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記憶の再生
□オープニング
ふらりとジャンクケーブを彷徨っていると、目の前に〈サファイラ劇場〉と書かれた看板があった。
こんな所なんて、あったっけ・・?
アルベルト ルールは僅かに小首を傾げると・・・そっと、扉を開いた。
中は真っ白な礼拝堂だった。
確かに看板は劇場だったはずなのに・・・。
アルベルトの視線が、礼拝堂の中央で止まった。
そこにいたのは、朽ちかけた聖母の前で佇む1人の少女。
「貴方は、何かを望みがあるのね・・。」
少女はそう言うと、振り返った。
銀の髪が大きく弧を描き、青の瞳をじっとこちらに向ける。
「思い出したいのなら、開いてあげる。
見たいのなら、見せてあげる。
思い出したくないのなら、閉じてあげる。
忘れてしまいたいのなら、消してあげる。」
少女は一気にそこまで言うと、すっとこちらに近寄ってきた。
「え・・?あの・・俺・・。」
手を引っ張り、礼拝堂の中へ入って行き・・・長椅子に座るように目で合図してきた。
なんだか分らないが、とにかく座るほかないだろう。
「見せてあげる。貴方の記憶を。そして・・貴方が望むようにしてあげる。私には・・ソレが出来るから・・・。」
「だけど俺は、思い出したい記憶なんて・・。」
「忘れている記憶って言うのは、忘れている事を忘れているから・・忘れてしまっているの。」
少女はそう言うと、そっとアルベルトの手の上に手を重ねた。
「記憶自体は貴方の心の中で生き続けているわ。でもね、忘れている事を忘れてしまっているから・・覚えている事を思い出せないの。」
「えっと・・。」
混乱する頭の中を見透かしているかのように、少女はクスリと微笑むとアルベルトの目の前に手をかざした。
・・・それを視界の端に認めた途端、目の前はブラックアウトした。
■眠る記憶
目の前が真っ暗になり、次に目を開いたのはどこか見知った場所だった。
どこだかは思い出せない。けれど、絶対に知っている場所・・。
ふっと、目の前に小さな男の子が現れた。
それは・・。
「え・・?俺・・??」
アルベルトは驚いて目の前の少年に触れようと手を伸ばした。
そして再び、視界がブラックアウトして・・・。
ドキドキとした、それでいてワクワクした気持ちがアルベルトを包み込み、そわそわとさせる。
家の中をクルクルとまわり、何も用事はないのに外に出たりなどして・・・。
今日はお母さんが家に帰ってくる日だった。
軍に勤めているお母さんはなかなか帰ってくる暇がなかったから、ほとんど会った事がない。
けれど・・お母さんは軍を辞めた。
今日からは、お母さんと僕と・・2人で毎日遊べるんだ。
朝ごはんも一緒に食べて、昼ごはんだって一緒に食べて・・今まで出来なかったいろんな話をして、それで・・一緒に眠るんだ。
もう僕は7歳だから、お母さんと一緒に寝るなんて可笑しいかも知れないけど、それまで一緒に寝た事なんてなかったんだ。
一日くらい・・一緒に寝てみたい。
アルベルトはぴょんと椅子から飛び降りると、門まで走った。
そこから通りを見つめて・・まだ、それらしき影は見えない。
お母さん、早く会いたいよ。
まず最初に、会ったら『お帰りなさい』って言ってあげるんだ。
そうしたらお母さんはどんな顔するかな?喜んでくれるかな?
もう一度家まで戻り、すぐに門まで戻ってくる。そうしてキョロキョロと通りを眺めて・・。
それの繰り返し。
キョロキョロとしていると、突然通りの向こうから大きな黒い車が走ってきて・・目の前で止まった。
ガチャリとドアが開いて出てきたのは背の高い男の人。
首が痛くなるくらい上を見上げて・・気付いたんだ。
僕にそっくりな瞳の色・・きっとこの人がお父さんだって・・・。
誰も、生きているのか死んでいるのかも教えてくれなかった人。
その人が今、目の前に立っている・・・。
「おとう・・・。」
言いかけた唇が凍った。
何があったのかを理解する前に、アルベルトの意識は深い闇に引きずり込まれた。
頭がずきずきする。
痛い・・・。
なんだかフワフワしてて、気持ちが悪いよ・・・。
・・なにか声が聞こえる?
