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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


【専用オープニング】ホワイト・ノート


 ライター:斎藤晃


【Opening】
 ブラジル北部アマゾン川上流域に聳え立つ高層立体都市イエツィラー。審判の日以後ロスト・テクノロジーを抱いて眠る過去の遺物は、もしかしたらその目覚めを静かに待っているのかもしれない。忘れられ続けた軌道エレベーター「セフィロト」に集う訪問者たちの手により、ゆっくりと。
 そしてこれは、決して安全とは無縁のその場所で繰り広げられる訪問者たちの日常と非日常である。





【0295】

 高層立体都市イエツィラーの入口に作られた訪問者の町――都市マルクトは、激しいタクトニムとの戦闘の傷跡をそこここに残し、並ぶ多くの雑居ビルは鉄骨や鉄筋を剥き出しにして廃墟然と佇んでいた。しかし、更にそこは一線を画していたに違いない。ガラクタの山に家が立ち並び、ともすれば怪しげな看板が掲げてあったりなかったり、異様な活気さえ漂うマルクトの片隅に掃き溜めの如く存在する町、ジャンクケーブ。
 その片隅にひっそり佇む研究所があった。
 その名をルアト研究所という。マッドサイエンティストが1人、それから彼の護衛兼助手が1人、それから――。
 その研究所の2階にある一番長い廊下を1人の少女が便宜上右から左へ一目散に駆け抜けていった。綺麗な顔立ちは美少女といっても申し分ないだろう、短い髪に黒のレザーのジャケットと、同じく黒のパンツ姿は一見少年のようにも見える。
 その少女が行き止まりの廊下の壁に背をついて、ごくりと1つ唾を飲み込んだ。こめかみの辺りにじんわり汗が滲んでいる。
「絶対、リマちゃんに似合うと思うの」
 と、彼……いや彼女……いや、最近このルアト研究所で雇われたハウスキーパーのメイドが言った。手には黒のワンピースを持っている。フリルに同じ色のリボンをあしらって、オフホワイトのレースでデコレーションされた、何とも可愛らしいワンピースだ。しかし、リマことマリアート・サカがいまだかつて一度も着た事がないような代物である。
「らびーちゃんのハンドメイドなのよ」
 と、らびーちゃんは自慢げに続けた。
 らびーちゃん。フルネームをらびー・スケールという。彼は野太い声で自らの事をこう呼ぶのだった。別にこの件に関してリマは何か言うつもりは毛頭ない。たとえ分厚い胸筋を隠すものがピンクのリボンであろうと、面接の時は銀髪だった髪が、今はピンクになっていようと、更にそこからうさぎの耳が生えようと、メイド服のミニのスカートからは、リマの胴囲よりも太そうな筋肉質の足が出ていようとも、そんな事は彼女にとって大した問題ではない。仕事さえばっちりこなしてくれるなら、一瞬新種のタクトニムと見間違えそうな見た目など、どうでもいい事だった。
「ね」
 語尾にハートマークを付けてらびーが一歩踏み出した。
 リマは蛇に睨まれ逃げ場を失ったカエルの如く壁に張り付いている。
「着てみない?」
 らびーがにこやかに手にしていたワンピースをリマに差し出した。
 リマは生まれてこの方、スカートというものをはいた事がない。せめて、もう少しシンプルだったら考えたかもしれないが、如何せん派手過ぎる。可愛すぎるのだ。どう贔屓めに見たって、自分に似合うとは到底思えなかったリマの視線が、ワンピースからそれて明後日の方へと泳いだ。
「絶対、絶対、似合うから」
 そう断言して更にらびーが距離をずずずいっと縮める。
 もう着るしかないのか、と思わずリマが目を閉じた時、来客を告げるベルが鳴った。
 これ幸いとばかりにリマが玄関の方を指差す。
「あ、お客様よ」
 らびーは残念そうに項垂れて、それでも「後でね」という言葉をしっかり残して踵を返すと玄関へ向かっていった。
 リマはとりあえず胸を撫で下ろす。
「今の内に逃げなくちゃ……でも、お客って誰だろう?」



