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第一階層【ショッピングセンター】救援
本田光一
【オープニング】
ラジオビジターを聴取中の皆さん、番組の途中ですけど、ここでレアに緊急通信が来てますよ〜
報告者はラジオネーム『恋するビジター』さん。えーと‥‥ショッピングセンターで偶然、救難信号をキャッチ? 救援に行きたいけど、弾薬がもう少ないから自分は行けないと。
ふみふみ、リスナーの皆さん、ショッピングセンターから救難信号の発振を確認しました。
余裕のある方は、救援に向かってくれると、レアは嬉しいです。
敵の罠って事もあるし、助けに行ったら大戦力がって事も有り得るから、十分に注意してね?
では、救援に向かう皆さんへ、レア一押しの曲をプレゼント。
と、その前に、救援に向かう皆さんは、今から言う周波数に通信機をあわせてね? それで、救難信号をキャッチできるはず。
【過去の遺産と傷】
●救急の知らせに
鈍い駆動音が響くショッピングセンターの中を、足音を殺しながらクレイン・ガーランド(0474)達が進む。
「……まさか、こういう状況とは……」
眉を寄せるわけでもなく、クレインが呟くように言ったのをシオン・レ・ハイ(0375)が聞きつけて首肯して返している。
「ひでぇな。誰か生きていてくれたら良いんだが……」
ケヴィン・フレッチャー(0486)も瓦礫の積み重なった一角を見て呟くと、髪をまとめて止めている布を堅く縛り直して気合いを入れた。
「俺も生きてんだ。生きてろよ……待ってろ。俺が行くからな」
握りしめる拳を堅くしたケヴィンの肩に、リュウ・ユウ(0487)が手を置いて眼鏡の奥で輝く黒い瞳を青年に向けて細める。
「あなただけじゃありませんよ。俺達もここに居る。気合いは構いませんが、気負ってはいけませんよ」
「……」
「そう言うことでございますな。私も微力ながらお手伝い致します……あれを」
シュワルツ・ゼーベア(0607)が唇の前に指を立ててみせるのに、リュウ達は息を飲んでシュワルツの視線を追った。
「……何かを探している?」
クレインには、シンクタンクの動きが動態センサーと熱源センサーを働かせて≪何か≫を探している風に見えた。
「……生きている人間を捜している、のか……?」
身を隠しながら様子を伺っているケヴィンは、シンクタンクの形状を思いつく限りのデータと照合して、弱点を探していた。
「ここまで敵に遭遇しなかっただけでも、儲けものでしょう。ここからは少し手荒になりますね……」
己の武装を再確認したクレインが頷くと、5人はそれぞれの仕事をする為に散っていった。
●瓦礫の中に
足跡を残さないと言うことは、敵の性能を知る上で重要な要素である。
重量を軽減するような手だてを持っているのか、それとも元の作りが軽く、足跡を残さないように慎重に移動を繰り返しているのか、それとも、空中からの攻撃を行っているのか……
「厄介だぜ……」
こめかみに走る痛みを振り払いながら、しなやかに駆けるケヴィンが瓦礫を背にして敵の存在から身を隠している。
「何が、ですか?」
シュワルツは聞かなくても良いことを敢えて尋ねてみる。
「……瓦礫の中にいる奴って、段々自分でも思考していることが辛くなるだろ。そうなったら、救い出そうにも相手がまともに考えて行動してくれるか判ったモンじゃないからだ」
「そういうものでしょうか? 私にはそこまでは判りませんので……」
軽く首を傾げてみせるのが、シュワルツの誘導だとは思っていないケヴィンが自嘲気味に笑ってああと呟く。
「助け出されるのを待ってる間に、色々自分が壊れていくのかも知れないぜ……」
「それはいけません。私共がここに来たからには……」
「ああ、俺達を待ってる奴が居る限り、絶対に助けてみせるさ」
奥歯を噛みしめるようにして合図を待つケヴィンの瞳には、先程までの迷いに似た淋しげな色は残っていない。
「……ええ」
ゆっくりと首肯してみせるシュワルツだが、それを背にしたケヴィンが見ることはない。
だが、それで良かった。
シュワルツが首肯しただろう事はケヴィンにも判り、そしてケヴィンが察しただろうと言うこともシュワルツには通じているからだ。
「合図だ」
「承知いたしました」
互いにそれだけで、瓦礫の中を突き進むように疾走する。
