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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


【専用オープニング】便利屋集団の事務所に行ってみよう

ライター:深海残月

■Opening

 都市マルクト。中でもジャンクケーブには何があるのかわからない。それは今に始まった事でも無いが、それでも、『ただ』ぼーっと人が道端に座り込んでいるなんて状況はあまり見掛けない気がする。…それは貧困故の病気や空腹でどうしようもなくへたりこんでいるなり、喧嘩もしくは襲われたりした結果動けない状況下に陥っているなり、安酒で出来上がっているなり、はたまた酒どころか危ないおクスリでイってしまっている…などと言った有り触れた理由でのそんな連中ならば比較的よく見掛けるが――今見付けたこの相手は何だかそれらとは違う。思いながらその相手を見るともなく見ている。と、その相手の顔が上げられた。見上げられる。何か用? ぼそりと呟かれたその声は明らかに男。だが、見上げられた顔は女性と見紛うようで。やけに綺麗な顔立ちに、体付きも華奢。服装も、男とも女とも取れるような――ファッションでかはたまた意図せずなっているのか、とにかくルーズなもので。それだけでもこんな場所では色々と危ないのではとお節介ながら頭を過ぎる。と、そこまで考えていたところで座っていた華奢な体型のその男は億劫そうによいしょと立ち上がっている。そして立ち上がったその彼は、自分を見返して来、にやりと笑った。
 ――お前…この辺慣れて無いだろ、だったらちょっとした穴場教えてやるから付いて来な。そこ行きゃ大抵『ここ』の裏表両方見える。ヘブンズゲートとはまた違った味がある場所だぜ? 『四の動きの世界の後の』なんて言う訳のわからんプレート掛かった便利屋集団の事務所なんだけどな。
 と、言うだけ言って、男はこちらの返事を待たずにぶらぶらと歩いて行く。こちらが付いて行こうが行くまいがどちらでも良さそうな態度。何だかよくわからないが害意は無さそうである事だけは確か。僅か迷うがこの彼の言う通り、自分はこの周辺に慣れていないと言うのも事実。ならば、折角教えてくれると言うその場所、知っておいて損は無いだろう、ひとまずそう判断して、男に付いて行く事にした。

 …で、その華奢な体型のやけに綺麗な顔の男が、近隣では『ブラッドサッカー』と呼ばれている変な放浪者だと知ったのは、『四の動きの世界の後の』とやらに行った後の事になる。


