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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


サヴァイ・ハイスクール施設見学〜秘密の扉〜

「ドクター、お元気ですか」
「まだそんな挨拶をするほど、時間は経っていないだろう」
 クレイン・ガーランドが一天医院を訪ねて、そんな挨拶をすると一天は笑ってそう答えた。
 一天に勧められるままに、クレインは丸椅子に腰掛けた。誰かが覗き見たなら診療所で医師と患者が向かい合っているように見えただろうか。
「そうですけど……でも、結構経ったような気分がします」
 サヴァイ・ハイスクールの訓練を受けていたときには、クレインはこの医務室代わりの医院にしょっちゅう顔を出していた。元々クレインは体が丈夫ではないほうで、他人よりも休養を必要とするからだ。注意深い分、訓練中の怪我は他よりずっと少なかったが、ベッドを借りた回数は同期の仲間たちの中では最も多いかもしれなかった。
 だからか――しょっちゅう見ていた医院の内装が、奇妙に懐かしい。
 クレインは、古ぼけた壁を見回した。セフィロト内部の一室を占領して開業しているこの医院は古いが、掃除は丁寧に行われているようで清潔ではある。壁には窓を模したスクリーンがあって、擬似的に『外』が映し出されていた。それが、ここが塔の中であることを忘れさせそうだった。
「そうか、その後はどうだい? 君のことだから、仲間たちの信頼もあるだろうし、上手くやっているとは思うけれど」
「いくつか……ありましたが、ご心配いただくほどのことではありませんでした」
 訓練を修了して、それからの短い間に出会った出来事を脳裏に思い浮かべながら……クレインはわずかに微笑む。自分なりに上手くやってきたほうだと思う。
「そうかい、なによりだね。君はちょっと体が弱いところがあるからね……時間に余裕があるときには、顔を見せにおいで。修了生も訓練施設を使っていいから、時々再訓練を受けるのも良いと思うよ」
「そう、それで、今日はお邪魔したんですが。施設に変更があったと、お聞きしたのですが?」
 噂話に、クレインはサヴァイ・ハイスクールの施設変更があったと聞いたのだ。しかも、かなり大規模に。
「ああ、そうか……君が修了してからだったな。施設のいくつかが襲撃を受けてね」
 えっ、とクレインは驚きを隠せなかった。噂話では、そこまでは聞かなかったからだ。
「君のいた間にはなかったっけね。でも、別に珍しくもないんだよ。塔の中だし、普通に危なっかしい場所にもあるし。襲撃はタクニウムのこともあるし、人間の強盗のこともあるし……」
 大概のことは「セフィロトの塔の中だから」で済ませられる。突然襲われる危険を冒したくない者は、入ってはいけない場所なのだ。
 一天医院は比較的安全なエリアにあって、怪我人を外に出すまでの中継を担うが……ここだって、絶対はない。
「今回は速やかに撃退して、人的被害はなかったんだが。……派手にやってくれた子たちがいてね、訓練施設とかが半分ほど大破したんだ」
 どうやら大破の原因は、襲撃者ではなく撃退に協力した生徒の側にあったらしい。一天が苦笑いを見せるのに、クレインも苦笑いで応えた。セフィロトに出入りするビジターたちらしそうな話ではある。
「すぐの復旧は無理そうだから、新しい場所に施設を移したんだ。見に行くかい? 今日は医院自体は休診だし、案内するが」
「是非お願いします。出来れば視聴室で、マップの更新も見せていただきたいのですが」
「いいよ、じゃあ、先にそちらに行こうか」
 そこで一天は立ち上がる。クレインも、それを追うように丸椅子から立ち上がった。

