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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー

ライター:深海残月

■Opening

 おい、死にに行く気か?
 あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
 それにあそこには奴らが‥‥ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
 知ってて行くのか? 止められないんだな?
 無理だ。勝てるはずがない‥‥いや、お前なら大丈夫かも知れない‥‥
 わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。


■Main

 …いきなりこう来るかよ。憮然とそう告げつつも、身体の方は目の前の状況に対応して素直に動いている。迷彩のベストを纏った黒い影。まだ少年――いや、東洋人風の顔立ちであるが故に歳がわかり辛い――幼く見えるだけなのかもしれないか。そんな印象の細身の人物。
 ち、と舌打ちが出来たのは僅かながらだが余裕が出来た故。その後ろでは奇妙に軽い音が床から聞こえている。…たった今音も無く彼の手で息の根を止められたタクトニムの一体、それが倒れた結果の音。
 彼――ケヴィン・フレッチャーの常に使っているナックルガード付きの高周波振動ファイティングナイフの刃は、今現在ももう一体のタクトニムの首にざっくりと切り込まれている。まだ落とすまでは行っていないが、獲った手応えはわかるもの。それがあったからこそ舌打ちなんぞしていられる訳で。
 ケヴィンは周辺を油断無く確認する。既に絶命していた目の前のそのタクトニムも重力に負け床に滑り落ちている。引いたナイフの刃に付着している鈍い色の体液。人型とは程遠い形、ついでにあまり強力な奴でも知能の高い奴でも無かったのは良かったが――如何せん、数が多い。思っているそこにまた同じタイプの新手。
 面倒だ。思ったそこで、ケヴィンは新手の姿が見えた方向へと思い切り腕を薙ぎ払う。瞬間、腕が薙ぎ払われた先の空気が歪んで見えた後、べしゃべしゃ、と新手のタクトニム数体は畳まれるようにあっさりと潰れた。今発動したのは衝撃波――【ソニックブーム】。…どうやら、今相手にしているタクトニムは――比較的、あくまで比較的だが…柔な連中らしいのも有難い。
 が。
 気付いたのと身体が動くのはほぼ同時。飛び退った後にはまた別の、だが同じタイプのタクトニムがケヴィンの居たその場に襲い来ていた。…ケヴィンは当然咄嗟に避けはした。元々の性質に加え【危険予測】と【敏捷力増加】の能力もある為こんな攻撃を食らう事などはそうそう無い。が――今、反撃は出来ていない。無傷なそのタクトニムが、元々ケヴィンが居たそこに着地をするなり、再び飛び退ったケヴィン目掛けて床を蹴り出す。…ヤバい体勢が少し悪い。【飛行】でも使えない限り足場も無い空中で方向を変えるのも腕に新たに力をこめるのも無理だ。飛び道具を使うにしろこのコンマ数秒に相当する瞬間では銃を出している余裕が無い上、【ソニックブーム】も撃てそうにない――。
 と、ケヴィンが内心で自分の迂闊さを呪いつつ防御体制を取った瞬間に、タクトニムのその額――と言って良いのか、とにかくケヴィンを追っていたタクトニムの頭部に派手な穴が穿たれた。銃撃。ケヴィンも壁に着地し一度動きを止めたそこでタクトニムの額に穴を開けた相手を確認。自分と同じパーティメンバー。敵では無い。
 …ケヴィンが確認した位置には伊達眼鏡に白衣を着た男が居た。低い位置で座り構えた状態――確り両手でホールドしたオートマチックピストルの銃口を向けている。火を吹いたばかりと思しき白い煙が銃口から微かに揺らいでいる。撃たれたタクトニムは衝撃で壁に激突し体液と内臓をバラ撒いている。白衣を着た男――リュイ・ユウが発砲した銃弾が、今ケヴィンを追っていたタクトニムの頭部を撃ち抜き、撃破した。
「…気を抜いていられる場所ですか?」
「悪ィ」
 …質より量の人海戦術、あまりに数が多くて集中が途切れ掛けた。ユウに短く返しつつ、ケヴィンは今度はユウに向かって突進する。見ているのはユウのその後ろ――相変わらず同じタイプのタクトニム。ユウでは避ける事も叶わないだろうそれに軽々と躍り掛かると、高周波振動の刃と硬質ワイヤーカッターを巧みに操り音も無く撃破。ケヴィンは間、髪入れず今度は自分の元居た方向へと【ソニックブーム】。そちらから姿を見せていたのはまたも同じタイプのタクトニムが複数。それらもまた、ケヴィンの撃ち放った衝撃波で一気に葬られた。
 そこに至って漸く、新手の姿が見えなくなる。…それはぼやぼやしていればすぐに元通り、同じだろうが。連中は侵入者と知ればすぐさま飛んで来る。
 今度こそ、現れたタクトニムを鮮やかに片付けたケヴィンに対してユウはぽつり。
「やっと調子が戻ったようですね」
「手間掛けた」
「ええ」
「あーそうだどうせ俺の油断だよ」
「…それより。案の定と言うか何と言うか…」
 数が多いですねまったく、先が思い遣られますよ――と溜息混じりにぼやくユウ。
「…いっそ周りに爆弾でも仕掛けて全部吹き飛ばしてしまえばいいものを…」
「そりゃ出来たら爽快だろうが…それはつまり好き好んで危険冒して都市中央警察署くんだりまで何しに来たって事なんだ? 元も子も無くなっちまうだろ。それに派手にやったらタクトニムどもにビジターがここに居ますよってわざわざ知らせてるも同然になっちまう。精々、出来る限りは静かにやらないとな」
「…わかってます。冗談ですよ。言ってみただけです」
 言いながらもユウはピストルのカートリッジを引き抜き残弾数を確認、再び元通りに叩き込む。…まだ大丈夫。そんなユウの様子を見つつ、ケヴィンは刃と手に付いた血糊をぶんと振り払う。
「…んじゃとっとと行くか」
「ええ」
 短く示し合わせてから、ケヴィンとユウはタクトニムの死骸転がる廊下をそれぞれ駆けて行く。



