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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】トレーニングセンター
“準備運動”

千秋志庵

 訓練と親孝行はしすぎて悪いって事はない。こんな所に来る奴は、親不孝者に決まってるんだから、かわりに訓練をみっちりやっておけ。
 さあ、このバトラーを装着しろ。胸と背中、頭部につけるセンサーと、武器に取り付けるビーム発振機のセットだ。
 ビームがセンサーに触れると、センサーが赤く発光しながら振動して、お前さんが死んだ事を教えてくれる。
 格闘戦がしたい奴は、そこにある模擬武器を取れ。刀身が空気チューブとスポンジで出来ていて、思い切り殴っても誰も傷つけない。
 マスタースレイブやら何やらの、デカ物用のバトラーもあるぞ。必要なら言ってくれ。
 ここでは、訓練は実戦的にするべきって事で、模擬戦形式をとっている。そっちの方が面白いしな。

「たまには訓練も悪くないと思うわ」

 殆ど思い付きにか思えないジェミリアス・ボナパルトの提案に、バイト帰りのアルベルト・ルールは早々に捕獲される運命を得た。縄でぐるぐる巻きに縛られるとは何とも古典的だと思いながら首を回し、一人の“見慣れた顔”と視線が合う。
「よう、黒丸。いい根性してきてるな」
 主人様の命ですから、とシュワルツ・ゼーベアは分かりやすい答えを返す。それもそうだな、と微妙に納得出来ぬ答えを自信に押し付ける。ジェミリアスは先程と同じ提案を口にした。
「……それって、俺も行かねえといけねえのか?」
「じゃろうな。ジェミリアスさんがお前さんも一緒に是非、とのことじゃからな」
「是非、とは言ってないだろう。J・B、俺の耳にはそうは聞こえてない」
「あら、アルベルトちゃんにはそう聞こえるのね。でも、諦めた方が得策よ。色々と……ね」
 傍らでジェミリアスと優雅にティータイムを取っているJ・B・ハート・Jr.、エクセラ・フォースの両名は、殆ど無関係を装いながら答える。
「そういう二人も一緒に行くんだろうな」
 アルベルトの問いに、二人は同時に最高の笑顔を見せてやった。心の底から愉しんでいるだろう笑み。四肢の自由が利かない故、何も意見が出来ないが……いや、例え自由であったとしてもジェミリアスに従う以外の道があるとは思えなかったが、このままでは担がれても連れて行かれるだろう。男として、むしろ人間として、それは厭だ。
「…………分かったよ」
 無言の侭でアルベルトは返し、厭々ながらも同行するしか手立てがなかった。縄は無事外され、それでも逃げると言う無謀なことに思考を移さず、静かに空いた椅子に腰を落とした。
 話によると、ビジターズギルドの提供している訓練サービスを行っている場所は幾つかあるらしい。以前赴いたことのあるエクセラの話では、その支部によって訓練内容も設備も微妙に異なっているという。今回訪れるそこは、施設の中でもまずまずの設備を誇る場所だという。マスタースレイブも可能だと聞いてアルベルトは一瞬拳を握るが、周囲を見渡して淡い希望に軽く失望するしかなかった。