闇の中に目を慣らしたケヴィンとサイバーアイで視野を確保したシュワルツが跳弾する火線の中を潜り抜けてショッピングセンターの一角に堆く積もっている瓦礫まで到達した。
「(頼むぜ!)」
「はい」
心の中で叫ぶケヴィンに短く返すと、シュワルツは瓦礫の撤去に取りかかる。
人間では持ち上げることも適わない巨大なプレートを静かに移動させ、瓦礫のバランスを崩さないようにしながら中の様子を探ると、微かにだが生体反応が有るのが分かる。
「……確認しました。ですが生体反応は微弱になっています」
「時間との勝負か……リュイも早くこっちに来てくれよ……」
無い物ねだりをしても始まらない。
「やっぱり、ソーサーかよ!」
足跡の無い殺戮者。
それが群れを成すようにしてケヴィン達に迫っていた。
●命の代価
二手に分かれたビジター達の中で、クレインはシオンと並んでリュイの救急蘇生の時間を稼ぐことだけに専念していた。
「リュイさん、後どれくらい時間を稼げばよいでしょうかね?」
「……あと5……いや3分!」
あくまで落ち着いた物腰を崩さないクレインに返すリュイも振り向きもせず、一心不乱に要救護者の蘇生に尽くしている。
「心停止から20秒、心肺機能を取り戻したのは良いが、このままだとやばいんじゃないか?!」
シオンはグレネードを叩き込む一瞬の隙を窺っているのだが、動きが制限されていて中々それも巧くいかなかった。
敵の攪乱を買って出ていた矢先にリュイが見つけた『仲間だったモノ』達の横に、≪X-AMI38スコーピオン≫の姿があったのだ。
クレインと協力して何とか敵を引きはがすまでは成功したのだが、リュイの見立てでは緊急に手当が必要であり、このまま動かすことは既に不可能に近いと聞いた為に、グレネードで周辺を吹き飛ばすようなことになっても不味いと判断したシオンはクレインのハンドガンと自分の身体が主な武器になる。
「……嫌な相手ですね。あれでもし、こちらが撃てないと判断した日にはもっと嫌らしく攻めてくるに違い有りません」
「全くです」
クレインが呟くのに、シオンも同意せざるを得ない状況だ。
敵は彼等を要排除対象と認識してからは、徐々にその包囲を狭めるようにして攻撃を仕掛けてきている。
こちらの攻撃手段、有効射程を実によく考えた動きで瓦礫を巧みに利用しながら近付いてくるそれは、冷静沈着なクレイン達をしても次の一手に対する恐怖を呼び起こすには充分な物がある。
「……脈拍……良し、正常値に戻った。瞳孔もこっちに……戻ってきなさいよ……死んでどうするというのですか……」
アンプルを取り出して静脈に適量、それも一寸の迷いも、焦りも見せずに注入するリュイ。教本を見ているような手際で、彼は半ば死人であった存在を蘇らせていく。
「……まだですか!? もう3分が……」
「お待たせしました。これで動かしても大丈夫の筈です」
シオンの問いに返したリュイの声が終わるか終わらないかという時に、リュイの背を護るようにして立っていた巨身が跳ね上がる。
「これで、終わりですよ」
クレインは薄く笑うようにして敵を睨むと、装甲の継ぎ目という継ぎ目目がけて至近距離とも言える位置からハンドガンの弾を叩き込んでいく。
「人が大人しくしていれば、思い上がってくれましたね!」
握り締めた右拳を体の横に置き、付きだした左の掌でスコーピオンのセンサーの突起を握り潰すシオン。
「そこと、そこも頂きます」
シオンのすぐ目の前で、クレインが放った弾丸がスコーピオンの目−カメラの一つだが−を潰し、駆動系に電力を供給するラインを切断していく。
紫電が走り、スコーピオンの体躯が震えたように見えた次の一瞬に、唸りをあげたシオンの拳が複合装甲を突き破り、引き裂いてシンクタンクの動きを永遠に停止させるのであった。
●光りの中に
ソーサーの群れに囲まれたケヴィンが取った行動は、明らかに自殺行為に思えた。
「こっちだ、良く狙えよ!」
高振動で全てを引き裂く刃を片手に、ソーサーの群れの中に飛び込んでいくケヴィンに、浮遊型シンクタンクのソーサーはロックオンを許されることなく彼を追って移動を始める。
「撃たせたら終わりだからな……時間を稼ぐぜ」
ケヴィンにもソーサーの恐ろしさはよく判っている。
奴等は浮遊して襲いかかってくるだけが脳ではなく、弾丸を撃ち終わった時がその本領を発揮する時なのだ。
接敵して自爆を行った時のソーサーの破壊力は、マスタースレイブの装甲さえも損傷を余儀なくされる程の物がある。
