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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー
 静かなる狙撃手

 ライター:斎藤晃


【Opening】
 おい、死にに行く気か?
 あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
 それにあそこには奴らが‥‥ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
 知ってて行くのか? 止められないんだな?
 無理だ。勝てるはずがない‥‥いや、お前なら大丈夫かも知れない‥‥
 わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。





【Prologue】

 派手な爆発音と共にシオン・レ・ハイは勢いよく走り出した。
 巻き起こる爆風を裂くように駆け抜けた先にあるのはセフィロトの塔内で最も堅牢とうたわれる都市中央警察の建物だ。最も堅牢とは伊達ではないらしい、その建物には今の爆発でも傷一つついた様子はない。
 シオンの傍らを駆けていた女がスモークポッドを正面玄関に向けて投げ込んだ。煙幕弾が射出され辺りの視界を煙が遮る。
 シオンは足を止めた。
 女が持っていた5.56mmバルカン砲を構えたからだ。刹那、彼女のバルカン砲が火を吹いた。6本の銃身から放たれる弾は秒間100発。それをきっかり3秒分叩きこんで彼女はバルカン砲を下ろした。
 ゆっくり10数える。
 煙の向こうに反応はない。
 女がシオンを振り返った。
 シオンは小さく頷いた。
 それを合図に走り出す。
 スモークポッドの効果時間は6分だ。但し、の注意書きが付く。警察署は突然の襲撃にも対応した造りになっているのか、最初から想定されていたのか、換気機能もピカイチだったらしい。半ば転がるように押し入ると、既に煙は晴れるところだった。
 シオンはすぐ後ろにいた女に目配せする。言葉は特にかわされなかったが、それで女は一つ頷くとその場からすっと姿を消した。
 シオンは高周波ブレードを斜に構え正面を見据える。
 動くものの気配も音もないと思われた先、煙に遮られていた視界がクリアになるにつれ、そこに異形のタクトニムが姿を現した。
 彼を一番最初に出迎えたのは、X−AMI38スコーピオン。巨大な体躯から8本の足が出、蠍のような尾を持つシンクタンク。尾には毒針の代わりに5.56mmバルカン砲が搭載され、静かにシオンに狙いを定めていた。

   ◇

 ワゴンから飛び降りて、アルベルト・ルールは警察署からあがる爆煙を見やりながら、運転席から降り立った自分と瓜二つの顔に念を押すように、或いはぼやくように尋ねた。
「本当に行くの?」
 勿論、ここまで来て今更後戻りなど出来ないことは百も承知の上だ。先客がいるという事は、それだけで内部が混乱してる可能性も高いし漁夫の利とまではいかないまでも、好機である事は確かだった。今回、物理的に大した収穫が得られなかったとしても、内部構造を把握しておくだけでも悪くない。
 だが、一応一言言っておかなければ気がすまなかったのだ。
「当然」
 同じ顔をした彼の母ジェミリアス・ボナパルトが、かけていたサングラスをはずして答えた。目を細めて警察署の建物を見つめている彼女の口許は、かすかに不敵な笑みをはらんでいただろうか。
 とてもその外見からはアルベルトのような大きな子どもがいるようには見えない。加齢停止能力で20歳の容姿を維持しているからだが、それだけにアルベルトとは母子というより、双子のそれに見えた。
 彼女が言い出したら聞かない事をよく知っているアルベルトは、彼とは反対のドアから降りてきた、アルベルトより縦にも横にも1.5倍はありそうな巨体の男を振り返り、やれやれと肩をすくめてみせた。
 巨体の男――シュワルツ・ゼーベアはそれに困惑の色を返す。
「でも俺、マジ戦力外なんですけど」
 アルベルトが言った。
 人間相手ならともかく敵はタクトニムだ。手持ちの武器、38口径の弾がどこまで通用するかも疑問だし、いくら格闘技に自信があっても、サイバーを握りつぶす握力とか、MSの装甲を引き裂く腕力とかに接近戦を挑むなど自殺行為以外の何ものでもないような気がした。
 それにジェミリアスが、しょうがないわね、と溜息を吐く。
「黒丸。武器庫まで連れてってあげなさい」
 黒丸とは、シュワルツの通称だ。
 人間離れしたその巨体を除けば、ほぼ人間と変わらないつくりの彼は、アルベルトが造った人工生命体であり、各種の格闘技術を持つだけでなくMSをまっぷたつにするほどの破壊力を兼ね備えた心強い護衛だった。
「ジェミリアス様は?」
 黒丸ことシュワルツが尋ねた。
「資料室を捜すわ」
「畏まりました」