【0233】

 ジャンクケーブにある、このルアト研究所に訪れるのは何度目になるだろう白神空は、右手に真っ赤なバラの花束を抱え、左手にはプレゼントの入った紙袋をぶら下げて、その研究所へ訪れた。
 呼び鈴を押すと程なくして見知った顔が出てくる。
「いらっしゃいませ」
 それは確かに見知った顔であった。しかし予想外の顔でもあったから、空は殆ど条件反射で玄関の扉を閉じていた。
 それから確認するようにその建物を見上げる。彼女の腰まである長い銀色の髪がその背で波打った。髪と同じ色をした瞳が、やたら達筆な手書きと思しき看板を何度も見返している。何より今更、ここを間違うわけもないのだが。
 それは紛うことなきルアト研究所であった。
「あら貴女、空ちゃん? こんにちは」
 扉を開けて見知った顔が出てきた。この顔を見間違うわけがない。
 空は頬を引きつらせつつ笑顔で応えた。
「こんにちは」
 それから、恐々尋ねる。
「一体、何を?」
 彼女ののらびーを差す指先が若干震えているのは勿論、返ってくる答えを予想して、の事ではない。その神出鬼没っぷりに、であろう。――どうしてこんなとこに? 一体何をしている?
「え? らびーちゃん? らびーちゃんは、ここで専属メイドをさせてもらってるの」
 らびーは、何故だか恥ずかしそうに俯いて答えた。
「そ……そう……」
 空の視線がらびーからそれて斜め下をさ迷う。
「それより研究所にご用かしら?」
 言われて空は自分がここへ訪れた目的を思い出した。危うく忘れて回れ右するところである。思えばルアト研究所も恐ろしい番犬を雇ったものだ。
「リマに……マリアートに会いに来たんだけど」
「あぁ、リマちゃんならいるわよ。ささ、中に入って」
 らびーが空をリビングへと促した。楽しそうである。空が奥へ入ると、すぐにリマが顔を出した。どうやら来客の様子を階段下から覗いていたらしい。
「あ、空だったのね」
 そう言って小走りに駆けてくるリマに、空はバラの花束を掲げてみせた。
「じゃぁ、らびーちゃんはお茶を淹れてくるわね」
 そう言ってらびーが台所の方へ消える。
「はい、おみやげ」
 空はリマにバラの花束とプレゼントを手渡した。
「……ありがとう」
 空のプレゼント攻撃に慣れてきたのか嬉しそうに笑って素直に受け取ってくれるようになったリマの頭を満足げに撫でる。
「なんかいつも私貰ってばっかりよね。いいの?」
「いいの、いいの」
「でも、いつも何だか悪いわ」
「体で返してくれればいいから」
「え?」
「何でもない。バイト代が入ったのよ」
「バイト?」
 リマが首を傾げる。ちなみにこれは余談だが、そのバイト先の店長が実はらびーだったりした。それが今、何故ここでメイドをしているのかはかなりの謎である。つくづく狭い世の中だ――閑話休題。
「どうしてもリマにプレゼントしたくて」
「なっ……」
 真っ赤にテレて俯くリマに空は内心ほくほくだ。いい感じにほだされている。この分なら初夜も近いかもしれない。
 そんな事を考えていた空の目に、1枚のワンピースが止まった。
「あら? これ、リマの?」
 リビングソファーの上に無造作に置かれたワンピースを取り上げる。どう見てもリマにぴったりのサイズと思われた。
「違う、違う」
「そうなのよ」
 否定したリマの言葉を遮るように、お茶を運んできたらびーが言った。
「らびーちゃんの手作りなの。きっとリマちゃんに似合うと思って」
 それで空はワンピースをリマの前に翳してみた。
 リマがぶんぶん首を横に振る。
 空は握り拳に親指だけ立ててらびーに突き出した。
「グッジョブ! らびー!」
 らびーもそれに応えて親指を立てる。
 2人の目がキランと光った。
「ちょっ……まさか、空!?」
 空がリマの腕をガシッと掴む。
「ふっふっふっ。大丈夫、あたしがちゃんと着替えさせてあげるから」
「ちょっ……えぇ!?」
「よろしくお願いしまーす」
 空に引きずられていくリマに、らびーは黄色いハンカチーフを振ってエールを送ったのだった。



