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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【居住区】誰もいない街
“残心”

千秋志庵

 ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
 どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
 どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
 しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
 そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
 中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。

 機械であろうと人間であろうと、“残される”ことが抱かせる感情は然して異なりはしない。
 不安、孤独、絶望。
 感じる全てを排除しようと思えば、感情を司る部位を“ココロ”と名付けるのならば、それは一種の不良品として機能に障害を持ち始めるのだろう。それでも、隙間を埋める何かがあれば少しでもましだ。代替品ではなく、新しいココロの一部として成り立てるのなら良い。
 機械は予めプログラムされた命令を守り従い続ける。その行為が既に意味のないものだとしても、反することは出来ない。それは自身が機械だからという訳ではなく、その命令自身が機械にとっての全てであり、世界であり秩序。
 人間ですら、産まれたときには既に“世界”に縛られているのだから。
 破ることが出来るとしたら、神サマくらいのものだろうか。そしてその神サマに自分達もなれるのだろうか、と。
 唐突ながらも、そのようなことを考えていた。



 そこはセフィロト内でも比較的小さな居住区だった。タクトニウムの出現しない、だが誰も中に入れない一画。思いもかけず得た情報に期待を高鳴らせ、神代秀流、高桐璃菜の両名は途中で現れるタクトニウムを軽くあしらいながら前進していった。地図は既に頭に叩き込んである。故に、着くまでの道のりがひどく果てしないものに感じ、思うように速く走れない自身の脚に辟易していた。
 有人型のシンクタンク。
 その魅力的な響きを含んでいるだろうそれは、開けた区域の入口で無言の侭立ち尽くしていた。それはずっとそこにいたのではなく、“来訪者”としての気配を察知して故の行為に思えた。
 果たしてそれが本当に“有人型”なのかどうかに確信は持てなかったが、どうやらその真偽もまだ判別はつかない。情報は情報として信頼はしているものの、“有人型”か否かを知っている人間は塔の外に存在せず、結局この目で判断するしか方法は残されていなかった。……要は近付かないと駄目ってことか。秀流は小さく唸った。
 駆動音が小さきながらも聞こえるため、ジャンクではないことに秀流は一人安堵する。安堵し、すぐに“敵”として襲い掛かってくるという想定を思い出す。一度安堵してしまったことにも辟易しながら、傍らの璃菜に目配せをする。小さく、彼女は肯いた。
 ……さて、璃菜のためにもシンクタンクを手に入れないとな。自分に言い聞かせるように、秀流は決意を新たにする。今回二人がわざわざこの居住区まで赴いたのも、彼女のために「小型戦車」を作ることが目的だったのだ。
「……ジュウミンショウカイ。ガイトウシャナシ」
 シンクタンクはどこからか音を発す。シンクタンクはあまりお目にかかれない、サソリのような姿を模している。X‐AMI3スコーピオンとは違うようだから、ただの“サソリの形をしたシンクタンク”ということになるだろう。
「サンジュウビョウゴニコウゲキカイシ。セントウプログラムイコウ」
 一々宣言しなくてもいいのに、と思いつつ、二人は静かに作戦を開始する。相手が敵意丸出しと分かっては、こちらとしては無傷での生け捕りはまず不可能だろう。……それにしても、音にしないでいきなり攻撃にかかればいいのに。秀流はぼそりとそのような疑問を口にした。
「宣言することで暴走を防いでいるんだよ」
 とは璃菜の言だが、正直その意味はよく分からない。彼女は軽く微笑んで、居住区域の外の方へと向かっていった。
「キミタチハカンゼンニホーイサレテイル」
 大仰な音を出して、シンクタンクはクローを構えた。尾のマシンガンは自身の背後を護っているのだろうか、秀流には全く向けられていなかった。それはそれで、計画の進行と同時に璃菜の身も案じなければならないために、軽くではあったが秀流の緊張感を強めさせた。
 シンクタンクの移動はすばやい。突進を横っ飛びに転がり、ホルスターから銃を抜いて向けようとするが、クローが一瞬早く秀流の足元の土を削る。横薙ぎの攻撃を紙一重で避け、大きく振るわれた一撃を掻い潜って懐に近付く。
 がいん。
 銃弾は厭な音を響かせボディに小さな傷を付けた。後方に飛び間合いを取る。
「頑丈すぎっ!」
 再度構えた拳銃でクローを弾く。手の痺れを堪えて引き金を引く。狙いは先程と同じ。シンクタンクの構造は予め頭に叩き込んでいる。有人型は他のシンクタンクと構造が違うかと探りを入れてみるが、基本的な構造は同じらしい。或いは、有人型ですらないのか。操縦席へ通じる装甲は確認出来なかった。
 再び間合いを取り、銃を構える。だが攻撃の気配は感じられないし、敏感な“感”も奇襲を察知させることはない。お互いの動きが止まる。それは人と人との戦闘に特有の“モノ”に、どことなく似ていた。一瞬の間合いを計り命を奪い合うような人間らしい仕草に、秀流は真剣な顔の奥で違和感を覚え、僅かに顔を歪めた。
 シンクタンクは一瞬自身の故障具合を感知し、
「シショウナシ」
 無機質に告げた。
「だから、一々言うなって。やる気が削がれる」
 苦笑染みた秀流の笑みに、シンクタンクの動きは訝しげに動く。元より人間と関わりの深かったモノだ。人間の多種多様な表情にも鋭敏なのかもしれない。
「……俺の言うことは分かるか?」
 分かるはずがない。それでも“人間に近いモノ”なら、この方法はある程度有効とも言えるかもしれない。一種の賭けのようなものに、秀流は賭けてみた。攻撃はしてこない、ということは、この賭けの始めは成功といえる。故に、続けた。
「まあいいか。独り言だ。攻撃してこないってことは聞く気があるってことで、話し続けるぞ」

