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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


□■□■ まっしろなおはなし   −牧場に行こう ☆ 食いまくり隊編− ■□■□



 セフィロトからの距離百キロほどのところに牧場地が出来たのは、数年前のことだった。世界的かつ慢性的な食糧難は例に漏れず南米も襲っていたが、昨今は、少なくともこの地域においては多少解消されている。と言うのも、牧場主が多彩な才覚のある女性で、土地に根付くよう植物や動物に様々な品種改良を加えて来たためである。
 山賊のようなエスパーやサイバーも多数いたが、それらの殆どが牧場に就職となった。また、銃器などの危険物と生産物の交換も行っていたことから、蔓延していた銃火器も回収される。一帯の治安は、向上していた。

「誰だって食べられない銃よりは今日のパンを優先するものよ」

 牧場主、ジェミリアス・ボナパルトは、笑って銃を受け取る。
 錆びてもう使えないゴミのような代物だが、銃には変わりない。代わりの花を手渡せば、老婆は皺だらけの顔を綻ばせた。わざわざ探して来なくたって、信用売買ぐらいするのに。思いながらも、彼らのプライドのためなのだから、口には出さない。

 視線を転じれば、見知った顔が団体でやって来る。
 彼女は軽く片手を上げて、挨拶した。

「ようこそ、私の牧場へ――さて、楽しく騒ぎましょうか!」

■□■□■

「それにしても、本当に広い牧場なんですねぇ……ぁう!」
「ッと! エリア……こけるのはセフィロトの中だけじゃなかったのか」
「あら、ありがとうございますぅ〜」

 きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていたエリア・スチールが何もない地面で何故か躓いて身体を傾がせるのを、アルベルト・ルールが支える。ふにゃりと浮かべられた笑顔に苦笑を返し、彼は溜息を吐いた。背後から刺さってくる視線が、つらい。とてつもなく、つらい。

 バーベキュー大会に格式ばったものも必要ないだろう。呼んだのも懇意にしている取引相手ばかりだと、母であるジェミリアスには言われていた。それでも結構な数にはなるだろうと踏んではいたが――それにしても、とアルベルトは思う。背中に貼り付いて来る視線を発しているのは、着飾った妙齢の女性達だった。
 彼女達の親は、取引きの関係で面識がある。たまに出席する社交界のパーティなどで同席したことも少なくは無い、経営者としては優秀で、それなりに人格も出来ている人々ばかりだ。が、やはり、子供の事となるとそういった才覚は、確実に鈍らされる。
 親族同伴を許可したのが失敗だったのか、彼には大勢の女性が群がっていた。
 女性嫌いではない、と言うかフェミニストではあるのだが、ここまで過ぎれば正直疲れが来る。互いに牽制しあう女の戦いが朝からずっと目の前で繰り広げられているのだから、疲労の度合いは本当に激しかった。出来ることならば今すぐエスケープしたいのだが、ホストの立場ではそうもいかない。何か違う意味のホストになりかけているような気は、激しく、するが。

「アルベルト様、どうなさいましたのぉ? なんだか随分疲れているような気配ですが〜」
「ん、ちょっと人生の荒波と戦っている真っ最中で……えっと、他の皆も一緒に来てるんだよな? J・Bや伊達は?」
「J・B様は入り口でジェミリアス様とお話中ですわ〜……それと、伊達様はそこに」

 そこ?
 そこですの。

 白く細い指先がつい、と指差した方向には、バーベキューグリルが並んでいた。牧場での雇い人達が汗を流しながら、串を引っ繰り返している。そして、そこに、ちょこまかと動き回る影が見えた。
 ただ動いているだけと言うわけではなく、焼き上がった肉を片っ端から奪い取り、そして食っている。シャツにジーンズというラフな格好はあまり見慣れないが、憶えのある後姿ではあった。挨拶もそこそこに、食い付いているのか――はぁあッと巨大な溜息を吐いたアルベルトの様子に、エリアはくすくすと笑みを漏らす。

「私も食べさせていただきますね〜、後で色々と案内をお願い致しますわ」
「後でと言わず今からでも……」
「後ろの方々が怖いので、遠慮させていただきますぅ」

 瘴気、もとい殺気、もといもとい嫉妬の視線を軽々と受け流しながらエリアはグリルへと向かう。アルベルトはその後姿を未練がましく見詰めながらも、多少引き攣った笑顔を貼り付けて、女性達の方へと向かった。

■□■□■

「いっやー、しかし、すっごいねぇ……うん、古今東西人の食う肉が全部集まってる感じっての? そーいや俺、バーベキューは始めてだわ」
「おう、ちゃんと串はそこのバケツに返すんじゃぞ。そこらに放ると動物が脚をいためるかもしれんでな。我輩もこういう大騒ぎは久し振りじゃのう、加奈子さんの飯も良いが、たまにはこういうのも良いわい」