誰?お母さん・・それと・・・???
ふっと目を覚ましたそこは殺風景な部屋の中だった。
病室のような所・・・。ベッドに寝かされて、手も足も自由に動かない。
とっても窮屈な場所だった。
「・・る・・と・・てるの!?」
「ア・・私・・・だ。」
「・・・でしょ!?」
「それじゃぁ、どう言う事なんだ?ジェミリアス?」
視界がクリアに戻り、顔を向けた先にお母さんとお父さんがいた。
それと、その周りには白衣を着たおじさん達・・・。
「おか・・さ・・?」
「アルベルト!!?」
「おや、気がついてしまいましたか。」
そう言う、お父さんの目は冷たかった。
まるで実験に使う動物を見るみたいな・・突き放したような、冷酷な感情の浮かぶ瞳だった。
まだフワリと痛む頭で、必死に考える。
何が起きているのかを、ここはどこなのかを・・・どうしてお母さんが捕まっているのかを!!
白い手術台に横たわるお母さんの目と視線が合う。
必死な瞳。それが、お父さんに注がれる時は怒ったような色になる。
「さぁ、始めましょうか。」
お父さんが冷たく言い放った時、白衣を着たおじさん達がメスを持ってお母さんの所へ・・・。
“なにをするの!?お母さんに・・・何をするの!?”
“ダメだ、あの人達をお母さんに近づけちゃいけない・・お母さんを護らないと!護らないと・・僕が護らないとっ!!!”
カっと、何かが頭の中ではじけた。
全ての感情があふれ出す。
『お母さんに触るな!!!』
叫んだ。
そして、燃え上がる部屋。
舞う火の粉は恐ろしいほどに妖艶だった。
その中心で、お父さんは笑っていた。
楽しそうに。本当に、楽しそうに・・・。
□決して、忘れないように・・
ズキンと鈍い痛みが体中に走り、アルベルトは顔をしかめた。
目の前に広がるのは、白の礼拝堂・・。
「ここは・・。」
「それが、貴方の思い出したかった記憶よ。・・もっとも、思い出したいと思っていたのは記憶自体だから・・貴方に自覚なんて無かっただろうけど。」
少女はそう言うと、アルベルトの瞳をじっと見つめた。
吸い込まれそうな青の瞳・・。
「貴方はこの記憶をどうすることも出来るわ。このまま固定する事も、今までみたいに閉じる事も、抹消する事も出来る。」
「俺は・・この記憶、このまま覚えていたい。絶対、忘れないように・・。」
アルベルトはしっかりと少女の瞳を見つめた。
「絶対に、忘れない・・・っ。」
「強い感情があればあるほど、人の心は豊かになってゆくわ。その感情は次に進むための1歩になる可能性が大きい。でもね、あまり強い感情を持ちすぎると、疲れてしまうのよ。」
「それは、どう言う・・・。」
「貴方は貴方だわ。それだけは、絶対に変わらない事実。全ての感情の大本は貴方の下にあって、貴方を構成する感情は、全てがバラバラのようで繋がっていて・・・。」
「そんな難しい話・・。」
「つまり、何処へ行こうと、何をしていようと、どんな事を思っていようと、貴方は貴方だって言う事よ。私は、貴方を認識しているし、貴方も私を認識している。」
少女はそう言うと、クスリと小さく微笑んだ。
どこか分かるようで分からない言葉選びの仕方だった。
「それじゃぁ、記憶を固定するので良いわね?・・記憶を固定するにも、抹消するにも、閉じるにも・・なににしても酷い痛みを伴うの。・・・耐えられるわね・・?」
「・・耐えて見せるさ。」
アルベルトが力強く頷いたのを確認すると、少女は先ほど同様手をかざした。
「大丈夫、その痛みの記憶は消しておくから・・。」
少女の小さなささやきが聞こえたと思った瞬間、凄まじい痛みがアルベルトを襲った。
そして再び、闇の世界へ・・・。
「あ・・気が付いた??」
ゆっくりと目を開けた先・・一番最初に飛び込んできたのは紫色の瞳だった。
ぼやける視界が段々とクリアになって行き・・・アルベルトは思わず固まってしまった。
覗きこむ金色の髪と紫の瞳を持つ少年。
その顔は、この世のものとは思えないほどに美しく整っている。
それこそ・・思わず言葉を忘れてしまうほどに・・。
「大ジョーブ?どっか痛いとことかナイ??」
少年が優しくアルベルトの身体を起こし、心配顔で首をひねる。
「あぁ・・大丈夫・・。」
アルベルトはこくりと頷くと、周りを見た。
いつの間にかアルベルトの身体は木の椅子の上に寝かされていた・・。
この少年がアルベルトをここまで運んだのだろうか・・??