「これは……だいぶ変わっていますね」
 巨大なテーブルの上に現れた、立体スクリーンのマップをクレインはしげしげと眺めた。
「大きい変更は、さっき言ったものだけどね……小規模施設の変更はしょっちゅうだからなあ」
 なにしろ、今二人のいる視聴室もクレインの在籍中とは内装は変わっている。クレインにも、スクリーンマシンが以前より良いものになったらしいことがわかるので……教官の誰かが、セフィロトのどこかからこのマシンを回収してきて入れ替えたのかもしれなかった。
「アクセスしても、かまいませんか?」
 クレインは一応、マシンテレパスを使う許可を一天に求めた。数の多いマップをいちいち投影していくよりも、そのほうが速いのは確かだ。
「いいよ、そのほうが楽なら。見られて困るようなものにはロックがかかっているしね」
 一天は躊躇いなく許可したが……
 クレインは、続いた言葉に少し引っかかった。
「見られて困るようなもの……?」
 以前にもクレインは視聴室のシステム自体にアクセスしたことはある。確かにそのときも、保護されて入れない場所はあった。パーソナルデータか何かがしまわれているのだろうかと思って、そのときにはあまり気にしなかったが。
「地図に見てはならない場所があるのですか?」
 一天は疑問を問いかけるクレインに、苦笑いを浮かべて答えた。
「そんなに大した物じゃないよ。ただまあ、スクールの設備ではあるけれど、地図の上からは見えなくなっているものもあるだけさ」
 答えになっているような、なっていないような、曖昧さだ。
 しかし理由があって隠されたものならば、それ以上に追求するのも無作法かと思って、クレインはそこでスクールのマップシステムにアクセスをかけた。機械の記憶であるデータを読み取ると、クレインが知っていたそれからは大分更新されていた。
 そして、知らなかったときには気づかなかったが、マップには奇妙な空白部分が確かに存在している。それはセフィロトの一階で判明している部分地図の中に、スクールの設備だけが登録されているようなスタイルの地図なわけだが……
 設備として認識できるのに、何であるかがわからない、そんな場所が数ヶ所あった。……しかも数ヶ所、複数だ。気にはなったけれど、それを聞くのはやはり憚られる気がして……


 それから数十分後。
 クレインは、一人でセフィロトの内部を彷徨っていた。しかも、医院のような入口にも近い比較的安全なエリアとは違う。大分奥まで来ていることは、クレインもわかっていた。
 なぜ一人なのか、なぜ一天がいないのか。端的に言えば、クレインは一天とはぐれて迷っているのである。
 更新された訓練設備を巡っている途中のことだった。初めに訪れたのは射撃場で、クレインはあまり得意ではない、あまり意味のない場所だった。ただ、少し気になったのは、そこの近くに例の「空白設備」があったということ。
 迷った理由はと言えば、それのことを考えていたからかもしれない。一天の案内を、ふとしたはずみに見失って……
 そのまま、はぐれてしまった。
 先日、課程修了の試験の時にもらった端末を出してマップを確認してみたが、ここの部分は記録になかった。さもあらん、予知能力者が作った地図でもない限り、その後に更新された施設など載っているはずはないだろう。
 はたから見たなら、クレインは薄暗いセフィロトの通路を一人で悠々と歩いているように見えたかもしれない。
 だが、内心は大きく違っていた。
 先だっての試験の際には確かに一度、かなり奥まで行って帰ってと往復をしたわけだが、そのときには仲間たちがいた。戦闘のエキスパートも、医療のベテランも。あのときには知識も技術も足りていたわけで……
 一人で十分と言い切れるほどの自信は、クレインにはまだない。
 焦りはあった。このまま一人で出口まで帰ることになった場合、無事に出口までの道がわかるだろうか。今たどっている道は、間違ってはいないか。出口に、あるいはわかっている場所に向かうつもりで、更に奥に入り込んではいないか……不安が心をよぎる。なにより、ここで何らかの『敵』に遭遇したなら。
 ぞっとした。
 戦う方法がないわけではないが、苦戦は必至だ。
 せめて、何か、記憶にある場所に……
 そう思ったとき、ふと視聴室でアクセスしたマップが、脳裏に浮かび上がった。
 意味もなく、ではない。記憶に残っている通路に出られたような気がしたからだ。どこを歩いていても似たような……廃墟のようなセフィロトの通路だが。
 広い通路から狭い道に曲がって、消火栓があって、突き当たりで……記憶の通りに、観音開きの扉がある。そこに見覚えのあるサヴァイ・ハイスクールのステッカーが貼ってあったのが、決め手だった。
 わかる場所に出てこられて帰り道のあてができ、ほっとする反面、クレインはかえって奇妙な緊張を感じた。『そこ』は確か地図上で、『空白の施設』の一つだった場所だからだ。
 扉の奥は、確かにスクールの施設の一つ。だが生徒たちはその中身を自由に知ることができないように、そこは秘密のカーテンで覆われている。
 そんな場所の前に、期せずしてクレインは立っていた。
 その扉を開けてみたくなる衝動に駆られたとしても、何も不自然なことはないだろう。
 クレインは、観音開きの扉の持ち手の部分に手をかけた。
 そっと、引いてみる。
 ……当然のように、鍵がかかっていた。電子キーのようで、クレインの触れたそこからは、『鍵』は見えない。
 クレインは諦めて手を引いた。
 破壊して入ることはできるかもしれなかったが、興味のためにそこまでやるつもりはなかった。
 それからクレインは、来た道を戻るように引き返した。そこからなら、一天とはぐれる前に訪れた訓練場までは戻れるはずだったので……
 後は、タクニウムなどに遭遇しないことを祈るだけだ。
 だが、祈りながら歩く時間は、その後はもうさほど長くはなかった。
「クレイン君」
「Dr.イーティェン」
 すぐに一天と、一緒にクレインを探していたらしい教官の二人に行き会ったからだ。
「無事でよかった。気がついたら、はぐれていて……びっくりしたよ」
「私もです」
 クレインはほっとしながら一天に応え、再会を喜び合い……その心の片隅で、一天とここで行き会ったことの理由を考えていた。
 この奥にある扉。地図上から隠された施設ならば、セキュリティもあるだろうか。クレインが触れたことで、セキュリティは反応したのだろうか。いや、巨大な廃墟セフィロトの、その片隅を利用しただけの施設にそんな高度なセキュリティなどあるだろうか。
 いくつかの疑問が浮かんでは消えていったが……
 ひとまずは、無事に帰れることを喜ぶべきだろう。
「うろうろして、少し疲れてしまいました……ドクター、カフェでお茶でもいただきませんか?」
 考えを振り払うように、クレインは一天に話しかけた。
「いいけど、まだ新しい訓練施設、一つしか回っていないよ」
 はは、と笑って一天は応える。
「そうだ、次が君の得意分野だろう……セキュリティネットワーク介入のシミュレーションルームだよ」
「え、そんなのができたんですか?」
 前にはなかった、とクレイン自身も先ほどの疑念を忘れて身を乗り出すように聞き返す。
「整備屋がジャンクを組み立てたものだから、ちょっと出力が不安定だけどね」
「それは少し触らしてもらいたいですね……お茶は、終わったらで」
「終わったら、ね」
 何事もなかったかのように、次の施設へとクレインたちは進み……


