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第一階層【居住区】誰もいない街
ライター:有馬秋人
ここいら居住区は、タクトニム連中も少なくて、安全な漁り場だといえる。まあ、元が民家だからたいした物は無いけどな。
どれ、この辺で適当に漁って帰ろうぜ。
どうせ、誰も住んじゃ居ない。遠慮する事はないぞ。
しかし‥‥ここに住んでた連中は、何処にいっちまったのかねぇ。
そうそう、家の中に入る時は気を付けろよ。
中がタクトニムの巣だったら、本当に洒落にならないからな。
***
あの姿を見たとき、何故だか酷く動揺した。オールサイバーだから命に別状ないと笑っているのに、どうしても、こう、不安のような感覚が胸部に巣食っていて。
判然としない感情を抜いて、ただ考えることは一つだ。
欠けたままにして置きたくない。苛々する。
あの相手は、笑って動いて、はしゃぐ姿がこそがよく似合う。そのためにははやく義体を届けてやりたい、と。
ざりと地面の砂を踏みにじった守久は、付いてきているメンバーを振り返った。
「この辺に義体が埋まってるらしいんだが……」
「しかし龍樹よ俺の調査だとロクでもない情報だらけだそ。あ、こいつが報告書♪」
「だったらお前そんな調査する前に埋まっていそうな場所探してくれよ」
協力するよ、と朗らかに言ったあの科白は嘘なのかと横目で睨むが、その辺に使えるものが落ちていないか物色している伊達には効いていない。守久は渡された調書をおとなしくめくった。
「ふむ、見事にレッドマークだな」
横から覗き込んだヒカルが感想をこぼすと、ジェミリアスも首肯した。
「そうね。伊達さんが探偵としてどのくらい優秀かにもよるでしょうけど」
情報の真偽を問うのはただの冗談だ。それでも聞きつけた伊達はシェミリアスに「俺は優秀ですよ」と叫ぶ。
その一切合財を無視した守久は、報告書をヒカルに押し付けて、目の前にある建物を眺めた。一般的な住居にしてはやや贅沢なつくりだろうか、庭があってしかもプールがある辺りで庶民の敵だとぼやく。
「この屋敷の地下、か」
情報屋から買った話ではそうだった。ただ、とりあえず、基本的に、不本意ながら伊達からの報告を無視できないのも本当で。ガセかもしれないなぁと溜息をつく。
「……ま、ガセだったらその分返金させるか新しいのを搾り取るかで埋め合わせよう」
そうしよう、と一人今後の方針を決定して自分のいでたちを確認する。黒の戦闘スーツの下にはいつものように色々仕込んである。危険性の低い居住区に行くのにここまで装備をするのかと、笑うものも居るだろうが、これはある意味礼儀のようなものだった。幼馴染に対する。
一人で行く決意を固めている守久の後ろで、三人はこそこそと顔を付き合わせる。
「…あいつ何かいつになくマジじゃないか?」
「やっぱり彼女のことが心配なのよ」
「普段から何もせん道楽者とは思うていたが、どうして中々……様子見で付いてきたのだがじっくり見ても平気そうだな」
様子見に徹しても平気そうだと感心しているヒカルに、伊達が目を丸くした。
「おいおい、助けるためじゃないのか?」
「誰が助けると言うた」
自分は相棒の代行者兼支援役として同行しているだけだとすげなく言い切ったヒカルに、ジェミリアスがくすりと笑う。
「危機に陥らない限りは、でしょう?」
「死ぬとあいつが悲しむからな」
否定せずに頷くと、ヒカルは伊達の肩を押した。
「向こうで待っているぞ」
視線をめぐらせると、突入体勢に入っている守久が、三人をじっと見ている。
「何やってんだ。行くぞ」
「悪いっ」
伊達だけが慌てて守久の後に続いた。ヒカルは殿を引き受けるつもりもないのか、いつものペースで、けれど十分に警戒を目に刷いたまま続く。最後に残ったジェミリアスだけが困った人たちだと言う様に肩を竦めた。
居住区はすでに人がなく、シンクタンクの類も滅多にいないということで警戒レベルは低く見積もられている。そのせいもあってか、守久は比較的気軽にドアをくぐった。
「…待て伊達、どこ行く気だ」
「どこって、家捜しだろう?」
「お前は俺の説明をどう聞いていたんだ? 地下に埋まっていると言っただろうが。何故二階に行こうとする」
「お前こそ俺の報告をどう聞いていたんだ。ガセネタだろ」
一歩であっさりと仲間割れをしている二人をヒカルが冷静な目で見据えている。追いついたジェミリアスはどうしたものかと僅かに思案するが、打開の科白を口にする前に、守久が我に返った。
「わかった、下に行って何もなかったらお前の探索に付き合おう。何ならこの後買い物に付き合ってやってもいい」
「俺は男とつるんで買い物しにいく趣味はない」
