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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


記憶の再生


□オープニング

 ふらりとジャンクケーブを彷徨っていると、目の前に〈サファイラ劇場〉と書かれた看板があった。
 「あれ・・?こんな所なんて、あったかしら・・?」
 隣を歩いていた高桐 璃菜が小首をかしげながら神代 秀流の袖を引っ張る。
 「・・さぁ。劇場なんてなかったと思うけど。」
 「入ってみようよ。」
 璃菜がそう言いながら・・・そっと、扉を開いた。
 中は真っ白な礼拝堂だった。
 確かに看板は劇場だったはずなのに・・・。
 2人の視線が、礼拝堂の中央で止まった。
 そこにいたのは、朽ちかけた聖母の前で佇む1人の少女。
 「貴方達は、何かを望みがあるのね・・。」
 少女はそう言うと、振り返った。
 銀の髪が大きく弧を描き、青の瞳をじっとこちらに向ける。
 「思い出したいのなら、開いてあげる。
  見たいのなら、見せてあげる。
  思い出したくないのなら、閉じてあげる。
  忘れてしまいたいのなら、消してあげる。」
 少女は一気にそこまで言うと、すっとこちらに近寄ってきた。
 「え・・?あの・・貴方誰・・?」
 「それにここ、劇場って書いてあるわりに礼拝堂じゃないのか?」
 「劇場だろうが礼拝堂だろうが、物理的空間は一つ。それにどんな名前をつけていようと、空間は変わらないのだから・・・。」
 少女はそう言うと、2人の手を引っ張った。
 なんだかよく分からない。
 少女の言っている事の意味も、そしてなにより、何故自分がこの少女の細い腕を払えないのかも・・・。
 礼拝堂の中へ入って行くと・・・長椅子に座るように目で合図してきた。
 ・・・とにかく座るほかないだろう。
 「見せてあげる。貴方の記憶を。そして・・貴方が望むようにしてあげる。私には・・ソレが出来るから・・・。」
 「思い出したい記憶だって・・?」
 「それ本当?」
 「嘘は言わないわ。私にとって、嘘はほんの些細な意味も持たないものだから。」
 「それだったら俺、思い出したい記憶が・・・」
 「私も・・・」
 「言わなくても、私はどうせ見るの。だから良い。」
 「え・・・?どういう意味なの?」
 「・・・忘れている記憶って言うのは、忘れている事を忘れているから・・忘れてしまっているの。」
 少女はそう言うと、そっと秀流の右手に自身の右手を、璃菜の左手に自身の左手を重ねた。
 「記憶自体は貴方の心の中で生き続けているわ。でもね、忘れている事を忘れてしまっているから・・覚えている事を思い出せないの。」
 「えぇっと・・。」
 混乱する頭の中を見透かしているかのように、少女はクスリと微笑むと目の前に手をかざした。
 ・・・それを視界の端に認めた途端、目の前はブラックアウトした。


■眠る記憶

 目の前が真っ暗になり、次に目を開いたのは真っ暗な世界だった。
 右も左も、上も下も真っ暗・・・。けれど、どこか懐かしい場所・・。
 ふっと、目の前に小さな男の子が現れた。
 それは・・。
 「え??俺・・・・??」
 秀流は驚いて目の前の少年に触れようと手を伸ばした。
 そして再び、視界がブラックアウトして・・・。



 乾いた音が空気を震わせ、銀の光が宙を揺れる。
 目の前に現れては消える的を、一度のミスもなく打ち抜いて行く。
 狙いはあまりつけていない。
 そんなにじっくりとつけてしまっていては、的は直ぐに消えてしまう。
 それはほとんど反射だった。
 的が現れ、狙いをつけず、身体の動くまま引き金を引く。
 そうそうできる芸当ではなかった。
 銃と言うものは、狙いをつけてから撃つまでが大変なのだ。
 狙いをつけて引き金を引いた時、大抵の場合は反動で若干のずれが生じる。
 反動で銃口が僅かに上下するからだ。
 しかし、目の前で地に落ちる的は全て綺麗に真ん中が撃ち抜かれていた。
 微塵のずれもなく、綺麗に円の中心を撃ち抜いている・・・。
 反動を押さえ込むだけの力があるか、あるいは・・ずれを計算して狙いをつけているのか。
 二者択一だ。
 そして・・・秀流は分かっていた。
 どちらの技術も持っているのだと・・・。
 すなわち、反動を押さえ込めるだけのパワーと、パワーで補いきれなかった反動を計算して打ち抜く技術。
 小気味良い乾いた音と、銀色に光る銃を無駄のない動きで操る父。
 秀流はじっとその横顔を見つめていた。



