|
【繁華街】ヘブンズドア
ゴールデン・ナイト
ライター:月村ツバサ
◆1◆
繁華街にあるカジノ「ナイトシェアリング」は、先日の騒動からなんとか回復して通常通りの営業を始めていた。内装やカジノ設備の復旧に力を入れすぎて、肝心の窓が入っていない状態だが。
「情けない外見ねえ……」
白神・空は、通りから建物を眺めて嘆息した。けれど、外見などこの際どうでも良いことだ。興味があるのは中身である。さらに言えば、ここで働いているバニーガールたち。可愛らしいシェリオンとアリッサに会おうと思いふらりとこんな所まで来たのである。
入り口に近づくと、いっちょ前に警備員が立っていて空にボディチェックを迫ってきた。下心を隠そうとしない視線が汚らしい。すかさず懐からゴールド会員証を取り出し、中指と人差し指で挟んで差し出す。
「これは……っ」
「幻のゴールデン会員証かっ!?」
威圧的だった警備員たちの態度が180度変わった。どうやら先のタクトニム襲撃事件での功労者にこの会員証が渡ったという事実はばっちり行き届いているようだ。
「し…白神空様でございますね。どうぞ中へ…」
屈強な男たちが腰を低くして空を迎え入れ、中からはオーナーが駆けつける。もちろん揉み手をしてのお出迎えだ。しかし、以前より少しほっそりとしたようだ。
「来てくださるならば一言先に言っていただければ最高のおもてなしの準備を致しましたのに」
「そんなおもてなしなんて望んでないわ。あたしが欲しいのは一つだけ。…ああ、厳密には一つじゃないか」
唇に人差し指を当てながら辺りを見渡す。所々壊れた建物をなんとか装飾でカバーしてインテリアの一部としている手腕だけは認めよう。と、銀のトレーを持ったバニーガールが物陰から現れた。途中で空に気付き、嬉しそうに頬を染める。空はそれにひらひらと手を振って答えた。誰にも聞こえないようそっと呟く。
「遊びにきたわよ、ウサギちゃんたち」
◆2◆
かといって、いきなりバニーガールを誘うような無粋な真似は、空の好む所ではなかった。よって、まずはカジノで軽く遊んでいくことにする。タクトニムが1番暴れた階は、すでに修繕されて内装もすっかり様変わりしていた。
「前よりはマシになったかな」
「ありがとうございます」
すぐ後ろから返事が返ってきた。独り言だったのに。オーナーが付きまとっていると何かとやりづらい。それ以前にうっとうしい。そろそろどこかへ行ってくれないだろうか。まさか、見張っている? 何かひとこと言ってやろうかと思ったその時、誰かがオーナーに話しかけてきた。ようやく野暮ったい見張りから開放される。
「――あ、シェリオン。カクテルを一つもらえる?」
「は、はい! 喜んで!」
空いたグラスを運んでいたシェリオンに声をかけると、心の底から嬉しそうな声で返事をしてパタパタと小走りに駆けていった。琥珀色の液体が入ったグラスを持って空のもとへやってくる。
「ありがと。元気そうで良かったわ」
「空さんもお元気そうで、何よりです。あ、あの……また会えて嬉しいです」
ぺこっとお辞儀をすると、おそらく真っ赤になっているであろう顔を隠すように俯きながら小走りに去っていく。
「シェリオンこそ、かわいらしいままで何よりだわ」
つい笑みがこぼれる。
「可愛いな〜……」
空のすぐ隣からうっとりとした声がした。黒いスーツを着た用心棒のようだが、まだ年が若いのとかもし出す雰囲気がスーツとはミスマッチだ。
「あなたは? バニーガールに見とれてる場合じゃないんじゃない?」
空が声をかけると、慌てて姿勢をただし、照れたような笑顔で誤魔化す。スーツをブレザーにみたてれば、高校生くらいに見える。裏表のなさそうな少年だ。
「割りの良い短期労働なんだよ、ここってさ」
空が聞いてもいないのに、少年は小声で話し始めた。聞かせてあげるから見とれていたことは他言無用ということか。
「前に、タクトニムにお店を壊されたらしいんだ。それからオーナーがびびったらしくて、用心棒を今までの倍置くことにしたんだって。募集の張り紙見てさ、応募してみたら採用されたんだ」
最後の一言だけ妙に嬉しそうに言うと胸を張る。制服支給なのが、もしかしたら相当嬉しいのかもしれない。空は一言かけてやった。
「頑張ってウサギちゃんたちを守ってあげてね」
「当たり前だって!」
「でも、手は出しちゃだめよ。特にあの二人はね」
「え?」
空が視線で指し示した先には、もちろん二人のバニーガールがいた。
◆3◆
強すぎる。相手がではない。自分が、だ。わざと負ける方法がわからないわけじゃない。けれど、分かっているのにそれをまざまざと見逃すのが少し悔しいのだ。
「お嬢さん、お強いですね。あなたの強運と美貌とで店をつぶされかねないですよ。要注意だ」