【first action】

 シオンは両手で握った高周波ブレードの切っ先を斜め下に向けて、躊躇う事無くスコーピオンに向かって駆け出した。
 尾のバルカン砲が自分に向いているのも気付かない風か。いや、気付いてないわけではない。そこに何かしらのやり取りやサインが合ったわけではなかったが、スコーピオンがバルカン砲を発射するよりわずか速く、バルカン砲を支える尾の真ん中に秒間100発の弾が叩き込まれていた。
 シオンが詰めた間合いに、スコーピオンの鉤爪が彼を襲う。それを高周波ブレードで受け止めた。とはいえ相手はMSの装甲を引き裂くほどの威力を持つ鉤爪だ。かたや高周波振動させていないブレードで力に力をぶつけたらブレードの方が折れてしまうだろう、スコーピオンの一撃を受け流すように刃を滑らせた。
 擦れ合う金属が高音の悲鳴をあげる。
 削れた鉄粉が火花を散らした。
 もう一方の鉤爪がシオンの腹を抉るように横に走る。
 体が反射的に一歩退こうとするのを意識して押し留めた。間合いを開ければ自分の方が不利だ。
 腹を割かれるよりも速く床を蹴って更にスコーピオンの懐に飛び込んだ。
 滑らせていた高周波ブレードが力の均衡を破る。
 シオンはスコーピオンの前足に向かってブレードを振り下ろした。8本ある足の1本を叩き折る。
 しかしそれでバランスを崩すでもなく、スコーピオンは鉤爪をシオンに向けた。
 そこに内蔵された7.62mm機関銃がこちらを向いている。
 シオンは意識して一呼吸おいた。
「1・2・3……」
 焦る事無く冷静でいられるのは心強いパートナーのおかげだろう、出来る限り体重を膝にのせて、シオンはスコーピオンの頭上高く跳躍した。機関銃の弾がその後を追うように走ったがシオンのスピードにまでは追いつけていない。
 尾は既にその機能を停止している。
 スコーピオンの頭上に立って、シオンは関節部を狙ってブレードを付き立てた。
 断末魔の悲鳴など機械兵器にはない。
 床に降り立ちシオンは軽く息を吐き出して、礼でもするかのようにどこへともなく片手をあげた。
 スコーピオンの巨体を飛び越え、更に警察署の奥へと侵入していく。
 その彼の行く手に現れたのは小さな女の子だった。
 人型タクトニム。
 セフィロトの塔内で最も悪趣味なタクトニムだ。さして強いわけでもないが気分が悪くなる。それがまた、あどけない子どもの顔をしていると更に性質が悪かった。無邪気な笑顔に殆ど条件反射で手が止まる。
 ――もし、本当にただの子どもだったら?
 こんな場所でそれだけは絶対にありえないとわかっていても、一瞬の逡巡が隙を作ってしまう。そのわずかな間隙をついて奴らは間合いを詰め、隠し持っている高周波ナイフを振るってくるのだ。
 実戦経験による勘が、かろうじてその一閃を凌いだが、ロングコートだけを切り裂いて更に詰められる間合いに気付けば防戦一方だ。
 少女の突きにシオンは大きく後方へ跳び退いた。
 それは一瞬だったろうか。
 少女のこめかみを狙撃用ライフルの銃弾が駆け抜けていった。
「あっ……」
 と、思わず声をもらしたのは、シオンの方だったか。
 少女が2歩よろめいて床に倒れた。
 タクトニムだとわかっていても、この後味の悪さはなんだ。シオンは無意識に壁に背を預けていた。
 ゆっくり息を吐き出す。
 ――1・2・3……
 心の中で3つ数えて気持ちを切り替えた。
 悪い、とばかりに片手をあげる。
 こんな事で一々立ち止まっていたらこの先へは進めない。
 そうして漸く一歩を踏み出しかけたシオンは、結局その一歩を出せなかった。
「先客は貴方だったのね」
 顔の半分を覆うほどのサングラスをかけた女がそこに立っていた。白い肌に紅いルージュが楽しげな笑みをかたどっている。長い銀髪にモデル並の容姿を見間違う筈もない。
 シオンは何かを制するように片手をあげて呟いた。
「貴女は……」
「ちょっと探し物があってね」
 ジェミリアスがにっこり微笑んだ。

   ◇

「お、あった、あった」
 アルベルトは【Arsenal】と札のかかったドアを見つけて駆け寄った。
 予想通りというべきか、それは地下の一番奥にあった。すぐ脇の廊下の突き当たりになる巨大な扉は、恐らく地下駐車場にでも繋がっているのだろう。
 ドアの前に立ち取っ手に手をかける。しかし押しても引いても何かが引っかかったような音がするだけで開く気配はなかった。鍵がかかっている。
 アルベルトはポケットからシーフキッドを取り出した。ピッキングなど朝飯前といった顔つきで、ものの数秒もかけずに開錠する。
 よし、と思ってドアを開きかけたら、まだ開かなかった。
 どうやら二重ロックされていたらしい。
「また、念の入れようで……」
 呆れたように肩を竦めてみせる。
 ぶち壊すのと、もう一つの鍵を開けるのと、どっちが早いかな、などと首をひねりながら膝を付いた。後者を選択したらしい。ドアの下部にある小さな扉を開くと操作パネルがあった。
 電子ロックならマシンテレパスで開けられるだろう。しかしそこには抗ESP処理が施されている。
「さすがは警察署。微に入り細に入りプロテクトしてあるわけだ」
 この調子ならシュワルツの腕力をもってしても、もしかしたらこのドアは壊せないかもしれない。とはいえ、ここまできて叩き壊すようなヤボな真似は出来なかった。それではまるで自分が負けたみたいで嫌だったからだ。
 だがこの状況下で彼はどこか楽しげだ。
「アルベルト様?」
 シュワルツが怪訝に声をかける。
「面白い。開けてやるぜ」
 アルベルトはバキボキと指を鳴らして言った。半分は負けず嫌いと意地だろうが、久々に手ごたえのありそうな敵が現れて嬉しくもある。
「黒丸、あいつらちょっと頼むわ」
 アルベルトが目配せして言った。
 シュワルツが振り返った先に『あいつら』が屯している。
「畏まりました」
 シュワルツは、数体のタクトニムに別段動じた風もなく、いつものような調子で頭を下げて応えた。