■Main

 …振り返る気配さえも無し。
 クレイン・ガーランドは少し思案してから、まるで少女のように華奢に見えるその男の背を追ってみる。元々、特に当てがあるでもなし、ならば穴場と言うその場所、教えてもらうのも良いかもしれない。…そもそも、この辺に慣れていない――と言うよりまず都市マルクトに慣れよう、と散策している内にいつの間にか迷い込んだのが今居るここ、と言っても差し支えない訳で。慣れていないと言えばまったくその通り。そして、この彼の方はクレインとは逆に――どうやら、相当に慣れている。
 更に言うなら、彼の言動から察するに元々この辺りは――どうもあまり治安が良い場所でも無いらしい。となるとこの場を離れた方がいいのでは――そう判断した事が、彼に付いて行く理由のひとつにもなったか。
 結局、特に追い掛けようとしなくても、ぶらぶらとゆっくり歩いている彼の背にクレインはすぐ追い付く。それに気付いたか、漸く彼の方もクレインの顔をちらと見た。小さく笑うと軽く片手を上げ、歓迎するようにひらひらと振って見せてくる。
「…よく本当に付いてくる気になったな?」
 こんな胡散臭い奴にさ。
「いえ、害意が無い事は人を見ればわかりますからね」
「この御時世でそれ言うか?」
「…貴方の場合、本当にただの気まぐれに見えました。もし、何か嵌めるつもりで私に話し掛けたのなら、もう少し私の態度がはっきり決まるまで粘って確認して来て然るべきでしょうし、それにしては突き放した態度に見えましたしね。…貴方にしてみれば――私が付いて来ようが来るまいがどちらでもそれは私の自由。もし私が貴方に対して何らかの害意を持っていた、もしくは話し掛けられた時点で持った、としても貴方はそれでも特に気にならない――貴方はそれでも充分に自身の安全が図れるだけの能力を持っている、そう言う事にはなりませんかね?」
「…そー来るか。まぁ、間違っちゃいないが」
「他には…あまり長居しない方が良い場所のようにも思えた、と言う事がありますか。ですから、今の場所から離れるついでに、貴方に付いて行ってみるのも良いかも知れないと。…まぁ、私にしても、考え直してみればそのくらいの理由かな、と言う程度のお話で。…言われなければ特に考えもしませんでしたね。深く考えてはいませんよ」
「そりゃ随分不用心だな」
「用心する必要も特に無いですから」
 静かに微笑み、クレインはあっさりと告げる。と、その言葉に反応したタイミングで、連れ立っているその彼に、唐突にじっと見詰められた。
「…」
 黙り込んで、クレインの様子をまるで観察しているように。
 何だろうと単純に疑問に思い、クレインはその視線を真っ向からじっと見返してみる。
「…どうしました?」
「…何も無ぇな」
「はい?」
「そうだな…生きようが死のうがどうでも良い、偶然今は生きているから素直に生き続ける事を一応努力しているだけ、って辺りか。…ま、手前の力に奢ってる奴に比べりゃ余程マシだな」
 ぽつりと呟き、悪いな、簡単に確認させてもらった、とクレインに告げる彼。…使用したのは【思考読破】。行使したその時、対象が考えている表面的な事を読み取るテレパス。
「…エスパーなんですね」
「いや、ここでお前にいきなり襲われてもつまらねぇからな。…が、読んだ結果何にも危ねぇ事が無い場合、ただの失礼だろ。だから読んだ事をそのまんま伝え返すのは謝罪の意味も兼ねてる訳だ」
 それでこちらがエスパーだってのを明かす事にもなるしな。
「超能力を使わなくても人の心ってのはある程度読めるモンだが…確認の必要がある時は敢えて使わせてもらってる」
「…賢明な判断だと思いますよ。出来る手段を持っているのなら。…ところで、お話ししていた便利屋さんの事務所に行きがてら、ついでにお伺いしたい事があるんですが、構いませんか」
「構わねェよ。俺で答えられる事ならな。…何が聞きたい?」
「この辺りより幾らか治安の良い場所を知りたいんですよ」
 食事をするのに適した場所など、色々と。
 それは、食べる事に熱心…と言う訳では無いのですが、迷う事になってしまうとさすがに困るだろうと思いますし。…元々、この都市マルクトに慣れようと思って、特に当ても無く散策していたところなので…もし教えて頂けるようでしたら、是非。
 クレインはそう続け、連れ立っている彼の顔を窺う。
 と、彼は少し考える風の顔をした。
 うーん、と唸った後、そうだな、と口を開く。
「…ジャンクケーブん中は基本的に今んトコと変わんねぇかも知れないな。…元々廃材の捨て場から自然発生したスラム同然になる以上、ビジターズギルドの支配も届き難いし自警団のパトロールも意味あるんだか無いんだかよくわかんねぇし…マフィアの下っ端連中ならある程度平気で馴染んでるが――それでもマフィアだと何処か別の臭いがするのは否めねェからいい意味でも悪い意味でも目立って動き難いかも知れねぇし。あー、まともな市街と接してる入り口近い方なら、まだ治安は良いっちゃ良いか。取り敢えず、慣れない内は奥まで入り込まねェ方が無難だな」
 …で、今お前が居たのはまさにその安易に入り込まねェ方がいい、ジャンクケーブでも結構奥まったトコになる。
「…区別、付きますか?」
「確かにマルクトん中は見渡す限り廃墟っつえば廃墟だが、ジャンクケーブに入ると特にひどいから建物注意して見てりゃわかるよ。…建物の形してないところも多いしな。そもそも今向かってる先もコンテナ改造して事務所にしてるくらいだし。まぁ、治安悪いったってどちらにしろ慣れてくりゃ大した事はねェが…今時何処に居たって治安の良い場所の方が少ないしな」
 最後に付け加えられた科白に対し、それもそうですね、と苦笑混じりにクレインはぽつり。彼の話を聞きながら、改めて辺りを見回している。言われる通り確かに真っ当に建物の形をしていないところも多くある。また、店のような確りした建物の形はしていても、その先はいったいどうなっているのか見当も付かないところも多い。
「こう言ったところは…」
 どんな場所なんでしょう?
 そんな謎の扉のひとつをそれとなく視線で示しつつ、クレインは問うてみる。
「やめとけ」
「?」
「その手のところは一番危ない。何が出るかわからないからな」
 見た目通り店だったとしても…営業してても真っ当に看板出す気がない――出せないような商売してるトコになる。場所によっては有毒な廃棄物が放置してあったりもするしな。ただ空き家だったり何事も起きなかったらそれは幸運だ。…下手すりゃタクトニムが潜んでたりもする。
「紹介者も何もなけりゃ、最低ライン外から見て何の店かわかるところに入るのが原則だな」
「了解しました」
 クレインは素直に頷く。…元々、訊くだけ訊いてみただけの話。折角場所に詳しいらしい連れと居るのなら、疑問に思ったらその時点で訊いて見た方がいい。それはあまり何度もやると鬱陶しがられるかもしれないが、そもそも初めに自分を誘うと言う気まぐれを起こしたのはこの連れである彼の方だ。
 今ここに至って、道々のガイド役を嫌がるとは思えない。

