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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


第一階層【都市中央警察署】ビジターキラー
 ANGRA

 ライター:斎藤晃


【Opening】
 おい、死にに行く気か?
 あそこはタクトニム共の要塞だ。行けば必ず死が待っている。
 それにあそこには奴らが‥‥ビジターキラーが居るって話だ。もう、何人もあいつ等にやられている。お前だって知らない筈はないだろう?
 知ってて行くのか? 止められないんだな?
 無理だ。勝てるはずがない‥‥いや、お前なら大丈夫かも知れない‥‥
 わかった。止めはしない。だが、必ず生きて帰ってこい。俺はお前の事を待っているからな。





【Ready Go!】

「用意はいいか?」
 青い髪をした細身の男がビジターの街マルクトとタクトニムの徘徊するセフィロト第一区画マルクトを分かつ巨大な門を見上げながら言った。
 感慨深げな物言いではあったが、これからヘルズゲートをくぐるにしては無表情で意気込みも気負いも昂揚も見当たらない。ガードマン達が立っているだけで意外と閑散としたヘルズゲートを面白くも無さそうに見上げているだけだ。内心は別として。
 声をかけられ、男の傍らで屈伸運動をしていた男がニヤリと笑った。
「あぁ」
 こちらはやる気満々の顔だ。手に子母鴛鴦鉞という暗器を握っている。長袍を纏い中国武術でも嗜む風情だが、黒いうさ耳のついた帽子を違和感なくかぶっているところが侮れない。
「いつでもOKだぜ」
 と言うわりに彼らは軽装であった。とてもこれからヘルズゲートをくぐろうという出で立ちには見えない。何しろ2人合わせて目に見える武器は子母鴛鴦鉞だけなのだ。それとも2人は強力なエスパーなのだろう、よほど腕に自信があるのか、或いはただのバカなのか。
 もしガードマン達がこれで2人の行き先を聞いていたら、身を挺して止めたかもしれない。
 あんな堅牢な場所なら絶対何かあるに違いない、という、何とも無謀極まりない理由で一攫千金を夢見て2人が挑むのは、都市区画マルクトで恐らくは最も危険であろう場所、都市中央警察署であった。
「では、行くか」
 青い髪の男がまるでピクニックにでも行くような軽い足取りでヘルズゲートの中へと一歩を踏み出した。
 そこには室内ゆえか薄暗く暗澹とした街並みが広がっていた。


 ◇


 都市区画マルクトの中央に一際高く聳え立つ都市中央警察署は、今やその堅牢な外観を誇るだけでなく、この第一階層を占めるタクトニム達の活動拠点となっていた。元は13階建ての建物だったが、タクトニムらの増改築が進み今となっては何階建てなのか皆目検討も付かない。その中は、換気用ダクトが廊下並みに広げられていたりと、一種迷宮のように入り組んだ内部構造になっていたのだ。
 大型バイクに跨り、レイシア・クロウはその長くて綺麗な黒髪を鬱陶しそうに掻き上げ、わずかに細められた緑色の瞳に警察署を映していた。総じて無表情であったが口ほどにものを語る目は心なしか楽しそうに笑んでいただろうか。
 その視線がタンデムシートに座る男を振り返った。黒髪を後ろで1つ束ね紳士然とした男――シオン・レ・ハイが1つ頷く。
 互いに言葉はない。
 レイシアはハンドルを限界まで回すとフルスロットルで走り出した。タンデムシートの上でシオンはロングコートの裾をなびかせサブマシンガンを構える。シオンらに気付いたのだろう警察署から飛び出してきたタクトニムに銃撃をくらわせた。
 レイシアはタクトニムの攻撃を見事なハンドル捌きでかわしながら、正面玄関の小さく開いたドアから警察署内へ踊りこむ。
 広いロビーで、後ろから追って来たタクトニムと前方に立ちふさがったタクトニムに囲まれ、レイシアはバイクを乗り捨てた。
 背負っていた彼女の5.56mmバルカンがタクトニムを蜂の巣に変えていく。彼女の背後にまわったタクトニムにレザーコートが翻った。弾切れになったサブマシンガンを投げ捨てたシオンが高周波ブレードを一閃する。とはいえこんな雑魚に高周波振動など使わない。それでも簡単にタクトニムは2つに裂けた。
 粗方のタクトニムをなぎ払ってレイシアはロビー隅にある換気用ダクトから、奥へと侵入を試みる。あのビジターキラーが移動可能なダクトは思いのほか広く、そして遮るものが何もない。
 一方シオンはブレードを構えたまま、ロビー脇の階段を駆け上った。