 ごきり。
 殆ど抱き付くような形で背後から一体のタクトニムに組み付いていたのは黒色の影。その凄まじい膂力で頚部が圧し折られたタクトニムはもう絶命している。それを確認してから、黒色の影――シオン・レ・ハイは静かに腕を緩めた。タクトニムの死体は力無く床にずり落ちる。…その間、数秒も経っていない。
 そんなシオンの脇に居るのは額に汗を浮かべた白皙の美貌――クレイン・ガーランド。機械物に触れる事は職業柄結構慣れていますので、と電子回路――それも確りした入力デバイスがあるコンピュータに限らず、部品のように扱われているものにまで、見付けたところから手当たり次第に【マシンテレパス】を試みている。クレインが集中しているそこの前で、半透明の基盤が形成されその上に光の粒子が踊る。細かく幾何学めいた光のその動きが情報のひとつひとつ。必要なものは出てくるか。…建物の見取り図を手に入れる事が出来れば幾分楽になるのですが。思いながら続けているクレインは今この場に至るまでに――既に幾つかのコンピュータからある程度の情報を入手してはいた。なるべくタクトニムを呼ばれないように、セキュリティの方も殆どひとつひとつマニュアルで外しているような状態でもある。それから、途中にある電子制御の扉も、自分のパーティメンバーが使用するもの以外はなるべくロックを掛けて来た。…入り口がたくさんあるといつ何処からタクトニムが現れるかしれない。
 抗ESP樹脂を警戒してもいたが、全部が全部それでコーティングされている訳でも無かった。そして、抗ESP樹脂が施されていたとしても決して完全な防御になる訳でも無い。…抵抗力が各段に増す、と言うだけの話になる。ごく小さな一点に集中し【マシンテレパス】を試みれば普通にするよりも効果は増す。完全な情報・効力を求めさえしなければそれ程難しくもない。自分の【マシンテレパス】、抗ESP樹脂を通しても漠然とした断片的なものならば何とか拾える程度の強さはある。…拾い出したその情報を、自分の頭で統合し推理の上、具体的に意味のある形に組み直すのはまた手間になるが。
 それに、コンピュータ自体が完全に独立していればさすがに暴くのは難しいだろうが、基地とされている場所ならある程度の段階までは連動されていて然るべきと言える。ならばもう少し楽な手の出しようもある。…例えば、既に支配下に置く事が出来たコンピュータに正式な方法――機械言語を使わせ、それを利用してハッキングするならば、抗ESP樹脂コーティングされているコンピュータに対しても殆ど関係は無くなる。少しやり方が複雑になるが、そんな荒業もまた――試みた。ひとつひとつ、繊細に情報を探り、プログラムに命令を与え、実行する。そう、この方法は結局、自分の中から音を探り見付け出す、作曲と言う行為にもまた似ているのかもしれない――。
 …少し、息が切れて来た。
「大丈夫ですか?」
 目敏く気付き、気遣うようなシオンの声。はい、とクレインもすぐに返す。
「…ケヴィンさんとユウさんが来るのを待って、先に進みます」
「読めましたか」
「ええ、何とか…」
 頷くクレイン。
 と、そこの前に当たる廊下、悠然と歩いて来る熱源――人間がひとり。…否、こんな場所を人間が悠然と歩いているか? 思っていたらその通り、その『人間』と仲良く連れ立って――と言うよりその人間型タクトニムに付き従うようにして、直立巨大黒蟻ことイーターバグと思しきタクトニムが三体歩いているのがシオンのサイバーアイの視界に入った。
