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<東京怪談ノベル(シングル)>


『血塗られた母』



 太陽が沈んで夜になり、月が姿を隠して朝になる。その宇宙のメカニズムを変える事は出来ない。人々はその自然の営みの中で、何を考えながら生きていくのだろう。繰り返しやってくる朝の光を、当たり前だとまったく何も感じない者もいれば、新しい一日の始まりだと期待を感じる者、それとも朝の光がまぶし過ぎて、迷いに落ちる者もいるかもしれない。

 朝の光を浴びながらジェミリアス・ボナパルトは浴室へ向かう。鏡に映った寝起きの自分の顔と対面しながら、ジェミリアスは着ている服を一枚、一枚と脱いで風呂場の篭へと入れる。 子供を産んでいるのにも関わらず、その体の輪郭は線を崩さず、ふくよかな肉付きのスーパーモデル並の美しい体は、どう見ても20歳にしか見えない。
 そう、ジェミリアスは母親なのだ。いくら外見が若く見えても、その事実は変わる事はない。
「そろそろいいかしらね」
 ジェミリアスは湯船に一杯になったお湯を洗面器ですくい、まだ半分寝ているような全身へとかける。暖かい水の刺激を受けて、ジェミリアスの頭も体も徐々に目を覚ましていく。
 だが、最近になってジェミリアスの心の中に生まれた不安を、この朝の湯で洗い流す事は出来ない。
「今日もまた、あの夢を見てしまったわ」
 たかが夢。現実に起こった事ではないじゃないのと、始めは自分でそう思っていた。だが、同じ夢を何度も何度も繰り返し見れば、誰でも何かしらの不安は抱くのではないだろうか。最近繰り返し見る夢、ジェミリアスはなるべく夢の事は思い出さないようにしていた。
 お湯をもう一度体にかけ、ボディソープのついたスポンジで体を洗いながら、ジェミリアスの思考は夢の方へと進んでいく。いや、思い出したくなくても意識がそこへ行ってしまうのだ。
 見たくないものがあったのなら、目をつぶれば見ることはない。だが、頭の中の意識はそうもいかない。目を閉じればさらに、頭の中に浮かべた映像はハッキリとし、やがてそれは、今朝も見たあの夢へとつながってゆく。
 息子が死ぬ夢。ジェミリアスはそんな夢を繰り返し見続けていた。始めは息子が死ぬ夢だと思っていたが、最近になってそれは、自分が息子に抱かれて死ぬという夢に変わっていた。
「昔なら、あんな夢なんて笑い飛ばせたのに」
 洗い終わった銀色の長い髪の毛を束ねて頭の上でまとめながら、ジェミリアスは息子の顔を思い浮かべていた。
 少し前、ホワイトデーの日、息子に誘われてジェミリアスは、二人で日帰りツアーに参加し、行き先の公園でテニスをしたり、バイキングに参加して楽しんだ。
 なかなかこのようにのんびり出来る機会もない。ましてや息子はいつでも母親の後をついてくるような幼子ではなく、立派な大人なのだ。少なくともジェミリアスはそのツアーを楽しんだつもりであった。
 食事をしたレストランで、ジェミリアスは息子に、自分に起こった事実を話したのであった。
「急がせ過ぎたかしら」
 ジェミリアスは湯船に体を沈めながら、あのツアーの時の事を思い出していた。いつまでも隠しているわけにもいかないと話した事実を、息子がどう受け入れたかはジェミリアスにもわからない。その事実に何を感じ、これからどうしようと思ったという事は、息子自身にしかわからない事だ。
 レストランでの、息子の混乱振りを思い出し、ジェミリアスはため息をつく。だからこそ、夢の事もたかが夢だと思う事は出来ないのだ。最近の超能力のパワーを見ていると、夢を笑い飛ばす事など出来ない。その夢がいつしか現実になるのではないか。心の中で抱いた不安を言えばキリがない。
 ジェミリアスが自ら嫌っている、自分の超能力。その呪われた超能力を持っているということが、さらにジェミリアスの不安を拡大しているのであった。
「だけど、あの子は私の息子。私とは違うわ」
 湯船の中から、ジェミリアスは自分の手を上げる。ぽたり、ぽたりと音もなく指先や手のひらから湯のしずくが落ちていくのを見て、ジェミリアスはかつて自分のESPで複数の人間を死に至らしめた事を思い出す。