 …彼と共に歩いている内、注意深く見ていると確かに周辺の建物の様子は違って来ている。間に合わせは間に合わせの建物でもどうしようもないボロ、と言う印象は取り敢えず拭えている印象だ。周辺に見える人もまた様々。水商売風の露出度の高いおねえさんが通りすがりの方々に秋波を送っていたり、手足や関節等身体のごく一部だけ装甲剥き出しのままのサイバーが何やら話し込んでいる姿が見える。ぼさぼさ頭のくたびれた風の親父が酒瓶を抱えて千鳥足、かと思えば妙に確りした服装のこまっしゃくれた子供が走っている――等々、取り敢えず、少なくとも先程のように座り込んでいる人はあまり居ない。
 と。
「クレインさんじゃないですか」
 何処からか呼ばれ、クレインは飛んで来た声の源の方を向く。そこに居たのは三十代半ば程と思しき、黒レザーのロングコートを着た紳士。にこやかに微笑み、こんなところでお会いするとは奇遇ですね、と改めてクレインに声を掛けている。
「シオンさん」
 こんにちは、とクレインは今自分を呼んだその相手――シオン・レ・ハイに声を掛ける。今現在クレインの連れになる少女めいた華奢な彼の方も足を止めた。そして――ふたりの遣り取りをただ黙って見物している。…ひとまず、置いて行こうとはしていない。
 このふたり――クレイン・ガーランドにシオン・レ・ハイ、どうやら知り合いであるらしい。
「貴方がジャンクケーブにいらっしゃるのは、珍しいんじゃありませんか?」
 クレインさん。
「それは…折角ビジターズギルドに登録した訳ですから…色々と都市マルクトの中にも慣れておこうと思って散策をしていたんですよ」
 それにほら、この塔内でしたら昼間でも日光は関係ありませんから…アルビノの私でも気楽に動けますし。慣れれば色々便利かとも思った訳ですよ。
「…それより、シオンさんは?」
「ああ、私はですね…」
 と、シオンは問い返されるなり、何やら意味ありげに盛大に溜息。
「そう――何かいい仕事が転がっていないかと思っているんですけどねぇ…」
 つまりはジャンクケーブに職探しです。
 と、それを聞き。
「お仕事でしたら――」
 クレインは反射的に言い掛け、連れの――見た目だけは少女めいた華奢な彼に視線を流す。
 つられてシオンもクレインが目で示した彼を見た。今のクレインの連れ――ではあるらしいが初対面ではある。
 一瞬の沈黙。
「…別に人数増えても問題ねェが」
 肩を竦めつつ、ふたり分の視線を集めたその彼は苦笑。見た目の女性めいた儚さと確り男っぽい声と口調のギャップにシオンは少々驚いたが…それはまぁ大した事でもない。そもそも自分のスペアのボディも女性体だ…。
 シオンは彼のその態度を見てから、クレインへと視線を戻しこれは誰かとそれとなく目で問う。と、こちらは先程お会いしたばかりの方なんですが、便利屋さんの事務所を紹介して下さるそうなので、何かお仕事と言うのならあるかもしれませんよ、と素直に教えられた。クレインがシオンにそう伝えたところで、確か人手は年中歓迎って言ってたぜ? と連れのその男もシオンに対し付け加える。
 …シオンは俄かに目を輝かせた。
「でしたら是非に何かお仕事を」
「…俺じゃなくて行った先の元締に言ってくれ」
「貴方はその便利屋さんの方ではないのですか?」
「違ぇよ。…ただの常連」
「そうなのですか」
 では、仰る通り行った先で頼む事に致しましょう、とシオンは頷く。…同行決定。
 と、そのタイミングで、またも――おや、と意外そうな声がクレインに掛けられる。その声を発したのは眼鏡を掛けた、清潔でスマートな印象の、黒系の服を着た男――リュイ・ユウ。
「こんなところで何やら賑やかなようですが、何か面白いお話でも?」
 軽く挨拶をしつつ、ユウはごく自然に三人の中に入ってくる。と、答えるようにクレインは少女めいた華奢な彼を示した。
「こちらの方のお誘いで、便利屋さんに顔を出してみようと言う話になりまして」
「…ああ、『四の動きの世界の後の』っつってわかるか?」
 クレインの科白に促されるように、華奢なその男はぼそりと言う。考えてみれば初めの時点でクレインには言ってあるが、他の連中には言っていない。
 …その科白に、『四の…』なんですって? と訝しげな顔をするシオン。
 一方、今現れたユウの方はと言うと、少し考え込むように顎に手を当てていた。
「…『四の動きの世界の後の』ですか。聞いた事ありますね?」
 少しして、自分の中にある情報を引き摺り出し頷くユウの姿に、へぇ? と意外そうな声が飛んで来る。また別の人物の声。当然のように振り返るユウ。…どうやらそちらは彼の方の元々の連れらしい。黒革の繋ぎに迷彩のベスト、やや長めの髪を後頭部で無造作に括っている無愛想な若者――ケヴィン・フレッチャー。
「便利屋ねぇ」
「…ですがその名前のところでしたら…便利屋仲介と言うより傭兵ギルドと聞いた気がするんですけれど…俺の記憶違いでしょうか」
「んな言い方なんざどーでもイイんだよ。やってる事は便利屋だから」
「…それもそうですね。言葉面より実際どうであるか、の方が大切ですか」
 言われ、ユウもあっさりと同意。…そもそも自分も似たようなものになる。金を取り責任持って医療行為はするが、正式に医者と名乗れる免許は無い。
「便利屋か…」
「どうかしましたか? ケヴィンさん」
「…いや、俺も行く」
 突然思い立ったようにケヴィンはきっぱりとそう呟く。…考えていたのは今の自分の仕事。トレジャーハンター紛いの何でも屋、最近は特に宅配業を主としている状態なのだが…どうもそれにしては――配達の過程で余計な厄介事に巻き込まれる、即ち危険手当を別途支給して欲しいような仕事の率が無闇に高い気がしたり…どうも、割に合わないような気がして来ていたのだ。
 そこで、偶然ながら聞いたこの話。
 …仲介通した方がまだ適した報酬も期待出来るかもしれない。
 ケヴィンの思惑はそこにある。
 そんなケヴィンの科白を受け、では俺も同行させてもらう事にします、とユウもあっさり。
 まぁこちらは、折角の機会ですから――と言うだけで、特にそれ以上の意味は無いようだが。



