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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【アマゾン川】貨客船護衛任務
演者の謀り

千秋志庵

 このご時世、何処に行っても野盗や山賊の類は出てくるが、ここいらじゃ川の上でも安心は出来ない。
 だから、定期航路の貨客船は必ず護衛を乗せている。マフィアやら、傭兵やら……そして、ビジターも護衛役としては人気だ。
 野盗は、手漕ぎカヌーや泳ぎで忍び寄ってきて、船に乗り移ってくる奴らもいれば、モーターボートの類で派手に仕掛けてくる奴もいる。
 武器も山刀一本から、機関銃まで色々だ。
 何にしても、同情してやる価値も無い連中だって事は間違いない。容赦なく返り討ちにしてやるぞ。

 揺れる船の上、視界に映る密林を他所に、二者は対立する。
「……殺されたくなければ、大人しく娘を差し出してください」
 えらく丁寧な口調の“河賊役”に、周囲は苦笑を噛み殺す。腕の中では“一般人”の少女――決して役ではなく地でいっているだけなのだが、が愉しそうに抵抗を続けていたが、それもあまり互いに効果を見せているようでもない。アマネ・ヨシノと自ら名乗る辺り、どう対処したものかと困りながら“河賊役”のシオン・レ・ハイは予め打ち合わせにあった台詞を口にしていく。
 船長は後方へとちらりと視線をやり、そこに立っていた“護衛役”らと共に頷き合う。“河賊役”は手にしている銃を少女の眉間から外すと、今度は船長の眉間へと押し付ける。
「娘さんを困らせて、それで今度は詐欺ですか。……父親としても、最悪ですね」
 その耳元に、“護衛役”のアルベルト・ルールが耳打ちをした。
「やりすぎ。あと、そこまでやる必要性はない」
「お灸です。どうせ、このあと私は貴方達にやられて河に飛び込む運命なんです。これくらい、許容範囲だと思っていただかないと」
 船長には聞こえないように注意を払いながら、シオンは言う。アルベルトの足元で同様に手を上げている大道寺是緒羅も、納得したかのように口を開いた。
「アルベルトさん、ここは引いた方がいいですよ。俺らではどうにもなりませんから」
 声は客室の一室に押し込められている周囲の乗客へと聞こえていただろうが、当事者とそうでない者にとっては全く異なる意味を持っている。彼の頬には切り傷が小さく出来ていたが、それも計算の内だった。「下手に抵抗をすれば怪我をする」と刷り込むには効果的だ。これで部外者の介入はまずないといっても良いだろう。
 シオンの後方で声がした。声、というよりは木を軋ませる音に近い。
 シオンは銃口を船長に向けたまま、視線を別の音の発生源へと向けた。そこにいたのは別の“護衛役”。彼、キリル・アブラハムともう一人の“護衛役”は、シオンへと奇襲を掛けてやっつけるという計算だったのだが、一体どういうことだろう。今出てくるという話ではなかったはずだ。
「……本物、だ」
 キリルの呟きに、船長と“役”を得た人間の視線が一斉に彼へと向けられた。その手には意識を失っている河賊が抱えられている。投げ出され、船床へと小さくバウンドして呻き声を漏らす。その首筋に手刀を打ち込んで気絶させると、アルベルトは愉しそうに準備運動を始めた。
「兎に角、だ。これで正式にやれるってもんじゃねえか?」
 確かに、と是緒羅も立ち上がって伸びを始める。彼もやる気は充分のようだ。シオンはどうしたものか困惑しつつ、訊ねた。
「キリルさん、向こうの首尾はどうですか? 人数とか、実力とか?」
「こいつは斥候という感じだな。この後ぞろぞろと乗り込んでくるってところだろう。乗客は既に集まっているから大丈夫だとして……」
 ふいに言葉を打ちとめて、キリルは後方に視線をやった。
「…………」
 無言のまま暫く硬直し、シオンらへ視線を促した。シオンは“河賊役”として船を襲ったとき、ふいを食らわないようにと乗客の面々を頭に叩き込んでいた。少ない分には対処の使用がある。早い話、気を抜かなければ良いだけだ。知らない顔が、幾つもあった。
「……人数増えてませんか?」
 ガラの悪い風袋の男が数人、シオンの後方に控えている。一人の方が都合が良いと言って“河賊役”を引き受けたのはシオン一人のはずで、彼以外に河賊はいないはずだ。眼前で手を挙げているアルベルトといえば、彼自身の身内とよく似た笑みを浮かべ始めている。是緒羅も是緒羅で、漸く思い切り動けるのが嬉しいらしい。キリルは元より好奇心でしか動いていない。この事態の対処を、誰にも求めてはいけないだろう。
 取り敢えずするべきこととしてシオンは腕の中の人質を解放してやると、手を振って遠くに逃げるように指示した。
「えーもう終わりなんかー!? つまらんてー」
 アマネは頬を膨らませて言う。
「もう少し悲劇のヒロインやらせてーなー!」
「……って言われてもな」
「そうだよ、後は“護衛役”の俺らの仕事。ガキは引っ込んでな」
 アルベルトに無理矢理船室へ押し込められながら、アマネは渋々姿を消した。去り際の顔が“厄介事は御免だ”という雰囲気だったのが、唯一の気懸かりだったのかもしれない。
「……それで、あなたちはどなたですか」
 シオンの言葉に、見知らぬ男らは息を呑む。彼らの格好やエモノを一瞥し、予想が大いに当たったことに何とも言えない顔を示した。
「やはり、本物の河賊か」
「本物なら精一杯やってもいいよな?」
 意気揚々と尋ねるアルベルトに船長が何か言いかけるが、是緒羅の裏拳に沈黙した。誰もツッコミを入れることなく、シオンは本物の河賊へと視線を戻す。どうやら彼らは先に同じ船を襲っている人間がいたことに、少なからず戸惑いを抱いているらしい。人数は少数。エモノの具合から見ても、然したる習熟者でもないようだ。
「やはり、フリでも悪行は難しいですね」
 シオンの呟きは、同時に自らが発した白煙に遮られる。銃声は明後日の方向へと飛んでいき、だが轟音を合図として三人の男が飛び掛る。河賊は全く動けないままに間合いを取られ、その多くが意識を一瞬にして失うことになった。
 河賊らは誰一人として事態を飲み込めぬまま、依頼は予想外の形にて当初の思惑へと向かおうとし、戦闘は呆気なく終焉を迎えようとしていた。手応えがないことに物足りなさを覚えつつ、アルベルトはふいに突き出された刀を弾き返す。まだ若い少年に近い河賊は、震えることなく剣技を繰り広げる。紙一重で避けてみせながら、アルベルトの口端はふいににんまりと三日月を形作る。その目が色を得たように、輝き始める。
「J・B!」
 叫びは船中に響き、
「……!?」
 少年は屋根から落ちてきた老人を背に受け、当然避けることも出来ずに倒れ伏せた。最後の一欠片の意識は立ち上がるときに掛けたJ・B・ハート・Jr.の体重に負け、見事に深い底へと落ちていった。
「ったく、酒飲んで仕事忘れるなよ。どうせ屋根の方で寝てたんだろう?」
「でも一番役に立ったじゃろ?」
 功労者じゃないの確かだ、とはっきり宣言し、アルベルトは“もう一人の護衛者役”と共にシオンの元へと戻った。傍らには船長と、知らぬ女性が手当てをしていた。
「怪我、ありませんか?」
 のんびりとした調子でナンナ・トレーズは問い、一同は否定を返した。船長の意識はまだ戻らないようだ。戻っても困る、と小声で言ったら、「めっ」と子供を叱るようにナンナに怒られた。
「ところで一つお聞きしたいのですが」
 ナンナは笑顔を向けて、問う。
「チャラって何のことですか?」
 アルベルトの額に冷たいもの、具体的に言えば汗が流れる。シオンへと視線をやると、彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すみません。訊かれたもので」
「だからっていって、ほいほい答えてよいものじゃないじゃろう?」
「……J・B、あんたは殆ど仕事やってないじゃねえか」
 流れに任せて質問を“チャラ”にしようとしたが、ナンナは幾度となく同じ質問を返す。困惑した挙句にアルベルトはナンナに“厚い美談で覆われた真実”を話すことにし、
「…………」
 シオンと是緒羅、キリルはどこからそんな話を創り上げられるものだろうか、と半分感心した目で眺めやっていた。

