PSYCOMASTERS TOP
新しいページを見るクリエーター別で見る商品一覧を見る前のページへ


<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【居住区】誰もいない街
ココロの定義

千秋志庵

 ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
 どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
 どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
 しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
 そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
 中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。

 “彼”は今もその場で、静かに亡骸を風化させぬままに佇んでいた。

「……よお、久し振り」
 前回に訪れたときよりも一層瓦礫の増えた路地を進んでいく。神代秀流はMSを操りながらも、注意深く周囲を見渡した。以前闘った“敵”であった者の残骸はかつてと同じように、だがこの場の“護り手”であったが故に一帯は荒れ果ててはいた。下手をすれば“彼”の体は脆くも崩れ去ってしまいそうな感覚に陥り、誰もが近付くことを躊躇われてしまうほどになる。彼の数歩前には、片桐璃菜が“生身”の状態で危なっかしくも進んでいる。足を取られそうになる度に何度も周囲を冷や冷やさせていたが、何とか目立つ怪我は一つも作らずに目的地まで到達した。
「また会ったね」
 壊れたシンクタンクに擦り寄り、璃菜は頬をつけた。冷たさと砂の感触も全く気にならない。それほどの高揚を胸に、言葉を紡いでいく。
「やっぱり、私のわがまま。……でも、一緒に行こう」
 “彼”のメモリが無事であるか否かは不明。自律行動を備えることは無理かもしれないが、サポートAI付きの戦車に改装出来るかもしれないという期待を伴って、秀流ら一行はその地へと赴いていた。それは“ココロ”を所有した“彼”を殺してしまったことによる後ろめたさのせいだけであるかと思っていたのだが、それだけではないようだ。意外にも自分がポジティブな思考を持ち合わせていたことに驚きつつも、少ない希望を見出せたことで璃菜が笑顔をみせたことの方が大きかったのだということに気付く。
「もう、独りにしないよ」
 そう呟いて、璃菜は“彼”から離れた。後方から来ていた戦車に牽引されたリアカーに乗せられるのを呆けた顔で見ながら、やがてぺたりと地面に尻をつけた。
「どした? 疲れたのか? レディの一人くらい、抱いていってやるが?」
 秀流と同じくMSを操っているサミアッド・アリの言葉に、璃菜は丁寧に拒絶の意を示す。心配そうな声を流しつつ、立ち上がって埃を叩いて笑顔を見せた。サミアッドは不承不承ながらも引き、仕方がないと言ったように笑った。
「でも、本当にやばいんなら、アルゴスの乗ってる戦車……の後ろのリアカーにでも乗った方がいいぜ」
「……こいつの意見にはあまり同意はしたくないが、璃菜、本当にきつかったら乗ってけよ」
 秀流とサミアッドの提案に、璃菜は渋々同意する。車といっても、シンクタンクを乗せているリアカーなのだが、“彼”と一緒だったら大丈夫だろう。そう自分自身に言い聞かせ、璃菜は停車中の戦車へと駆け寄った。
 こんこんと戦車の上部を叩くと、礼儀正しい声が返ってくる。
「璃菜さんですか? どうしました?」
 律儀にも戦車から出て対応したのは、アルゴス・ウォーリーだった。後ろのリアカーに乗っても大丈夫かどうかという問いに、アルゴスは二つ返事で快諾した。
「璃菜さんくらいの体重でしたら、万に一つでも重量オーバーその他諸々で壊れるという可能性はないでしょう。ですが、居心地悪いと思いますから、気分が悪くなったら遠慮なく申してくださいね」