 話しながらも決して食事の手が止まっていないのが凄い所かもしれない、笑みを浮かべながらジェミリアスは、伊達剣人とJ・B・ハート・Jr.の様子を眺めていた。丸太で作った椅子に腰掛ける二人の脇には、串の山と肉の山がそれぞれ左右に築かれている。そして、肉の山は積まれると同時に削られていくという状態だった。
 毎晩のようにヘブンズドアの酒場で一緒になっているのだから、楽しみにしていたのは知っていた。食いまくるとは言っていたが、ここまで宣言通りの行動を取られるといっそおかしさが込み上げてくる。一応多めに肉や野菜を用意していたつもりなのだが、この分では夜までにすっかり平らげられてしまいそうだった。

「おう、そーいやJ・B、その袋はなんなんだ? さっきから気になってたんだけど」

 言いながら串に齧り付き、剣人は視線でJ・Bの足元にある皮袋を指した。確か今日は殆ど手ぶらでやって来たはずだったし、行きの車の中では見掛けなかったもののように思う。入り口のボディチェックで随分長いこと時間を食っていたのだから、いつも通りに鞭や銃の類を持って来てはいたのだろうが――がはは、とJ・Bが笑って、袋を叩く。中からは水のようなものが揺れる、ちゃぽん、と言う音が響いていた。

「いやいや、入り口のチェックがあったじゃろ? 銃と鞭を預けたんで、生産物が貰えてな。ハムとワインを選んだんじゃが、中々に良いもんだっんでなー、家に持って帰るかここで食ってしまうか少々迷っておるところなのじゃ」
「奥さんへの土産にしとけよ、つっても、奥さんが酒駄目ならワインはここで飲んじまっても良いかもな……俺は武器の類は扱わねぇから貰えなかったんだよな。ESPが預けられりゃ良いのによー」
「流石に、それは無理ですよぉ」

 くすくすと笑いながらエリアが二人の方へと脚を進めて来るのに、J・Bは身体をずらしてベンチにスペースを作った。ぺこりと頭を下げて彼女は腰を下ろす。その手に持った皿には、野菜を中心にした串が数本乗せられていた。二人が選んだ串とは真逆と言うか、対称である。はむ、と控え目に口に含み、エリアはにっこり笑って見せた。

「わたくしも今日は武器の類を持って来ませんでしたけれど、こんなに美味しいお野菜を食べられるのならお土産なんて贅沢ですわ。やっぱり、取れたては美味しくて良いですわね……二人ともお肉ばかり食べていてはいけませんよぉ?」

 言われて二人は顔を見合わせ、苦笑する。確かに肉ばかりを取っていてはいけないのだろうが、やはり野菜よりは肉の方が単純な美味さを味わえるのだった。それに、各種の肉が取り揃えられているので、どうしても制覇したい心地にさせられる。牛や豚は一般的だが、羊はあまり出回っていないし、ワニは尚更だった。何でも近所の川で釣れたらしいのだが、中々癖が無い味で馴染む。
 他にも何の肉だか判らないようなのが多々混じってはいるが、毒にはならないだろう。珍しいものもあるのだから、ここは食っておかなくては損なのだし。あむ、と剣人串を二本口元に寄せる、焼けた胡椒の香ばしいにおいがした。

「んー、取り敢えずあと四・五皿食ったら、野菜にも手ぇ付けるかね。エリアももっと肉食わないとバテるぞー? 体力付けるにゃ肉が一番だ! そーいやタクトニムにも肉が見えてるやつとかたまにいるけど、アレって食ったら美味いのかな」
「流石にあれには食欲湧かんな、我輩は……まあ、若いうちはちゃんとバランスよく肉も野菜も食うのが良いじゃろな。我輩ぐらいになると肉だけでも良いもんじゃ!」
「普通はお年を召しますとお肉の消化がつらくなると思うのですけれどぉ〜……わたくしはお肉よりも、アイスを食べに行く予定ですから」

 大災害によって世界が荒廃した直後には、とにかく食糧が高騰した。貨幣経済も破綻していたので、高騰と言うよりはそれ自体が価値だったのかもしれない。略奪は日常茶飯事で、とにかく食えるものは何でも食っていたような気がする――ふっと、J・Bは頭を掠めた昔の記憶に焦点を向ける。
 あの頃はとにかく生きるのに必死だったから、えり好みなどしていられなかった。正直、こんな風に食い放題のバーベキュー大会が開けるようにまで世界が回復するとは思えなかったし、ピラニアとヒツジの意外なコラボレーションに驚く日が来るとも思えなかったような気がする。むしろ、ピラニアが食える味だと言うことに驚いている、かも。
 まあ、とにかく今は楽しんでいれば良いだけだ。ビジターとしてセフィロトに住み着くようになってからは息抜きなどヘブンズドアぐらいでしか出来なかったのだし。傍らのビールジョッキを掴み、一気に喉へと流し込めば、ちりちりと炭酸が喉を過ぎて行く。