 広くない…と言うか有態に言って狭い部屋。元々コンテナであるらしい以上、それもまぁ仕方無い話ではあるのだろうが――更には多種多様なガラクタで散らかっているので余計に狭い。
 そんな中、壁際に佇んでいるのは白衣――とは言えその裾の、黒ずんだ赤と饐えたオレンジへとだんだら模様に染め分けられた色は白衣と言うのも憚られるような凄まじさなのだが――を無造作に羽織った日系らしい男。金属めいた体毛を持つ小型犬――ロングコート・チワワ系のミックスらしい――が彼の腕に抱かれているが、その犬は肩に上るような形でじゃれ付き、無防備に甘えてもいる。
 一方の事務椅子の方には――少なくとも色だけは白人系らしい少女がひとり、背凭れに向かう形で座り、肘を突いてこちらを見ている。首から下の全身を包むぴったりした黒いボディースーツに派手な蛍光赤色のジャンパーを羽織っている彼女のその顔に、少し違和感があると思ったらその肌、中心を境にして右側にだけ肌と少し色味が違うだけの色でびっしりと文字――漢字で文章が描かれていた。刺青なのだろう。

 …それが現状、キリル・アブラハムの前に居る人物ふたり。
 白衣と言いたくもない白衣を着ている方がミクトランテクトリと言いここ専属の傭兵のひとり、刺青の少女の方はケツァルコアトルと言い、元締の片割れだと言っていた。
 キリルはと言うと、ところどころから中綿の飛び出しているぼろけたソファを元々そこに座っていたミクトランテクトリから勧められ、取り敢えずそこに腰を落ち着けている。目の前のテーブルには一応、珈琲。最近、懇意になった下っ端マフィアからここの話を聞いた旨伝えたら――この扱い。扉開いてぱっと見たところでは、キリルの方で来る場所を間違えたか、と反射的に回れ右をしたくなるような平和ボケした坊ちゃん嬢ちゃんに見えたが、ふとした時に見せる目の色からしても、中身の方はそうでもないらしい。キリルがどう言う人間で何故ここに来たか、『臭い』でわかったと見た。
 実際、話の方も初めから仕事の方――契約の方面で進んでいる。
「…ここでは傭兵なんて必要ないか、と思ってましたからね」
 自警団にビジター、だいたいのトラブルはこれで片付く筈でしょう? とキリル。言われ、ケツァルコアトルもまぁね、と頷いた。
「でもそれでも、ここが仕事に干されちゃいないってのは厳然たる事実」
「先程から聞いていると殆ど便利屋業のようですが?」
「傭兵らしいお仕事をお望みならそっちもいつでも出せるよ? …結構あるんだよねー、あまり大声じゃ言えない仕事とか。ほら、マフィア連中も結局、自分の手を汚したくない時もある訳だし、『特定の場所では無敵な看板掲げてるトコ』であっても――逆にそんな看板背負ってると関係各位への信用上、下手な行動が取れないって事もある。それに、例えセフィロトの塔とは言えビジターズギルドの恩恵受けてない人も居ないとは言い切れない訳で。…自警団の慈悲にだけ縋るのは無茶な場合もね」
 取り敢えず今入ってるその手の仕事だと――ああこれこれ。
 知ってるかも知れないけど。そう言いつつ、ケツァルコアトルはひょいとファイルの中から二枚程紙を取り、椅子から下りてこれ、両方ミク――ミクトランテクトリに頼もうかと思ってたんだけど何ならどうかな? とキリルに持ち掛ける。曰く、抗争…と言うより冷戦状態に陥っている、とあるふたつのマフィア双方からの依頼。しかもどちらも似たり寄ったり。要点を言えば自分のところの名前を出さずに、敵対マフィアの力を削いで欲しい――と言う依頼になる。
「…おいおい」
「ウチは完全中立だからね」
「…ってな」
 俺みたいな一見にその極秘にしなきゃならねぇような書類を見せるかよ、と少々疑わしげな顔になるキリル。が、それもわかっているのか、ケツァルコアトルはにやりと笑って見せた。
「どうせどっちも建前、これはその辺ふらついてる腕に覚えがあるよーな連中にも大抵話行ってるのが確認取れてる仕事なんだ。でも相手は何と言ってもマフィアだし、本当に実行に移すかどうかは別問題なんだよね。ある程度自分の安全真っ当に考える奴なら話は知ってても手は出さない。その分、首尾よく実行できた際の報酬は結構いいけど。…ま、そんな話がバラ撒かれてる事自体がどちらにとっても牽制になる訳だから、あわよくばイイ結果が得られるかもしれない、って、依頼する方でも運任せみたいなところはあるだろうね」
 こんな依頼でもウチで噛んでれば成功時の報酬はお約束するし。余程の下手打たなきゃ確り保護も出来るよ。
 …どうする?
 あっさりと問われ、そうですね…と考える風を見せながらキリルは改めて書類を見直す。
 …満更でも無さそうに見えたのは、気のせいか。