   ◇

 テレパス能力に分類される行動操作とは、対象者の行動を自在に操る能力である。ジェミリアスはかつてその力を使って何人もの人を死に至らしめてしまった過去があった。本意ではなく、彼らが悪くなかったとは言わないが、寝覚めの悪い事は確かで、彼女はそんな自分のESPを嫌悪していた。
 しかし持って生まれた以上はどこかで折り合いをつけなければならない。ESPを使わなくてもいいようにと武術を身に付けたりもしたが、今は少し大人になったのか、それを利用する余裕も出来ていた。
 所詮、相手はタクトニムという思いもあるのか。
 ジェミリアスは一体のタクトニムに警察署内中央情報管理部の一室まで案内させると、そのドアの前でタクトニムに向けて辛辣に微笑んだ。
「ありがとう。ここで見張りをお願いするわ」
 そう言って一人中へ入る。
 10m四方といった部屋には、メインコンピュータらしい制御盤と大型スクリーンにオペレーションコンソールが並んでいた。
 その正面に立って、CRTオペレーション画面のタッチパネルを指でなぞる。
 アクセスを試みた。
 彼女はここへ、セフィロト内第一フロアのデジタル地図を捜しに来ていた。審判の日以前の地図では、増改築が進みタクトニムが新たにつくった通路がわからない。最初はタクトニムがそんなものを用意してるとは思わなかったが、医療技術をはじめとしたタクトニムの知能の高さに、もしやと思ったのだ。タクトニムの活動拠点となっているここなら、最新の地図があるのではないのか。
 だが、7度目の【Password Please...】の文字に彼女の指が止まった。一体いくつのパスワード設定がなされているのか。思ったより解除に手間取りそうで、息子を連れてくるんだった、と彼女は小さく溜息を吐いた。マシンテレパスは抗ESP樹脂に阻まれようともハッキングは彼の得意分野だ。自分も出来ないわけではないが、時間がかかるのは如何ともし難い。テレパスで呼びつけるのとどっちが速いか。
「まいったわね」
 独りごちてジェミリアスは再び指を動かそうとした。
 それはある種の勘だったろうか。
 彼女は咄嗟に右へ首を傾げていた。
 刹那、彼女の目の前にあった端末のディスプレイがブラックアウトした。中央に小さく丸い穴が穿たれている。
 それを視認した瞬間彼女は横に飛んでいた。
 弾の射角から計算して敵の位置を測る。脇のホルダーから38口径オートマチックを抜き取り引鉄を引いた。警察署に入る前にセーフティーをはずしておいたのは正解だったか。
 しかし手ごたえはなく、第2撃は彼女の予想とは全く違う方向から襲ってきた。
 ――2体いるのか!?
 そう思った瞬間、また別の方から再び銃弾が飛んでくる。
「見張りは何してるのよ」
 悪態を吐きながらジェミリアスは弾が飛んできた3方向からの視覚を捜すように端末の後ろに隠れた。とはいえ、そこで足を止めたりなどしない。止まれば銃弾の餌食だ。
 案の定、ついさっきまで彼女を隠していた端末は機関銃により1秒とかからず粉砕した。
 更に後方の端末の裏に飛び込みながら彼女は無意識に生唾を飲みこんでいた。
 敵の位置を捉えられない。複数なのか1体なのかもわからない。分が悪すぎたか、地の利は奴らにある。
 ダクトが普通の通路として使われているのだ。この部屋へ入り込む為の入口は1つじゃなかったという事である。ドアの前に置いてきたのは失敗だったか。これでは奴らの位置を確認するどころか集中する余裕もない。――ESPを発動する暇がなかった。
 下唇を噛む。
 横っ飛びに飛んだ。
 彼女を追うように弾が駆け抜ける。
 それから何度それを繰り返しただろう、彼女は2つの事に気づいた。
 1つは、同時に2箇所からの攻撃がない事。コンマ単位だが、わずかにずれているのだ。これは敵が1体しかいない事を示す。
 そうしてもう1つ。
 ジェミリアスはメインコンピュータを背にして立った。
 銃弾が止む。
 やっぱりか、と彼女は思った。
 奴らはメインコンピューターを避けて攻撃してきているのだ。壊したくないという事か、この中にどれほどの情報が詰まっているというのだろう。コンピュータを背にすれば、敵の攻撃方向は側面と上下。随分と攻撃範囲を絞り込める。
 束の間、ダクトに影を見たような気もしたが、銃弾が飛んできたのは逆方向からだった。
「速い……」
 何とかそれをかわしながらジェミリアスは呟いた。
 全く捕捉できない。

 ――これがビジターキラーなのか?