 シンクタンクの後方の建造物から人影が覗く。
 シンクタンクの尾はゆっくりと下がっていく。

「俺達と来い」
 だが差し伸べる手を握ってもらっても困る。力一杯握られた日なんか、二度と生身の手で何かに触れることなど適わなくなってしまう。秀流は取り敢えず差し出す仕草をしてみせ、友好的な態度を示してみる。それもこのシンクタンクが有人型と判断出来なければ、態度は一転させなければならない。単純な作業しか出来ない機械であれば問題はなかったが、“彼”を独り残すことは秀流には出来なかった。
 人間は他の動物に対しては知能は高いが、絶対的な規律を持つ種族に対しては脆く、高いと呼ばれている知識も大したものではないように感じてしまう。規律という“世界”に縛られている機械らは、盲目的なまでに命すら捧げる行為に走ることがある。命を賭す行為に、自分が可愛い人間は決して太刀打ち出来ない。その“世界”すら、“彼”は持ち合わせていなかった。
 シンクタンクの行動はほぼ完全に停止。秀流の行動と言語の意味を解しているのか。それは“シンクタンク”としては決定的な致命点だった。

 璃菜が地を蹴る音がした。
 シンクタンクは尾を彼女に向け、だが静かに下ろした。秀流の手にしている銃をちらりとみやったような雰囲気を見せ、攻撃しないことに不思議そうな様子を見せている。

 一瞬にして璃菜がシンクタンクに近付く。“背”に乗った彼女が一瞬眉を顰め、有人型でないことを寂しげにその表情が物語っていた。
「ハズレか」
 秀流が疲れたようにこぼした。実際、疲れていたどころの話ではない。銃を構え、全てを終えようとする秀流は、だが信じられない行為に息を呑んだ。璃葉がシンクタンクにマシンテレパスで交流を図ろうとしていたのだ。
「寂しいよね」
 璃葉はぼそりと呟いた。それと同時に、シンクタンクが僅かに動いた。
 そのとき、ふと思った。

 “彼”にココロはあるのだろうか?

 璃菜の独白は続く。
「誰も残したくて残したわけでもないし、誰も残されたくて残された訳じゃない。けど、やっぱり待っていたいと思うし、追いかけて行きたいとも思う。ずっとずっと信じていたいけど、帰ってこないことを考えるのが怖い。だから絶対に帰ってくるって信じて、待ち続けたいんだよね」
 自分自身と重ね合わせたのか、璃菜の言葉にはどこか暗い重みを含んでいた。秀流は言葉に詰まり、握った拳を小さく震わせていた。
「私達と一緒に行こ。もう一人にはしないから」
 ぽろぽろと涙を流す璃菜は、テレパスを続けようとして嗚咽を呑んだ。
「……一人じゃないよ。皆、自分自身の中で生きているんだよ」
 そう呟き続ける璃菜の言葉を聞きながら、シンクタンクは静かに機能を停止させた。一発の銃弾による容赦ない“死”を、“彼”は受け入れることが出来たのだろうか。

 もう誰も帰ってこない。
 誰も迎えにこない。

 その言葉の肯定することの難解さは、二人は見に染みて知っていた。
 その痛みを知っているが故に、
「苦しませないよ、もう……二度と」
 “死”が全てを解決はしないし、全てを癒しはしない。それでも、“人間に近くなりすぎたモノ”の苦しみをそれ以上見ていることは出来なかった。

 いつの間にか芽生えていた“ココロ”に戸惑いながら、彼らは肯定を繰り返していた。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名
【0577】神代秀流
【0580】高桐璃菜

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

残されたモノの気持ち。
“シンクタンク”が人間と共に生活していたとしたら人間の“ココロ”に似通った部位を持つのではないか、と。
初めに思ったのはそのようなことでした。
ロボットが感情を持ちうるのか。
そのような題目で以前科学的に考察したことがありますが、“ココロ”という点は科学的には説明は出来ないのかもしれません。
対象物を人間にして考えてみても、心臓の存在は証明できたとしても“ココロ”があるのかどうかは検証しようがありませんし。
検証できない故に存在しない、ではなく、
検証できない故に存在の可能性がある。
この考えが私個人として好きですし、どこかでは“ココロ”の存在を信じていたいという気持ちの現われかもしれません。
“彼”はそういう意味でも、書いていて愉しかったです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