なんて、ディーラーの青年はイタリアの血をひいているのか陽気に話すが、目は笑っていない。テーブルには山と積まれたいろとりどりのチップ。そろそろ崩しておかないとこれから自分のすることに対して都合が悪い。
「――じゃあ、次はこの半分賭けてみようかしら」
わざと大きく出て、大げさに負けをアピールする。チップの山が崩れていき、その分場の雰囲気が和らいだ。こんな賭け事の結果がどうなろうと、構わないのだ。
「勝利の女神も、そろそろあたしに飽きたのかな」
肩をすくめて軽口を叩き、自然な動作でその場から去る。すれ違う風を装い、赤毛のバニーガールに声をかけた。
「アリッサ、お久しぶり」
「あ、空さま、お久しぶりです! 遊びに来てくださったんですね。嬉しいです」
「あたしも嬉しいわ。ねぇ、アリッサ。今日は何時にあがりなの?」
「もうすぐですよ。シェリオンも多分、あと5分くらいで」
フロアに掛かっていた時計に目を向け、笑みを絶やさず答える。
「そっか。じゃあ、もしよかったらその後一緒に食事にでも行かない?」
一瞬きょとんとしたアリッサだが、次の瞬間には嬉しそうにうなずいた。
◆4◆
せっかくだからと「ナイトシェアリング」のゴールド会員証の特権を利用し、空はアリッサとシェリオンをディナーに誘った。最初こそ遠慮していた二人だが、美味しそうな匂いに抗うことは出来なかった。
「最初から言ったでしょ。遠慮する必要なんてないんだから」
「でも、図々しい女は嫌われるって言うじゃないですか」
知った風な口を利くのはアリッサだ。
「そんなの、相手によるわよ。例えばアリッサやシェリオンならどんなわがままも大歓迎ね」
ウィンクすると、脇で聞いていただけのシェリオンが真っ赤になって俯いた。
「シェリオン、グラスがからっぽじゃない。お酒、嫌い?」
「いえ、そんなことないですっ」
「じゃ、もう一杯どうぞ」
空はすばやくシェリオンのグラスにワインを注ぐ。恥らってばかりいたシェリオンだがやがて酔いが回ってきたのか、顔が赤く染まってきた。
「そういえば、あのお店用心棒が増えたんだってね」
妙な少年を思い出しながら、空が口を開いた。ナイフとフォークをおいたアリッサが何かを思い出し
「そうです。一応今回のようなことがまた起こらないとも限らない、って言って。ま、中にはあたしたちやお酒が目当てで雇われてる似非用心棒もいるみたいですけどね」
「ふぅん。じゃあ、あの子はどっちかしらね」
「あの子って?」
「あなたたちと同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない男の子。黒いスーツが似合ってない子がいるでしょう」
アリッサは吹き出した。それと同時に思い出したらしい。
「あの子、あんな見た目ですけど、結構強いみたいですよ」
「そうなんだ?」
「小さな体と身軽さを生かして、サルみたいに立ち回るみたいです」
それはぜひとも、選考の場面を見てみたかった。
「――シェリオン、大丈夫?」
先ほどから一言も発していない。心配になって声をかけると、彼女は顔を上げた。
「大丈夫ですよ〜。問題ないです。すごく楽しくて、なんだか夢の中にいるみたいです」
満面の笑みだ。この場所の豪華さや上等な酒がそう思わせたのか、雰囲気にも酔ったのかもしれない。
「うちまで一人で帰れるかしらね」
「ちょっと保障できないです」
アリッサは深刻ぶって空の問いに答えた。空は若干間をおいて、二人に提案した。
「じゃあ、今日は泊まっていこうか」
少し不自然だっただろうか。二人の動きが止まった。
「でも、そこまでご迷惑かけるわけには……ねぇ?」
アリッサがシェリオンに同意を求める。が、すっかり酔いの回った彼女は友人の意見など聞いていなかった。ぱん、と胸の前で手を合わせ、空に微笑みかける。
「泊まる……ってことは、空さんともっと一緒にいられるんですよね? それってすごい幸せですね〜……」
アリッサが隣で肩をすくめた。空に上目遣いで問いかける。
「すみません。――お世話になっても良いですか?」
「もちろんよ」
さあ、夜はこれからだ。
グラスを掲げた向こうには、繁華街の毒々しいネオンがきらきらと輝いていた。
Fin.
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
【0233】白神・空
【NPC0134】ユキ・コウダ
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□
こんにちは、月村ツバサです。
期日を過ぎてしまい申し訳ありません。
そして、月村、並びにシェリオンとアリッサのご指名ありがとうございました。
少しでもお気に召していただければ幸いです。
2005/04/19
月村ツバサ
|
|
|