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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


プリズン
 〜白神・空 編〜


「……ずいぶんハードなプレイしてくれるじゃないの」
 白神・空(しらがみ・くう)は真紅の唇に苦い笑みを浮かべながら、現在自分の置かれた状況をそう評した。
 ちょっとないくらいのいい“遊び相手”に舞い上がって完全に油断していたことは認める。その相手にいきなり無針注射器を押し付けられて意識を失い、気づいたときにはこのていたらくだった。ベッドの上で“遊んで”いる時に不意をつかれるなどとは思わなかったのだ。空とて、よく知りもしない相手と遊ぶにあたっては、それなりに用心しているつもりだったし、ジャンクケーブに数あるその手の宿の中でも、あそこは個室のセキュリティーにおいて高い信頼があるのが売りだったのだから。
「結局、信じられるのは自分の嗅覚だけってことよね。いい教訓になったわ……っくしゅん!」
 そう嘯いてくしゃみをひとつ。それは空の今いる場所が埃っぽいどこかの地下室だということよりも、一糸まとわぬ生まれたままの姿に剥かれている事の方が大きく影響しているようだ。おまけに、ご丁寧にも両手両足には重い電磁式の枷を嵌められ、冷たい金属製の枠のついた台の上にうつぶせで大の字に固定されてしまっていた。客観的に見てかなり屈辱的な体勢だが、仰向けでないのがせめてもの救いであるかもしれない。
 部屋には空のほかに生きて動くものはなかった。その身を、巨大な強化ガラス製のシリンダーに満たされた保存用溶液にたゆたうに任せるしかなくなっている、かつて生きていただろう者の幾人かは、空が拘束されている台の周りでもって虚ろな濁った瞳を彼女に向けてはいたが。

 彼らはいわゆる「失敗作」なのだろう。
 あるものは異様に発達した大胸筋から背中の僧帽筋にかけて禽獣のごとき剛毛を生やしていた。肩甲骨のあたりから鶏の手羽先のような未発達の翼状突起も見てとれる。
 また、あるものは二本の下肢がほとんど融合して、海獣のような流線型のフォルムを形成していた。くるぶしや膝、それに下腹部にあたる部分にはわずかながら、鈍く光るコラーゲン質の、鱗らしい薄い膜が雲母のように重なりがあっていた。
 発達した犬歯と長い尾を持った者もいた、うなじにエラ穴の穿たれた者、昆虫の複眼のように、細かなビーズ状の眼球を顔面いっぱいにちりばめた者も。
 恨むでなく、悲しむでなく、静かに空のまわりでたゆたう彼らに気づいたとき、空は自分を拉致した者たちの意図を把握した。そう、用があるのは白神空という一人の人間、一個の人格ではなく、この肉体だということを、だ。
「面白い、これはたっぷりお礼をさせてもらいたいものだわ。二度と日の目を拝めない程度のね。さもないと罰があたるってもんさ」
 このような危機的状況下にあって、空はさほど取り乱してはいなかった。
 電磁式の拘束具はけしてもろいものではないが、なに、本当に逃げ出す気になったら【人魚姫】の能力でいつでも自由になることはできる。
 そして、空は待った。
 自分をこんな目にあわせた者が、自分のところへやってくるのを。拘束された実験用のベッドの上で、白銀の瞳をぎらつかせながら。