 まだこちらには気付いていない――だが気付かれるのは時間の問題。ならば先手必勝、シオンは音も立てずに彼らの元へ近接し、強化されたサイバーのその腕でまずは人間型タクトニムの方の身体を拘束、流れるような動きで――建物突入直後タクトニムから奪っていたアサルトライフル並の貫通力があるピストルを接射。人間であるならその急所になるだろう場所を易々貫通した弾が壁に着弾。一拍置いて傷口から噴く体液。…すぐ側で何事が起きているのか理解出来ていないイーターバグ。当然相手の状況判断が済むのを待つ訳も無く、シオンはそちらへ対しては即座に手持ちの高周波ブレードを鞘から引き抜き――引き抜き様に電源をON、頭部と胴体を繋ぐだろう節の部分を、ざ、と挽き斬った。連続で三体、高機動運動を使うまでも無く殆ど時間は掛からない。
 周辺を確認。他のタクトニムは居ない。シオンは小さく息を吐く。
 ――が。
 再び熱源が近付いて来るのを確認。今度は皮膚が無く、ぬめる筋肉が剥き出しになって居る異形のタクトニム――ケイブマンが廊下の端に姿を見せた。脈打つ血管も露出している。盛り上がっている筋肉。廊下が狭く感じるくらい巨大なその体躯が――ビジターの姿を見付けて凄まじい声で吠え、突進して来た。シオンは冷静に、溜めの無い動きで再び高周波ブレードを用い向かって来るその身体を力をこめ深く斬り掛かる――が、その傷は見ているそこで耳を塞ぎたくなるような濡れた音を立てつつ再生。…まだ浅かった。一撃で何とかしなければこのタクトニムはどうしようもない。…近接格闘には相性の悪い相手。
 反撃が来る。思ったそこで何故か動きを止めるケイブマン。何故動きを止めたか――その背後にケヴィンの姿があった。逆手に握られた高周波ファイティングナイフでその背中を切り裂き、はぁ、と既に決着が付いたような溜息を吐いている。途端、ケイブマンはフラフラとよろけ、まともに歩けないような状態になり――少し踏鞴を踏むと、ずずん、と重い音を立て倒れ込んだ。…そのまま昏睡。絶命してはいないようだが――。
「…神経毒。象も殺せるレベルの濃度の奴、直接切り裂いた傷口にぶち込んでみた」
 まともに遣り合うとなれば厄介だがこうすりゃ時間稼ぎくらいにはなるだろ、とケヴィンはぼそり。
 そんなケヴィンに、助かりました、とシオンは礼を言う。ケヴィンが来た向こう、ユウの姿もまた見えた。ケヴィンがその姿を振り返る。…漸く少しは落ち着いたと見て、軽く手を上げる。
 ――が。
 シオンの足許、たった今絶命したと思っていた人間型タクトニムが気配も無く起き上がり腕を跳ね上げている。その手首がかくりと折れ下がり、そこからぱっくり開いた空洞がシオンを狙っている。腕の中に銃が仕込んであるのか。シオンもケヴィンも気付いていないユウは見える場所じゃない――声を掛ける間も惜しんだ。コンピュータの側、ひとり幾分離れた見通しの良い場所に居たが故に気付いていたクレインは咄嗟に持っていた軽量小型のピストルを基本を踏まえて両手でホールド、人間型タクトニムに照準、発砲、激発音。そこに至り漸くシオンが人間型タクトニムの動きに気付く。9mmパラベラムが着弾したのは人間型タクトニムの頬に当たる場所。外れたと言うべきか当たったと言うべきか。…ともかく少なくともその身体は傾ぎバランスは崩れた。折れ下がった手首の中、覗いている銃口が明後日の方向――天井や窓を向き、空しく乾いた耳障りな音を連続して立てる。パーティーメンバーに当たってはいない。廊下の天井から瓦礫が降って来る。
 シオンは改めて瀕死――?――の人間型タクトニムの動きを封じ、今度こそ――曲りなりとも生物であるなら確実に獲れるだろう遣り方で止めを刺す。白衣を翻しパーティメンバーに駆け寄りながら、少し目立つ騒ぎになってしまいましたよ、早く移動しましょうと厳しい顔で告げるユウ。ええ、と油断無くピストルを握ったまま部屋から駆け出して来たクレインも同意。
 …皆が顔を合わせた、そこ。

