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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


海辺のワルツ

 あれだけ喧しく思えた潮騒の音も、長い船旅を終えた今となっては小気味良く聞こえる。
 船員達からポーカーで巻き上げた煙草を咥えて船を見上げれば、キリル・アブラハムは「たまには船旅もいいもんだ」と何気なく零していた。
 仕事が絡んでいるとは言え、乗ってきたのは自分には馴染みのない客船。その船体には弾痕はないし乾いた血だって付着していない。
「まあ、俺にはあっちの方がお似合いだな」
 苦笑交じりにもう一つだけ零し、ジッポをこすって煙草に火を灯しながら視線を下ろせば、ちょうど愛機であるMS「カッツエ」が船員の手によって荷下ろしされているところであった。
 愛機も長旅で疲れているのかどことなくグッタリした様子で、それが空想であると分かっていてもキリルの口元に愉快げな笑みが刻まれる。
 幾多もの戦地を共に駆け抜けたMSに、許せよとシニカルなジェスチャーを指で送り、船員の仕事ぶりをぼんやりと眺めながら今回に絡んでいる仕事について思考する。
 今回の依頼主は騎士団に所属していた頃の上司でもあるお嬢ちゃんだ。名前をジェミリアス・ボナパルトといって、才色兼備を地でいくような女の子である。
 そんな類まれなる才覚と風貌をもつ彼女のことをお嬢ちゃんと呼ぶのは、キリルが年上であるということより、長い付き合いだからという親しみの念の方が強い。
 そして本題。キリルが長い船旅をしてまで協力を惜しまない仕事の内容であるが――
「船旅はどうだったかしら。キリル・アブラハム?」
「おっと、背後から声をかけるなんて意地悪が過ぎるね。思わずホールドアップするところだったぞ。嬢ちゃん?」
 思考を中断する。キリルが紫煙をくゆらしながら振り向けば、そこに依頼主であり旧友であるジェミリアスが立っていた。
 モデルが裸足で逃げ出していきそうなその容姿は未だ健在であるらしい、プロポーションの良い長身をぴしりと伸ばしてキリルに手を振っている。
 キリルは再会を喜ぶように、近寄って両手を広げた、それを見てジェミリアスも両手を広げ、再会を祝うように抱擁を交わす。
 はたから見れば美女と野獣のカップルが再会を喜んでるように見えるんだろうな、と戯言めいた思考がキリルの脳裏を掠めた。
 ちなみに言うと、ジェミリアスは踵の高いヒールを履いているのでFカップの胸がキリルの目の前に迫る形となっている。
 どこかで船員が悔しげで羨ましそうな野次を飛ばしていた。
「嬢ちゃん、相変わらず美人だな」
「あなたも変わりなく、素敵なリップサービスありがとう」
 野次を無視して、体を離しながら互いを労うような微笑を一つ。
 すぐに表情は引き締まり、キリルの頭の中に凛としたジェミリアスの声が木霊した。
『こんな所迄、呼び寄せてゴメンなさい。でも頼れるのは、あなただけなの』
 その声の中に含まれているのは僅かな緊張感、それが何を意味するのかは考えるまでもなかった。
 もとよりキリルはそのために南米くんだりまでやってきたのだから。
『奴が現れたんだってな。奴は嬢ちゃんだけでなく、俺の敵でもある。協力するよ。但し、<格安>でね』
 フィルターだけになった煙草を指で揉み消しながら慣れた様子でウィンクを返す。
 それを見てジェミリアスはふっとした笑顔を見せ、その言葉を待っていたとばかりに――
『ええ、ビジネスですもの』
 その水面下で行われたやり取りには何が含まれているのだろうか。
 親愛の念か、戦地で培った仲間意識なのかは分からない。その両方であるかもしれない。
 そんな二人の間に交わされた契約は秘密裏での身辺警護と、パートナーとして塔内部随行すること。
 楽しくなりそうだと口が緩むのを、キリルは潮風を感じながらハッキリと自覚していた。


******

 
 ふと潮騒に混じって聞こえてきたのは音楽だった。
 どこかにオーケストラでもいるのだろうかとキリルが視線を巡らせれば、荷下ろしをしたばかりの客船が、新たな乗員を積んで新たな船出に向かおうとしていた。
 発着場の決して広いとは言えない空間には、船内の食堂で見かけたオーケストラの一団が船を見送るように楽器を抱えて演奏している。
 それは別れを惜しむような、新たな船出を祝うような、静かで胸の奥を震わせてやまない協奏曲。
 そこには銃声もなければ悲痛なガンパレードマーチの響きもない。戦地に生きる者にとっては近いようで遠い世界の音。
 二人はしばらく無言のままそれに聞き入り、やがてどちらからともなく手をとりあっていた。それは遠い昔に見たホログラフティの一場面、美女と野獣のワンシーンを再現するように二人は一礼を交わして――

 海辺で美女と野獣がワルツを踊る。
 場違いなようで酷く幻想的な光景を、船上にいる人々は見ていた。
 誰もが遠い過去を懐かしむように見入っていた。
 ポーカーで負けた船員も、これから郷里に向かう船客も、誰もがそれに見入っていた。
 いずれ音楽は止むのだろう。
 やがて二人のワルツは終わるのだろう。
 そして始まるのかもしれない。
 誰もが始めるのかもしれない。

 オーケストラが最後に奏でたファンファーレは、誰にとっても船出にして始まりの合図だった。
 例えば二人にとって、それが任務の始まりであるように――


 −FIN−