 そしてある程度話が進み、結局、キリルに傭兵契約証こと紋章が刻まれた鋼板付きの腕章が渡された頃。
 …部屋の扉が突然開かれた。その向こうからまず見えたのは少女のような華奢な姿の人物。小さく片手を上げ、軽く中に声を掛けてくる。
「…よ」
「ブラッドサッカーじゃん。どうかした?」
「客連れてきた」
「…貴方がそー来るとは珍しい」
「さっきジャンクケーブの奥でな、こっちの兄さんがいかにも素人さんって感じで歩いててよ」
 何となく気になったんで連れてきた。
 そう言って、華奢な姿の彼――ブラッドサッカーは自分の後ろにいる生活感が稀薄なアルビノの美青年――クレインを指し示す。それを受け、こんにちは、と中へと挨拶するクレイン。その後ろに上品に髭を生やした長髪の紳士――シオンや、眼鏡を掛けた真面目そうな人物――ユウ、東洋系の顔立ちの無愛想な青年――ケヴィンの姿も見え、あらら随分居るんだね、本当に珍しいじゃん、とケツァルコアトルは軽く驚く。
 そんなケツァルコアトルに対し、どーも皆こっちの兄さんの知り合いなんだってさ、とだけブラッドサッカーは説明し、遠慮も何も無く部屋に入ってくると――大欠伸。
 そして、壁際まで行くと転がっているガラクタを当然のように蹴り崩し、スペースを作ったかと思うと壁に寄り掛かる形で――地べたに直に座り込む。
「んじゃおやすみ」
「…はい?」
 クレインは思わず聞き返すが、答えは無し。
 ブラッドサッカーはそれだけ残し、座り込んだままかくりと項垂れると――どうやら宣言通りお休みしてしまったらしい。自分たちを連れてきた相手にいきなり放り出され、俄かに困るクレイン。さてどうしたものやら――思いながらも顔を上げると、ケツァルコアトルと目が合った。目が合うなり――苦笑される。
「あー、コイツいつもこうだから特に気にしないで。それよりお兄さんたちも契約希望? それともただ来ただけ? …どっちにしても珈琲くらい出すけど」
 ちなみにボクがここの元締の片割れでケツァルコアトル、そこで犬とじゃれてるのがウチ専属のミクトランテクトリね。名前長いし呼び難い響きだろうから適当に縮めて呼んでくれて良いよ。愛想良く言いながらケツァルコアトルは部屋の隅に畳んで立てかけてあった椅子を広げ出す。どーぞぉ、と声を掛けながらその椅子を勧めた。勧められるまま有難う御座います、と受け、クレインはふとソファの方に座っている、中東系の血が濃く混じっているだろう人物――キリルへと声を掛けてみる。
「…貴方もこちらの方ですか?」
「いえ。ここでは――俺も貴方がたと大して変わらないでしょう。今日初めて来て、今、契約したばかりのところですから」
 キリル・アブラハムと言います、と軽く挨拶。それを受け、私はクレイン・ガーランドです、と挨拶を返している。続き、シオン・レ・ハイ、リュイ・ユウ、ケヴィン・フレッチャーも挨拶を交わし、取り敢えずシオンとケヴィンがこちらの仕事に関して考えているようだ、と知らされた。
「…キリルさんは元々傭兵なんですか」
「ええ。…この塔内では一応ビジターって事にはなってますがね」
 …とは言え、キリルにしてみると――正直を言えばビジターと呼ばれる人種には良くわからない奴が多かったりするのだが。――それは山師なのはわかるが、いまいち理解できない。
 だからこそ、傭兵ギルドだと言うここに来てみた訳で。…口には出さないがそんな風に思ってもいる。
 ほんの少し先に契約していたと思しきキリルから元々傭兵だと言うそんな話を聞き、クレインはふとケツァルコアトルに振ってみた。
「やはりこちらで登録されているのは…元々、本格的な傭兵である方が多いんですか?」
 素朴な疑問。
 それは実体が便利屋集団だと言われても、契約している人材が皆、元々の傭兵――戦闘特化している人材ばかりでは、音楽家であり、身体も弱い自分がここに居るのは少し場違いではと思う故で。
 が。
「そこんとこは大丈夫。どーせブラッドサッカーもここの事は便利屋集団とか言ってたでしょーし、確かにその通り元々の戦争屋ばっかりじゃないから安心して。御近所の奥様やちっちゃい子にも依頼によってはお仕事手伝ってもらってる事あるし。一般人でも全然OK。何か特技がある人だったら特に歓迎」
 にこりと笑い、クレインに答えるケツァルコアトル。
 と、そうですか、とクレインも静かに息を吐いた。
「でしたら…私でも出来そうだと判断できる依頼があれば、参加させて頂きたいと思うのですが」
「わ、それって凄く有難い。…是非お願いしたいかも」
 依頼によってはむしろ戦争屋じゃない人材の方が欲しい時もあるからね。…この御時世で音楽屋さんとなると、ある意味その方が貴重なスキルかもしれないし。言いながらケツァルコアトルはクレインと共に来た他の面子にも興味深そうに目をやっている。そんな目を見て、今度はシオンが口を開いた。
「宜しければこちらではどんな依頼をこなして来たか…それも教えては頂けないでしょうか」
 私は、お仕事が頂けるなら何でもやらせて頂きたいとは思っていますが――参考までに。
 真剣にそう聞いてくるシオン。と、そうだねぇ、とケツァルコアトルは考え込む。
「シオンさんは軍事用オールサイバーっぽいけど…まぁ普通に傭兵っぽいお仕事もあるよ。戦争って言うより今時だとマフィアの抗争か。そのお手伝いとか…要人の暗殺も警護もどっちもやるし。情報収集もあったね。…それから、塔内の行方不明さん捜索とか、ビジターズギルドと共同でやる事もある。あ、自警団からパトロール要員貸してって言われた事もあった。ちょっと前にあった――凶暴なタクトニム・モンスターが街中に潜伏してた時の話だけど。…対象のタクトニム・モンスターに自警団員が食われまくっちゃって一時的に手が足りなくなったとかで」
