番最後に提出する事になった。

*****

「何だか登録だけなのに妙に疲れましたね。――これからもし急ぎでなければ、どこか寄って行きませんか」
 建物の外に出て伸びをしながらクレインが言い、
「それは良いですねぇ。お供しましょう」
「俺も予定は無いから、行くよ」
 2人が口々に言って、3人が良く知る店の方面へと足を進める。
「それにしても」
 ちら、と背後の建物を見たユウがふぅと肩を竦めると、
「本人確認は一切無いんですねえ。出鱈目な内容でも辻褄さえ合っていれば問題無かったようですし。――これならもう少しドラマチックな過去を演出した方が良かったでしょうか」
「あんたも出鱈目書いてたのかよ!」
 通りで思い出そうとする素振りすら見せなかった筈だ、とケヴィンが首を振る。
「2人共虚偽申請という訳ですか。ふうん。それは良くありませんね」
 さっきの受付へ舞い戻って申告してしまいましょうか、とその話を聞いていたクレインがにこやかに笑いながら言い。
「わ、せっかく登録されたってのにそれは無いよ。登録解除だけでなく登録拒否リストに入れられたら塔の中を堂々と探索できなくなるじゃないか」
「どうしましょうかねー」
 慌てるケヴィンににっこりと笑いかけるクレイン。
「哀れな」
「――あんたも同罪だ!」
「何を言いますことやら。俺が虚偽の申請をしたと言う確実な証拠が出せるのですか?」
 涼しげな顔で言い切るユウに、うっ、とケヴィンが声を詰まらせ。
「勝てませんね、あなたには。ケヴィンならこの動揺具合から、揺さぶればぼろを出しそうですが」
「当然」
 ――そんな、他愛も無い話をしながら、ゆっくりビジターギルドから遠ざかって行く。
 そんな中、他の2人に気付かれないようユウが小さな息を吐いた。
 ユウが微かに危惧していた、過去の自分が登録したと言う痕跡は無かったらしい。――いや。もしあったとしても、それは単に同姓同名の別人として扱われただろう。
 何しろ過去がまるで違うだろうから。自分でそうあれば良いと思いながら埋め尽くした欄が過去の自分が書いたものと全く同じと言う事はあり得ないのだから。
 ――とにかく。
 本日付けで、この3人は正式に『ビジター』としてギルドに登録される事が出来たのだった。


-END-