 先程ケヴィンとユウが現れた方向、廊下の端に――紫の硬質の肌が居た。

 白い頭部。武装サイバー化された両腕。そして背中に生えた腕――ビジターキラー。高機動運動の準備は既に為され、今にも動き出すと言うタイミング。物陰からこちらの様子を予め確認していたか。機構が同じもしくは劣る以上、オールサイバーであるシオンが今から高機動運動を考えるよりビジターキラーが高機動運動で動き出す方が確実に早い――まずい。
 ビジターキラーが戦闘体勢に入る。高機動運動を使用、ビジターへと襲い来る――だろうと思ったそのタイミング、ビジターキラーの前にケヴィンが音も無く低い姿勢で接敵していたのが先だった。ビジターキラーは高機動運動を使う、そう聞いていたからこそ【危険予測】及び【敏捷力増加】の能力をフル活用して先回りし、機動力を削ぐ為俊敏に移動するその足とサイバーの腕――武装サイバー部分である銃それ自体を直接狙い、高周波振動の刃でケヴィンは斬りかかっている。
 結果、右腕のバルカンが――火を吹くその前にケヴィンの高周波振動の刃に切断された。が、直後にケヴィンのその身体も、切断されたその腕で力任せに床に叩き落とされている。ビジターキラーは動きが止まったケヴィンのその身体へと左腕のオートライフルを照準、刹那――今度こそシオンが高周波ブレードと先程のピストルを手に間合いを詰め接敵。ビジターキラーの頭部がそちらを見た。そして最前までケヴィンの頭部――急所を狙い照準していたそのまま、改めて目標を確認もせず左腕のオートライフルを一拍遅れて発射。至近距離で着弾し床材が破壊され、瓦礫と化す。が、本来狙った相手への着弾は無く、ケヴィンはオートライフルの照準からは逃れている。…が、完全に無傷では済んでいない。
 今度はそちらの方が危険と見たかビジターキラーはケヴィンからシオンへと照準を変更。右腕の銃が壊された為両方を一時に狙えない。背中の腕が届く範囲にはまだ敵――ビジターは居ない。
 が、ビジターキラーが自分に照準を定めたその時、シオンの方は既に高機動運動に入っている。
 逆転。

 ――身体を張って時間を稼いでもらった以上、次は私が。ケヴィンさん。



「…っくしょ…くそっ、避けられたと思ったのによ」
「そんな悪態が吐けるようなら大丈夫ですね」
 …ビジターキラーにあんな至近距離で狙われておきながらこれで済んだのは奇蹟ですよ。
 言いながらもユウはケヴィンの血塗れになっている患部――右肩から二の腕の辺り、右膝から脹脛の辺りを丁寧に確かめつつ、白衣の下から取り出した包帯を用い、鮮やかとも言える手並みでひとまず止血。…出血が派手な上に少々肉が持って行かれているが、実際、命中してはいないのだろう。至近距離だった故に衝撃でやられたに過ぎない。…それにしてもあの対物破壊用とも言える殺傷力の強烈な12.7mmの弾頭に狙われてこれで済むとは幸運だ。否、ケヴィンの能力ならばこの程度はやって然るべき、か。

