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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【アマゾン川】貨客船護衛任務

ライター:有馬秋人





このご時世、何処に行っても野盗や山賊の類は出てくるが、ここいらじゃ川の上でも安心は出来ない。
だから、定期航路の貨客船は必ず護衛を乗せている。マフィアやら、傭兵やら‥‥そして、ビジターも護衛役としては人気だ。
野盗は、手漕ぎカヌーや泳ぎで忍び寄ってきて、船に乗り移ってくる奴らもいれば、モーターボートの類で派手に仕掛けてくる奴もいる。
武器も山刀一本から、機関銃まで色々だ。
何にしても、同情してやる価値も無い連中だって事は間違いない。容赦なく返り討ちにしてやるぞ。



***



常時の緊張は精神状態に支障を来たすことがある。たまには息抜きでもしようとマナウス行きの定期便に乗り込んだキリルは船室から見える水面ギリギリの光景を楽しんでいた。透明な板一枚を挟んだ向こうにたっぷりとした水が満ちており、黄褐色の外壁のようにも見えている。船の速度に合わせて流れるというよりも、押し出されているように動くさまは一定でなく、ずっと見ていても飽きないものだった。
水の動きは人の気配にも似ていると思う。絶えずどこかからか忍び寄り、包むように広がっている。
流れるさまにほんの少しだけ感傷的になったキリルは、軽く息をつくと視線を流す。人の気配が広がる空間だ。本当はデッキに出て思う存分釣りを楽しむ予定だったのに、気配のあまりの不穏さに魚が逃げると諦めた。どうしてこう、このセフィロトの辺りの人間はこうも殺伐しているのだろう。
趣味に興じる暇すら与えない気かと毒づくが、直ぐにそんな思考を放棄する。振り返ってみればこの程度のことはよくあることだと気づいてしまった。
「俺の人生はこんなことばかりじゃないだろうが」
ふぅ、と息を吐き出して備え付けのお世辞にも座り心地が良いとは言えない椅子に沈む。伝わってくるエンジンの振動に預けるように、体を持たせかけるが、意識が漠となる寸前に何かが接触した。
危機感というよりも、経験則。こんな空気が流れた後は決まって厄介ごとが降りかかる。
弛緩している体勢はそのままに、注意を引かないよう足元に手を垂らした。武器に触れる。移動中とはいえある程度の武装はしている。所持品を確認して、幾ばくかの沈黙の後通信機を叩いた。同じ船の違う場所で同じようにゆっくりしていただろう人間に連絡を取ろうとする。けれど、その時間は与えられなかった。
河の水が船を叩く音よりも弱く、耳に届いたのは断末魔の声。キリルは立ち上がり声の方向へ走るが、途中で護衛役の男二人に阻まれた。どういうつもりなのかと誰何するのも馬鹿馬鹿しい。一瞬で相手の思考の表面を読み取ったキリルは、呆れた目を向ける。
「襲撃する予定の船をわざわざ警護ですか」
他の河賊に取られないように? と嘲る口調にいきり立った男が腰だめでマシンガンを打つ。けれどそれは読んでいたキリルの腕の一線でなかったことにされた。否、意味のない行為に落とされた。滑らかな切り口は、バターを熱したナイフで裂いたような。
「武器は距離を見て選ぶべきでしょう。……銃器が万能だと思うのは幻想だ」
最後のは独り言の範疇だ。銃身を切り裂かれ、男がうろたえた瞬間に拳を叩き込む。翻る手で残り一人の顔面を掴み、ナイフの柄で強打した。的確に急所を突いた打撃は男を失神させることに成功する。
狭い通路での応戦なら、銃よりも剣類の方が有利だと、倒れた二人に言い捨てた。
そのまま声の方向へ。
キリルと護衛のやり取りに、乗客は事態を把握している。自分の身だけは守るつもりなのか、手持ちの武装をせっせと取り出していた。それを尻目にたどり着いたのは操舵室。ここにたどり着くまでに、銃口を向けてきたのは二組ほど。それほど大きな船ではないのにその遭遇率は高すぎた。第一、護衛役は河賊しかいないのだろうか。
もしそうであるならば、間抜けすぎる事態だと苦笑して、ナイフを仕舞い、ベルトに下げていた38口径オートを手にする。マガジンの交換を確かめる必要はない。手にする武具は最善であるよう常日頃から整備をしているからだ。手入れの怠りは死を招く、そんな場所で生きていた。
ドアを開けるタイミングを見計う為に意識の触手を板一枚隔てた場所へ伸ばす。ESPでざっと思考をさらい人数をはじき出す。
「……八人ってとこか」
問題は、そのうち何人が船員で、何人が河賊なのか、だ。その判断も、思考していたことの種類で区別した。恐怖に近い形をしていたのが船員で、威圧的なのか河賊、といったところだろう。無言で銃を構える。ドアを片手で押し開き、把握していた場所に躊躇なく銃弾を叩き込んだ。まずは一人目。明確に捕捉していたわけでないからと余分に弾を撃ち込み、昏倒したのを視界の隅で堪忍しながら次弾を放つ。視野に入っていた元護衛役、現河賊らが船員に向けていた銃口をキリルに修正するより先に、一発ずつ丁寧に。
「さて、どうしたものか」
倒れた人数は合計四人。丁度半々だった。襲われなれている感のある船員は、銃の恐怖が消えた途端に機敏に動き、ロープを取り出して倒れている河賊をぐるぐる巻きにする。まだ銃を持っているキリルに近寄ったのは、船長と思しき男だった。
「助かったよ。感謝する」
「いえ、火の粉を振り払う延長ですから……護衛は全員賊だったんですか?」
「いや、あと一人来る予定だったんだが直前でばっくれやがった。あんたが居なかったらと思うとぞっとするよ」
「最近の賊は知能犯ですね」
「全くだ」
こくこく肯いた船長は、倒れている元護衛役が完全に戦力として役に立たなくなったのを確認すると、改めてキリルに向かい合った。
「あんたビジターかい?」
「まぁそうです」
「金は弾む、一つ雇われちゃくれねぇか」
「……それは?」
「俺らが今回雇ったのはこいつらだけじゃない。ばっくれたヤツを抜いてもまだいる」
それと、と船長が示したのは辺りを警戒するためにつけたのだろうレーダーだった。船籍不明の船が続々と押し寄せてきていた。画面を覗き込んでそれを確認すると、キリルは困ったように首をかしげる。
「この船にもう一人頼りにできる人間が乗っています。私だけではなく、その人も雇っていただけるなら、そのお話受けましょう」
「よしっ、船守ってくれりゃ何人でもいいっ」
「でしたら…」
そういって肯いたキリルは身につけていた通信機を弾いて、デッキにいるはずの相手に連絡をとった。