【preliminary moves】

 シオンはそこで足を止めた。
 無意識に口の端があがる。
 自分でも不思議なほどの高揚感が乾く唇を舌で舐めていた。まるで猛禽が舌なめずりでもするかのような感覚に自身で息をのむ。
 ――来る。
 刹那、床を蹴った。
 彼の居た場所に穿たれる無数の銃創。シオンは高機動運動にスイッチして、奴のいる場所を探した。
 狭い廊下に奴の姿はない。恐らくは、どこかの通気口を移動して攻撃しているのだろう。奴の位置が捕捉出来ないまま、シオンは足を止めた。
 自分を囮にする。
 右の通気口が火を吹いた。
 シオンは逆の壁を蹴って、ダクトに向かって飛んだ。
 ビジターキラーとの戦闘はこれで2度目だ。あの時は、庇いながらというのもあったが、今は後ろを気にする必要もない。
 銃の攻撃の最大の弱点は攻撃が直線である事だ。故に、鋭角に切り込んで間合いを詰めに行く。
 相変わらず奴の動きは俊敏だ。次の瞬間には別のダクトに移動していた。
 シオンはダクトの中で肩膝をついて止めていた息を吐き出した。
 分が悪い。
 屋外ならともかく、屋内では奴と相対する事が出来ないのか。どこからともなく飛んでくる銃弾を避けるばかりでは勝ち目はない。何とか、目の前に引きずり出したいのだが。
 廊下を走りながらそんな事を考えていると、突然ピタリと攻撃が止んだ。殺気のようなものも感じられなくなって、シオンは不審に足を止める。
 動きを止めたシオンに牙を剥く者はやはりない。
「!?」
 シオンはそこで一つの可能性に目を見開いた。
 ダクトを移動するビジターキラー。狙撃手――それが奴の本質だったとしたら。遮蔽物を使って遠距離攻撃を仕掛けてくるという点で、『彼ら』の戦闘スタイルは似ているのではないか。
 ならばシオンを陰から援護してくれているパートナー――レイシア・クロウ――彼女がダクトを移動するビジターキラーと鉢合わせる確率は、シオンが奴らに出くわす確率よりも遥かに高かったに違いない。

   ◇

 レイシアは無表情を湛えたまま、顔にかかる長い黒髪を無造作に掻き上げた。
 その視線の先に異形の影が立つ。
 紫色の皮膚に覆われた筋肉質の巨躯。レイシアにも負けず劣らずの無表情を張りつけた白い頭部。サイバーの機械部が剥きだしになった両腕には7.62mmバルカンと12.7mmオートライフル。それに取り付け型の40mmロケットランチャーが搭載されていた。その背中には、巨大な爪をもつ腕が伸びている。
 ――ビジターキラー。
 ならばシオンの獲物だ。
 レイシアは舌打ちしそうになるのを押さえて、面倒くさそうに持っていたバルカン砲を構えた。威嚇のつもり、という割りにはビジターキラーにしっかり照準を合わせている。
 しかしビジターキラーの移動速度にはほど遠い。
 しまった、と思った時にはビジターキラーの爪がレイシアを襲っていた。
 もし彼女がハーフサイバーとして筋力強化を施していなければ、今頃その胴は2つに割かれていただろう、ビジターキラーの爪が彼女の服と薄皮を裂く。
 腹部に血が滲んだ。
 レイシアは再び床を蹴って間合いを開けた。
 今のビジターキラーの動きを見て接近戦は不利と悟ったのだ。
 遮蔽物のないダクトの中でレイシアはおもむろにランチャーを構えた。
 グレネード弾の起爆は最低でも5mは必要だ。この距離では近すぎる。だが彼女が狙っているのはビジターキラーではなかった。
 ダクトの突き当り。
 引鉄を引いた瞬間、彼女は後方に飛んだ。
 遮蔽物がないなら作ればいい。
 ビジターキラーの背でグレネード弾が起爆する。ダクトの突き当りをぶち破るように弾は爆発した。爆風がビジターキラーをも襲ったが、大したダメージは受けていないようだ。
 レイシアは走り出した。
 手にしていたバルカン砲の弾を全部打ち尽くすかのような勢いでビジターキラーに銃弾を浴びせながら開いた穴に飛び込む。
 どこかの部屋らしい床に着地した。
 そこに何者かの気配を感じ取って身構える。
「レイシア」
 声をかけられ見知った顔に、その表情には殆ど現れなかったがレイシアは安堵した。
「シオン。奴は貴方の担当の筈だ」
 冷たく返す。
 シオンは困惑げに肩をすくめた。
「奥に?」
 尋ねたシオンにレイシアは愛想なく頷いた。