 …今、シオンと入れ替わるような形でケヴィンは一時撤退、少し遅れてユウとクレインが咄嗟に入った物陰へと転がるように飛び込み、ユウから応急処置を受けているところ。クレインはケヴィンの血塗れな肩口と膝の辺りを確認するなり、ピストルを構え周囲を警戒したままでユウを見た。
「…どうですか?」
「そう簡単に死ぬような怪我じゃないですよ」
 ただ、出血が酷いですから貧血が問題と言えますか。…こんなところである以上、動きに支障が出てしまうのが一番困りますからね。
「…でしたら、撤退する事を考えた方がいいですね」
「ええ。…輸血を考えるだけなら『隣の病院』へ転がり込むと言う手も無くは無いですが」
「…んな急いで血ィ足さなきゃならないような大怪我じゃないっての」
 当然、『隣の病院』は却下。…むしろ行ったら余計な苦労が嵩むのは目に見えてる。
 ぼそりと言いつつ、ケヴィンはユウから渡された抗生物質の錠剤をがり、と噛み砕いている。そして立ち上がろうとしたが――足許がふらつき、特に、がくりと右足の力が抜けた。
「いきなり立ち上がらない方がいいですよ」
「ったって…」
 他ならないビジターキラーをシオンさんひとりだけに任せて後方で休んでられるかよ。
「今の貴方の状態で行っても、高機動運動速度の世界では足手纏いになるだけだと思いますが」
「…っ」
「休むのもまた戦術ですよ」
 言われ、ち、と舌打つケヴィン。…確かに今の自分では、ただそこらの『普通の範疇の速度の』相手と交戦するならともかく――高機動運動で戦っている中に入っては役に立たない。否定は出来ない以上、黙り込む。

「…クレインさん、建物の構造、どうでしたか」
 取り出した応急処置の道具を再び白衣の下に仕舞いつつ、ユウ。
 その問いに、クレインは小さく頷いた。
「…ええ。断片的ながらもある程度は把握出来ました。…白地図状態とでも言えば良いんでしょうか」
 いくつかの階は無理でしたが――逆を言えば簡単には掴めない情報であるそここそがここでも特に重要拠点と言える訳ですから…大雑把に言うなら目的は果たせた事になるかもしれません。
「で…その情報も加味して考える限り、現時点の退路はそちらの部屋の奥に当たる扉が一番の近道と考えていいと思います」
「わかりました。…では今回白紙だった場所――重要拠点と思しき場所の詳細はまた今度にしましょう」
 無理して一度ですべてを求める事も無いですから。
「そうですね。シオンさんは遺伝子やクローン技術に関する情報がもし何かあれば、と仰っていましたが…」
 それどころじゃなくなるかもしれませんからね。…そろそろ帰還を考え始めた方がいいかもしれません。
 硬い声で言いながらも、クレインは時折ビジターキラーと交戦中であるシオンの様子を窺っている。…彼らの動きは殆ど目視不可能な事が多いが――それでも、ピストルはいつでも撃てるように準備。当然ながらシオンVSビジターキラー以外の、周辺への警戒も怠ってはいない。…とは言え、この反動が少ない小型軽量のピストルでは、タクトニムに対して意味のあるダメージを与えられるかどうか、わかりませんが。

 …それでも私も――それこそ出来るだけ足手纏いにはならないように、しませんと。



 ――…映画のコマ落としのようにさえ見えた速度。高機動運動を用い、シオンは現れたビジターキラーの眼前に即到達、勢いを殺さないまま高周波ブレードで直接首を獲る形に斬りかかる。先程のケヴィンに攪乱された結果、今度は相手はまだ高機動運動に入れていない。ざばりと鈍い濡れた音、胴体から離れた塊を確認するのとほぼ同時――シオンは片手に握っていた件のピストル、その銃口を人間ならば重要な臓器が収まっているだろう場所に向け、トリガーを連続で引いていた。…時を置かずの強襲作戦。相手の武装は強力だ。撃たれる前に掴まれる前にやる必要がある。隙を見せたらこちらがやられる。
 よたりよたりとふらつく、頭が取れ、半身肉塊と化したビジターキラー。…何とかなりましたか。思ったそこで周囲を見渡し、注意深くシオンは索敵。サイバーアイの能力もフルに活用する――廊下の先、歪な人型の熱源を再び発見。熱分布とその姿形。紫の肌に覆われた筋肉質なその身体にのっぺりとした白い頭部――またも、ビジターキラー。
 ふと見れば目の前の、たった今強襲し撃破したそのビジターキラーの背、弱々しい動きながらも腕が生きている。その指先で作られているハンドサイン。新手のビジターキラーも同様のサインをしている事を確認。これは――恐らく仲間を呼んでいる――まずい。シオンはほぼ無力化している一体目のビジターキラーに躍り掛かりその『背中の腕』を用心の為高周波ブレードで切断、その紫の身体を掴み盾――囮に使いつつ、即座に二体目へと突進、攻撃を試みる。
 …が、その内心で思うのは退きどころ。あまり長引き交戦回数が増えれば、高周波ブレードならではの切れ味はそれ程保たない。超高周波振動の使用回数には限界がある。高機動運動の回数も同様。持っているピストルの残弾は。なるべくならば使いたくはない自らの装備、腕部内臓サブマシンガンまで使用する必要が出てくるか――。
 他ならない都市中央警察署、この第一階層に於いてタクトニムが拠点としているこの場所で――ビジターキラーを複数体、もしくは連続で相手にするのは――さすがに無茶と言えよう。

