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水上の楽園
☆オープニング
水上の楽園、セイントエアリー号。
バレンタインのその日に、地上ではなく水上で素敵な一日を過ごしませんか?
広い船内では各種様々なイベントがあります。
恋人と、家族と、友達と・・どうぞお好きな方とお越し下さい。
また、お1人でご参加のお客様にも様々なイベントをご用意しております。
船内には、映画館、プール、温泉、アトラクション施設などなど、様々な設備が御座います。
さぁ、貴方もセイントエアリー号で素敵な一日をお過ごし下さい。
美しい船内の映像と、水面を走る真っ白な船体。柔らかなナレーションと共に流れてくるそんな光景を、思わず凝視する。
巨大スクリーンに映し出されるソレは、まさに夢のような客船だった。
ふ〜ん、セイントエアリー号か。
彼は心の中でそう呟くと、スクリーンに背を向けた。
彼の名前はアルベルト ルール。
アルベルトはセイントエアリー号に夢を見たわけではなく、ただ“そういう船もあるんだ”と納得しただけだった。
何故なら彼はセイントエアリー号を水上の楽園だと言って夢見るほど夢見るお年頃なわけではなかった。
大体からして、セイントエアリー号は1泊するだけでも驚くほどの値段だ。
これは水上の楽園なんて可愛らしい名前ではない。
最も・・水上では楽園かも知れないが、楽園から降りた時にはそれとは反対の世界が待ち構えているのだから・・・。
アルベルトはふっと微笑むと、歩き出そうとした。
「ソコの方。」
ふいに呼ばれて振り向いた先には、小さな女の子がちょこんと立っていた。
フワフワとした笑顔は、なんだか心落ち着くものがある。
「これ、あげます。」
すっと差し出された封筒を思わず受け取り、少女の顔を見つめる。
「これは何だ?」
「どうぞ、楽しんできてくださいね。」
少女はそれだけ言うと、走り去って行ってしまった。
なんだったのだろうか・・?
アルベルトは首をかしげた。
それよりも、少女からこの封筒を受け取ってしまった自分が一番不思議だった。
本当に、思わず受け取ってしまったのだから・・。
とりあえず、受け取った封筒を開いてみると・・そこにはチケットが入っていた。
『セイントエアリー号、特別ご優待券』
アルベルトは、先ほどまで巨大スクリーン上に映し出されていた水上の楽園こと、セイントエアリー号を思い出していた。
「・・なんで、あの子が・・?」
アルベルトはしばらく封筒と、少女が去っていった方向を交互に見つめながらぼうっと立っていた。
少女が何故これを持っていたのかも不思議だが・・少女が何故アルベルトにこれをくれたのかの方が不思議だった。
まったく面識のない少女が、見ず知らずのアルベルトにあげたものは・・楽園への片道切符。
アルベルトは行くか行かないかを迷った結果・・好奇心が勝った。
まぁ、一人で行くのもなんだし・・。
そうして浮かんでくる、1人の少女の顔。
★セレブ達の楽園
アルベルトは船着場でネクタイを弄りながら彼女を待っていた。
ぴしっとしたスーツの脛には22口径オート銃が仕込まれている。無論、最初から使うつもりは毛頭ない。
あくまで、万が一のための自己防衛手段に過ぎない。
「アルベルト様・・。」
少し先から、手を振りながら走ってくる少女・・エリア スチール。
愛くるしい彼女の本日の格好は素敵な薄ピンクのドレスだった。
丁度、アルベルトと並ぶと1対のお人形のように見えなくもない。
手を振りながらトテトテと走ってくるエリアに、アルベルトは慌てて叫んだ。
「エリア、走って来なくても大丈夫だから・・・」
ベシャリ
タイルとタイルの小さな段差に足を取られ、転んでしまったエリアに慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「あ・・はい、大丈夫ですわ・・。驚きました・・。」
ほんわかとした調子で話すエリアに、アルベルトは一先ず安堵のため息をもらすと、エリアに手を差し伸べた。
どうやら何処も怪我はしていないらしい。そして、ドレスも目立った汚れはない。
折角のドレスなのに、怪我をしてしまったり汚してしまったりしたら災難だ。
裾の方についた埃をポンポンと払い、エリアの手を引いてセイントエアリー号へと乗り込む。
「ご優待券かご宿泊券はお持ちでしょうか?」
「はい。」
受付の女性に優待券を差し出し、エリアが自分の連れだと言う事を告げる。
