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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【居住区】誰もいない街
“平和”の定義

千秋志庵

 ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
 どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
 どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
 しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
 そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
 中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。

「侵入成功」
 居住区域の内、比較的擦れていない表札の家にジェミリアス・ボナパルトは足を踏み入れた。ファミリーネームから察するに、この一家は警察官を多く輩出している一族である。石を彫って象られた文字をなぞって、それが目当ての家であることを彼女は確認する。壊れた鍵はドアをドアたるものとはしておらず、既に機能は失っていた。ノブを捻って律儀にも玄関から侵入すると、ジェミリアスは軽く室内を見渡して、小さく息を漏らした。
 今回、ジェミリアス一行がセフィロトに赴いた理由は、先日中央警察署でこっそり入手してきた警察官名簿に記載していた中央管制室勤務警官の家――つまりはこの家の中で、管制室へ入管I.D.カードを入手することであった。他に二人――J・B・ハート・Jr.とシュワルツ・ゼーベアを伴っていたが、各々にセフィロトにやってきた理由があるので、待ち合わせ時間と場所を指定して別れていた。タクトニウムとの戦闘は、慎重に動いていればまずない。予め入手していた情報によると、この居住区にはタクトニウムは殆ど存在しないらしい。それはそれでツマラナイと言ってみたところ、情報の提供者はいささか不満気ではあったが。
「流石に物が散乱していますね」
 実際にそこは物で溢れていた訳ではない。風化によってその殆どが塵と化していたが、幾つかの資料は茶色に変色しながらも何とか文字を読んで取れるほどに新しい。既に情報はパソコンにデータ化して入力する時代ではあったはずなのだが、それでも古い人間はその当時でも一々紙にペンで街の詳細を記していたのだろう。
 一枚一枚頁を丁寧に捲りながら、ジェミリアスはその手を止めた。

 ……本日異常なし。

 幾らかの報告事項の後に記された決まり文句。
 平和だったのだ、この居住区は。
 手帳を元あった床でなく机の上に戻し、ジェミリアスは作業続行に向けて行動を再開しようとする。だが感じた気配に意識をそちらに移した。
「御主人様」
 おかえり、とジェミリアスは背後の人間に声をやる。声は明らかにシュワルツのもので、開いていた玄関から侵入していた。J・Bの手伝いをするように言いつけたはずなのだが、現にこうして立っているということは役割を終えたということになるだろう。
「どうだった?」
「J・B様の目当ての物は見つかりました」
「そう、良かった。で?」
「『で』とは?」
「そちらの方は収穫あった、黒丸? 暮らし振りとか、そういうのは見て勉強になりました?」
 シュワルツは「ええ」と返事を返す。
「軽く見て回った程度ですが、治安も良かったようでかなり繁栄していたみたいです。幾つか興味のある文化もありましたし、娯楽もありました。時代が時代なら、と。悔やまれますね」
 治安が良かった、と発言したシュワルツの言葉に、ジェミリアスは肯定を返さなかった。傍らの手記の内容は、あまりにも“平和”すぎた。それこそ、異常なまでに。
 確かにこの街は“平和”だった。何を尺度としての平和かを問うことを諦めれば、“平和”な居住区だった。