 さて、どうしましょうか――。



 がたりと音がする。警戒するクレインの視界に動くものが入る。ほぼ同刻、ユウも気付く。クレインが退路候補として告げたドアが開いている。その向こうに殺意に満ちた眼光が一対――タクトニム。咄嗟にクレインもユウも銃口を向けるが――それより先にクレインとユウの視界内、眩い光の球体がタクトニムに直撃した。刹那、タクトニムの姿が音も無く消滅――【PKフォース】。…それが使えるのはケヴィン。
 現れたタクトニムを速攻で撃破すると、ケヴィンは今度こそ立ち上がる。…足許にも危なげはない。
「…そろそろ大丈夫だ」
「そうですか?」
「ああ、シオンさんの援護に行く」
「わかりました」
 では――撤退を第一に考えて、行動をお願いします、とクレイン。…そろそろ少し無理が掛かって来ていると思いますから。そう続け、退路の件は聞いていましたよねとクレインはケヴィンに改めて確認。わかってる、とケヴィンも頷き、少しでも隙が出来たらこっちに戻る、ドクターストップは別にないだろとユウにも軽く確認した。そんなケヴィンに対し、ええ。動けるならば御自由に。但し――怪我なら俺で何とかしますが死んだらさすがに何も出来ないので、精々死なないように気を付けて下さい、とあっさり返すユウ。
 ケヴィンのこの怪我、程度で言うなら元々大した怪我でも無い。…それは安静にしていた方が良い事は良いが――戦闘とは関りの無い一般市民なら安静にとは取り敢えず勧める必要があるだろうが――今はそうもしていられない。そして――戦い慣れているケヴィンの場合ならば余計に、少し休めば特に気にもならないだろう、その程度の怪我になる。…ただ少々、戦闘力が落ちている可能性はあるが。
「…じゃ、出る」
 短く残し、ケヴィンはすらりとエレクトリックナイフを取り出し武装に追加、休んでいたそこから床面を蹴り廊下に飛び出した。…まだやや不安は残るだろうが、ケヴィンの動きはそれでも常人以上にまで戻っている。その後ろでユウとクレインもそれぞれ後方支援に入った。
 シオンもパーティメンバーのその動きに気付く。つい先程直にビジターキラーから切り裂き、奪った右腕の武装――7.62mmバルカンをまた別のビジターキラーに連射。そちらに対しユウの発砲した弾も炸裂。直後、そのビジターキラーの首に向け、いつの間にか近接していたケヴィンが今度は高周波ファイティングナイフはそのまま――電源が切れたらしい――エレクトリックナイフの電源をON、合金製の普通の刃と帯電した刃の二刀流で左右から一気に斬りかかる。…獲った。次。
 と。
 次のタクトニム――増えているビジターキラーの姿へとそれぞれ攻撃を仕掛けようとした――途端。
 脈絡無くドゴォンと爆発音が各所から連続する。大きいものと小さなもの。それに続き――更には建物自体が地震のように揺れた。爆発音と連動する凄まじい地響き。何事か。俄かに動揺を見せるビジターキラー。シオンもケヴィンも何かと思う。が――状況が俄かに停止したそこで、早くこちらに! とユウが叫ぶ。疲労や燃料、手数、武装に無理が掛かって来ているのは疾うに承知。隙が出来たなら撤退を考えるのが第一。ユウのその声がその場に居た者を我に帰らせた。シオンもケヴィンもユウに呼ばれる通り目の前のビジターキラーから迷い無く即座に撤退を開始。ユウの元に走る――それに気付いたビジターキラーの一体がやや遅れながらも、左腕のランチャーを彼らに向け照準、発射。その時には既にユウは廊下に居た者の目に止まる場所からは――疾うに引っ込んでいる。シオンとケヴィンは全速力でその後を追っている。…【敏捷力増加】と高機動運動を使える――その余力を残した者が。
 先にあった物陰の奥の部屋、そこの扉が開けられていた。扉の向こう側に位置する場所にクレインの姿。ユウも既に飛び込んでおり、シオンとケヴィンが最後に滑り込む。彼らが来たのを確認後、クレインがその扉を閉めている。
 まさにランチャーが着弾する直前、開いていた扉が閉まり切り、クレインの手により【マシンテレパス】使用で施錠が完了。直後――と言うよりほぼ同刻、扉の向こうで炸裂音が轟いた。こちらへの影響は、微かな音と振動だけ。…さすがに堅牢な建物、扉を隔てれば被害は来ない。
 そこで改めて、互いに先程のケヴィンの怪我以上のダメージが無い事を確認し、皆で頷き合うと先の廊下を走り出す。そんな中、これで逃げ切れなかったら虎の子――【テレポート】使うからなと宣言するケヴィン。そんな彼に対し、大丈夫だと思いますよ、と静かにクレインが告げる。…どうやら誰か『別の方』でもいらっしゃったようですし、彼らも我々よりそちらの方が危ないと見ると思います、と分析。先程の爆発音と地響きは、何者かの攻撃かはたまた建物内部での何らかの事故かわからないが――少なくとも、そのどちらかだろうと思える非常事態ではあるだろう。
 それでこちらが手薄になるだろうと言うのはやや楽観的にも感じる科白だが、そうですね、とユウも同意。…俺が冗談でぼやいていた事を実行した連中が居るのかもしれませんよ、とケヴィンへちらと目を向けつつぽつり。ほら、建物が直接派手に被害を受け始めれば、内部でちょろちょろ動いている鼠など後回しになって然るべきでしょうと続け――そのタイミングで目の間に飛び出して来たタクトニムへとオートマチックピストルを躊躇いなく照準、一発では無く二度連続して発砲。着弾、撃破。…現れるのはタクトニムとは言えビジターキラーやケイブマンと比べれば軽い相手。特に際立って俊敏でも無く、この程度の銃の威力で機能停止――もしくは死亡する。…ゲートを潜れば敵への攻撃に躊躇いを持つ事こそが一番の敵だと散々思い知らされる。
 …確かにクレインとユウが言う通り、先程の場所から逃れ扉を潜って以降、タクトニムが扉の向こう――背後から追って来る気配は無く、前方から時々現れ、ビジターの姿を発見すると襲い掛かって来る――くらいなもの。総じて、数が幾分、少なくなっている。
 この調子で行けるならば――ケヴィンの【テレポート】を使うまでも無く、取り敢えず無事に帰還は出来そうか。タクトニムの姿が見えない時に適宜確認している残弾数も、想定していたよりは乏しくも無い。