【0641】

 ルアト研究所の隣に掘っ立て小屋があった。
 いつ出来たのかは研究所の者達は誰1人知らない。気付いたらいつの間にか立っていた。ただ研究所の人間にそういう細かい事を気にする者が全くいなかっただけの事である。今までは。
 しかしこの日はちょっとばかり違っていたらしい。研究所の所長エドワート・サカが珍しく隣人を気にしたのである。
 研究所の電線に気付かぬ間に分電盤が取り付けられていたのだ。誰がどういう意図でそうしたのかはすぐに判明した。
「えぇい!! この電気泥棒が!!」
 怒ったエドは掘っ立て小屋の主ゼクス・エーレンベルクの元へ怒鳴り込んだ。
 丁度その時、大好物の海老のフライを昼食に頂いて、大変機嫌の良かったゼクスは、研究所の電気を盗んでいたのは事実であったから、素直に反省した。反省して、彼はお詫びの印にと牛ベースの食用タクトニムを持っていったのである。
 ただ、そこには1つだけ問題があった。
 肉の部分は全部食べてしまった後だったので、骨だけだったのが少々よくなかったらしい。
 更にエドワートを怒らせてしまったのである。
「これが詫びてる態度か!!」
 エドワートは全身の血管を浮き上がらせて怒鳴った。今にもどれかが切れそうな勢いである。
「なにを! これでもいい出汁が出るんだ!」
 ゼクスは逆ギレた。今まで電気のない生活を強いられ貧乏暮らしだった彼も、一度電気の偉大さに触れてしまったら、今更なかなか手放せないものである。電気が使えると電子レンジが使えるのだ。それだけで海老料理のバリエーションが増えるのである。しかも簡単お手軽クッキングときたら、もう手放せない。
 勿論、彼が逆ギレる理由はそれだけではなかった。
 何を隠そう、彼が盗んでいるのは電気だけではなかったのである。
 ガスコンロが使えなくなってしまったら、大好きなエビチリソースも作れなくなってしまうではないか。水がなくては風呂に入るのも難儀である。ってな具合だ。幸いにも開いてはその事に気づいてないようなのでうっかり口に出したりはしないが。
「ふざけるな、電気代よこさんか!」
 エドワートが喚き散らした。もっともな言い分である。
 しかし貧乏暮らしのゼクスにそんな金が払えるなら、最初から盗んだりはしないのだ。
「えぇい、ケチくさい事言うな!!」
 果たしてどちらがケチであろう、2人の口論は更にヒートアップしていった。
 往来で繰り広げられる2人の言い合いに道ゆくやじうまどもが、やんややんやと集まりはじめている。
「ケチとはなんじゃ!!」
 2人の怒鳴り声がそこら中に響き渡った。

 研究所のリビングで、研究所の護衛兼助手の怜仁とスプーン曲げの練習をしていたらびーは、その怒鳴り声に思わず力んで握力でスプーンを曲げてしまった。
「弁償……」
 ぽつりと呟く怜仁にらびーがそ知らぬ顔で話題を変える。
「そ、外が騒がしいわね。どうしたのかしら」
 影でこっそり元の形に戻そうとスプーンを両手の指でつまんで、ぐいっとひっぱったら、更にスプーンは千切れてしまう。
「あ……」
 思わず悲鳴に近い声をもらしたらびーだったが、運よく怜仁の耳には届かなかったらしい、彼は怒鳴り声のする外を覗いていた。
 2人連れ立って表に出る。
 そこには、ぜい肉ぶよぶよで蹴ったら跳ねそうな丸い体のらびーの雇い主エドワートが、細身の長身の男と喧々囂々、今にも取っ組み合いを始めそうな形相で怒鳴りあっていた。
 らびーと怜仁が顔を見合わせる。
「どうしたのかしら?」