女性は渡した優待券を見て、一瞬だけ不思議な笑顔を作ると・・すぐに元の笑顔に戻った。
「どうぞ、中へ。水上の楽園をお楽しみくださいませ。」
にっこりと微笑む女性の瞳の奥は、不思議な色に輝いていた。
中に入ると、蝶ネクタイをしたボーイが2人を導いてくれた。
両開きの豪華な扉を押し開けて、中へと招待する。
中は煌びやかな世界だった。
巨大なシャンデリアは七色に輝き、クリスタルは艶やかに揺れている。
真っ赤な絨毯には埃一つ落ちておらず、いくつも置かれている丸テーブルにかかった白のクロスには、染み一つない。
クルクルと、グラスを持ちながら踊るように歩き回る貴婦人達の服は皆一様に豪奢なドレスで、その隣で穏やかな笑みを浮かべている紳士達は目に痛いほどに決まったスーツ姿だった。
「まぁ・・。」
エリアの口から感嘆のため息が漏れる。
アルベルトはそれを見てそっと微笑むと、エリアの手を取りながら中へと入っていった。
「まぁ、可愛らしいお姫様と王子様。」
すぐに1人の貴婦人が声をかけてくる。
右手には泡の立ったワイングラスが一つ。
「あ、初めまして〜。」
エリアが小さく微笑み、スカートの裾をつまんで会釈をする。
「ふふ、ようこそ。水上の楽園へ。」
女性もエリアの挨拶に倣い、ワイングラス片手にお辞儀をする。
「貴方達、射的はなさいまして?」
「あ〜少し・・。」
「そう、それならその通路を真っ直ぐお進みなさい。射的場があるから。」
女性はそう言って柔らかく奥を指すと、手を振って去っていった。
なんだったのかよく分からないが・・親切に教えてくれた事に感謝をしつつも指し示された方へと進んでいった。
進んだ先、そこは少々広い感じの射的場だった。
若いボーイが1人、所在なさ気にぼうっと突っ立っている。
「エリアは射的は?」
「やりますわ。」
アルベルトは一つだけ頷くと、ボーイから銃を2丁受け取った。
丁度ハンドガンと同じサイズのそれは、エリアの手には少々大きかったものの、使い勝手の良い大きさだった。
「エリア、勝負しよっか?」
「・・アルベルト様には負けませんわ。」
「ちょっと待った。その“アルベルト様”は止めてくれ・・・。」
「そうでしたわね。」
エリアは悪戯っぽく微笑むと、銃を構えた。
「アルベルトさん。」
「手加減はしないからねっ。」
驚くほど大きなブザーが鳴り響き、目の前の板が左右に分かれる。
その先から出てくる丸い的を次々と撃ち抜いていく・・・。
☆恋人達の楽園
髪をすく冷たい風に、先ほどまでの熱気を消されながら、アルベルトは甲板へと出て行った。
涼しすぎる風が痛い。
手には2つのワイングラスを持って・・もちろん、2つともアルコールは入っていない。
手すりに身体を預けながら夜空を見つめているエリアへと声をかける。
「おまたせ。」
振り向いたエリアの銀の髪が風になびき、キラキラと淡い光を撒き散らす。
「ありがとうございます。」
「はい。アルコールは入ってないから。」
「えぇ。」
ニッコリと微笑みながらグラスを受け取ると、エリアは再び夜空に視線を彷徨わせた。
「綺麗。」
散りばめられた星のキラキラは、空一面を覆っている。
強い風にもなびく事はなくキラキラと甘い光を振り撒いている。
「そうですわ。アルベルトさ・・・さん。」
ぎこちなく呼ぶエリアに、思わず漏れそうになる苦笑を押し殺す。
「なに?」
「あの・・これ・・。」
そっと背後から出されたそれは綺麗にラッピングされた四角い箱だった。
「くれるの?」
エリアがコクリと頷き、グイと箱をアルベルトに手渡す。
「あけても良い?」
「えぇ。」
綺麗にかかっているリボンを解き、包み紙を丁寧にはがしていく。
箱を開けると甘い香りがあたりに溶ける・・・。
「チョコレート?」
「えぇ。手作りなんですけれども・・。」
ニッコリと微笑むエリアの額に、お礼代わりにそっと口付けをする。
「ありがとう。それじゃぁ俺からは・・これ。」
アルベルトはそっと背後から小さなブーケを取り出した。
それをエリアの目の前に差し出す。そして上着の内ポケットから小さな箱を取り出した。
「これは・・。」
「あけてみて。」
エリアの細い指先が、リボンを解き・・箱を開ける。
中から出てきたのは小さなバラとウサギをモチーフにしたブローチだった。
バラにはクズダイヤが、ウサギの瞳にはルビーがはめ込まれている。
アルベルトお手製の品だった。
「ありがとうございます。アルベルトさん。」
そう言って微笑むエリアの表情は、キラキラとしていた。
★水上の楽園?