   ◇

 爆音が続く廊下でアルベルトはにこやかに立ち上がった。
 電子キーの鍵穴に差し込んだピッキング用の針金に接続していたハンディパソコンをたたんでポケットに仕舞う。
「俺に開けられない鍵はないのよ」
 そう呟いて彼は武器庫のドアを押しあけた。
「黒丸」
 背後に声をかける。
 シュワルツがタクトニムの顔面に拳をめり込ませながら振り返った。
「はい。今、終わりました」
 答えてアルベルトの後に続く。
 中には、あらゆると言っても過言ではないほどの銃火器が並んでいた。
 アルベルトは「ひゅー」と口笛を吹いて、並んでいるMSへと歩く。X−AMS−40ステルヴのようだが、どれも黄色に塗装され中央警察署の文字が刻まれているのに溜息を吐いた。
 曰く。
「センスのかけらもないな」
 まぁ、そこは後で塗りなおせばいいのだが。
 アルベルトは辺りを見回し、ハンガーに並ぶMSスーツを見つけた。サイズは各種揃ってるようだ。さすがは警察署、品揃えも豊富らしい。
 水素燃料を確認してアルベルトは自分に合うMSスーツを取った。
 これさえあれば武器の持ち出しも一人でそれなりに出来るだろう。
「黒丸、俺の方はもう大丈夫だからあの人のとこ行ってやってよ」
 アルベルトが言った。
「畏まりました」
 シュワルツは深々と頭を下げた。

   ◇

 シュワルツはジェミリアスのいる情報管理室へと急いだ。
 途中、何体かのタクトニムに出くわしたが、適当になぎ払って罷り通った。
 だが、自分の右手がなくなってる事に気づいて足を止めた。手首から血が溢れている。頭部を狙ったと思しき銃弾を避けようと咄嗟に腕を振るったらこの体たらくであった。後でご主人様達にどやされそうだ。
 今回、タクトニムとの戦闘向けに痛覚を切っていたので痛みはない。ただ指を動かせない妙な違和感があるだけだった。
「人型シンクタンクか……」
 やけに冷たい声が眼前に立つ女から吐き出された。無機質なように見えて嫌悪感が滲んでいる。褐色の肌に左腕はサイバー化されているのだろう剥きだしの機械部が見えていた。
 レイシア・クロウだ。
「…………」
 レイシアはシュワルツに向かってバルカン砲の照準を合わせていた。どうやらタクトニムと間違われたらしい。余程人型タクトニムに恨みでもあるのか容赦なく彼女が引鉄を引いた。
 秒間100発もの弾が吐き出される。
 シュワルツはそれを避けるようにジャンプすると天井に拳を叩き込んだ。天井が崩れ下にいたレイシアに降り注ぐ。彼女は撃つのをやめて後方に退いた。
「すみません。先を急ぎますので」
 シュワルツが最大加速でその傍らを駆け抜けようとする。
「え……?」
 レイシアが驚いたように目を見開いた。
 ――喋った?
「タクトニムではないのか?」
 呟くようなレイシアの問いかけにシュワルツが反射的に足を止める。
「私はローゼンドルフ家の執事見習いです」
 シュワルツが答えた。
「ローゼンドルフ?」
「今は、ジェミリアス様とアルベルト様の護衛でこちらに来ております」
「ジェミリアス……」
 レイシアはその名前に心当たって呟いた。
「あの女か……」
 廊下でシオンと話していた、確か情報管理部に用があるとか言っていた女だ。
「悪い事をした」
 レイシアがばつが悪そうに言った。とはいえその表情には微塵も申し訳なさそう色はなかったが。
「いえ、構いません」
 シュワルツは別段気を悪くした風もなく淡々とした口調で応えた。所詮この体は造りものだ。見た目の仰々しさほどのダメージはない。
「静かなる狙撃手……」
 行きかけるシュワルツにレイシアが呟いた。
「はい?」
 シュワルツが怪訝に首を傾げる。
「ビジターキラーに気をつけて」
 それは、レイシアを知る者が聞いたら誰もが顎をはずすほど驚いたに違いない、破格の忠言だった。
 シュワルツはベースがシンクタンクやタクトニムによる人工生命体とはとても思えないほどの人間臭い笑みで応えた。
「はい」



【crisis】

「ほー、結構動きがいいな」
 MSに乗り込んだアルベルトは動きを確認するように体を動かしていた。操縦者の動きを読み込んでから実際に動く為、ものによってはかなりタイムラグが出るものもある。しかし、さすがに軍用MSは反応速度が格段に違う。
 その上、このX−AMS−40ステルヴは軽装高機動型MSで敏捷性に特化したMSだったのだ。
 その分パワーはない、というデメリットはあるが、MSの装甲を簡単に引き裂くタクトニムどものパワーを考えれば、パワーがあっても重すぎて避けきれず破壊されるよりはマシだろう。少なくとも敵の攻撃が当たらなければ負ける事はないのだ。
「さてと」
 アルベルトは呟いて、武器庫の中を漁り始めた。
 MS装備用銃火器を持てるだけ持っていこうというのである。バルカン、ライフル、ミサイル、レーザーガン。ちょっと外では手に入りにくいものを優先して選んでアルベルトは武器庫のドアを振り返った。
「あちゃー……」
 そこには、皮膚を剥いで筋肉を剥き出しにしたような異形のタクトニム――ケイプマンと、大きな皿を2枚重ねたようなシンクタンク――ソーサーが出口を塞いでいた。
「ま、これの性能を見る、いい機会かな」
 アルベルトはそう呟いて舌を出した。
 それにしてもいきなり2体も相手かよ、と……。