 その頃、リマは研究所2階にある通りに面した自分の部屋で着替えをすませたところだった。いや、着替えなどと可愛いものではなかったろう、殆ど強引に空に身包みを剥がされ着せられたのだ。
「似合うじゃない!」
 空がリマのワンピース姿を見て今にも飛び上がらん笑顔で言った。
「で…でも、これ、足がスースーするんだけど」
 リマがスカートを持ち上げて足元を見下ろしている。普段、ズボンしかはいてない彼女には、何とも心許なかったのだ。
 そんな彼女が初々しくて空はリマを抱きしめる。
 接触テレパスという力のせいで、他人と触れる事に慣れていなかったリマは、抗うわけでもなく反応に困ったような顔で空を見上げている。抗ESP効果のあるアームレットをプレゼントしたのは正解だったと、空はしみじみ感じ入った。だからこそ、今こうしてベタベタ触れるのである。
 空は更に紙袋からうさぎの耳のついたふわふわのカチューシャを取り出し、不審げに首を傾げているリマの頭に付けてやった。
「バイト先で貰ったんだけど、通信機になってるのよ。今のリマなら似合うと思う。リストバンドも使ってね」
 ワンピースの袖の下に付けてやると、リマは恥ずかしそうに俯いて頷いた。
「う…うん」
 やっぱり可愛い。ワンピースのおかげで更に可愛さがアップしてるような気がする。空はこっそり握り拳を固めて呟いた。
「グッジョブ、らびー」
 とはいえ、何故奴はこうもリマの体のサイズを心得てるのだろう、とふと疑問が沸く。オーダーメイドにしてもあまりにピッタリ過ぎるのだ。思ったより胸もあったし……と自分の胸と比べてほんのり凹んでみる。スタイルは悪くない筈なのだが、空は自分の胸元に手をあてて寂しげな溜息を小さく吐き出した。
 と、その時、突然窓の外から怒鳴り声が響いてきた。

「えぇい! こうなったら勝負じゃぁぁ!!!」

 リマと空が顔を見合わせる。
「勝負?」
「また何か始めたのかしら?」



【0644】

 時を同じくして、掘っ立て小屋の中では寝ている者がいた。お寝坊さんというわけではない。昨夜はいろいろ忙しくて明け方眠りについただけである。
 ゼクスの同居人で、実質この掘っ立て小屋を建てた人物だ。
 彼は『勝負』という言葉にタイヘン敏感であった。
 だからゼクスとエドワートの怒鳴りあいには全く無反応であった彼だが、『勝負』の二文字にはパブロフの犬の如くパチリと目を開けたのである。
 むくりと起き上がる。
「勝負?」
 彼の口の端は既に不敵を象って臨戦体制にある。
 ついさっきまで寝ていても、彼は挑まれればどんな勝負でも受けてたつだろう。たとえそれが自分とは無関係であったとしてもだ。
 しかも即座にである。故に服を着替える時間を惜しんで戦闘服を着こんで寝る。勿論、それしか持ってないというど貧乏のせいでは断じてない! と姫抗は誰かに向かって力説すると勢いよく小屋を飛び出した。
「腕力も体力もないくせに何言ってんだ、ゼクス。しゃーねーなー、俺が手伝ってやるよ」
 殆ど親切の押し売りみたいな口振りで、抗はヤル気満々にゼクスの肩に腕をのせてみせた。
 それを無愛想この上ない顔で見やったゼクスだったが、別段嫌がる素振りはない。
「で、何の勝負だ?」
 抗が尋ねた。期待感に胸を膨らませたような目でゼクスとエドワートを見ている。
 聞かれたゼクスとエドワートは顔を見合わせた。
 勿論、何の勝負かなど考えてるわけがなかった。
「はて? 何で勝負をつけよう?」
 電気がこの口論の始まりである。蓄電対決なんてどうだろう、と誰かが言い出した。自転車こいでダイナモで灯を点せ。ついでにそれで今までの電気も返せればゼクスとしては一石二鳥というものだ。
 いやいや、ここは体力勝負で24時間耐久スクワットだ、と別の誰かかが言い出した。どっちにしろ、そういうのはサイバーが2人もいるあっちが有利だろ、とすぐに否が入る。確かにエドワート陣営には、らびーと怜仁がいるのだ。
 研究所の掃除なんてどうかしら、と誰かが提案した。今更、誰か、もないが。
 審査員のメイドが研究所側じゃーな、とゼクス陣営から不平が出る。
 掘っ立て小屋の建て直しってのはどうだ、とまた、別の誰かが提案した。
 それは俺の作った小屋に不満があるという事か。何やらゼクス陣営が仲間割れの様相をかもし出す。しかし2人が喧嘩を始める前にエドワートがぴしゃりと言った。
「それじゃ、おいしいのはおぬしらだけじゃろ」
 うーん。
 頭を抱える5人であった。
 よしクジだ。クジ引きにしよう、と誰かが言った。
 通りすがりの奴に引いてもらえ、と皆が賛同する。
 最早、最初の喧嘩はどこへやら、5人は何故か一致団結してクジを作り始めたのだった。