***



ふっと息を吐く。コンパクトなモーションで繰り出した掌底は、防弾している衣服の上から衝撃だけを相手に与えた。表面に傷はないのに内部だけがダメージを受ける。そんな攻撃だ。ジェミリアスは甲板に転がる元護衛の男たちを冷めた目で見下ろして、意識を飛ばしていることを確認する。
「いったいどう言うこと、かしら」
ぽつりと零れた科白と同時に上げた顔には若々しい感情が乗っていた。突然に銃を持って襲い掛かられ、条件反射で叩きのめしてしまったのだがまだよく現状把握ができていない。デッキにはジェミリアス以外にもいたはずだか、全員がどこかしら打たれて転倒していた。手当てを、と思うが念のために広げた知覚フィールドに引っかかるものが気になり河面を睨む。それから数秒遅れて通信が届いた。
「キリル?」
船に乗っているのは知っていた。甲板に出てくるだろうと待ち伏せ気分でここにいたのに相手は一向に上がって来ず、挙句この様だ。何も言わずにいた自分も悪いと思うが、相手からアクションを起してくれてもといいと思う。このタイミングでの通信なぞ、予想せずとも用件が分かっていた。
「……そう、そういうことね。でも貴方どうしてそこで勝手に物事を進めるの」
そうあっさりと自分を計算に入れてくれるなと文句を言ってみるが馬耳東風。相手は軽く受け流してくれた。しかも指示まで加えてくる。
「……数? ええ、確かに一面の河賊なんて初めて見る光景」
通信している間にぞくぞくと増えていく船の数と賊の数、それに重いため息をついてジェミリアスは首肯した。通信を切って銀色の髪をかき上げる。さらりと指の間を潜っていく感触ばかりが残った。
「河賊退治の手伝いはいいけどレオナさんと一緒になるとは。……キリルと顔見知りなのは、まだ話していないのよね」
どうしましょう、とぼやきながら見つめるのは一艘の船。猛スピードで賊の後ろから迫ってくる高速ボートだった。まだ姿は見えないが、ジェミリアスは分かっている。あの躍動感に溢れる気配は兵藤レオナのものだと。首元の鈴が印象的な、弾けるように笑う彼女が何を思ってここに迫っているのは知らないが、この状況は少し迷う。
現状で迷っていても仕方がないと、デッキに移ってきた河賊を迎え撃つべく意識を目の前に据えた。船内はキリルが見てくれるだろう。そして賊の後ろから、元気に跳ねる声が聞こえだしている。この数を相手にするのはきついだろうと思うが、応戦している顔ぶれが常とは違うのだ。まぁ平気だろうと高を括った。