それを生身の身で喰らっては、生きていることは適わないだろう事も十分に彼は知っている。
「……ケヴィン様……急ぎませんと」
シュワルツも、瓦礫を撤去する作業の手を休めない。不安定な作業環境の中で、瓦礫に響いてくる振動は一つ間違えば今まで撤去した瓦礫以上の重量を崩落させ、今は生きている要救助者を押し潰してしまいかねないのだ。
だが、シュワルツの駆動系も徐々にエラーを見せるようになる程に、瓦礫の撤去作業は中々進まない。
だが、焦りだけは今のこの時には不要な物だ。
一つの焦りで万策尽きることに成る重大な過失を犯しかねないからだ。
「お待たせしました」
「シオン様。クレイン様……」
「何を呆けたようになっているのですか。あと少しでしょう」
駆けつけたクレイン達も加わり、瓦礫の一部を一気に取り除く作業が進んでいく。
「見つけましたよ。……待って下さい! 先に潜ります!」
リュイが生食を持って瓦礫の隙間に潜り込んでいくと、暫くして大丈夫ですよという声が聞こえてくる。
「……いきますよ」
「ええ」
シオンとシュワルツ、二人がかりで巨大な破片を持ち上げた数瞬後に、真っ赤な液体が流れ落ちるようにその場を染め上げていく。
「!」
「これは?」
「固まっていないで手伝って下さい。圧迫されていた血管が開放されて、一時的に流れ出しただけです」
「『だけ』……」
リュイの言葉に唸るシオン。
視界に広がる血液の量は人が流したものとは信じられない大量の物だが、リュイは怪我人の脈を取りながら止血を順次行っていき、見る間に患者の表情に紅い血の色が戻ってくる。
「知らずに瓦礫を除けていたら、出血多量で死んでいたかも知れませんが、何とかこれで外までは保つでしょう。後は彼ですが……」
ケヴィンの走った先を見て、リュイが眉を寄せる。
その視線の先で、小さな爆発が上がった。
「一人に任せる訳にはいかないでしょう」
ハンドガンの有効射程を遙かに超えた位置に、クレインは常人の限界を遙かに超えた集中力だけで弾を命中させていた。
「行って下さい。ここは私達が護ります」
「判りました」
シオンとシュヴァルツに短く言うと、クレインはリュイと共に助け出した人々を一箇所に隠すように動かし始めた。
「行きましょう。私は右手から回ります」
「お願いします」
途中で左右に分かれ、シオンとシュヴァルツはケヴィンに殺到するソーサー達を外から徐々に数を減らして行く。
「ここまで来たら、容赦しないぜ!」
握る拳の中で唸る刃を次々に叩き付けていくケヴィンの背に迫るソーサーが、シオンの取って置きである内蔵型の銃で撃ち抜かれて地面に落ちて行く。
「有り難い!」
応援を感じながら、爆風を背に受けて次の敵目がけてソニックブームを放ち、迫るソーサー目がけてワイヤーカッターをしなやかに奔らせるケヴィン。
「これで最後だ!」
弾を撃ちつくしたソーサーが迫るのに、一歩も引かずに腕の軌跡の先を走るワイヤーカッターを唸らせる。
ゆっくりと動く時間の中で、ソーサーを切り分けるように入って行くカッターと、元からそうであったかのように空中で真っ二つに別れていくソーサーの映像をその目に焼き付けて、ケヴィンはすっくと瓦礫の中に立った。
「ケヴィン様、お怪我は?」
「俺? ……多分……」
無いぜとシュワルツに続けようとした矢先に、ケヴィンはシュワルツに腕を引かれて瓦礫の山から引き下ろされていた。
「?!」
怒りの抗議を返そうとした矢先、シュヴァルツの背の向こう側で小さな爆発が上がったのが音で知れた。
「これで本当に終わりましたね」
律儀に頭を垂れてみせるシュヴァルツに、救助した者達を運び出してきたクレインは軽く肩をすくめて見せ、リュイがメガネの縁を指で押し上げるのを見たシオンも軽く微笑んで返すのだった。
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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号(NPCID)】 PC名
【0375】シオン・レ・ハイ
【0470】クレイン・ガーランド
【0486】ケヴィン・フレッチャー
【0487】リュイ・ユウ
【0607】シュワルツ・ゼーベア
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