【0375】

「あー、そこの人。ちょっとクジを引いてもらえない?」
 と、声をかけられ、シオン・レ・ハイは訝しげに男を振り返った。
 明らかに怪しい雰囲気をまとっている。
 謎の人だかりに誘われた事もあるが、一応ルアト研究所へ用もあったりして、たまたまその場に居合わせたシオンは黒いうさぎの耳の付いた帽子をかぶったその男をマジマジと見た。うさぎの耳にはあまりいい記憶のない彼は、ついつい身構えてしまう。
 どこかに『罠』とか書いてあるかもしれない。
「えっ……」
 と逡巡するシオンに別の場所から声がかかった。
「あら、シオンちゃん。ちょっと引いていってよ」
 振り返るまでもない、知った声である。宿敵だ。
 シオンはうさ耳帽子の男――抗に尋ねた。
「何のクジなんですか?」
「勝負だ」
 抗が胸を張る。
「勝負、ですか」
「お・ね・が・い」
 背後から届いたその声にシオンは反射的に深々と頭を下げていた。
「丁重にお断りします」
「ま、ま、そう言わないでよ」
 シオンの腕を掴んで無理矢理抗はくじの入った箱にその腕を押し込む。不承不承シオンはクジを引いた。
 4つに折り畳まれた紙を開く。
「ドッジボール?」
「よーし、ドッジボールだな。任せろ。すぐにボールを調達してくる」
 抗は言うが早いかどこかへ消え去った。
 それ見やりながらゼクスが溜息混じりに肩をすくめる。
「この人数でドッジボールか……」
 エドワート陣営は、更に「面白そう」と空やリマまで加わっているが、ゼクス陣営の人材不足は否めない。何てったって抗しかいないのだ。勿論、戦力外と豪語するゼクス自身は数に入れようがない。
「これからドッジボールをするんですか?」
 シオンが尋ねた。
「あぁ」
 傍にいたゼクスが答える。
「なら、私も加わりましょう」
 シオンが言った。とてもさっきまでクジを引くのを嫌がってた人間のセリフとは思えない。
「へ?」
「どちらの陣営に入るかはこのコインで決めます」
 呆気にとられる一同をよそに、言うが早いかシオンは1枚のコインを取り出すとそれを宙に投げた。
 誰もが半ば呆気に取られてそれを見ている。
 コインがシオンの手の甲に乗った瞬間、もう片方の手でコインは押さえられた。
 皆、固唾を呑んでそれを見守っている。
 シオンが手を開いた。
 コインは表だ。
「らびーさん。あなたとこんな形で戦う事になろうとは思ってもみませんでした」
 シオンが静かに宣言した。
「残念だけど、仕方ないわね」
 らびーが答えた。
 誰も、その結果に異論を唱える者はなかった。戦力不足のゼクス陣営である。
 ただゼクスだけがしきりに首を傾げていた。
「普通、コールしてから投げないか?」


 ※


 かくしてドッジボール大会は始まった。
 ドッジボール用のボールがなくてハンドボール用のボールだ。片手で持ちやすいサイズだが、当たるとちょっと痛い。
 ゼクスチームは、内野にシオンと抗が入る。戦力外だと胸を張るゼクスは勿論、外野である。
 一方、対するエドワートチームは内野にらびーと怜仁。外野には空が参戦。それと、女の子だからというハンデイでリマもいたが、慣れないワンピースにか彼女の方は動きにくそうにしていた。