 ビジターズギルドの訓練サービスに赴いた一行は、施設の前で簡単な登録作業を行った。人数と各々の名前、ギルドI.D.を記入して、小さきながらも小綺麗なプレハブ小屋の中に通される。そこにいた一人の受付嬢が頭を丁寧に下げ、別の一室に迎え入れると訓練についての説明を始めた。
 訓練を行うのは、現在いる小屋の隣にある廃屋に近い屋敷だという。模擬戦形式で戦闘訓練を行い、屋内で敵を探して移動して、敵に遭遇した所で戦闘を始めるといったスタイルを取るという。
 と、そこまでは問題はなかった。
「万が一、死亡なさった場合には、こちらとしてもそれなりの対応をさせて頂きますので、ご心配なく」
 それなりとは何だろうか、と思いつつもアルベルトは質問をしようとして止めるが、
「具体的な対処法は?」
 ぴっと手を上げてジェミリアスが訊ねる。余計な質問によって時間がかかる上、この受付嬢の口振りからしてもあまり良い心地は感じられない。そのような危惧を他所に、会話は続行される。
「はい、それでは具体的に説明させていただきます。簡略化させて申しますと……」
 やや問題有り気な受付嬢の笑顔の簡易な説明に反してのエグイ説明に耳を傾ける。耐え切れずアルベルトは視線を逸らすと、彼らの背後の掲示板では既に何組かが訓練を開始しているようで、配備されたカメラによって行動が逐一放映されていた。とは言っても、音声は全く聞こえない。それもそうだ。音声が聞こえては作戦が筒抜けなのだから。
「以上になります。それでは別室にお移り下さい」
 話も漸く終わり、一行は別の一室、待合室に通され、指定された防具と武器を装備して廃屋に踏み込んだ。廃屋というよりは無造作に資材が置かれただだっ広い空間というのが正しい。光も少なく暗いが、それも仕様というものらしい。……どこか鉄の臭いがするが、気のせいだろうな。先程の受付嬢の話を思い出し、アルベルトは口元に手を当てた。嘔吐感は全くないが、どことなく気分が悪くなるのは確かだった。体調面というか、それよりも精神面というか。
「前衛と後衛の役割分担は前述の通り。あとは適当にやって、ぶちのめす。以上です」
 アルベルトの様子を知ってか知らぬか、事態は順調に進んでいく。ジェミリアスの簡単明瞭な指示に、他のメンバーは静かに肯いていた。
「……本当はマスタースレイブの模擬戦が良かったんだけどな」
 小声でアルベルトは呟く。今回は今回で黒丸の微調整という目的を見つけたからいいものの、あまり乗り気ではない。当のシュワルツは、ジェミリアスの戦姿を間近で見られるのが嬉しいのか、どことなく嬉しそうな顔で慣れない模擬刀を手に遊んでいる。
 その大きな体の陰から出たJ・Bはペイント弾を愛銃に詰めている途中で、やはりやる気は充分だ。訓練サービスでは世話になったことがあるだけあり、エクセラはJ・Bに何事かを指導してはやはり愉しそうにしていた。
 結論として、アルベルトを除く全員が愉しんでいたということだろう。
「で、来たみたいね」
 エクセラの声に、一瞬で緊張が走る。すぐさま打ち合わせ通りの陣形へと移項し、武器を各々構える。隠れた資材の奥から顔だけ覗かせると、一人の敵がペイント弾を構えていた。
「……前衛が模擬刀、後衛がペイント弾ってとこかな」
 ジェミリアスが資材を睨んで言う。自前の武器を使うのは禁止でも、能力を行使するのは自由らしい。ジェミリアスの透視による敵の能力把握に、全員が視線だけで応じる。
「相手は結構手馴れているみたいよ。いつもだったら数発くらっても特攻していけたんだけど、今回は一発でも当たったらアウト。面倒だけど、愉しそうね」
「接近まではどの位でいけるかのう?」
 J・Bの問いに、ジェミリアスは頷く。
「あなたなら数秒ってとこでしょうね」
 にやりとJ・Bが笑う。同じく前衛の黒丸は少し呆れたように横で待機する。短く息を吐き、一瞬の後に同時に二人は資材から飛び出した。
 この場合、前衛に前衛をぶつけても間に合わない。咄嗟に攻撃を開始した敵はペイント弾を撃ちまくるが、流石の黒丸も模擬刀を扱うのは苦手でも正面からの攻撃を避けるのは容易い。
「まずは一人目じゃ!」
 黒丸を台に上空へ飛び上がったJ・Bは、模擬刀を振りかぶる。敵の後衛は一歩後退して前衛にその場を任し、姿を消した。スポンジ同士がぶつかる頼りない音に重なり、ペイント弾の吐き出される音がする。J・Bに向けて放たれたそれは、だがしかし別の何かに遮られる。
 スポンジに掛かったペイントに顔を顰めながら、黒丸は一人の後衛と対峙した。彼の後方では模擬刀でやり合っている一組がいるが、参戦したくとも背を見せれば呆気なく背を取られる。その眼圧に一瞬躊躇した後衛は、一歩で縮めた黒丸の間合いの内に入り“死亡”した。スポンジ刀のはずなのに鈍い音が聞こえたのだが、気のせいだろう。敵を一人倒しJ・Bの元へ向かおうとした黒丸は、自らの背の違和感に顔を顰めて足を止め、後ろを振り返った。
「あ」
 遥か後方で成り行きを見ていたアルベルトの目には、黒丸の背が呆気なく取られている瞬間が映っていた。残った二人の内の一人、ペイント弾を使用している後衛にやられてしまったのだ。
「人間の体って使いづらいんだろうな」
 と場にそぐわない感想をアルベルトは漏らし、指揮官のジェミリアスに視線をやる。その愉しそうな目に、やはりこれはどんな手を使っても勝つ気なのだと実感する。
 残る“敵”は二人。陰から攻撃しないのは唯一有難いことだが、二人同時に相手にするのは厄介だ。
「黒丸、来い」
 手招きをすると、申し訳なさそうに黒丸が戻ってくる。もう少し微調整しとくから、と色々口に出しながら呼び、自分の体が黒丸の陰に隠れると同時にアルベルトは動いた。