「ッんぐ!!」
「あら、伊達様が真っ青ですわ〜」
「ぬを、肉でも詰まらせたか、水分水分……しまった、我輩が今飲んでしまったばかりか!?」
「大変ですねぇ、どなたかお水をお願いしますぅ〜」
「むう、こうなれば、許せ日本男児ィ!!」
「げふげふげふげふげふぅッ!!」

 J・Bが剣人の背中を強打する、違う意味で、彼の顔が更に蒼褪めた。

■□■□■

「ハァイ黒丸ちゃん、はかどっているかしら?」
「これは、ご主人様」

 いつものように深々と頭を下げて見せたシュワルツ・ゼーベアに軽く手を上げることで挨拶をしながら、ジェミリアスは辺りを見回した。小さく簡単な作りのショップ、ガラスケースの向こう側に立っているシュワルツのエプロンに描かれた可愛らしいウサギを視界の端に入れながら、彼女は店内を眺める。やはり、女性客が多いらしい。

 飼育している牛達から摂れる大量のミルクで何か乳製品を作ろうと考え、浮かんだのはアイスクリームだった。赤道近くのこと、気温は年中高めである。冷菓ならばいつでも需要があるだろうと始めてみれば、近隣にも中々の好評だった。今日は招待客達も詰め掛けているので、多少いつもより店内も騒がしい。だが賑わっているのは素直に喜ぶべき所だろう、ジェミリアスはサングラスをずらして、シュワルツを見上げる。

「貴方のお客様達はどうしたのかしら、店内にいるの?」
「ええ、テラスでそれぞれお召し上がり中でございます。ご主人様も何かお召し上がりになられますか?」
「そうね、バーベキューの方に差し入れしようと思ったのだけれど……エリアさんは確か、イチゴアイスだったわよね。肉食二人組は何が良いかしら、清涼感ならミントだけれど――」
「エリアのならいらないぞ、おふくろ」
「ん?」

 聞こえた声に視線を転じれば、ゼェゼェと些か吐息荒い状態でアルベルトがドアを開けているところだった。その小脇にはエリアがちょこんと佇んでいる。ガラスケースの中のアイスを見止めると同時に、彼女の眼がきらりん! と輝いた――ぺたッとケースに張り付く姿が幼い子供のようで、ジェミリアスは小さく吹き出す。シュワルツもまた、微笑を浮かべて見せた。

「イチゴ……イチゴアイス、見つけましたわぁっ。シュワルツ様、こちらのイチゴアイスを三段重ねでお願い致しますぅ」
「三段、でございますか? そうお急ぎにならずとも、二つほどで」
「大丈夫ですぅ、このためにお腹は空けておきましたもの……あら、イチゴミルクもあるのですね、マーブルも……こちらの三種、一段ずつにして下さいな」
「は、はい、かしこまりました、少々お待ちを」

 目を輝かせるエリアへと苦笑を向けるアルベルトに、ジェミリアスが訝しげな視線を投げ掛ける。気付いた彼は、首を傾げて見せた。

「なんだよ、おふくろ」
「いいえ、どうやら後ろに誰もいないようなのがおかしいと思って……朝からずぅっとお嬢さん達に囲まれていたはずでしょう、あなた。まさかエリアさんをダシに逃げてきたんじゃないでしょうね」
「ひ、人聞きの悪いこと言うなよっ! ダシになんかしてない、約束だったから案内してきただけで……」
「わたくしが声を掛けるまではげっそりしておられましたけどぉ、今は大分顔色がよろしいようですわ」

 …………。
 逃げたわね?
 知りません勘弁してください。

 いちご、甘いですわ〜。
 お口に合われたのでしたら幸いです。

 光と影、inアイスクリームショップの図だった。

■□■□■

 ヒツジが一匹。
 別に眠いわけではない。
 ヒツジが一匹。
 現実に、そこに、いた。

「ひゃっほぅい、走れ走れ走れぇえええぇい!!」
「走らすなこの酔っ払いがぁあああ!!」

 レスター種の改良型で肉付き良し、体毛柔らかめ、ただし少々性格凶暴傾向――ジェミリアスの言葉を思い出しながら、剣人は牧場を走り回っていた。その後ろには百キロはゆうに超えているだろう巨大なヒツジが迫り、挙句、その背中には酔っ払いが乗っている。
 ヒツジロデオを楽しみにしていたのは知っているが、そんな危険なことを酔っ払いながらやるとは思っていなかった。真っ赤な顔で奇声とも悲鳴とも取れるような声を上げながら、トレードマークのテンガロンを押さえつつヒツジを乗り回すJ・Bを恨みつつ、とにかく走り回る――止まったら最後、古史にある闘牛士の如く、ボロキレ状に踏まれるだろう未来が待ち受けているのだから。