   ◇

 敵の攻撃をかわすのが手一杯で、こちらから仕掛ける事が出来ずにジェミリアスは暗い溜息を吐いた。外で見張りをさせていたタクトニムを呼びつけ盾に使ってみたが、あっという間に蜂の巣にされた。
 ただ、殆ど気を抜く暇もなかったが、メインコンピュータを背にしている限り攻撃方向が限られてくるので何とか凌ぐ事も出来たし、段々体も相手のスピードに慣れてきたようなのが、救いといえば救いだったかもしれない。
 後はタイミングだけだった。
 一瞬でいい、奴の動きを止めることさえ出来れば。
 ジェミリアスは自動小銃のマガジンの残弾数を確認して身構えた。狙うのは足の関節だ。
 奴が攻撃を仕掛けられる範囲を小さく絞り込むために、メインコンピュータから出ているコンソールパネルの上に乗って膝を付いた。身を屈める。これならメインコンピューターを傷つけずに攻撃するには、斜め上のダクト穴しかないだろう。
 少なくとも彼女はそう思っていた。
 だが地の利は奴らの方にあった。
 目に見えないところにも彼女を狙える穴はあったのだ。
 それは何とも意外な場所だったろうか。
 メインコンピュータのハードパネル裏にあるケーブルダクトが、この部屋のダクトと繋がっている事を彼女は知らなかったのである。
 パネルの一枚がはずれた。
 その音に彼女が振り返った時には既にビジターキラーのオートライフルが彼女を捉えていた。
「!?」
「ジェミリアス様!?」
 ライフルの発射音とシュワルツの声が重なった。

   ◇

 シオンは肩で大きく息を吐きながらビジターキラーを睨み据えた。
 ビジター・キラーはライフルの弾を撃ち尽くしたのか、バルカン砲だけをこちらに向けている。
 この至近距離でランチャーは使えないだろう、シオンは床を蹴った。ビジター・キラーの動きが少しずつ見えてくる。スピードに目が慣れたのか。軽く飛んで横の壁を右足で蹴った。
 ビジターキラーはバルカンを発射せず、背中についた腕を伸ばしてシオンの動きに合わせるように構えている。懐に飛び込んだシオンを、サイバーを簡単に握りつぶす腕が掴むように伸ばされた。
 それも計算の内で、伸ばされる腕の軌道に合わせて高周波ブレードを凪いだ。
 3本ある爪の1本を切り落とす。
 残りの2本がシオンの左腕を引き裂いた。
「肉を切らせて骨を断つ、って知ってますか?」
 そう呟いてシオンは右手だけで高周波ブレードをふるった。狙うのはビジターキラーの右肩。
 鉄もバターのように簡単に切り裂く高周波振動は、ビジターキラーのバルカン砲を持つ肩を半分だけしか切れなかった。
 相変わらず動きが速い。簡単に切り落とさせてくれないらしい。軽く舌打ちして後方へ飛び退る。
 だが充分だろう。サイバー化された腕は電力をエネルギーにしている。つまり電力供給さえ断てば動かなくなるというわけだ。少なくとも高機動運動は出来なくなったはずである。
 左手のライフルも使えなくなった今、ビジターキラーに残されたのは格闘用の背中から生えた腕のみ。
 とはいえ自分も完全に左腕は使い物にならなくなったが。
 だらんとぶら下がるだけの左腕にシオンは小さく肩を竦めた。
 今は五分と五分。
 けれど、奴の動きとパターンはかなり把握出来た。次はもっと余裕がもって戦える筈だ。
 残るは最後の格闘戦のみ。
 シオンは手にしていた高周波ブレードを投げ捨てた。



