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記憶の再生
□オープニング
珍しい。
カイル セラウスはそう思うと、じっと外を見つめているセシリアを見つめた。
無愛想で、社交性ゼロと言っても過言ではないほどのセシリアが、外の世界に興味を示す事なんて滅多にないからだ。
「セーッシリッアちゃぁ〜ん。なぁ〜にしてんのかなぁ?」
「見ようと思って。」
セシリアが無表情でカイルの瞳を見つめる。
「何を?」
「彼と・・彼の護りたい人の・・・。」
「あぁ、アルベルトちゃんとジェミリアスちゃんの・・?」
「“敵”を・・・。」
セシリアは小さく呟くと、ぞっとするほど冷たく微笑んだ。
「・・・見えるの?」
「見るのよ。」
そう言って、瞳を瞑ったセシリアは何かに集中しているようだった。
なんだかだるい。
クラウス ローゼンドルフはそう思うと、近くにいる仲間に声をかけた。
「なんだか少し具合が・・・」
「お休みになられてはどうですか?少々・・・顔色も優れないようですし。」
「それでは、後を頼みます。」
「了解いたしました。」
目が回る。
それは・・とても形容しがたい浮遊感だった。
クラウスは何とかベッドのある場所までたどり着くと、身体を横たえた。
猛烈な勢いで襲ってくる眠気に勝てずに・・・徐々に徐々に足場が崩れ・・・そして、闇の世界に引きずり込まれた。
「あぁ、見えてきた・・・。」
ふいに言葉を紡いだセシリアに、カイルは困惑の表情を浮かべながら苦笑いをした。
「さぁ、見せていただこうじゃない・・・。貴方の記憶を、気持ちを。」
聖母ですらも顔を背けたくなるほど、セシリアの表情は禍々しい美しさを発していた。
■記憶の泉
2人を迎えに行く。
クラウスは零れそうになる微笑を、必死に殺していた。
全てに決着が付つくこの日を、どんなに待ち望んでいた事か・・・。
人工的な神。
その言葉を聞いて、どれほどの人が理解できるのだろうか・・・?
ほとんどのものは語彙すら理解する事はできないだろう。
そう、分からなくても良い。
どうせ分からない人間は支配される側の人間なのだから。
微かな振動と、モーター音だけが響く車内で、クラウスはまだ見ぬ息子に思いを馳せていた。
アルベルト。
私と・・そして理想的な遺伝子を持ったジェミリアスとの間に出来た子。
私とジェミリアスとの間に出来たと言っても、動物的手段で出来たのではない。
遺伝子操作をした受精卵を移植し、彼女を妊娠させ・・ゆっくりと子供を取り上げる予定だったのだが・・・私の正体が露見したために、それは全て崩れてしまった。
私は海外へと逃れたのだが・・・すべて、それまでは全て上手く行っていたのに・・・。
一族のつまはじき者の彼女の婚約者になる事は簡単だった。遺伝子操作も、受精卵の移植も・・・。
けれど、やっとこちらに運が向いてきたのだ。
彼女が今日、軍を退く。彼女と子供を取り戻すチャンスだ・・・。
「クラウス様、じきに・・・。」
「わかりました。」
クラウスは頷くと、小さく微笑んだ。
まずは子供・・・アルベルトからだ。
通りの先に門が見え始め、次第に小さな子供の姿も見え始める。
キョロキョロと誰かを待っているそぶりの少年に、車が近づき、クラウスは降りた。
まだほんの小さな子供。
しかし、その瞳の色は同じだった。
驚き、恐怖、困惑・・・そして・・・。
クルクルと変わる表情は、素直で子供らしかった。
「おとう・・・。」
しかし、クラウスは素直な彼がほしいわけではなかった。
首のあたりを手刀でうち、その意識を断つ。
ぐったりと倒れこむアルベルトを腕に抱くと、クラウスは車に乗り込んだ。
そして、彼女へと電話をかける。
数度のコール音で、懐かしい声が響く。
「はい・・ジェミリアス・・・」
「久しぶりだね。ジェミリアス。元気にしていましたか?」
「あなた・・・。」
緊張したような声・・・。
勘が良いジェミリアスの事だから、大よその事はどこかで理解しているのかも知れない。
「そう言えばジェミリアス、アルベルトは大きくなりましたね。」
「どうしてアルベルトの事を・・?」
「どうしてもこうしても、私の隣にいるからですよ。ぐっすりと眠ってね・・。」
ジェミリアスが受話器越しに息をのむのが分かる。
それは『何故』と言うよりは『やっぱり』と言うニュアンスの方があっていた。
「今からメールを送る。その場所に来てください。無論・・ジェミリアス、貴方の気持ち次第ですけどね。」
クラウスはそう言って微笑むと、電話を切った。
そして直ぐにメールを送信する・・・。
クラウスは直ぐ隣でぐったりと目を瞑る息子の髪をそっと撫ぜた。
それはまったく無意識の動作だった・・・。
研究熱心な部下達は、新しくやってくる予定の研究材料に興味津々の様子だった。
無論、アルベルトにも興味はあるようだったが・・・それよりもジェミリアスの方が興味は強いようだった。
彼女をばらばらにして、ウィルスの影響を知りたいと思っているようだった。