「なぁんかなぁ。もっとこう、なんか・・ないのかねぇ?」
「何かってなんですか?」
「もっとこうさ、グワっと、グワァァっと!」
「・・そんなんじゃ分りません。」
「もぉ、詰まんないのぉ。」
「つまらなくて結構です。」
「だって・・。私が折角チケットあげたのに・・。」
「そもそも、貴方があげたチケットは使ってなかったじゃないですか。」
「知ってるわよ。お兄ちゃんってば、細かすぎ。」
フワフワとした小さな少女が、目の前に座る金髪の少年に向かって唇を尖らせる。
「僕達は、お客様を楽しませることが目的なんですから。」
「でもさぁ〜。今日はバレンタインなんだし・・。」
「バレンタインだろうと何だろうと、良いんですよ。これで。」
少年が席から立ち上がり、そっと少女の髪を撫ぜた。
「ここの船長は僕ですから。・・副船長?」
「・・わぁかってるわよぉ。」
少女はプーっと頬を膨らませると、そっと背中に隠し持っていた白い箱を差し出した。
「これ・・」
「あぁ、毎年ありがとうございます。」
少年は立ち上がると、傍らにおいてあった白い手袋をはめた。
その出で立ちは、中世ヨーロッパの船長そのものだった・・。
「それでは、参りましょうか副船長。セイントエアリー号の乗客全ての夢を乗せて・・。」
「楽園へ、出発ね。」
少女が立ち上がった瞬間に、電気が消え・・2人の姿は見えなくなった。
「アルベルトさん、あれ・・。」
グラス片手にくつろいでいたアルベルトの袖元を、エリアがツイツイとひっぱった。
窓の向こうを眺めていたエリアの顔がぱっと輝く。
「え?」
指差す先・・水上に浮かぶ“エデン”へのゲート。
2人の天使が歓迎の音楽を演奏し、ゲートの上には“Welcome to Eden”の文字・・。
それは海の上に浮かぶ楽園へのゲートだった。
「光のゲートですわ・・。」
「・・あんなもの、ここらにあったっけ・・?」
こんな海の真ん中に・・?
首をひねるアルベルトを尻目に、セイントエアリー号は滑るように水面を進み・・ライトアップされたエデンへのゲートをくぐりぬけた。
「わざわざこの為だけに作ったのでしょうか・・?」
「・・さぁ。」
エリアが過ぎ去っていくエデンへのゲートをじっと見つめている。
その横顔を見ていると・・僅かにエリアの表情に変化があった。
「どうしの?エリア?」
「あ、なんでもないですわ。ライトが消えたみたいです・・。」
「そうなんだ。」
「それにしても、あんなに大きなゲート・・どうやって作ったんでしょうね?海の真ん中ですのに・・。」
「・・・さぁね。」
アルベルトは肩をすくめると、グラスをとテーブルに置いた。
目を閉じて、先ほどから漂っている気配を感じる。
この船全体を取り巻いている温かな気配。
これは・・きっと・・・。
〈END〉
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
0592/エリア スチール/女性/16歳/エスパー
0552/アルベルト ルール/男性/20歳/エスパー
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は『水上の楽園』にご参加いただきましてありがとう御座いました。
ライターの宮瀬です。
“バレンタイン”なのにホワイトデーの日になってしまい、申し訳ありませんでした。
エリア様とアルベルト様、2人の視点から別々に執筆させていただきましたが・・如何でしたでしょうか?
柔らかく暖かな雰囲気を感じていただければと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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