 その心遣いに感謝しながら、璃菜はリアカーに乗り込んだ。秀流とサミアッドのMSを残して進んでいく。
「よお、璃菜ちゃん。平気か? 顔色あんまりよくみたいやで?」
 陽気な声に顔をあげると、エドワード・ナセルがこちらを覗き込んでいた。とはいっても、MS越しではあったが。
 エドワードは秀流やサミアット、アルゴスとは別働隊で作業を終えての合流であり、その内容とは地雷設置である。“彼”の死亡後に変わった勢力図によってここいら一帯は危険区域と化し、下手をしたら囲まれて全滅する可能性があったのだが、幾つか策と調査によって退路を切り開いておこうという提案からだった。秀流とサミアッドの二名は、万が一に備えての足止めの役割を受け持っていた。
 エドワードはリアカーに揺られる璃菜に並走しながら、声を掛け続けた。
「なんや、具合悪いんやったら、休憩した方がええんとちゃう?」
「……ちょっとだけ、感傷に耽っていただけです。“彼”を待たせちゃった申し訳なさとか、色々」
 作った笑顔にエドワードはMS越しに苦笑して、器用に璃菜の頭を撫でてやる。
「今はこれで堪忍な。戻ったら秀流に思いっきり撫でられたら、ええ」
 くすぐったそうに璃菜は微笑み、力一杯頷いた。
 そのとき、爆音が轟いた。
 急停車によって戦車の後部にリアカーがぶつけられ、璃菜の体が“彼”を乗り越えて前方へと転がっていく。慌てて駆け寄るエドワードが近付いていくと、額を抑えながら璃菜が立ち上がった。
「どうしたの?」
「多分、出た」
「出たって、何が?」
 問いに、エドワードが口ごもる。代わりに戦車から顔を出したアルゴスが答えた。
「タクトニウムでしょうね」
「……ああ。念のためにタクトニウムの相手用に地雷を仕掛けといたんや。それが爆発したってことは、既に向こうはあまりよろしくない状況ってことやな。縄張り情報からは外れてるはずやったんいやけど、アテにならへん情報やったな」
「!?」
 前のめりになりながら璃菜がリアカーから降り、秀流とサミアッドのいる場所へと戻ろうとする。が、前方に立ち塞がったエドワードのせいで、急停止を余儀なくされた。
「どいてください!」
「いって、どうするんや?」
「だって、秀流がまだあそこに……」
「行ったとして、戦力外であるのは否めないでしょうね」
 冷静なアルゴスの言葉に、璃菜はあからさまに不快な態度を取ってみせる。
「それもあるけど、あいつらがすぐにくたばる人間でもないだろうしな」
 エドワードの苦笑交じりの声と裏腹に感じる緊迫感に、璃菜は事態の深刻さを痛感した。ここで自分が駄々をこねても仕方がないのだ、と。悔しく思いながらも、それもまた事実の一つ。
「……私は何をすれば、お役に立てるの?」
 璃菜はそう答えるので精一杯だった。
 MS越しに、エドワードがにやりと笑う。
「いい答えです」
 アルゴスは戦車から飛び降りると、彼女に幾つかの作戦を与えた。どれを使うかはそちらの判断に任せる、という言葉を残して、再び戦車へと戻っていく。
 与えられた時間は大して多くない。故に、あまりのんびりとした行動を起こすということも無理だろう。
 璃菜はエドワードへと声を掛け彼のMSの上に乗せてもらうと、自分の作戦を彼に話した。
 アルゴスは時間ぎりぎりまで粘ったあと、彼らのいる位置に砲弾の発射を実行する。それは他地区への被害の軽減と、自分らの安全の保護。それらを天秤に掛けた結果だという。
「ということは、その“時間”とやらが来る前に、二人がこっちに来るようにサポートすればいいんやな」
「或いは、砲弾の軌道上に入らないように、かな」
「それと地雷の位置の報告。これは俺の方が詳しいから、説明は任せろ」
 感謝します、と。片割れの身を案じて流した涙を拭いながら、璃菜は静かに前方を見据えていた。
 “彼”の亡骸はリアカーの上にただ置かれていたのだが、
「…………?」
 濁った眼が不安と期待、様々な想いを携えて灰色の上空と璃菜を見ていたように思えたのは、果たして気のせいだったのだろうか。