「うぉぉぉりゃぁぁぁ〜!!!」
 シオンは気合と共にハンドボールを親の仇みたいな目つきでらびーに向かって投げつけた。普段、タクトニムとの戦闘でさえ、電力消費を惜しんで使わないサイバー特有の高機動運動まで駆使してのフルパワーである。
 あれをらびーに避けられたら、外野のゼクスは一発でKOだろう。ゼクスはその場から一歩も動けず無表情にそれを見守っていた。顔には全然出ていなかったが、内心では抗のアウトを強く強く願っている。――早く代わってくれ。俺が死ぬ前に。
 だが、らびーはそれを避ける事無く胸元で受け止めてくれた。ボールの威力に地面を滑るが、何とかラインギリギリで踏みとどまる。
 続くらびーの攻撃。
「おぉりゃぁぁぁ〜!!」
 今にも火を吹きそうな剛速球は確かに抗に向かっていた。抗が身構える。八卦掌の構えは柔よく剛を制す。受け止める気満々だ。こちらも抗が避けたりしたら、空やリマが怪我をしかねない勢いである。
 しかし、突然抗の前にシオンが立ちはだかった。
「わっ」
 シオンにボールを横取りされ、抗が拍子抜ける。
 だがそんなものには目もくれず、シオンはボールを持って既に攻撃態勢に入っていた。
「おーい……」
 半分取り残された抗が声をかけたが、全くの無視だ。
 果たしてオールサイバー同士のボールの応酬が続く。
 ちっとも自分のところに回ってくる気配のないボールに抗が呆れたようにシオンに声をかけた。
「あんた、さっきからアレしか狙ってないだろ」
 と、らびーを指差して言う。
「気のせいです」
 シオンはきっぱり断言して、やっぱり怜仁には目もくれずらびーに向かって最大出力でボールを投げた。
「どぉぉぉりゃぁぁぁ〜!!!」


「なんか、すごいよね」
 抗以上にボールの飛んで来ない外野で空が呟いた。
「うん……」
 リマも呆気に取られている。
「やっぱりノーコールはわざとだったのか?」
 完全に蚊帳の外のゼクスが言った。
 普通はコインの表裏を確認する前に、表なら――、と宣言するものなのだが、それがなかったのである。
 ちなみに何故ゼクスが敵陣営の外野にいるのかというと、自陣の外野にいたところで、まずシオンのボールは取れそうになかったからである。
「あ、お茶飲む?」
 リマがいつの間に持って来たのか紅茶のポットと紙コップを手に尋ねた。
「うむ」
 頷いてゼクスが紅茶の入った紙コップを受け取る。
「空のおみやげのクッキーもあるよ」
 そう言ってリマはアソートクッキーの缶をゼクスに向けた。
 空もリマもクッキーを既につまんでいる。
 ゼクスは相変わらずの無表情だったが、内心では大喜びでクッキーに手を伸ばした。ありがとう、とばかりにリマの頭を撫でる。
「よしよし」
 まるで子ども扱いだ。実年齢はともかく見た目は中学生であるから、ゼクスからすれば子どもだろう。
 それを見ていた空が何を思ったかリマを自分の方へ引っ張り寄せてゼクスを睨んだ。
 ゼクスは不思議そうに首を傾げつつ、クッキーと紅茶を頂いている。
 とにもかくにも外野はなにやら観戦ムード一色であった。