 ……異常なし。

 ジェミリアスはぐるりと周囲を見渡し、奥の間へと進んでいく。シュワルツも付いていこうとして、だが自身の重さを考慮してその場に留まった。
 奥の部屋は、この家の主人の部屋のモノだったようだ。埃と砂に塗れた傷だらけの高価そうな丁度品を一瞥し、ジェミリアスは壁をくり抜いて作られた金庫に近付いた。完全に錆び付いた金庫の錆に指で触れ、なぞる指が鍵穴で動きを止める。そこから推定される鍵はエジプト錠とまでは行かないまでも、凝った作りをしているだろう。電子錠でない旧式な作りに辟易しつつ、ジェミリアスは早々に工具を突っ込んだ。
「手伝おうかのう?」
 どこからともなく現れたJ・Bの言葉に、ジェミリアスは作業をする手を止めて首を横に振った。額から落ちた汗を腕で拭い、金庫から離れると彼の横の壁に身を預けた。
「開かないのか?」
 J・Bの手には彼の収穫品が握られている。「電動機付き三輪自転車(お買い物籠付き)」。流石に歳には勝てない、と。そう思ったのかは定かではないが、J・Bは新品に近いそれを易々と手に抱えていた。
 ちらりと見やったジェミリアスの顔は、どことなく愉しげである。
「本当、手間掛かって困るわ。最終手段として壁をぶっ壊すって手しかないみたいです」
 苦笑染みた顔に、J・Bは肩をすくめてみせた。
「そういう日もあるもんじゃ」
 ジェミリアスが外の様子を尋ねると、タクトニウムの徘徊は実際にも殆どないらしい。極稀に出会うことは会っても、それほど凶暴ではないが故に難なく逃げ遂せるのだと言う。
 それもこれも“平和”の残り香なのだろうか。
 だとしても、残り香は香を生む媒体を失ってしまった以上、いつかは消えてしまうことは確かだ。消えて、そして他のものを荒らす。目に見える未来だけに、それでも食い止める必要のない未来だけに、やるべきことはやって貰えるものは手に入れておかねばならない。
「……“平和”ね」
 それはシュワルツの言葉も然り。
 J・Bが訝しそうに繰り返す。
「平和?」
「ここは昔、“平和”だったそうです」
 それだけ言い残し、ジェミリアスは作業を再開した。
 ここには材料は沢山揃っている。廃材・家庭用品から武器を作り出すのを得意としているジェミリアスは、簡易な爆弾を手早く作って金庫にくっ付けた。威力の最終確認をして、ジャミリアスはJ・Bの横に立つ。手で後ろに下がらせると、すぐ後に爆発音がした。
 爆発は小さい。それでも金庫に巨大な穴を穿つ。金庫の壁を貫通したせいだろう、白煙を立ち込めながらもそれは黒い穴を覗かせていた。
 躊躇うことなく近付くと、手を突き入れてジェミリアスは一枚のカードを取り出した。目的のI.D.カードである。これも情報通りだった。
 金庫の中に、普段使うI.D.カードを入れている理由が彼女には分からなかった。一々金庫を開ける手間を考えれば、身近な場所に置いておく方が都合が良いはずなのだが。
「行きましょう、J・B」
 シュワルツが外で待っているからと付け加えて、ジェミリアスは先行する。足元に転がるモノを注意深く避けながら、玄関へと手を伸ばす。
 街を変わらず観察していたシュワルツは、二人の姿を視線の端に納めて言った。
「ここでは“自分の存在を証明するモノ”が一番価値を持つようです」
 どことなく寂しげな声に、ジェミリアスは眉根を寄せた。
「身分や階級が第一で、個としてはそれ以下みたいです。それがこの街の“平和”。……この居住区をもう少し探索してみましたら、そのようなことが分かりました」
 なるほど、とジェミリアスは意を得た。この街では“自分が如何に身分が高いか”を示すものに、価値を見出している。だからこのI.D.カードには相当の価値があり、常に金庫で管理していたのだろう。
「それは寂しい話じゃのう。何も証明しなくても、我輩は我輩なのに」
 それは“平和”の維持の仕方の一つなのだ。間違っているとか、狂っているとか。今更意見する気は毛頭ない。それでも、ジェミリアスはかつてこの地に存在していた人間の“証明するモノ”を手に、思わずにはいられなかった。
「それでも……そうやってまで保とうとした“平和”ですら、こうも簡単に崩れてしまうものなんですね」
 だから人間とは、醜くも足掻いて滅びていくだけの存在なのかもしれない。
 去り際に見やった居住区はもはや“平和”以外の何物でもなく、静かにそこに佇んでいた。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0599】J・B・ハート・Jr.
【0607】シュワルツ・ゼーベア

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

何をもってしての“平和”か、執筆を通して考えていました。
設定ではこの居住区は“上”の圧制に苦しみ、言論統制が為されていたがために報告(手記)が全て“異常なし”であったというものでした。
故に居住区は決して暮らしやすいものではなく、崩壊も早かったと思われます。
誰にとっての“平和”で、それが本来の意味の“平和”であったかは、他の人の手に委ねたいと思います。
全編シリアスな話で進みましたが、いかがでしたでしょうか。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