 放たれるペイント弾を避け、敵に接近する。構えて撃つが、相手も戦闘には慣れているせいか呆気なく避けられる。普通の銃弾だったら幾分か改造余地もあるが、このペイント弾は妙な部位で公平を図ろうとしている“上”の意向で、同じスピードで発射し同じ威力しか相手に与えられない。地を這うように体制を低くし、敵の数メートル手前で加速させる。最も原始的な攻撃であったが、体付きが自分と同等かそれ以下であればそれなりに有効な手立てである突進を行使する。一人目には避けられるが、二人目には軽くかする。反動で転げ落ちた体を持ち直し、銃を構えて撃つ。
 アルベルトのペイント弾はやはり避けられる。が、いつの間にか傍らで援護をしていたエクセラの構えるペイント弾からは避けられず、その身の真ん中を彩度を高い色に飾られる。J・Bは漸く一人を“死亡”され、残る一人は既に別の資材に身を隠し、どこにいるかは分からない。
「一先ず、安心していいのかな」
 ジェミリアスが退屈そうに呟きながら、資材から身を出した。……これ以上の何かを期待してるのかよ。呆れたようにアルベルトが呟く。
 そのとき、全員の正面に一体のマスタースレイブが現れる。一人逃げた敵が乗っているのだろうということは容易に想像できたが、どこに隠されていたのだろうか。思って、この訓練サービス支部にはマスタースレイブの使用が認められているが故に、その申請をしていたのだろうという結論に導かれる。だが対生身の人間の場合においての使用は認められていないのは確かだ。明らかに、申請違反としか思えない。
「あーあ、規則違反」
 侵入してきたマスタースレイブに、アルベルトは不平を叩く。
「こういう規則違反にはこっちもそれなりの対応してもいいよな?」
 問いに、ジェミリアスは首を横に振った。
「駄目。やるからにはちゃんと規則に乗らないといけません」
「何でこういう時だけ律儀にやるんだよ」
「こういう時だから、です」
 アルベルトは不満を口にしなからも、ペイント弾を構える。
「これだと意味ないんじゃね?」
「確かに、ないわね」
 エクセラは構えつつも答える。
「でも、やらないよりはましじゃない?」
「やらないよりは、って、どうやってだよ?」
「黒丸の出番、じゃないかのう」
「でも既に“死亡”してるわ。彼は既に“死体”、ね」
 エクセラがシュワルツを横目で見ながらくすくすと笑った。“死亡”しているということは、ジェミリアス理論で言うと、ルール違反ということになる。
「誰も行けないじゃねえか、結局」
 でもね、とジェミリアスは綺麗に微笑み、
「予め、色々と準備していたりしますのよね。こういうときのために、って」
 親指と中指でぱちんと音を鳴らした。その数秒後、爆音がした。爆音は閃光を伴い、黒い煙が眼前のマスタースレイブを包み込んでいた。その機能を停止させるほどの爆発に、だが廃屋には殆どダメージを与えていないのをみると、局所的にしかけたものだろう。
「正しくはスタングレネードですけどね。音と発光弾で出来たお手製の地雷」
 要は地雷をマスタースレイブが踏み、爆発したということだった。だがそれにしては威力が強すぎる。幾度目かの苦笑を交え、アルベルトは訊ねた。
「それで何で本格的すぎるんだよ。音と光のくせに、思い切り爆発してんじゃねえか。しかも範囲は小さいのに威力は強大って、軍事レベルよりもタチ悪くねえか?」
「失敗作よ。ほらよくあるじゃない。殺そうとは思わなかったけど、間違えて殺しちゃった、って」
「……笑顔で言うな、おふくろ。それによくある話かよ」
「あるわよ。峰打ちのはずだったのに、刃の方で斬っちゃった、とか」
「あるはずねえだろ」
 思い切りアルベルトは手を横に振って否定する。
「それより、じゃが」
 二人よりも幾分低い視線に、嬉々とする視線と疲れたような視線とが交わる。
「マスタースレイブの中に乗っている人は助けなくてもよいのかのう? 丸焦げじゃよ?」
「構わな……」
「構う。黒丸、救出は“故人”だってやる!……と思う」
 ジェミリアスの言葉を遮り、アルベルトはシュワルツに言う。語尾がやや不安に満ちたものであったが。エクセラは穏やかに言った。
「別に救出作業くらい、ルールも何もないんじゃないかしら」
「確かにそうなんだけどな。と、いうかさ……」
 命令に駆け出すシュワルツを眺めながら、アルベルトはぼそりと呟いた。
「なあ、J・B、エクセラ」
「なんじゃ」
「なにかしら」
「これだと実践の方がまだ安全だったんじゃないか?」
「……かもしれないのう」
「そう、ね」
 遠い目で燃え続ける炎を眺め続ける三人に、
「それも悪くないわね」
 ジェミリアスは微笑んだ。
 その綺麗且つ恍惚そうな笑みに、アルベルトは軽く目を伏せて現実から逸らしたのだった。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0552】アルベルト・ルール
【0598】エクセラ・フォース
【0599】J・B・ハート・Jr.
【0607】シュワルツ・ゼーベア

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

今回登場していただく人達の関係が、書いていてとても愉しかったです。
日常的というか非日常的というか、現実とは一歩ずれている世界を書かせていただきました。
地雷ネタは執筆段階では終わりの方で決まったネタでしたが、意外にも面白く活かせることが出来て嬉しく思います。
登場人物自体が小説の中で思い切り動けるようにしたつもりですが、結果としてお一方に見せ場を持っていかれたような気もしなくもないのですが。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