「やっぱこうこなくっちゃねー」
にっと笑ったレオナはボートをオートモードにして操舵席を離れる。両手にMS用の大きなブレードを持ち先端に足をかけた。
目の前には賊の山、山々。今の彼女にとってはお金の山だった。少し前にやってみた護衛、もとい河賊退治は随分と実入りが良く、最近は親友に飽きられながらもせっせと河賊狩りに精を出していた。
「にしても今回はちょっとばかり焦ったよ」
ぐんぐん迫る船影に、不敵に笑いながら呟く。事前情報として河賊が護衛やら船員やらに化けていることを突き止めていたのに、出港に間に合わなかったのだ。慌ててボートをチャーターして追ってきてみれば、目標は河賊に取り囲まれている。些か遅れてしまいはしたが、正に願ったり叶ったりな状況だった。これでチャーター代が浮く。そんな考えで戦闘態勢に入った。
船影との距離を目算して、範囲内という試算をはじき出す。両手にブレードを構えたまま跳躍する。船で迫ってくる河賊なら、その船を叩き壊せばいい。そんな安易な、けれど的外れではない思考で着地すると、そのまま右腕を振り上げた。ギンっと弾く音がして、長剣を構えた男が弾かれていく。左足を流すようにして体を傾けると銃弾が通り過ぎ、レオナは少しばかりひやりとする。
「…さて」
ここには自分を後ろから援護してくれる人間はいないんだったと苦笑して、唇をぺろりと舐める。自然、目の色が変わった。戦意に高揚した、けれど冷静さを失っていない瞳の色だ。立っている人間を斬るというよりも薙ぐような動きで一線すると、そのまま船ごと叩き潰す。ブレードの振動をオンにして、駆動軸を立ってしまえば簡単なことだった。
次の船へと目を上げた瞬間に、見知った顔を発見する。
「ふへぇ?」
一瞬、目を丸くした後に、思わずその場を離脱していた。相手のいる場所へあたり構わず疾走する。賊の船から船へ移動する傍ら、攻撃範囲にいた男たちを切り裂く手腕は冴えている。
ジェミリアスは近づいてくるレオナに優しく微笑むと、38口径オートを一つだけ抜いた。振り向き様に発砲し、自分の後ろに忍び寄っていた賊を蹴散らす。そしてようようと息をついた。
「レオナさん」
「お客だったの?」
「ええ、今は臨時の護衛よ」
「そっかー。ボクも護衛の予定だったんだけどねぇ。ちょっと乗り遅れちゃって」
今からでも間に合うよね、と笑い、横からの射線を避けるように身を翻す。そのまま船を沈める気なのかと思うほど乗り込んでくる賊を蹴落とす作業に没頭しだした。ジェミリアスはレオナの科白を反芻して、少し黙る。その間も体は黙々と賊退治をしており、なんら問題はないわけだが、唐突に銃から手を離すと通信機を開いた。キリルを呼び出す。
「乗り遅れた護衛の子が一人参戦中よ。ええ、信頼できるわ…腕も人柄も」
雇い主にその旨を確認したのか、相手はやけに面倒そうな声音を送ってくる。ジェミリアスは告げられた内容に軽く眉を潜め、頑張っているレオナを振り返った。
「…そう、わかったわ。伝えておく」
通信を切って、徐に銃を構えるとすぐさま引き金を引いた。重い感触は命を守っている証だ。慣れた手つきでマガジンを入れ替えて、構えながらレオナとの距離を詰めた。それは思っていたよりも容易いことで、つまりは徐々にレオナが押されていたという現実だ。腕がよくとも人海戦術だけはいかんともしがたい。
「まったく。どんなお宝を運んでいるのか知らないけれど……この数は尋常じゃないわ」
レオナの肩が人目で分かるほど上下している。これは気が進まないと言っていられる状況ではなかった。ジェミリアスは自分のESP能力を好いていない。特にキリルが指定してきた「行動操作」は嫌いと言っても過言ではなかった。
「好き嫌いの問題じゃない、か……でも」
前回使ったのは17年ほど昔、その時よりも威力は上がっているとみるべきだった。どんな影響がでるのかわからない上、どれほどのことが出来てしまうのか、本人にも読めなかった。
レオナの背後によっていた賊が振動を加えられたブレードでさくりと斬られる。けれどその隙に横から詰めていた者たちが距離を詰めずに遠距離射撃を試みようとしていた。それを見た瞬間に、力を放った。