 「秀流、秀流。ちょっと・・・。」
 呼びかけられて、秀流は顔を上げた。
 父親が、小さな小部屋から上半身だけを出して手招きをしている。
 じっと外を見ながら何事かを考えていた秀流は、すぐに立ち上がるとそちらに走った。
 そこは書斎だった。
 父がよく篭っている場所・・・。
 「なに・・?」
 「秀流。ちょっとこれを持ってごらん。」
 父はそう言うと、まだ小さな秀流の掌にことりと銃を乗せた。
 重い・・・。
 思わず下がりそうになってしまう手を、必死に上げる。
 よく見るとそれは父が愛用している銃だった。
 銀色に光るリボルバー・・・。
 銃にはローマ字で父の名前が掘り込まれている。
 「うん・・やっぱり秀流にはまだ重いか。」
 父は満足気にそう呟くと、秀流の手から銃を取った。
 とたんに軽くなる掌が少しだけ寂しい。
 「秀流。もし、秀流がこの銃を片手で軽く持てるようになったら、この銃をあげよう。もちろん、まだまだだけれど・・。」
 「え?だってこれ、お父さんの・・」
 言いかけた秀流の言葉を、穏やかな父の視線が遮る。
 秀流は俯くと、父の手の中で静かに光る銃を見つめた。
 「一人前になったら、きっとこの銃を上手く使いこなせる。だから・・・。」
 優しく髪を撫ぜる父。
 なぜか秀流はそんな父の顔を見ることが出来なかった。
 しかし、気配だけでも穏やかに微笑んでいるのが分かる。
 「さ、もう行きなさい。」
 秀流はコクリと頷くと、父に背を向けて走り出そうとした。


 『美月・・・』


 そっと小さく呟かれた言葉は、秀流の心を通過した。
 


□決して、忘れないように・・

 ズキンと鈍い痛みが体中に走り、秀流は顔をしかめた。
 目の前に広がるのは、白の礼拝堂・・。
 「俺は・・。」
 「それが、貴方の思い出したかった記憶よ。・・もっとも、思い出したいと思っていたのは記憶自体だから・・貴方に自覚なんて無かっただろうけど。」
 少女はそう言うと、秀流の瞳をじっと見つめた。
 吸い込まれそうな青の瞳・・。
 「貴方はこの記憶をどうすることも出来るわ。このまま固定する事も、今までみたいに閉じる事も、抹消する事も出来る。」
 「・・俺はこの記憶、このまま覚えていたい。」
 秀流はしっかりと少女の瞳を見つめた。
 その視界の端に、いまだ意識の戻っていない璃菜の姿が映る。
 「約束したからな・・。まだ、上手く使いこなせる自信はないけど・・」
 「自信なんて、なくってもあっても“ある”と思えばおのずとついてくるんだよ。自信がないと思っているからマイナスの作用が働いて良くない所に行く場合もある。逆に、あると思っていればプラスの方向に動く場合が多いの。自信なんて、自分を勇気付けるための手段の一つに過ぎないんだよ。」
 「そうだな・・。」
 秀流は小さく微笑むと、璃菜を見つめた。
 穏やかに瞳を閉じる璃菜は酷く小さく見えた。
 「それじゃぁ、記憶を固定するので良いわね?・・記憶を固定するにも、抹消するにも、閉じるにも・・なににしても酷い痛みを伴うの。・・・耐えられるわね・・?」
 「・・耐えられるさ・・。」
 秀流が力強く頷いたのを確認すると、少女は先ほど同様手をかざした。
 「大丈夫、その痛みの記憶は消しておくから・・。」
 少女の小さなささやきが聞こえたと思った瞬間、凄まじい痛みが秀流を襲った。
 そして再び、闇の世界へ・・・。