「…」
「もっと平和な依頼だと、さっきケヴィンさんが愚痴ってたよーな宅配――集配の仕事もある。これは簡単な物とか御近所の物みたいな危険が少ないと判断できる仕事だったらちっちゃい子に頼んだりもするね。ああ、出前の配達の代理もある。…バイト員が逃げたとかよく聞くからそんな時に急遽頼まれる事もあるし。この場合はちょっと危険な場所への配達――になったりするけど。それとか屋外&室内の改装や修繕、簡単な機械物の修理とかもあるね。引越も請け負うし。程度はピンキリで『掃除』もある。食材調達なんかもあったりする」
「本当に色々あるようですね。…それでしたら確かに戦争屋でなくとも手が出せそうです」
「でしょ? 家事仕事なんかもあるよ。炊事とか繕い物の仕事とか。…この御時世物資は貴重だからねぇ。そっち系の細々した仕事は絶対なくならないって言えるし。…大した金にはならないけど」
 炊事の時も食材を無駄にしない事が必要不可欠だし――布地なんて言ったら最後の最後まで使い回して当然だからさ。…ちなみにこの辺の依頼が御近所の奥様方に頼んでるクチだけど。それから子守りとかペットの世話とかもそのクチだね。花の水遣りとかもある。
「…それやりたいです」
 真面目な顔でぽつりと呟くシオン。…その辺の家事仕事は得意だ。…と言うより最早繕い物――裁縫となればむしろ得意どころか趣味である。
「…そぉ?」
 意外そうにケツァルコアトル。
 シオンは大真面目に頷いた。
「家事仕事でしたらいつでも回してやって下さい。お願いします。…好きですし、慣れてますんで」
「…んじゃシオンさんにはそっちを重点的に回す事にするよ。…この手の依頼、数はあるけど報酬の関係もあるし万年人手不足のクチだからそう言ってもらえると有難い」
「そうそう。手が開いていると私にまでその辺りの仕事が回ってくるくらいですからね」
 曲りなりとも医者なんだから手先は器用だろうと言う理由でね。…それは間違いではありませんが。
 苦笑しつつ、口を挟んでくるミクトランテクトリ。
 と。
「貴方はお医者さん…なんですか?」
 元白衣と思しき凄まじいだんだら模様の服を見ながら、興味を抱いたのかぽつりとユウが口を挟んでいる。が――いえ、医者はしてませんよとにっこり微笑み返すミクトランテクトリ。当然のように言われ、ユウの頭の中に疑問符が浮かんだ。…と、なると?
「強いて言うなら獣医はしてますが。動物専門の闇サイバー博士もね」
 ですが、人間ですと治療するより放っておきたくなるので医者とは言えません。いえ…放っておくより殺してしまいたくなると言った方が正しいかもしれませんね…。どくどくと脈打ち流れて行く鮮やかな血の色なんか凄い誘惑ですしねぇ。ぱっくり開いた創傷から覗く剥き出しになったピンクの肉がぷるぷると震えている様なんか儚くて愛しくて堪らなくなります。…ほら、死体って神秘的で素敵じゃないですか?
 そう続け、にこにこにこ。
 にこやかに微笑むミクトランテクトリの顔と科白に、瞬間、部屋の空気がすーっと冷えた。…少なくとも本日初めての方々はそう感じた。
 …但し、ユウ以外――だが。
 そんなミクトランテクトリに対し、ユウはと言うと――いつもの無愛想は何処に行ったのか、にっこりと微笑みを返している。それを見て反射的にケヴィンの顔色が蒼褪めたのだが…ユウは気にした様子が無い。
「お医者さんはしてらっしゃらないにしろ、色々とお詳しそうですね?」
「ええ。知ってても使えないので役に立たない事の方が多いですが――医療技術やサイバー技術の方は、一通り」
 興味がおありですか? と小首を傾げ、ミクトランテクトリはユウに問う。と、ユウもはいと素直に頷いた。
「俺も一応医者をやってるんですよ。…それで、宜しければ色々と参考にさせてもらいたいと思ったんですが――お話、構いませんか」
「そうですか! 私の話を聞いて下さる方はなかなかいらっしゃいませんので嬉しいですよ。どの辺りからお話ししましょうか? …御近所でお医者さんをしてらっしゃるのならば、戦闘で受けた怪我や傷、それと傷口から細菌が入っての感染症の予防や対策と言ったものにまずは神経を使いたいでしょうかね? 傷は下手に放っておくと免疫機能が働いて原型留めないくらいぐちゃぐちゃになる事もありますからねぇ…。腐ってしまう場合もありますしね。どうしようもなくなったらサイバー技術でしょうか? …高周波武器で切断されたりした場合だと、サイバー化させるにはし易い傷と言えるんですよね。断面が綺麗ですから」
 なかなか、そう上手くは行きませんけどね。
「…仰る通りその辺になるんですよ。まぁ傷の手当てなら…簡単な止血に消毒程度なら何の問題も無いですし、外科的手段も慣れてはいます。戦闘要員だと脂肪が少なくて筋肉が締まってますから見易いですし神経繊維や血管の選り分けも楽ですしね…そちらは何とかなるんですが…俺が特に心許無いと思っているのはサイバー技術と薬の知識の方でして。さすがに散弾撃ち込まれたりして内臓が細切れミンチ肉みたいになっていると――普通の医療手段で治し切れるものでは無いですし、薬の種類は多く効能は細かく知っていた方が良い意味でも悪い意味でも応用が利きますしね」
 何処か、含むものを感じさせつつも――それでもユウもまた、にこやかにそう言っている。