***



ジェミリアスが力を使うと意識したのを察知してキリルは漸うと息をついた。すでに船内は一掃している。護衛の他にも船員に紛れているものおり、キリルが駆けつけたときには船底からなにやら大仰な箱を持ち出そうとしていた。それを阻止してまた船長室へ戻り、状況を報告し、いつになく勤勉に働いた気がするとこそりと笑う。
目の前には商人じみた様子で支払う金銭の計算をしている船長の姿があった。キリルとジェミリアスに支払う金額と、遅れてきたというまともだった護衛役に払う金額、そしてその護衛役が遅れたことに対する契約違約金の請求などだ。ひょいとのぞいてみれば、護衛役へ渡す紙にはマイナスの文字が躍っている。やはり違約金の方が多かったらしい。
せっかく駆けつけてきた人間に対し、それは少し不味くないかと思ったものの自分が言うべきことではないと口をつぐんだ。今頃、ジェミリアスが神妙な面持ちで伝えていることだろう。賃金よりも高い違約金の話を。
「…可哀相なことだ」
キリルは肩を竦めると全て片したという連絡が来るまでの間壁にもたれて、此処からだと下方に見える水面を丸窓から見つめていた。



キリルの予想通り、賊を一掃したあとにレオナは違約金のことを聞き、甲板にわざわざ出てきた船長からマイナスつきの賃金票を受け取り情けない顔になることになる。駆けつけるのに使った高速ボート代はもちろん自腹で払うことになり、尚且つ違約金。
ジェミリアスは「こなきゃ良かった」と力なくうな垂れる相手の肩を宥めるように叩いた。



2005/04

■参加人物一覧

0634 / キリル・アブラハム / 男性 / エスパーハーフサイバー
0536 / 兵藤レオナ / 女性 /オールサイバー
0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 女性 / エスパー

■ライター雑記

ご依頼有難う御座いました、有馬秋人です。
今回は主発注の方と副発注の方とで頂いたご注文に若干のズレを感じてしまい、双方の意に添えるように少しずつ重ねる方法をとらせていただきました。曖昧な表現が出ているかと思いますが、頂いたご依頼を形にできているのでないかと多少楽観的な結論を出してしまいました。ど、どうでしょう(汗)。
まだまだ精進が必要だと、考えながらの作業になり、お届けが遅くなりました。ごめんなさいです。
ですが、この話が少しでも楽しんでいただけるよう、強く願っています。