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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録
片道切符を渡すモノ

千秋志庵

 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。

「……何事だろう」
 手にした書類から視線を上げ、ノワール・シュトルムは眼鏡の奥から前方を見やった。ビジター登録に訪れている人間の作る長い列を改めて見てしまったことに辟易しつつ、意識を列の一番前、受付の一つに向けてやる。受付嬢が総出で元凶に対応している所為で、列全てが動いていない。ただでさえ書類ミスで弾かれたというのに、これでは一向に受付が終わる気配が見えない。ギルドの雇った傭兵でも動けば話は早いのだがそれも見当たらないのだから、相当厄介な事態なのだろう。実力的というよりは、むしろ別の圧力の面で。
「ここで今すぐ直すからさー、早く受理してくれねえかな」
 ざわめくフロアの中でも聞こえる一際大きな声は、ガラの悪い男のものだった。聞き覚えはない。
「しかし必要書類がございませんので、新たに申請してからの受理になります。それには数日掛かってしまうので……」
「だったら今ここで作りゃいいだろう? お役所ってのは先延ばし先延ばしにしてるんだから、今やれば解決じゃねえ?」
「しかしそう言われましても……」
 逆接を繰り返す受付嬢に対して、男の態度は横柄だ。……ああそうだ、思い出した。彼はここらで有名なビジター、の末息子だ。セフィロトでかなりの武勲を立てている男の名はこの辺りで知っていない方が稀だが、その末息子が一番の問題だと耳にしていた。その彼が、今ノワールの前方にいた。
 男の持つ銃口が、静かに受付嬢の眉間に当てられている。それが一番の問題だった。
 二番目の問題として、彼らの仲間らしき人間が列の中にどんどん割り込んできていること。
 そして、
「まずいな」
 呟いた先には幼い少女がいる。男達の真後ろに立って、きょとんとした顔で事態を眺めている。……何も起こらなければいいが。ノワールは思って、再び視線を前方に向けた。
 受付嬢達は銃を突きつけられた一人を残して、“上”の者に掛け合うために姿を消していた。その残された一人も一人で、彼女の反応はおよそ人間らしいものではなかったが、機械であるようにも見えなかった。
「申し訳ありません。責任者がもう暫くしたら来ますので、それまでお待ち下さい」
 彼女は深々と頭を下げた。その脳天には銃口が向けられていたのだが、全く意に介さないのはどういう根性をしているのだろう。少なくとも言えるのは、彼女は今鼻先に死が突きつけられていることなのだ。気まぐれ一つで天国への片道切符一枚ゲット。帰り道はないし復路切符は誰も販売していないので、一生に一度の大冒険だ。誰もが行ける旅なので、進んで行く莫迦は殆ど存在しない。
 別の器に魂を入れ替えて生き返らすという秘術もあるそうだが、リスクが高いことは明らかで試みる人間はやはり滅多にいない。代償は大きく、可能性は低い。ない訳ではないからやる輩はいるのだが。
「さて、どうしたものか」
 既に太陽は天球の真上を横切った頃合だろう。ノワールは思い、だが思考は外部からの介入によって妨げられた。
「すみませんが、この場所取っておいてくれませんか?」
 丁寧な物言いに、ノワールは頷いた。
 男は感謝の意を述べ、列の前へと足を速めていった。この一件を片付けてくれるのなら、それはそれでいい。ノワールは荷物の中から適当な“道具”を取り出し、簡単なトラップの製作に励みだした。

 大道寺是緒羅は列の一番前、騒動の中心へと進み出る。彼らの真後ろにいたピンク・リップを背に庇いつつ声を出した。
「そろそろ引いてくれませんか? これではどちらにしろ、事態は好転しませんよ」
 視線が一斉に是緒羅へと向けられる。悪意半分、残りの内半分が好意で、残りが無関心。それ一身に受け止め、彼はもう一度言った。
「引いてください」
 言葉が終わると同時に、下卑た笑みの男がナイフを手に是緒羅へと突撃をしてくる。ナイフと一緒に出された手を是緒羅はひょいと避け、手首だけを叩いてナイフを落とすとさり気無く足を掛けて前のめりに倒した。地べたに這う男に向けて一時再起不能させるように足を振り下ろす。
「そもそも、割り込みはいけません」
 問題はそこなんだ、とどこで声が聞こえる。
「きちんと並んでから脅迫なり申請なりしてください。ですよね?」
 ピンクへと向けられた言葉に、彼女は嬉しそうに頷いた。その二人のやり取りの内にも拳で語ろうとする人間が現れたが、是緒羅の軽い身のこなしで全てが全て空を切る結果となる。幾度となく同じ行為を繰り返し、礼儀正しくその全てに応えながら二人は二三言葉を交わした。
「お兄ちゃんの登録終わらないと、あたしもビジター登録できないんだよね」
 腕の中に納まっている兎のぬいぐるみの手を動かしながら、ピンクは少し膨れたように呟く。
「だから、お願いします」
 残ったリーダー格の男と、その取り巻き数人は見下した笑みでピンクを睨む。と、
「……おい、帰るぞ」
 一人が口元を抑えながら、出口へと向かい始める。驚きながらも他の人間も彼に続く。是緒羅の体を荒々しく通行路から外させ、次第に遠ざかっていった。
「何か、……しました?」
 是緒羅の問いに、ピンクは曖昧ながらも可愛らしい笑みを浮かべて答える。
「いや、そういうことじゃなくてですね。……まあ、いいですけど」
 諦めたような是緒羅の背を見送りながら、兎の手は一生懸命に手を振っていた。

 文句を言いながら早足で逃げてくる男を視界に捕らえ、ノワールはすれ違い様に言葉を掛けた。独り言にも近いそれに、足を止めてもらうことは期待していない。それでも、ほんの微かにある罪悪感からなるものだと思ってもらえばいい。
「忠告。一つ目、今日は帰れ。二つ目、暫くここには来るな。三つ目、足元にはご用心」
 腕の上で申請書類の不備を直しながら、ノワールは逃げる輩に視線をやらずに言い捨てる。何人かはそれに気付き不審気な視線を送るも、もはや遅かった。
「特に三つ目には注意すべきだね」
 バナナの皮で転ぶという古典的な芸をする男達に内心で拍手をしながら、ノワールはゆっくりと流れていく列の中にその頭を埋めた。……これ以上のいざこざはゴメンだ。丁度書類の不備がないことを確認し終え、ノワールは小さく息をついた。立ちっ放しが腰に応える歳ではなかったが、妙に疲れた。
「と、アレも忘れちゃいけねえな」
 是緒羅の顔が視界に入ると、ノワールは両手を思い切り振ってその場所の位置を示した。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0625】ノワール・シュトルム 
【0565】ピンク・リップ
【0593】大道寺是緒羅

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

バナナの皮で人間が転ぶかどうかは試したことはありませんが、こういう古典的なネタを実際に試して見たいと思ったことは多々あります。
豆腐の角で意識を失えるのか。
ヘアピンで鍵穴を抉じ開ける……等等。
どうしても好きなネタであるだけに、実際に可能かどうかも気になる一つであったりします。
捨て台詞に「豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ」とあると、「無理だろ」とツッコム以前に可能な方法を取り敢えず脳内で列挙してしまう人間です。
もう少し深く考えずに、やるべきなんでしょうけどね(笑。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