「そ。それなら良かった。それより・・お美しいおにぃー様、思い出した事、思い出せない事、なんかあります??」
「・・・火が・・・」
「あ〜オーケーオーケー!わかった、固定の方をやってもらったわけね?そんで・・痛かったのとか、覚えてる?」
「痛かった・・だって・・?」
アルベルトは僅かに首をかしげた。
その記憶は・・ない。
「ふ〜ん、んじゃまぁ、成功っつー事で。」
少年はそう言うと、ニカっと笑って右手を差し出した。
「初めまして、お美しいおニィー様。俺の名前はカイル。カイル セラウス。カイルでも、カイちゃんでも、セラリンでも、セラランでも、何とでも呼んじゃって!」
「俺は、アルベルト ルール。」
アルベルトはカイルの手をとり、軽く握手をした。
「んで、あっちの無愛想な女の子・・アルベルトちゃんの記憶を固定した子ね、あれがセシリア。・・っつっても、なんてーの?カッコ仮名ってやつ??」
「待て、ちゃんは止めろ・・ちゃんは・・・。」
「んでぇ、アルベルトちゃんをココまで運んだのは、ルシアちゃんっつー美少女顔の俺様男なんだけど・・ちょっとねぇ、不良ネコちゃんだからすぅ〜っぐ家を抜け出しちゃうんだよねぇ〜。」
カイルがアルベルトの抗議を完全に無視して“ちゃん”付けで呼ぶ。
「・・それ、ルシアに言っておくわ。」
「うぇぇぇぇ〜!!セシリアちゃんの意地悪っ!」
言いながらしょぼ〜んと地面にのの字を書くカイルは、かなり外見とのギャップがあった。
「えぇっと・・カイル・・だっけ・・?大丈夫か・・??」
「あぁぁ〜、アルベルトちゃんがなんか天使様みたいに見えてくる〜!」
カイルがそう言って、アルベルトを拝む。
アルベルトはその光景に思わず小さな笑いを漏らすと、朽ちかけた聖母を見つめた。
そして、そっと瞳を閉じて思い出す。
“父”の顔を・・・“敵”の顔を・・・!!
もう決して忘れないように、何度でも思い出せるように・・・。
「アルベルトちゃん、よかったらお茶してかない??ちょっとさー、美味しそうなお菓子もらっちゃったんだよねぇ〜。」
「そう・・だな。」
アルベルトは小さく微笑むと、きっと顔を上げた・・・。
〈END〉
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
0552/アルベルト ルール/男性/20歳/エスパー
0544/ジェミリアス ボナパルト/女性/38歳/エスパー
0627/クラウス ローゼンドルフ/男性/56歳/エキスパート
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■ ライター通信 ■
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この度は『記憶の再生』へのご参加ありがとう御座いました。
ライターの宮瀬です。
今回は心情表現に気を使いながら執筆いたしましたが・・如何でしたでしょうか?
セシリアの記憶の固定は再び“忘れている事を忘れない”限りは覚えているものですので、どうかこのまま覚えておいてくださいませ。
7歳のアルベルト様を可愛らしく描けていればと思います。
それでは、まだどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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