 シミュレーションを堪能した後、クレインと一天はカフェで向かい合っていた。
「お待ちどうさまですぅ」
 席について、注文して、程なく、地元産のコーヒーと、コーヒーゼリーとコーヒーシロップのパフェが運ばれてくる。ここはいわゆる『学食』で、早くて安くて美味いという学食における必須要素は押さえているらしい。
 ウェイトレスは美青年二人のテーブルに、にこやかにカップとグラスを置いていった。
 甘いものはクレインの注文だ。迷子になって疲れた上に、最後に頭を酷使するシミュレーションをプレイして、強く糖分不足を感じている。
 テーブルに乗ったパフェに、クレインは早速スプーンを入れて……
「どうだった?」
 そこで、笑顔で一天は感想を求めてきた。
「……まだまだ、初心者の域を脱し切れていないようです。そう改めて、思いました」
 一口クリームを口に運んでから、クレインは神妙な顔つきで応えた。
「おや、けっこういい線いっていたように見えたけれどね」
「ああ、シミュレーションは……」
 シミュレーションは入力がキーボードだけなので、いささか時間制限が気になったが、クレインの成績は悪くなかった。直接入力できる技能があれば、もう少し時間短縮が可能なのかもしれない。
「それなりでしたけれど」
 まあ、色々と、と言葉を濁す。
 セフィロトの一階の部分にも、まだまだ知らないことが多いことを思い知らされたというのが本当の感想だ。卒業したはずの学校の秘密さえ、卒業してから知るなどとはと。
 いつかあの扉の向こうにも、行くことがあるだろうかと思いながら……
 もう一口、クレインはパフェを口に運んだ。
 上の階へ踏み込む日が来るころには、秘密の扉を開ける資格も得られるだろうかと。


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■□□□登場人物(この物語に登場した人物の一覧)□□□■
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【0474/クレイン・ガーランド/男/36歳?/作曲家】

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■□□□□□□□□□□ライター通信□□□□□□□□□□■
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 発注ありがとうございました。ようやくお届けいたします、いかがでしたでしょうか。いつもではありますが、納品までかなり時間をいただいております〜(汗)。今回は、受けてからの納品までの間にスランプ気味の期間を挟んで、ちょっとドキドキでした(汗)。
 今回はネタが消化不良気味かもしれません。施設襲撃の迎撃とか秘密施設とか色々は、今後また何かの形で出したいかな? と思っていますので、良かったらまた遊びにきてくださいね〜。