【0552】

 その時、アルベルト・ルールはいたって上機嫌であった。
 修理に出していたバイクがやっとなおってきたのである。今にも口笛を吹きだしそうなご機嫌ぶりで、そのバイクを軽快に走らせていた。
 それが、一瞬で崩れ去った。
 事故とはそういう恐ろしいものなのである。突然にやってきて、人を奈落の底まで突き落とすのだ。
 道路にボールが飛んできた。それも並の剛速球ではない。それがボールだと視認する暇さえなく、後でボールと判明したほどだった。
 その時は何かが横切った、ぐらいである。
 そしてそのボールが向かいの看板の根元に直撃し、看板はだるま落としよろしくこちらに向かって倒れてきた。
 反射的にハンドルを切る。
 勿論、彼も並の反射神経の持ち主ではない。
 しかし、その先に女の子たちの姿を見つけて無類のフェミニストは強引にバイクの向きを変えた。
 体の重心移動が間に合わない。
 次の瞬間、彼の体はごみ箱に頭から突っ込んでいた。
 女の子の前で何たる失態。
 しかも幸か不幸か。
「大丈夫か?」
 と声をかけてきたのは男のものだ。
「…………」
 アルベルトはごみ箱から這い出すと、全身にまとわりつく生ごみの臭いに半分意識を朦朧とさせながら男に掴みかかった。
「大丈夫かだと!? あんたにはこれが大丈夫に見えるのか!?」
 その勢いに、声をかけた男――抗は肩をすくめる。とりあえず元気そうだ、と。
 アルベルトは視線を左右へ巡らせ、そこに、へしゃげた自分のバイクを見つけて怒髪天に達した。
「俺のバイクをどうしてくれるんだ!?」
 詰め寄られ、抗は両手の平をアルベルトに向けると、まぁまぁ、と宥めすかす。
「あのボールを投げたのは俺ではない」
「じゃぁ、誰だ!?」
「アレだ」
 抗が指差した。
 アルベルトがその指の先を追いかける。
 メイド服姿のうさ耳を付けたおやじと出くわした。反射的に「アレ」から視線をそらす。
「……誰だ!?」
「現実から目をそむけるなよな。気持ちはわかるけど」
 抗はアルベルトを非難がましく見上げ、再び指を差した。
「だからアレだって」
 そこでは、らびーとシオンが既にドッジボールのラインを超えたバトルを繰り広げていた。
「…………」
 確かに、あぁいうのは、オタク友達によくいるタイプだ。だが、生理的にどうしても受け付けられなくて、アルベルトは焦点を合わせないまま、そちらへ向かって歩き出した。
「いや、だから、そっちじゃなくて、アレ」
 と抗が指摘するのも無視してアルベルトはらびーの向こうに立っていた、自分の半分くらいの身長しかないボールみたいな白衣のじじぃに詰め寄る。
「俺のバイクを弁償しろ!」
 理不尽この上ない。とは、アルベルトも内心でちょっぴり思ってはいたが、らびーを直視出来ない以上、仕方がない。
 しかしアルベルトは知らなかったが、エドワートはらびーの上司のようなものである。一応、雇い主なのだ。
 エドワートはアルベルトを一瞥すると、それからへしゃげたバイクを見て言った。
「あれ、改造していい?」
「へ? いや、直してくれるなら」
 エドワートの申し出に肩すかしをくらったような拍子抜けした気分でアルベルトが言った、まさかこんな簡単に弁償してもらえるとは思ってなかったのだ。
「うむ、怜仁。それをトサカの間に運ぶのじゃ」
 エドワートが言った。
 ドッジボールコートの隅っこで、殆ど存在を忘れかけられていた怜仁が、言われてバイクを回収する。
「ふぉっふぉっふぉっ。改造は男のロマンじゃ」
 ご満悦顔でエドは怜仁と共にトサカの間へ消えていった。
「あーあ」
 それを見ていたリマが溜息を吐く。
「な、なんか俺、まずいことしたかな?」
 リマの溜息に振り返ったアルベルトが不安げに尋ねた。
「だって、ねぇ……」
 空が意味ありげな視線をらびーに送った。
「!?」
 アルベルトが何事か思い至ったように慌ててエドワートの消え去った方へ駆けていく。
「おい! ちょい待ち! 改造はやめてくれ!!」
「いや、もう、手遅れだろ」
 ゼクスが冷たく呟く。
 空とリマが「うんうん」頷いたが、トサカの間のドアを必死で叩いているアルベルトにまでは届かなかった。
 ゼクスはそれからドッジボールを越えたバトルを繰り広げてる面々に向かって声をかけた。
「抗! 俺は、腹が減った」
「あー、しょうがねーなー」
 そう言って抗が、ドッジボールもどきから抜ける。
 それにリマが声をかけた。
「あ、抗。この前頼まれてたやつ出来てるから、後で取りにきてね」
「やっりぃ」
 嬉しそうに応える抗に並んだゼクスが尋ねた。
「何頼んだんだ?」
「武器の改造」
「ふーん」
 研究所の主や掘っ立て小屋の主は知らないところで、どうやらその他の人々はそれなりに仲良くやっていたらしい。
 2人は連れ立って掘っ立て小屋へ入っていった。
 それを見ていたリマが傍らの空を振り返る。
「そういえば、そろそろ夕食の時間か。空、食べてくでしょ?」
「いいの?」
「勿論」