 ビールを樽で空けるほどに飲み明かした後でシュワルツがヒツジを連れてきたのは、ひとえに間が悪かったとしか言いようが無い。酔っ払いと言うのは自分の行動が周囲にどんな影響を及ぼすものか考えず、とにかく、突っ走る。否、突っ走らせる。状況を転がすぐらいならば他愛なく可愛いものなのだが、流石に獰猛なヒツジを転がすのは勘弁して欲しかった――たらふく食ってたらふく飲んで、御機嫌だった心地が半分はフッ飛んでいる。

 何が悲しゅうて、ヒツジと徒競走。
 しかも、酔っ払い大はしゃぎ中。

「ああ、鞭がないとなにやら物足りんのーぅ、ほれほれほれほれもっと暴れんかーい!!」
「叩くな叩くな叩くな! そして角を持ってやるな、むしろ走らすな、いや根本、俺に向かってくるなぁあ!!」
「ヒツジがお前さんを好いてるんじゃ、ありがたく思え! 昼間に思いっきり食ったんじゃろうがー! 我輩も食ったがな、がはははは!」
「ヒツジの復讐かぁあ!?」

 げふ、と込み上げてくる感覚に剣人は口元を押さえる。いかん、食いすぎた――思えば昼近くに牧場についてから、殆ど食いっぱなしだったように思う。ビールやらワインやらと酒精も随分取ったので、運動能力は著しく低下中だった。対してヒツジ、絶好調に大暴れ中――単純に逃げ回っているだけでは、確実に、ヤられる。
 命の危険があるのはセフィロトのはずなのに、こんな暢気なインターミッションで生命維持レッドゾーン体験なんてするのは御免だ。剣人は一気に速度を上げ、それから、急停止する。ある程度距離を取れば追いつかれるまでに時間は稼げるだろう、僅かで良い、その間に彼は精神を集中する。
 手の中から出て来たのは、炎の聖剣だった。

「んぉお、なんか明るいのうー? あれか、UFOか。牧場にキャトルミューティレーションしにきたんかのう? むぅう許さんぞ、これは我輩の肉じゃー!!」
「いつまで、もッ……酔っ払ってんじゃねぇえええぇぇえ!!」
「ぬを、危なッ!!」

 放牧地の真ん中に火柱が上がる。
 後に残ったのは、ヒツジの丸焼きだった。

「……毛刈りしてからロデオに廻せば良かったかしらねぇ、黒丸ちゃん」
「いえ、まだ食用ではございませんでしたので……」
「あら、このチーズ美味しいんですね〜、アルベルト様、あーん」
「げ、げふッ!! どこからともなく視線の圧力が! お嬢さん達のオーラがぁあぁ!!」

 優雅にワインを傾けるジェミリアスにチーズの皿を出しながら、シュワルツは苦笑する。
 バカンスは、三日続く。
 まだまだ楽しいトラブルは続きそうだが――

(……。仔猫達が巻き添えになっていなければ良いのですが……)

 シュワルツの心配もまた、絶えないらしかった。


■□■□■ 参加PL一覧 ■□■□■

0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 三十八歳 / 女性 / エスパー
0599 / J・B・ハート・Jr.  / 七十八歳 / 男性 / エキスパート
0552 / アルベルト・ルール    /  二十歳 / 男性 / エスパー
0607 / シュワルツ・ゼーベア   / 二十四歳 / 男性 / オールサイバー
0592 / エリア・スチール     /  十六歳 / 女性 / エスパー
0351 / 伊達剣人         / 二十三歳 / 男性 / エスパー

<受付順>


■□■□■ ライター戯言 ■□■□■

 初めまして、二度目まして、三度目まして(笑) この度は自由シナリオ『まっしろなおはなし』のご利用頂きありがとうございました、ライターの哉色です。早速納品させて頂きますっ。
 バカンス的な催しでしたので暢気かつ平和かつハードなコミカルに、とよく判らない心がけでおりましたところ、よく判らない空気になってしまい…ヒツジのような暴走ッぷりになってしまったのですが、少しでもお楽しみ頂けていれば幸いです。癒され隊編もありますので、よろしければ合わせてご覧下さいませ。それでは失礼致しますっ。