 …数分後。
 ユウとミクトランテクトリは同様の調子で和やかに長々と話し続けていた。
 今度はサイバーパーツの入手方法。セフィロトの塔ならではの話――このユウにも一応ながらビジター資格がある事を聞いた為、タクトニムが装備している物を引き剥がして手ずから再生する事を勧め、その手段を微に入り細に穿ち話し込んでいる。
「――…神経や筋肉との繋ぎ方とかも良い参考になるんですよね。タクトニム本体から離す時は大変です」
 そう、それこそひとつひとつ丁寧に肉を削ぎ落として確認しながら離さないと――折角目の前にある技術が勿体無いですからね?
「確かにそうですね。折角塔内の技術になるのなら知って損はないでしょう。基本は大して変わらないと言えど、外界の知識より明らかに上の技術でしょうし。…余裕があったら今度見てみます」
 次にゲートを潜る時は解剖用のメスも必要ですね、とひとり頷くユウ。
「…」
 連れであるユウの恐ろしい笑顔、そして見たくもない一面を見、反射的にケヴィンはこの男との縁を本気で切りたくなっていた。げ、と声を上げるのまでは取り敢えず我慢したが――生理的に思いっきり引いた。
 闇医者だとは知ってはいたが、ここまで…。
 思わず遠い目になりかかるケヴィンに、凄まじく物騒な汚れ方の白衣を着たミクトランテクトリが腕の中の犬を撫でながら視線を向ける。ユウと和気藹々と話をしていた当の相手。話している内容からは想像も付かないような穏和な態度と顔立ち。…彼の腕の中にちんまり収まっているチワワ系のミックスがケヴィンをじーっと見ている。そこだけ見るなら、平和も平和だ。
「そう言えばこちら…貴方のお連れの方で?」
 言って、ミクトランテクトリはケヴィンを示し、ユウに問う。
 ケヴィンは――反射的に化物でも見るような目で見返してしまった。
 が、ミクトランテクトリは気付いているのかいないのか――にこにこにこと満面の笑み。
「何だか、犬みたいですね?」
 ひそりとユウに向け、ミクトランテクトリはそんな科白を続けている。…当然のようにケヴィンにも聞こえている。
「いや、あれはどっちかと言うとハイエナかジャッカルだと…」
 が、こちらも動じずさくりと返すユウ。…そうなんですか。どちらにしろ随分貴方に懐いてらっしゃるようですよね、ともっともらしく頷くミクトランテクトリ。そう見えますか? とやや心外そうに返すユウ。
「…」
 無言ながらもこめかみ辺りの青筋ひくついているケヴィン。
 …言うに事欠いて何を言うのかこのふたり。
 と、そんなケヴィンの両肩を、ぽむ、と宥めるようにそれぞれ叩くふたつの手。…一方の手の主シオンは無言のまま緩く頭を振り、もう一方の手の主クレインはまぁまぁ抑えて抑えて、と言葉に出しても宥めている。…但し、どちらも『原因』であるユウとミクトランテクトリの会話を制止しようとはしていない。
「…」
 そんな姿をこちらもまた嫌そうな顔で見物しているキリル。傭兵、戦争屋と言う意味でなら糞で上等、むしろ歓迎その方が余程わかり易い人種――なのだが、頭蓋骨の切り方がどうの生身の身体から取り出したばかりの脳神経系の色艶がどうのサイバーボディとの繋ぎ方がどうのと白々しいくらい和やかに、そして嬉々として目の前で話されていれば――百戦錬磨の『猫』と異名を取ったMS乗りであってもさすがに、引く。…何と言うか、ビジターへの違和感どころでは無く、最早同じ星の人間とは思えない。
 が。
 目の前で話されている『異星人』たちの理解不能な会話や――先程自分が聞いた事、シオンが元締の女に聞いた依頼の話からすると――ここは相当多方面に渡る連中と繋がりがある事は確実なようである。密かに集めている『奴』の情報の方にも期待が持てるかも知れない。…そちらの意味では、期待度が上昇した。
 渡された傭兵契約証の腕章を暫し見ていたかと思うと、キリルは、ああそうそう、とケツァルコアトルに視線を流す。
「俺の方は――テロリストが絡んでる仕事があったら内容に関らず特に教えちゃもらえませんか」
 腕章をいじくりながら、ふとぽつりと頼むキリル。
 その科白にも了解、と軽く受け、んじゃ改めまして契約しましょうか。と、ケツァルコアトルは何処からともなくキリルが持っているのと同様の腕章をちゃき、と複数取り出して見せる。…受けたい仕事の傾向と持ってるスキルを教えてもらって、これを渡しておけばそれでいい、との事らしい。
「…そっちの兄さんもって話だったよね?」
 と、どうもユウ&ミクトランテクトリの毒気に当てられ止まっているケヴィンに対し声を掛けるケツァルコアトル。声を掛けられ、ああ、とやや上の空な風でケヴィンは答えた。漸く我に帰る。
「そう…だな。思い立ったが吉日だろ」
 あっさり頷き、せめて真っ当な対価は得られる仕事が欲しいからな、とぽろり。そう言う話だったらこっちで連絡する前にこまめにこの事務所に来てもらうと良いかも、とケツァルコアトル。…曰く、殆ど同じ内容の仕事でも条件や報酬の差が色々あるから直に自分で選んだ方が良いんじゃない? との事。どうやらここでの仕事は相場は殆ど関係なく、契約者とクライアントの条件さえ合致すればどんな仕事でも成立しているらしい。
 …殆ど報酬無しでも情に訴えれば結局引き受ける――逆を言えばどれだけ大枚積まれても心が動かされなきゃ何もしない奴も居る。そして当然その逆に、大枚積まなきゃ指先一本動かさない――けれど金さえ積めば何でもやる奴も居る。また――そこで犬と戯れている、何をさておき死体と聞けばすっとんでくようなのも居る訳で、常連のクライアントの場合、暗黙の内に頼みたい相手を想定して依頼しているところもあるらしい。
「条件や対価は自分で見極めて決めろ、と言う事ですか」
「そんな風だから好き勝手気軽にやってられるんだけどね。でもまぁ…雇われる条件を厳しくしておくと当然ながら仕事は少なくなるし、緩めておくと多くなる。ちなみに依頼請負は先着優先だから、そこに関して文句は付けない事。嫌だったらこまめに顔出して依頼を確認してね」
 びし、と言いつつケツァルコアトルは腕章――これが既に傭兵契約証らしい――をクレイン、シオン、ケヴィンに配る。お仕事がある場合、この鋼板に彫ってある紋章と同じ刺青を手の甲にした人間が行くからと言いつつ、ケツァルコアトルは自分の左手の甲を見せた。…言う通り、同じ紋章の刺青が入っている。
「最初は勝手がわからない事もあると思いますから、レクチャーの方、宜しくお願いします」
 傭兵契約証でもあると言う鋼板付き腕章を渡された時、クレインは丁寧に挨拶。シオンも、宜しくお願いしますねと同様に声を掛けていた。…渡された物をじーっと見てもいる。
 一方のケヴィンは――傭兵契約証の腕章を取り敢えず受け取るだけは受け取るが、挨拶より何よりどーも気になる事が一点。
「…ところであれはどうするんだ?」
 それは――ユウとミクトランテクトリのふたりの事。
 ………………相変わらずお話は弾みまくっているようである。ふと意識を向ければ銃で撃たれた人体についての話等、それは既に治療可能な時点の話からは外れていないかと思える事まで事細かに聞こえてきた。
 最早彼らふたりの存在自体無視状態のキリルに、無言のまま処置無しとばかりに肩を竦めて見せるケツァルコアトル。…ブラッドサッカーは相変わらずぐーすか寝ている。
「…放っておきませんか?」
 ぼそ、と忠告するように呟いてみるシオン。
「そうですね、折角楽しそうなんですし」
 ユウとミクトランテクトリのふたりを見、苦笑しながら、クレイン。…彼の場合、案外平気そうである。実は大物なのかもしれない。
「…」
 そしてケヴィンは――複雑そうな表情で自分の連れであるユウと…ここの傭兵らしいミクトランテクトリを黙って見ている。黙っていたい訳ではない。むしろ色々言いたい事はある――が、単純に今のこのふたりに話し掛けたくはない。