研究熱心で良い事だ。
表から、彼女の到着の報告を受けると、アルベルトのいる部屋へと彼女を通した。
ベッドに寝かされているアルベルトに駆け寄り、その頬にそっと触れる。
その表情は先ほどよりもいくらか和らいでいるようにさえ見えた。
「さぁ、感動のご対面の所悪いのですが・・そろそろ良いですか?」
そう言うと、小さく奥に合図をした。
白衣に身を包んだ男達がジェミリアスの身体を抑え、アルベルトの隣のベッドに寝かせる。
「なにをっ・・・!!」
きっと向けられた視線は、抵抗の意を表していた。
捕まっても、抵抗の意志を示す彼女には敬意を賞する所だが・・・。
あまり抵抗されても面倒なのでロボットミー手術を受けてもらう事にしよう。
「こんな事して、許されると思ってるの!?」
「アルベルトは私の子供だ。」
「そう言う事じゃないでしょう!?」
「それじゃぁ、どう言う事なんだ?ジェミリアス?」
ジェミリアスの瞳が、僅かに揺れる。
それはあふれ出しそうになる感情を抑えているかのような、本当に小さな抵抗だった。
「おか・・さ・・?」
苦しげな声が聞こえ、ジェミリアスがアルベルトの方に顔を向ける。
「アルベルト!!?」
「おや、気がついてしまいましたか。」
見た先、幼いわが子は困惑したような、それでいておびえているような瞳をしていた。
何が起こっているのか、皆目見当がつかないと言うような・・・。
「さぁ、始めましょうか。」
その一言で、白衣を着た男達がメスを持ってジェミリアスへと近づく・・・。
後は研究熱心な部下達に任せるとして・・・。
そう思いかけた時、アルベルトの叫び声が聞こえてきた。
『お母さんに触るな!!!』
そして、燃え上がる部屋。
舞う火の粉は恐ろしいほどに妖艶だった。
これは思いもよらない事だった。
素晴らしい・・・。
実に素晴らしい・・・!!
思わずこぼれる笑みを、止める術はなかった。
□余地
ズキンと頭が痛み、クラウスは思い切り顔をしかめた。
寝すぎてしまった時のようなダルさと痛みが同時に走る。
ズキズキ・・・。
神経を逆なでするかのような痛みに、クラウスは舌打ちをした。
それにしても、何か夢を見ていた気がするが・・・思い出せない。
まぁ、夢なんていうものは大抵くだらない場合が多い。そんな事に費やしている時間は無い。
「クラウス様?お目覚めですか?」
「・・えぇ。」
良く見知った部下の1人がひょこりと顔を出す。
「ちょっと来ていただけますか?」
「なにかトラブルでも?」
「そう言うわけではないのですが・・・」
「今、行きます。」
クラウスはゆっくりと立ち上がると、部屋を後にした。
「・・・貴方にはまだ“余地”があるから・・・。だから、何もしない。自力でやってこそ、力になるのだから・・・。」
急にしゃべり始めたセシリアに、困惑の表情を浮かべる。
「セシリア?」
「貴方が彼の頭を撫ぜなかったら・・・。無意識と言う感情を出さなかったなら・・・私は・・・。」
「セシリア?」
「貴方には、まだ余地があるから。だから・・・。」
セシリアが、朽ちかけた聖母に向かいそっと何かを祈った。
それは誰のための祈りとも、何のための祈りとも分からなかった。
特定の誰かのためのものなのか、全ての人のためのものなのか・・・。
「・・・セシリア?」
「カイル・・・お茶にしましょう。」
セシリアの一言で、カイルはその場を離れた。
確かキッチンに新しい葉っぱがあったと思ったが・・・それを淹れてみようか。
そんな事を考えながら・・・。
「記憶は全て貴方の元に。貴方は全て、記憶の果てに。貴方を作り出す要素の一つだから・・・。」
セシリアの呟きは、誰にも届かなかった。
〈END〉
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
0552/アルベルト ルール/男性/20歳/エスパー
0544/ジェミリアス ボナパルト/女性/38歳/エスパー
0627/クラウス ローゼンドルフ/男性/56歳/エキスパート
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■ ライター通信 ■
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初めまして、この度は『記憶の再生』へのご参加ありがとう御座いました。
ライターの宮瀬です。
クラウス様は今現在南米に潜伏中と言うことですので、白の礼拝堂には訪れず、このような形での執筆になりましたが如何でしたでしょうか?
こちらはアルベルト様、ジェミリアス様が白の礼拝堂を訪れた後のお話になっております。
それでは、まだどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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