【last battle】

 受身を取るように一転してアルベルトは起き上がると身構えた。 多勢に無勢は明らかに不利である。
 しかしここで尻尾を巻いて逃げるのも癪だった。
 武器庫の狭い部屋で、巨体のケイプマンがそこここに腕をぶつけながら襲い掛かってきた。この程度のスピードなら容易に避けられる。アルベルトは軽々と頭を下げて避けると、相手の懐に飛び込んで装備していたMS用警棒を横に一閃した。
 しかしケイプマンは見た目に比べて遥かに俊敏なようだ。脇腹を抉るつもりの渾身の一撃は、腹の薄皮を裂く事もできなかった。大振りだったかな、とアルベルトは内心で舌を出す。
 腕を振り切るより速く、殆ど条件反射のようにバックステップで後ろへ飛び退った。ケイプマンのパンチがアルベルトのMSを捕らえきれずに武器庫の棚を粉砕する。
 奴の浮き出した目が口惜しそうにぎょろりとアルベルトを睨みつけていた。
 今にも千切れんばかりの緊迫感を先に壊すのはケイプマンの方だ。再び右の拳がアルベルトを襲う。
 今度は懐には飛び込まずアルベルトはそれを後方へかわした。
 伸びきった腕のタイミングに合わせて警棒を、ケイプマンの肘目掛けて振り下ろす。その右腕はありえない方へ捻じ曲がった。
 怒ったような咆哮と共にケイプマンが左腕を振り回す。MSの装甲も簡単に切り裂く爪が、よけたアルベルトの後ろにあったMSを粉砕した。
「なんて事しやがるんだ……」
 アルベルトは苦笑を滲ませる。
 とはいえ盾になってやる義理もなければ余裕もないので仕方ない。
 後ろへよけようとして、その気配に初めて気付いた。突然、後ろから銃弾が飛んでくる。
 ソーサーがいる事をすっかり失念していた。目の前のケイプマンに気を取られている間に挟み撃ちにされていたらしい。
 だが38口径程度ならこのMSの装甲は傷つける事すら出来ないだろう、アルベルトは無視を決め込んで退いた。
 ケイプマンの一撃を警棒でなぎ払う。
 その攻撃の軽さに気付いた時には手遅れだった。ケイプマンのこの一撃は囮だ。
 ケイプマンの回し蹴りが開いたアルベルトの懐を襲う。反射的に後ろへよけたが、かわしきれずにMSの右のスレイブアームがもがれた。肩からはずれたスレイブアームが警棒と共に床に転がる。
「……なんて事しやがるんだ」
 アルベルトは悪態を吐いた。
 それほど余裕がある筈もなかったが、せっかくのMSを、とは思わずにはいられない。勿論、もげていたのがマスターアームの方だったらそれどころではなかったが。
「くそっ……」
 吐き捨ててアルベルトは一気にケイプマンの懐に飛び込み、右足で膝頭を蹴った。たじろいだケイプマンに一歩間合いを開け、左足を軸にしてアルベルトは回し蹴りをその横っ面に叩き込む。
 ケイプマンの巨躯が武器庫の棚を次々になぎ倒し壁に激突した。
「ふー」
 と息を吐き出したのも束の間、ソーサーが38口径を向けている。しかも右のスレイブアームのもげた部分を狙っているのに気付いて、アルベルトは大慌てで逃げた。そんな装甲の薄くなった部分を叩かれたら自分までお陀仏だ。
 武器庫の外へ転がるように出た。
 次の瞬間、ソーサーが自爆した。
 プラスチック爆弾と同じ威力を持ったソーサーの自爆に、しかし武器庫の壁は壊れなかった。
 ただ、武器庫のドアから火柱のように飛び出した爆風と爆炎を、アルベルトは半ば呆然と見つめていた。武器庫の武器も今の爆発で消し飛んだろう。
「…………」
 しかしそれを惜しむ余裕はなかった。今はただ生きてる事にホッとした。もしこのMSのスレイブアームがもげていなければ、今頃ソーサーと対峙していた自分は奴の自爆に木っ端微塵になっていたかもしれないのだ。そう思うと背中に薄ら寒いものが走った。
「なんて事しやがるんだ……」
 アルベルトはこの日何度目かの言葉を呆然と吐き出した。

   ◇

 まるでそれはコマ送りのビデオを見ているようだった。
 振り返った先でライフルが火を吹こうとしている。
 避けなければ、という意識とは裏腹に体が動き出すまでにタイムラグがあるのか、動かない体にジェミリアスは唖然とした。
 その瞬間、別の力にねじ伏せられた。
 巨体が自分を守るように覆っている。
 それをジェミリアスは愕然と見上げた。
「黒丸……」
「申し訳ありません。……遅れました」
 右腕がない。代わりに右肩から血が溢れている。
 人工血液だ。
 わかっている。
 それでもジェミリアスは自分の頭に血が昇っていくのを止められなかった。感情がESPを暴走させる事もわかっていて止められなかったのだ。
 目の奥が熱い。
「出ていらっしゃい、ビジターキラー……」
「いけません、ジェミリアス様!」
 ジェミリアスの目が赤く底光りしているのを見つけて、シュワルツは慌てて止めに入った。
 冷静さを失ってはいけない。
 ビジターキラーの本質がレイシアの言う通りサイレント・スナイパーなら前に立つのは危険だ。物陰から静かに標的を射殺す奴が、出てくることなどありえない。
 だが、ビジター・キラーは彼らの前にその巨体を現した。
 紫色の筋肉質の皮膚。
 白い頭部に赤い目が無機質にこちらを見つめていた。
 ジェミリアスの――行動操作によるものか。
 だが、突然ジェミリアスの体が横へ傾いだ。
「ジェミリアス様!?」
 シュワルツが左腕を伸ばして倒れる彼女の体を抱きとめる。
 ジェミリアスはこめかみの辺りを押さえながら痛みを堪えるように顔をしかめた。
「どうしました!?」
「……抗ESP……? それとも、もっと……上位の……?」
 ジェミリアスが虚ろに呟く。
 上位のタクトニムの指揮下にあるのか。それは考えられない事ではないだろう、彼らの知能の高さからいってもブレーンの存在は感じていた筈だ。タクトニムの中にESPを持つブレーンがいてもおかしくはない。その指揮下にあるタクトニムが既に行動操作や思考操作に近い何かを施されていたとしてもおかしくないのではないか。それはまだ推測の域を脱さない。可能性の問題だが。
 ジェミリアスは荒い息を吐いた。
 ESPを使いすぎた為か力が入らず意識が遠のいていくのを感じた。
 ビジターキラーのバルカン砲がゆっくりと持ち上がる。
 その6本の銃身がこちらを向くのにシュワルツはジェミリアスの体を庇うように抱きしめてビジターキラーを睨み付けた。
 ――来る。
 そう思った瞬間、ビジターキラーの巨体に大量の銃弾が降り注いだ。
 半ば唖然とそれを見つめていると、倒れたビジターキラーの後ろに、女が立っていた。
 長い黒髪に褐色の肌の女が持っていたバルカン砲を下ろしてポツンと呟いた。
「弾切れだ」