 「あ、こっちも気がついたね。そっちのお兄さんも、どっか痛いトコとかない?」
 ゆっくりと目を開けた先・・一番最初に飛び込んできたのは紫色の瞳だった。
 ぼやける視界が段々とクリアになって行き・・・秀流は思わず固まってしまった。
 覗きこむ金色の髪と紫の瞳を持つ少年。
 その顔は、この世のものとは思えないほどに美しく整っている。
 それこそ・・思わず言葉を忘れてしまうほどに・・。
 「大丈夫・・。」
 少年が優しく秀流の身体を起こし、心配顔で首をひねる。
 秀流はこくりと頷くと、周りを見た。
 いつの間にか秀流の身体は木の椅子の上に寝かされていた・・。
 この少年が秀流をここまで運んだのだろうか・・??
 璃菜はすでに起きており、心配顔でこちらを見つめている。
 「そ。それなら良かった。それより・・可愛らしいおジョー様、カッコ良いおニィー様思い出した事、思い出せない事、なんかあります??」
 「母の銃が・・」
 「父の銃が・・」
 秀流と璃菜声が見事に合わさる。
 「あ〜オーケーオーケー!わかった、固定の方をやってもらったわけね?そんで・・痛かったのとか、覚えてる?」
 少年の言葉に、秀流と璃菜は顔を見合わせると・・首をかしげた。
 その記憶は・・ない。
 「ふ〜ん、んじゃまぁ、成功っつー事で。」
 少年はそう言うと、ニカっと笑って右手を差し出した。
 「初めまして、可愛らしいおジョー様、カッコ良いオニィー様。俺の名前はカイル。カイル セラウス。カイルでも、カイちゃんでも、セラリンでも、セラモンでも、何とでも呼んじゃって!」
 「私は高桐 璃菜それでこっちが神代 秀流。」
 璃菜が2人を紹介し、軽く握手をするのが視界の端に映る。
 秀流も同じくカイルと握手をする。
 「んで、あっちの無愛想な女の子・・璃菜ちゃんと秀流ちゃんのの記憶を固定した子ね、あれがセシリア。・・っつっても、なんてーの?カッコ仮名ってやつ??」
 「そうなの・・?」
 「待て、ちゃんってなんだ・・??」
 「ん〜、そう。んでぇ、璃菜ちゃんと秀流ちゃんをココまで運んだのは、ルシアちゃんっつー美少女顔の俺様男なんだけど・・ちょっとねぇ、不良ネコちゃんだからすぅ〜っぐ家を抜け出しちゃうんだよねぇ〜。」
 カイルが秀流の反論を無視して進める。
 「・・それ、ルシアに言っておくわ。」
 「うぇぇぇぇ〜!!セシリアちゃんの意地悪っ!」
 言いながらしょぼ〜んと地面にのの字を書くカイルは、かなり外見とのギャップがあった。
 「あの・・カイル・・大丈夫・・??」
 「あぁぁ〜、璃菜ちゃんがなんか天使様みたいに見えてくる〜!」
 カイルがそう言って、璃菜を拝む。
 秀流はその光景に思わずクスリと心の中で小さな笑い声を漏らすと、朽ちかけた聖母を見つめた。
 その真っ白な瞳をじっと見つめる。
 璃菜と視線が合い・・無言の言葉を伝える。
 「2人とも、よかったらお茶してかない??ちょっとさー、美味しそうなお菓子もらっちゃったんだよねぇ〜。」
 「そうだな、お茶してから行くか。」
 「うん。それじゃぁご馳走になっちゃおっかなぁ。」
 秀流は立ち上がると、先に歩き出すカイルの後を追った。
 璃菜が秀流の耳元に口をもってきて、そっと囁いた。


 「秀流・・帰ったら、お父さんの銃とお母さんの銃、見つけようね。」
 「あぁ。」
 


       〈END〉


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 ■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】


  0577/神代 秀流/男性/20歳/エキスパート

  0580/高桐 璃菜/女性/18歳/エスパー


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 ■         ライター通信          ■
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  初めまして、この度は『記憶の再生』へのご参加ありがとう御座いました。
 ライターの宮瀬です。
 納品遅れてしまって本当に申し訳ありませんでした!
 以後このようなことがないように気を引き締めます。
 セシリアの記憶の固定は再び“忘れている事を忘れない”限りは覚えているものですので、どうかこのまま大切な思い出として覚えておいてくださいませ。
 

  それでは、まだどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。