それでもまぁ、譲歩してやろうと横柄に頷く。いったい誰の発案でここに来たのか忘れているとしか思えない態度だ。後ろで観察しているヒカルと、笑いを堪えているジェミリアスには気づいていないらしい。ようようと意見の一致を見せた二人は、振り返って女性二人の視線に気づき狼狽した。
「どうした?」
守久が口を開くの応じて、ジェミリアスが下を指差した。
「伊達さんの報告が正しいのかは分からないけれど、下に何かいるのは本当みたいよ」
センサーにひかかっる存在があると言外に告げるジェミリアスに、二人は怪訝そうな顔をする。
「タクトニム、か?」
「珍しい」
この居住区には滅多にでない。出ても比較的弱いタイプのものだから不安はないが、どうしてここなのかが気になった。
「ええ、一定空間を行き来しているみたい……前にも見たわね。このパターン」
ぼそりと付け加えた科白に、ヒカルが片眉を跳ね上げた。一定の場所をうろつくタクトニムなら心当たりがある。何かを守っている場合だ。
「ガセ、ではなかったやもしれん」
「そんなのは予想の範囲内だ」
守久は軽く返して、率先して下りの階段に向かった。一般の住居としては大きすぎ、屋敷だよと呟いているが、ヒカルが見る限り気の配り方に粗はない。この辺りは合格を出してもいいだろうと内心で頷いた。
少しだけ距離を置いて付いていく。ジェミリアスもそんなヒカルに少し微笑みながら最後尾を守っていた。真ん中を歩く伊達だけが、物色の視線をあちこちに投げてかけていた。
先頭の守久が地下に付いた頃合かと足を止めたヒカルは、ジェミリアスに肩を強くつかまれた。振り返ると真剣な顔で追い抜こうとしている。
「ジェミリアスっ」
「不味いわっ、どうしてこんなのがここに!?」
「何がいるっ」
物色していたせいで守久から離れていた伊達も走りながら問う、その声にジェミリアスは躊躇なく声を絞り出した。
「ビジターキラー」
「――――っ」
後はものも言わず、心霊銃を召喚した。ヒカルは走り出そうとする足をぐっと押しとどめる。
「どのくらいだ」
「はぐれ、みたい」
「ならば構うまい」
焦らずとも持つだろうと冷静さを引き戻す。そんな姿にジェミリアスは何も言わず、早足で歩くヒカルの後についた。
***
「だぁぁぁぁぁぁぁっ、どうしてたかが数十段の階段下りるのに手間取ってんだっ」
人工石灰で埋められた地面を踏みながら、降りてくる気配のない仲間に怒鳴る。まさか途中で物色に没頭している者があるとは思いたくないのだが、心当たりがあってそれを否めない。それよりも、と目の前の物騒なものに意識を集中した。
ビジターキラー。
幸いなことに、サイバー化していただろう前腕二つは欠落している。自己修復の限度を超えたことがあったのだろう。注意するのは後ろから生えている怪力の腕と、高機動能力だ。複数で動くことが多いと認識していたタクトニムが、こうして一体でいるのは果たして幸運のうちに入るのか否か。
「幸運ってことにしとくぜ」
その背後に堆く積まれたサイバーの義体が見えるからこその科白だった。どうやらこのタクトニムは義体を収集していたらしい。この中に目的に合うタイプ義体があるかもしれないと思えば、自然と気持ちが高揚する。
にらみ合うようにして、呼吸を整える。身に染付いている、独特の呼吸法だ。ばらばらだった体の情報が一本化していくような錯覚がある。この瞬間に、見えていた世界が一転し、極端に広がるような。
さぁ、始めよう。そんな開始の声が聞こえた気がした。
自分の領域を乱すものが来たと思ったのかビジターキラーがぐんっと迫ってくる。人間では対処しきれないほどの加速だが、守久はサイドにスライドしてその突進を避ける。すれ違うタイミングで袖口から太い鉄針を流すように指にはさみ、腹部の隆起している筋肉の継ぎ目に突き立てる。
そのまま距離をとると、斜め前方、ビジターキラーの向こう側からピュウと口笛が聞こえた。
「久しぶりに見たな、葬兵術だったっけ」
「遅いぞ」
「悪い」
うかうかと物色していましたとは言わない。それでもそんなことはお見通しだと睨む守久に、伊達は勘弁してくれと銃口を向けた。回避するのと高速で動いていたビジターキラーがその場所にすべりこむのはほぼ同時。
打たれた針と、心霊銃による負傷に気が立ったのか、後ろについている腕がぎちぎち鳴っている。
「援護射撃、任せろ♪」
「つまり」
「がんばれ斬り込み隊長!」
「そりゃあのお転婆の仕事だろっ」
自分とあの幼馴染を同一視するなと怒鳴りながらもきっちり応戦するために相対距離を測るあたり、文句になっていない。手にしているのは先と同様の暗器だ。今度は数本をまとめて指に挟んでいた。日ごろとは違う体の動かした方をする。人間の限界を超えた力を発揮するために、身につけた術。
守久がじりじりと距離をつめている間に、伊達は慎重に的を定めた。高速で動かれた後では捕捉はできない。だからできるだけ早く目を潰す。
