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都市区画マルクト【ショッピングセンター】必ず帰るから
執筆ライター:由無
■ オープニング
……敵は一時退いたか。だが、また来るだろう。長丁場になりそうだな。
今の内に休憩しておこう。焦っても仕方がない。
しかし、散々だな。あんなに山程、敵を見たのは久しぶりだぜ。やってもやっても、次々に攻めてきやがる。
て……おい、まだ回収品を持ってたのか? 荷物になりそうな物は捨てろとさっき……
プレゼント? 約束したのか?
プレゼントを持って必ず帰る……そうだな、待っている相手がいるんだ。生きて帰らないとな。
と、敵が戻ってきたな。今度は、奴らも本気だろう。
行くぞ。必ず帰ると約束したんだろう?
■ 本文
だから嫌だったんだと、キリル・アブラハムは舌打ちして、ランスシューターベイルを無造作に振り回した。シュートさせなくても、近距離ならば十分に槍としての機能を果たすそれは、敵にとって大きな脅威らしい。防毒マスクをかぶった敵がギャッと短く叫んで立ちすくむ。
「消えろ」
そのまま敵に繰り出す。ずしりとした感触が右腕に重くのしかかり、ランスが吸い込まれるようにして、防御服をまとった胸を貫いた。
キリルは短く息をついた。いつになってもこの感触には嫌な思いがする。今後も好きになることなどないだろう。だがいまはそんな感傷にふけっている場合ではなかった。ずるりとランスシューターベイルを引き抜き、槍の先にこびりついた暗褐色の血をはらう。同時にネズミのように背後に走り寄っていた敵にひじ鉄を食らわせた。
バカか、コイツは? 気配を消す術を知らないのか?
キリルは我知らず顔をしかめた。ひとりずつの実力は大したことはない。ないのだが……数が多すぎる。
パーティの他のヤツらはどうしただろう、とキリルは鼻をひくつかせた。既にショッピングセンターは硝煙の白い霧に満ちていた。嗅ぎ慣れた火薬の臭いがそこかしこで煙り、銃声がそれに混じった。
「まずいな」
キリルだけならこの場を切り抜けるのはたやすいことだ。だが、今回、キリルには連れがいた。連れというよりも、パーティといったほうがいいのかもしれない。ヘルズゲートを抜けるためにビジターズギルドで募ったパーティだった。
『アンタみたいな強そうなヤツがいたら、ハクがつくよ』
パーティを作ったばかりだという若いリーダーはそう言って、キリルの肩をたたいたものだった。『ワッツィってんだ。よろしくな』
『俺たちだけじゃ、ヘルズゲートを渡るのに心配だったんだ』と、クチャクチャとガムを噛み、ぷうっと風船のようにふくらませる。『ま、でも、すこーしだけ、だけどな』
口ぶりも、統率力も、パーティのリーダーとしてはいかにも軽薄だった。だが、キリルはその年若い軽薄さを愛した。それに、頼られるのも悪い気分ではなかった。道々のいい話し相手になるさ。そう思って、キリルは彼らのパーティに加わることにしたのだ。
甲高い女性特有の叫び声がキリルの思考を切り裂いた。あの声はレイラだ。レイラ。パーティにいた、唯一の女性。キリルよりずっと年下だというのに、レイラは男はみんな子供だとでもいうかのように、分別くさい物言いをした。『キリル、携帯食料はちゃんと水と一緒に噛まなきゃ、硬いわよ』
その彼女がいま、壊れたオモチャのように叫び続けている。きゃー、きゃー、きゃー! 助けて、誰か、助けて、助けて、助けて、リーダー、リーダー、リーダー!
キリルは彼女のもとに走り寄ろうとしたが、目の前を敵の姿がふさいだ。
「どけ!」
キリルは叫んだが、そんな怒声で敵が退散するはずがなかった。くぐもった銃声が二発続き、レイラは静かになった。
キリルはうめいて、戦闘のさなかに一瞬だけ目を閉じた。
軽率だったのは、俺か。
ショッピングセンターでアイテムを物色していたパーティを待っていたものはお宝でもなんでもなく、彼らの戦利品、装備を目当てにしたゲリラだった。襲撃されて間もなくパーティのメンバーは四散した。リーダーの姿さえ見えない。
いや、あそこだ。
キリルの目にコンクリートの床に横たわっているワッツィの姿が映った。
抜けられるか? ああ、やれる。両横をふさごうとする敵にナイフを投げる。そら、命中。喉に大当たりだ。
前のめりになった彼らの体をおしのけ、キリルは少年に駆け寄った。
「大丈夫か」
「ああ……」
「そうか。それは良かった」
キリルはほほえんだが、うまく笑みの形になったかどうかはじぶんでも自信が持てなかった。黒い血が少年の胸を花のようにあでやかに染め上げている。煤で汚れた頬は青ざめていて、生気がない。彼が助からないことは明らかだった。
「ちょっと待ってろ」
近くのブロックの影まで彼を引きずっていく。
ワッツィがうめく。「手が冷たい。それによく見えないよ。あいつらは?」
「あいつらって?」
「パーティの連中だよ。みんな、逃げてるといいんだけど」
キリルは少年の目を見ないようにしながらかすかに頷いた。「そうだな」
少年が囁いた。「俺、死ぬの?」
キリルは何を言おうか少し迷って、簡潔に「誰でも人は死ぬ」と言った。「何か言い残す事があれば、伝えてやる。いるんだろう? 家族が」
泣き叫ぶかと思った少年がかすかに頷いた。もう叫ぶ気力もないのかもしれない。「あんたに頼みたいことがある。俺の右ポケット、探してくれる。人形が入ってる」
キリルは言われたとおりにした。
「ああ。あった」
人形は埃で汚れていたが、洗えばなかなか見られたものだっただろう。髪は毛糸で編まれ、体はフェルトの布地で縫製されていて、頬はバラ色をしていた。目は大きなボタンが縫いつけられ、口は赤い糸で刺繍がしてあった。女子供が好きそうなヤツだ、とキリルは思った。ショッピングセンターでワッツィが嬉しそうにこの人形を拾い上げたのをキリルは知っていた。手で簡単に埃を払い、ベストのポケットに突っ込むのを横目で見ていた。男が玩具やアクセサリーを回収するとき、それは家族や妻へのプレゼントなのだ。こんなガキでも家族を大切にしてるんだな、キリルはそう思ったものだ。
ワッツィは弱々しく微笑んだ。既に土気色をした唇は、しわの一本一本が数えられそうな程乾いていた。
「妹に渡してほしいんだ」
「わかった。必ず渡してやる」
「頼む」と、少年が軽く目を閉じる。
キリルは軽く頷いて音を立てないように静かに立ち上がった。愛機『Katze』に乗り込む。
行き先ははっきりしていた。都市マルクトへ――ワッツィの妹へ人形を届けるために。
■ 登場人物紹介
【整理番号(0634)】 キリル・アブラハム
■ ライター通信
初めまして、由無です。ご依頼ありがとうございました! オープニングとノベル内容、時間軸的に前後している部分があり、回想という形で執筆させていただきました。納品がギリギリになってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。
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