 かくて、ルアト研究所の前には当事者が全くいなくなった。
 にも関わらず、ドッジボールバトルは終わる気配が全くないのだった。
「どぉぉぉりゃぁぁぁ〜!!!」
「うぉぉぉりゃぁぁぁ〜!!!」



 翌朝――。
 アルベルトのバイクはトライクになって返ってきた。
 しかも5.56mmガトリング砲――ミニガンが搭載されている。タンデムシートの下に燃料タンクが移動され、前部の開いた空間に無理矢理ミニガンの本体が押し込まれているのだ。シート下部に給弾ベルトを入れるスペースを作っている為、バイクよりシート位置が高くなっていたが、背も高く足も長いアルベルトにはあまり関係ないだろう。
 ボディは特殊装甲で覆われ、ミニガンの6つの銃口が前輪上部の穴から5cmほど顔を出しているといった具合だ。
 何でも、停車時にもミニガンが撃てるように反動相殺装置なるものまで付いており、装置はオートとマニュアルの切り替えが出来るらしい。それが、マッドサイエンティスト・エドワート・サカのお手製である、という事実を考えなければ、それなりにすごいかもしれない。
「ふぉっふぉっふぉっ。わしゃ、天才じゃ」
 エドワートは胸を張って自画自賛した。
 うさ耳のついたバイクを想像していたアルベルトはホッと胸を撫で下ろす。ガトリング砲ぐらいなら、うさ耳に比べたらまだ許容範囲に違いあるまい。
 フルメタルのボディを撫でながら、ミニガンの照準機の動作を確認する。内蔵されてしまっている為、横や後ろに向けては撃てないが、それなりには動かせるようだ。
「ガトリング・ガンは男のロマンじゃ……」
 感慨深げにエドワートがのたまった。
「でも、これ使えないんじゃないの?」
 空がトライクに装備されたミニガンを見ながら言った。
「へ?」
 驚いたようにアルベルトは顔をあげ空を振り返る。
「だって、ほら、コンセント抜けてる」
 空がミニガンの抜けたコンセントコードを手に言った。
「ガトリング・ガンは外部動力だからねぇ」
 リマがしみじみ言う。
「ちょっと待て。どうゆう事だ、くそじじぃ!?」
 アルベルトはエドワートに掴みかかった。
「外部動力を付けると見た目が悪くなるんじゃ」
 エドワートはシレッと答えた。実は設計ミスで気付いたら外部動力を付けるスペースがなくなってしまっていたのである。
「なっ、ふざけるな!!」
 アルベルトが怒声を張り上げた。女の子の前で昨日から取り乱す事の多い彼である。余程余裕を失っているらしい。
「やはり見た目は大事じゃ」
 エドワートはきっぱり言い切った。
「そんなもん、使えなきゃ意味ないだろ!!」
 ごもっともである。
「えぇい、今すぐ直せ!!」
 いきり立つアルベルトに、しかし気分屋のエドワートは素っ気無い。
「やじゃ」
「なんだと、この役立たず!」
「役立たずとは何じゃ! 天才をつかまえて!」
「ふぜけんな。天才なら、外部動力くらい付けてみやがれ、この役立たず!!」


「えぇい、こうなったら、勝負じゃぁぁ!!」



 →※まで戻ってみる?
 →とりあえず終わっとく?



 掘っ立て小屋でご飯を食べていた抗がふと、それを置いた。
「勝負行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 ゼクスは抗が置いた茶碗に手を伸ばし、いそいそとそれを自分の口に運びながら送り出した。


 徹夜でドッジボールを続けたシオンとらびーは、さすがに電力消費が著しく維持モード一歩手前で研究所前に倒れていた。
「シオンちゃん……なかなかやるわね」
「らびーさんこそ……」
 この2人の間に新たな友情が生まれたかどうかは、神のみぞ知る。



【大団円】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0641】ゼクス・エーレンベルク
【0233】白神・空
【0295】らびー・スケール
【0375】シオン・レ・ハイ
【0552】アルベルト・ルール
【0644】姫・抗

【NPC0103】エドワート・サカ
【NPC0104】怜・仁
【NPC0124】マリアート・サカ

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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。