 ………………放っておく、確かにそれが…一番賢明な判断なのかもしれない。

 Fin.

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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 ■整理番号/PC名

■主発注PC
 ■0474/クレイン・ガーランド

■副発注PC
 ■0375/シオン・レ・ハイ
 ■0486/ケヴィン・フレッチャー
 ■0487/リュイ・ユウ
 ■0634/キリル・アブラハム

■当方NPC
 ■0120/ケツァルコアトル
 ■0126/ミクトランテクトリ
 ■0127/ブラッドサッカー

 ※各表記、整理番号順

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 警察署に続いての発注有難う御座いました(礼)
 が、警察署ではなく専用オープニングのこちらが先のお渡しになります。
 …警察署はもう少々お待ち下さい(汗)。そちらは恐らく納期前日になる13日の金曜日(あっ)か…もしくは納期14日が土曜日になってしまうので休み開けの16日月曜日辺りのお渡しになってしまうかと…。
 自分、こんな感じでお渡しが毎度のように遅めなライターで御座います…。PCパーティノベルは初の受注だったので、少しスケジュールの憶測が甘かったと言うのもありますが(汗)

 …ともあれ、この度は専用オープニングにもお付き合い下さり有難う御座いました。
 また、当方の設定やNPC、文字数が皆長く…発注文章的にも申し訳ありません…(苦)

 結果的に事務所のお仕事紹介のような…のほほんな状態(?)が基本になりました。
 …話してる事が和み系かと言うと――むしろ程遠いですが(汗)
 ともあれそんな訳で、ミクトランテクトリと意気投合してしまって話が逸れている(笑)リュイ・ユウ様以外には契約証が行っていると思います。
 宜しければ御活用下さい。
 …こちらもサイコマスターズの方で部屋を使って動き出したからにはなるべく…東京怪談ばかりで無くこちらでも窓開いていこうとは思っておりますので、宜しければまたどうぞ。

 少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば幸いです。
 では、また機会がありましたら…。

 深海残月 拝