 今でも血塗られたジェミリアスの手。その血は何度風呂に入ろうとも、決して拭い取る事は出来ない。自分の手を染めた血は、いまも尚ジェミリアスの心を痛めつけるのだ。
「あの子の手はまだ、汚れていないわ」
 自分の手は血で汚れているけど、息子にはさせなくない。自分と同じ事を、息子には経験させたくない。それは単なるわがままなのだろうか。それともごく自然な親心?あの子に人を殺させたくはない。
 ジェミリアスは手を湯船に沈め、ぼんやりと天井を見つめる。湯気でいっぱいになった浴室は白い霧に包まれたよう。
 ジェミリアスが息子の顔を頭に思い浮かべるうちに、その浮かべた顔が、息子に似た瞳を持つ別の男に変わっていく。
「あの子は、あの男に殺意を持つかもしれないわ」
 湯船の中で、ジェミリアスは目を閉じた。息子がその男を殺すところなど、考えなくはなかった。けれども、二人が会えばたぶん、息子が彼を殺すだろう。彼の思惑通りに。その光景を想像しただけでも恐ろしい。
 ジェミリアスは別の事に頭を切り替えようとするが、一度心に根付いた不安という根っ子は、なかなか引き抜くことが出来ない。
「ギリシャ神話じゃあるまいし、冗談じゃない」
 息子と、彼と、自分。どうして普通の家族として生きる事が出来なかったのだろうか。“同じ遺伝子を持つ”…遠回しであったが、(遺伝子レベルで)父親殺しも母親との結合も済んでいる。ホワイトデーのあの日、ジェミリアスは息子にそれを言ったつもりだった。
「多分、右から左に抜けているわよね〜」
 硬直して、瞬きせずに自分の話を聞いていた息子の顔を思い出し、ジェミリアスは今度はくすりと小さく笑う。
 自分に隠された秘密を、息子に言おうか言うまいかは迷ったところもあった。けれども、あの時を逃したら、次はいつ息子ときちんと対面して、話をする機会がやってくるかはわからない。時のチャンスというものは、逃してはならない。そう思ったからこそ、ジェミリアスは息子に話を切り出したのだ。
 息子の混乱している表情や視線を見て、まだ早かったかしら、とも思った事もあったが、今となってはそれも過去。
「過去を変える事は出来ないけど、過去から学んで、未来へ役立てる事は出来るわ」
 ジェミリアスの血塗られた過去を変える事は出来ないけど、自分の過去を見て、これから様々な問題にぶつかるであろう息子に対して、何かしてやれる事もあるかもしれない。息子を、自分と同じ道に歩かせずに済むかもれないのだ。そう思うと、ジェミリアスの心はわずかに光がさしたような気分になるのだ。
「だいぶ長湯をしてしまったわねえ。頭の奥までふやけないうちに、出なきゃね」
 暗い気持ちをお湯で一気に流し、さっぱりとしたジェミリアスは、風呂から上がると、濡れた体を大きなタオルで包み込み、再び鏡の自分の顔と対面する。
「さっきよりはいい顔してるわね」
 こうして、ジェミリアスの一日は、これから始まるのだ。(終)



◆ライター通信◇

 ジェミリアス・ボナパルト様

 新人ライターの朝霧・青海です。ホワイトデーに引き続いて、その後日談であるシチュノベの発注、有難うございました。ホワイトデーの時もそうでしたが、発注内容を確認して、こんなシリアスな会話が展開するノベル、私などに書かせて頂いて宜しいのでしょうかと、なかなかドキドキしていおりました(笑)
 今回のシチュノベの場所が朝風呂でしたので、自分がお風呂へ入る光景を想像しながら書かせて頂きました(笑)お風呂に入る描写と、ジェミリアスさんの思考や過去の事を思い出す場面が入り組んで、場面に強弱をつけながら執筆しておりました。設定の部分は、極力雰囲気に合わせて、この文章にマッチするように自然な形で描写してみました。
 こうしてPC様の設定を描いていくと、この人達はこのあとどんな展開になるんだろうと、とても気になってきますね(笑)
 タイトルは特にご指定がなかったので、私の方でプレイングで一番重要だと思った部分からつけさせて頂きました。
 それでは、今回はどうも有り難うございました!