 各所で起きた爆発音、いったい何事かは知らないが――降って湧いたこの偶然へ、感謝を。

 Fin.

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 ■整理番号/PC名

■主発注PC
 ■0474/クレイン・ガーランド

■副発注PC
 ■0375/シオン・レ・ハイ
 ■0486/ケヴィン・フレッチャー
 ■0487/リュイ・ユウ

 ※各表記、整理番号順

■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
┗━┻━┻━┻━┻━┻━□

 当方初のPCパーティノベルへの発注有難う御座いました。
 専用オープニングより先に発注頂いたのに、後回しのお渡しになってます(汗)
 …やはりと言うか何と言うか…遅くなりもしてしまいました。
 申し訳ありません。

 内容は…戦いっぱなしのジェットコースター状態で(はい?)
 こんな感じになりました。
 …ひっそり、資料の中に掲載されているタクトニム・モンスター総登場状態にもなってたりします。

 ところで、いきなり上級者向け(?)な警察署に来られるとわ…ついぞ思わず(それはシーンの選択肢に含めておいたのは自分ですが)…御期待に沿えたか微妙に疑問です。
 いえ、特にサイコマスターズ世界ですと…世界観(と言うか技術や常識等の制限)との折り合いにも神経使うので…。普段、東京怪談と言う何でもあり的な世界観で書いている事が多く慣れてしまっている以上…余計に不安が残りまして…(汗)

 少なくとも対価分は楽しんでやって頂けていれば幸いです。
 では、また機会がありましたら…。

 深海残月 拝