 どれほどの時間が経ったのか……。いいかげん待ちくたびれてうとうとしていた空が、近寄ってくる人の気配に目を覚ました。
「ったく!こんなカッコで長い時間放置プレイかまされて、胸つぶれたらどうしてくれるのよ!?」
 相手が怯むことを見越して、やおら顔を上げての恫喝。相手は、てっきり眠っているものと思っていた空にいきなり怒鳴られて、文字通り飛び上がって驚いた。
「……ぁあん?」
 空は可能な限り首をもたげて、実験台の傍らにへたりこんだ小柄な人影を覗き込む。
 どんなスケベ親父がそこにいるのかと思えば、意外や、腰を抜かして立ち上がることもままならず震えていたのは小さな……10歳くらいの女の子だった。
 肩口で切り揃えられた黒いまっすぐな髪、飴色の瞳。白い肌は東洋人の血が混じっているのか、空ほどの透明感はないものの、着ている黒いゴスロリ調のワンピースによく映えて美しかった。
「これは……嬉しい誤算ってやつ?」
 もう、猫をかぶっているのは限界だった。空はピンクの舌で形のいい唇をゾロリとひと舐めすると、目を閉じ、意識を己の細胞へと集中する。一瞬、全身にカッと燃えるような灼熱感。ついで細胞の配列が変化してゆく、むずがゆいような感覚が数秒続いた。下肢は鱗に覆われた魚のそれに、耳は鰭状に、手指の間には薄い皮膜も。空の持つ変身能力三態の一つ、【人魚姫】だ。
「んしょっ!」
 力をこめる必要すらなかった。両手首を縛めていた電磁式の拘束具は、腕の一振りでクッキーのようにあっさり砕けて、空の上半身を自由にした。下肢の電磁拘束具は両足が融合して魚になるときに、変形してゆく足の筋肉に負けて、とっくにはじけ飛んでいる。
「さあ〜ってっと。あたしを閉じ込めたやつらが来たらギタギタにしてやるつもりだったけど、予定変更よ」
 未だに床にへたりこんだままの少女に向かって誇らかにそう宣言すると、空は人魚形態のまま、器用に彼女の傍らに飛び降りた。
「こんな上玉、めったにおめにかかったことないわぁ。さあ、子猫ちゃん、いまからおねーさんとイイコトしましょうねぇ〜」
 どうせ監視カメラで見られてもいようが、かまうものか。空は自分の“食欲”を満たそうと震える少女の肩に手を掛け……。

『かぷっ!』

 何が起こったのかわからなかった。
 空が場所も、状況も、相手の事情もおかまいなしに“食べよう”としていた少女は一瞬で空の視界から消え、次の瞬間、軽い痛みを感じてそちらへ目をやれば、何か黒い塊が空の魚状の尻尾に喰らいついている。
「あっ、あっ、あんたはっ!?」
 空の、硬い鱗に覆われた尻尾に歯を立てて、一生懸命かじりついているのは、さきほどの少女だった。
「何してるのよー?」
 怒りよりは呆れて。空はひょいと少女の服の襟首を掴むと、あっさり自分の尻尾から彼女を引き剥がした。
 そのまま、額と額が触れ合うほどに少女の面を自分の顔に近づけ、観察する。そして納得。
 『子猫ちゃん』はリアルな意味でも子猫ちゃんだったようだ。深い飴色の瞳の瞳孔は、すっと縦に長かった。
 少女は今、目の前の大好物である大きなお魚=空の人魚の尻尾にすっかり心を奪われてしまっているらしく、レースの襟首を掴まれていてなお、華奢な手足をじたばたさせて、なんとかもう一度かじりつこうとしていた。
「ああ、もう。これじゃ話にもなんないじゃないの!」
 空はすっかり気をそがれてしまった。子猫ちゃんはたしかに可愛いが、このままではいつまでたっても埒があきそうにない。とりあえずちっともじっとしていてくれない少女の首根っこを押さえたままで元の人型に戻るべく、再度の軽い精神集中。
 少女は、目の前の「大きなお魚」が二本のしなやかな人間の足へ変わるのに目を瞠っていた。
 そのさまがまた絶妙に愛らしく、空は再びよからぬ行為の続きを再開しようと少女の顎に手を掛けた。そのとき。
「やあ、こんなところに迷い込んでいたのか。悪い子だね……さあ、こっちへおいで」
 出し抜けに男の声が響いた。声のしたほうに目をやれば、銃を構えた数人のガードマンを従えて、ここの研究者らしき男が立っていた。
 くすんだ金髪をぴっちりオールバックに撫で付け、白衣を羽織った細面の中年男が右手に拳銃を構え、左手で手招きをしてる。おそらく今頃モニターで異変に気がついたスタッフから報告を受けて飛んできたのだろう。
 少女は男に怯えているのか、空の身体にしっかり両腕を回すと小さく首を左右に振った。男の呼びかけに応じたくはないらしい。その反応を見ても、彼女が普段ここでどんな扱いを受けているのかは容易に想像できた。
「ちょっと。いいところだったのに邪魔しないでくれる?それにこの子、あたしといたいみたいよ?」
 空は心底不機嫌そうに男を睨み付けた。
「その件は、あとで改めて話し合おうじゃないか。そっちのベッドで心ゆくまで……ね」
 男は、ユーモアのつもりかそう言うと、拳銃の先で先ほどまで空が拘束されていたベッドを指した。
「冗談じゃない。こんなスプリングの悪いベッド、もう二度と使いたくないわ。それに、あんたみたいな臭そうな男は好みじゃないの!」
 空は、そう吐き捨てると目を閉じ、精神集中。たちまち白銀の獣毛に覆われた美しい獣の姿へと変貌を遂げた。
「何をしている!かまわん、撃て!」
 まさか自分たちの目の前で変身するとは思っていなかったのか、男は慌てて背後に控えるガードマンたちに命令を下し、自らも照準を空に合わせようとするが、空にくっついて離れない少女が邪魔でトリガーを絞ることができないでいた。
「甘いね!」
 空は自分に抱きついたままの少女を片手で抱えながら、この部屋唯一の出口、男たちが自分に向けて銃を乱射している真っ只中へと突進した。
 交差する弾道をかわしながら、一瞬で研究者の目の前に躍り出ると
「念の入ったご招待、どうもありがと」
 と、凄絶な笑みと共にアッパーカットを叩き込んだ。
 本当なら返礼はこんなものでは済まないが、今は余計な荷物……猫の瞳を持つ少女を抱えている。
 空はそのまま、建物を脱出するべく駆け出した。