 タクトニウムの攻撃を流しつつ、秀流は璃菜からの声に耳を傾ける。退路への指示は今の二人にとっては非常に従いにくいものだと答えたら、彼女は代わりに幾つか仕掛けられている策を話し出した。時間と方角の指示はするので、そのときには避けるように、と。
「……地雷に、アルゴス砲撃、か。早く離脱した方がいいみたいだな。ある程度まで減らさないと、向こうに被害が及ぶ訳だけど」
 秀流の声に、サミアッドが同意する。
「しかしまあ、人数というか匹数というか、多いよな」
 爆音が何の合図だということは予め話を付けていたが、まさかこれほどまで早くも集結してくるとは思わなかった。何とか手はずを整え“彼”の回収は済む。ここまでは予想済みだ。問題は縄張りの変化と秩序の崩壊。タクトニウムがこの居住区にも大量に現れるようになり、同時に縄張り意識のようなものが一層高くなっていたということに尽きる。
 超振動ナイフをさばきながら、サミアッドは敵の体を貫いていく。
「璃菜の方は、いいのか?」
 スタビライザーで敵の頭を粉砕しながら、だが不意打ちを食らって倒れ込んだ秀流はサミアッドの横腹へと転がっていく。
「ああ、こっちにいた方が危険だ。向こうなら、戦争のプロがいる。よっぽどのことがない限り、無事だ」
「無事ねえ。確かに、調べではあそこら辺は“いざ”ってのが使えるからな」
 バランスを崩して隙だらけの秀流へと襲い掛かる爪を、サミアッドは軽い動作で腕ごと斬り落とす。噴き出る血液を避けるかのように一歩飛び退けると、再びナイフを構えた。
「気ぃ抜くな!」
 叱責には反応がない。動きはある。が、防戦一方なことに不信感を抱きつつも、サミアッドは敵へと突進していった。
 時折各所で爆発する地雷によって、数体のタクトニウムが胴体を分断させられる。それでもなお殺意を込めた目で二人を睨み続ける命を、彼らは躊躇することなく断ち切ってやった。
 逃げるまで時間は、まだある。
「どうした、秀流?」
 粗方片付けた戦場で、秀流はぼそりと口にした。
「……“彼”とこいつら、って、何が、違うんだろうな、って、ふと、思って、さ」
 途切れ途切れに聞こえる声に、笑い声が響く。
「なんだよ」
「いや、別に。くだらないことで悩んでるな、って」
 沈黙が返され、サミアッドの溜息が聞こえる。
「“ココロ”の有無だろ、璃菜の言葉を借りると? 殺意だけしかないのがこいつら。で違うのが“彼”」
「…………」
「納得いかない、って感じだな。そうだな、或いは違いなんてないかもしれない。ただ、“個”で生きているってことが、群れじゃないと生きていけない俺らにとっては異様に見えたのかもしれないしな」
 彼方から、新たなタクトニウムの大群がこちらへとやってくる光景が視界に入る。緩慢な動作で動きながら、サミアッドは退避を開始した。
「そろそろ逃げた方が良さそうだな。璃菜はどうしろ、って言ってるんだ?」
「……アルゴスが砲撃を開始するそうだ。撤退せよとのこと」
 アイアイサー、とおどけた様子を見せ、サミアッドは既に去った三人の進んだ道へとMSを向かわせる。後方を振り返り、秀流が未だに立ち尽くしていることに軽い疲れの色を見せる。ぼそりと呟くように秀流は言った。
「訊いてみる」
「は?」
「メモリが無事か分からない。でも出来るだけ、“ココロ”ってヤツを残してやりたい。残して、聞いてみる。『一体他のタクトニウムと何が違うんだ』って」
 それだけを自分自身へと言い聞かせると、可笑しそうに笑うサミアッドの元へ、秀流は駆けていった。
 数秒後に後方で爆発が起こり、タクトニウムの第二陣が殲滅される。
 二人は振り返ることもせずに。
 エドワードのMSの上で手を振っている璃菜の元へと、駆けていった。

 “ココロ”の在り処は所詮後付だ、と誰かが帰り際に口にした。
 元から存在しているものを、そのように呼ぶか否かは人間が適当に決めているだけであると。

 二人はそんなやり取りを耳に、“彼”が目覚めることをどこかで期待していた。
 答えを与えることを、切望していた。





【END】

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

【整理番号(NPCID)】 PC名
【0577】神代秀流
【0010】エドワード・ナセル
【0048】サミアッド・アリ
【0580】高桐璃菜
【0611】アルゴス・ウォーリ

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“彼”の話の続編です。
また彼らを描けることが出来、とても嬉しく思っています。
戦闘よりも心情がメインとさせていただきましただ、いかがでしたでしょうか。
“ココロ”の在り処は“彼”に存在していたのか。
“ココロ”というものは、そもそも存在しているのか。
相変わらずながら執筆中に深く考え込んでしまいました。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