 溜まりに溜まった飲み屋のツケを“チャラ”にしてもらうために、船を河賊役に襲わせて保険金を得ようとしている父親を止めてほしいと願う娘の頼みを聞いたアルベルトとJ・Bは、流石にその通りを口にすることは出来ず。

 野次馬根性やら暇潰しで参加した是緒羅とキリルは、「そこに悪がいたから」という理由にしか変換出来ないことから口にすることは出来ず。

 話の多くは、シオンの行動理由である「父親が娘に心配を掛けてはならない。故に保険金詐欺を止めさせよう」という部位がやや誇張された意見が使われていたのだった。





【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0552】アルベルト・ルール
【0375】シオン・レ・ハイ
【0579】ナンナ・トレーズ
【0593】大道寺是緒羅
【0599】J・B・ハート・Jr.
【0634】キリル・アブラハム
【0637】アマネ・ヨシノ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、或いはお久し振りです、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

副題「演者の謀り」について。
演者とは勿論“役”を得ている、登場人物達を指します。
謀りとは「騙したり計略をかける」ことを指すので、総合した意味として「登場人物達の策略」といったところでしょうか。
ですが、実はもう一つだけ裏の意味を込めています。
物語に少しだけ関わり、他を一番欺いていた存在。
その人物が真の「演者」であり、それを意識して読んでいただいても面白いかと思います。
或いは「演者の秤」と変換し、自身の秤で全て判断し行動した人間を指すのかもしれません。
さて、「演者」とは一体誰のことでしょうか。
色々と意味を込めるのも愉しみの一つしていただけたら、嬉しく思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