   ◇

 シオンが代わりにコートのポケットから取り出したのは、先ほど人型タクトニムとの戦闘に於いて入手した高周波ナイフだった。
 ブレードを片手で振るうとどうしてもその重みで大振りになってしまう。ナイフだとリーチが短くなる分間合いを詰めなければならなくなるが、スピードで翻弄出来ればいい。
 ビジターキラーの背中の腕がサイバー化されていない事を見越しての選択だった。
 ナイフを右手に構え高機動運動にスイッチして、一息にビジターキラーの懐に飛び込み、オーバーハンドでその胴を狙う。
 刹那、ビジターキラーの左足が前に1歩踏み出された。
 振り下ろそうとしたシオンの腕をまるで掴もうとするかのように伸ばされたビジターキラーの腕に、シオンは強引に自分の体を1歩分後ろへ引き戻す。
 ナイフは奴の胴まで届かず、伸ばされた爪を薄く裂いた程度だったが、ビジターキラーは怒ったような咆哮をあげ襲いかかってきた。
 シオンはそれから逃れるように後方へ大きく飛んで間合いを開ける。
 今ので充分だったろうか。
 あの圧倒的な火力も弾切れで終わりだ。格闘はあくまで接近戦。
 ならば今は自分の方に分があるだろう。
 ナイフは確かに握って使えばリーチは短い。
 だが、もう一つの使い方がある。
 一般的にナイフの貫通力は刺して使うよりも投げた方がはるかに高いのだ。
 但し、投げる距離は5歩の間合い。それ以上ではかわされる。
 シオンは意識を右手に集中した。人差し指にナイフの重心がくるように持ち返る。投げナイフの基本だった。
 そして視線はビジターキラーからはずさないまま、間合いをはかる。
 互いに互いの間隙を伺う様な張り詰めた緊張を先に破ったのはビジターキラーの方だった。
 間合いを詰めようと向かってきたビジターキラーに、距離を取るように後方に飛びながら3つ数える。
 焦らずに。
 冷静に。
 シオンは右手を振った。
 放たれたナイフがビジターキラーの眉間に突き刺さる。
 しかしビジターキラーは止まらず尚も背中の腕を、シオンをなぎ払うように一閃させてきた。
 膝を付いたシオンにビジターキラーの爪が襲い掛かる。
 だが、その爪がシオンを切り裂く事は出来なかった。
 シオンはナイフを投げた直後、高周波ブレードを拾っていたのだ。爪の攻撃を受け止めるように翳した高周波ブレードがその爪を腕からを切り落としていた。
 立ち上がったシオンの回し蹴りが、ビジターキラーの眉間に突き立ったナイフを更に奥へとめり込ませる。
「おやすみなさい」
 横たわるビジターキラーにシオンが呟いた。



【Epilogue】

 レイシアはビジターキラーのバルカン砲とライフルを軽々と担ぎ上げて、ジェミリアスを抱き抱えているシュワルツと共に情報管理室を後にした。
 途中、シオンと合流する。
 レイシアは左腕をぶら下げているシオンにわずかに目を細めたが、特に何も言わず、そこに倒れていたビジターキラーからも武器を調達した。ご丁寧に、その頭部に埋もれていた高周波ナイフまで回収している。
「遅れるな……」
 彼女が呟いた。
 撤退は速やかに。
 応戦は最小限で。
 玄関口のところで右腕のないMS――アルベルトと合流する。
「おふくろ!?」
 シュワルツが抱いているジェミリアスに気付いてアルベルトが声をあげた。
「大丈夫です。気を失っているだけです」
 シュワルツが短く答える。
「そうか」
 アルベルトがホッとしたように息を吐きだした。
 だが、彼らにはゆっくり話をしている暇はなかった。タクトニム達が追ってきているのだ。
「俺たちが乗ってきたワゴンがある。こっちだ」
 アルベルトがシオンとレイシアを促すように言った。
 玄関を出ると50mほど先にワゴンがとまっているのが見える。
 走りながらアルベルトがレイシアに声をかけた。
「持とう」
「…………」
 レイシアは一瞬不審そうにアルベルトを見やったが、持っていた武器の半分をアルベルトに手渡した。
 アルベルトが運転席に乗り込もうとして一瞬躊躇する。MSを着ている上に武器を持っているのだ。先に後ろに積んでMSを脱いで、なんて事を考えている間にシオンが声をかけた。
「私が運転しましょう」
 それで、アルベルトは後ろの2シートを畳んで後ろからMSを着たまま乗り込んだ。
 シュワルツがセンターシートに乗り込む。
 レイシアが助手席に乗り込んだのと同時にワゴンは走り出した。
 アルベルトがMSから這い出す。
 シュワルツはジェミリアスをシートに横たえた。
 レイシアが遠くなっていく警察署の建物を振り返り呟いた。
 それに、誰もが警察署を振り返って同じ言葉をそれぞれの胸に刻みこんだ。



 ――再戦を、乞う。



 −END−


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0375】シオン・レ・ハイ
【0390】レイシア・クロウ
【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0552】アルベルト・ルール
【0607】シュワルツ・ゼーベア

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 たいへん遅くなりました。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。