「……まいったわねぇ。しつこい男共って、サイテーだと思わない?」
 数十分後。空たちは強風に攫われそうになりながら、高層ビルの屋上に立っていた。
 不案内な建物の中を、ガードマンたちに追われ追われて、ここまで来てしまったのだ。
 逃げてくる間、ずっとしがみついていた少女は、きょとんとした顔で空を見上げる。その無垢な可憐さに空はぞくぞくとこみ上げてくるものを感じて、にんまりと微笑み返した。
「邪魔の入らないところまで行ったら、じ〜っくり味見させてもらおっかな」
 言って、その姿を伝説のハーピィのごとき鳥人へと変貌させた。
「抱いていてあげられないから、自分でしっかりつかまってるのよ」
 少女はこくんと頷くと、空の首にしっかり両腕をまわした。
「いたぞ!」
 背後に無粋な男たちの声を聞いたが、もう振り返ることもせずに、空たちはビルの狭間へと身を躍らせた。

 思いもよらず、可愛い子猫を手に入れた空にとって、本当のお楽しみはこれからだ。
「あ、でも」
 この子の前で【人魚姫】になるのだけはもうよそうと思った。さもないと、どっちが“食べられて”しまうかわかったものではないのだから。

              (終わり)
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0233/白神・空 (しらがみ・くう)/女性/24歳/エスパー】

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■         ライター通信          ■
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白神・空さま。当方の能力不足から大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
まずはお詫び申し上げます。
魅力的な能力をお持ちでしたので、つい、欲張って全部使わせていただきました。
脱出の際「お持ち帰り」してしまった子猫ちゃんは、きっといい遊び相手になってくれることでしょう。
空さまの今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
今回はご参加いただき、本当にありがとうございました。

※誤字脱字、用法の間違いなど、注意して点検しているつもりではありますが、お気づきの点がございましたらどうかご遠慮なくリテイクをおかけくださいませ。