その意志で銃のエネルギーを変化させた。今から放つ弾丸は、確実にビジターキラーの目を撃ち抜く、そんな指向性で放った弾は、守久だけでなく、伊達も視野に入れていたらしい相手の接近で外れた。頭部に掠るが致命傷ではない。
守久は崩れた均衡に、接近戦を仕掛けようとするが上手く距離を稼がれる。外した侘びのつもりなのか、伊達が相手の動きを制限するような場所に銃弾を打ち込む。それにタクトニムが意識をひかれた瞬間に懐に飛び込み、腹部を蹴り抜く。サイバー並みの威力を秘めた打撃に、ビジターキラーの体が泳ぎ、バランスを崩した。伊達はそこで迷わず銃弾を撃ち込んだ。真直な青い光が飛び、今度こそタクトニムの右目を撃ち抜いた。脳にまでは到達しなかったのか、潰された目に咆哮をあげながらも倒れない。
「威力を絞りすぎたか」
「いや、これで十分だ」
反省の科白を零した伊達を振り返ることなく、守久は右手に挟んでいた鉄針を投擲し、牽制する。呻きながらも、向かってくる人間を捕獲し潰そうとしていた後ろの手に命中する。どれほどの威力だったのかは根元まで埋まった針を見れば推察できた。
そのまま隙だらけになったビジターキラーに走りより、残っていた左の眼球に針をつきたてる。ずぬっと柔らかく、弾力のある球体が逃げる感触が伝わるが無視してさらに押し込む。その後ろで伊達がまた銃弾を見舞うのが感じられた。大方針を刺したままの腕で自分を引き剥がそうとしたのだろうと意識の端で考え、そのまま流す。
一握り分だけ伸びている針の柄を躊躇いなく握り、力いっぱいかき回した。絶叫が響き渡り、それに混じって銃声が一つ、そしてビジターキラーの体がどぅっと倒れた。
「今の銃声は……」
死んでいるのに確認して振り返れば、階段の脇で銃把を握っているヒカルの姿がある。
「いや、もう終わったなぁと銃を消した直後にな、お前の背中にビジダーキラーの腕がこう」
振り下ろされたのをヒカルが吹き飛ばした。
伊達じゃなかったことに目を丸くしている守久に、伊達が頬を掻きながら状況を告げた。
「詰めが甘いな」
淡々と告げられて、なぜか気おされる。守久はとりあえず使った武器をタクトニムの体から抜き取り、大判の布にくるんだ。見ていたジェミリアスはヒカルにだけ聞こえるように囁く。
「彼は合格?」
「あれの幼馴染とは思えばな。まぁ、今後は協力しないでもない」
「それは良かったわ」
くすくす笑って義体の山に近づく。ざっと視認したあと軽くと息をついた。
「私のPKで動かせればいいんだけど…」
あいにくESPとは違い、融通が利かない。サイバーの義体は一体でもかなりの重量だ。この山をどう崩すべきか迷うと言いながら、とりあえず手近な、外しても崩れなさそうな一体を引き出した。
「男性型ね」
「まぜこぜに積まれてるな。…そうだ、龍樹。それでお前はどんなの贈りたいんだ?」
「どんなのってそりゃ――」
守久が何かを言うより先に、ヒカルが顔を出し、山の中から男性体だけ外していく。
「一つ、以前と同等もしくはそれ以上のスペックを有すること。二つ、女性型であること。だ」
何か文句はあるか、と振り返るヒカルに否を言えるものはいなかった。
「そうね。これに関してはヒカルさんが同じチームだし、彼女の判断に任せたほうがいいでしょう」
あまりごちゃごちゃ言っても仕方ないわよ、と苦笑しながらまずは性別型の選別だと頑張っているヒカルの手伝いを始める。
女性だけ働かせるのは不味い、と慌てて手伝いに入る伊達の後ろで、守久が困惑していた。
「……別に俺はあいつに男性型を贈りたいとは思わんぞ」
ますます破壊力が増すような、そんな恐ろしいこと誰ができるか、というぼやきは三人に綺麗に無視された。
2005/05
■参加人物一覧
0535 / 守久龍樹 / 男性 / エキスパート
0351 / 伊達剣人 / 男性 / エスパー
0541 / ヒカル・スローター / 女性 / エスパー
0544 / ジェミリアス・ボナパルト / 女性 / エスパー
■ライター雑記
楽しい形でのご注文有難うございました。有馬秋人です。
前回ご注文いただいた話にリンクする形というのは初めてのことで、うきうきと組ませていただきました。
今回は暴れるシーンを男性二人にお任せしてみたのですけれど、どうだったでしょうか。ご注文いただいた「燃えるような戦闘演出」に到達しているか甚だ不安なのですが(苦笑)。
場所設定が、さほど警戒されていない区域ということで全体的に明るめな文体にしています。この話が期待はずれではないことを切に願い、楽しんでいただけることを祈っています。
ご依頼、ありがとうございました!
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