 ◇


 派手なシオンとレイシアの乱入に乗じて警察署に侵入した者達がいた。勿論、その前からこっそり侵入していた者達もいた。
 ケヴィン・フレッチャーは後者であったろうか。
 伸びた黒髪を邪魔にならないよう高いところで束ねあげ、黒皮のつなぎに身を包み、高振動ファイティングナイフを構えている。
 彼はその5階の廊下で異形の巨体と対峙していた。
 人の皮を剥いだようなむき出しの筋肉を誇るモンスター――ケイブマン。
 ケヴィンは奴の2mもある巨体を軽々と飛び越えると持っていたナイフをその頭上に突き立てた。ケイブマンもその巨体に比して俊敏ではあったが、ケヴィンのスピードには遠く及ばない。奴の頭を切り裂いて、だが傷が浅かったのか致命傷には至らなかったそれは、ケイブマンの持つ肉体再生能力で、あっさり元に戻ってしまった。
「あれま」
 と間の抜けた声をあげたケヴィンに、ケイブマンを挟んで反対側から、やれやれといった声が届く。
「いつまで遊んでる気ですか?」
 動き易い黒の上下を身にまとった男が眉間に皺を寄せかけていた眼鏡を中指で軽く押しあげた。
「そう言うならお手本を見せてくれよ」
 ケヴィンは腰に手をあてまるで挑発するように言う。
 それにリュイ・ユウは小さく溜息を吐いた。仕方ありませんね、とは言葉には出さなかったが、そんな顔つきである。そも、プライドの高い彼に出来ないとは言えなかったのかもしれない。
「二足歩行の動物はそう多くはない。ベースは猿かその辺りか……」
 彼はブツブツと呟きながらケイブマンの懐に飛び込んだ。迷う事無く急所を狙う。
 しかし、ユウの動きよりケイブマンの方が速かった。
 MSの装甲を引き裂くケイブマンの爪が襲い掛かる。大振りのそれをユウはぎりぎりでかわして間合いを開けるように後方へ飛んだ。
「あ? 誰か来た」
 階段の方が騒がしいのに、ケヴィンがそちらを振り返る。
 ユウを威嚇するように爪を振り上げていたケイブマンがケヴィンに気付いてその隙をつくように反転、ケヴィンの背に襲い掛かった。背を見せられ、多少不快感を募らせたユウは再び間合いを詰める。掌底をケイブマンの心臓の位置に向けて突き出した。ケイブマンの筋肉は多少の力では崩せないだろう、発勁により生み出された衝撃を外部に与えず、相手の内側へと送り込む事で内側から崩した。
「ん?」
 ケイブマンの殺気に気付いたようにケヴィンが振り返ったが、その時にはユウの一撃でケイブマンは絶命した後だった。
「戦いの途中に余所見をしてどうするんですか」
 倒れたケイブマンの向こうでユウが溜息を吐いた。それはケイブマンに向けられたものか、或いはケヴィンに向けられたものか。
「別に俺が相手をしてたわけじゃない」
 ケヴィンが肩をすくめてみせる。
「危険予測に頼ってばかりいると、その内足元を掬われますよ」
「別に頼ってないだろ」
「自分の力を過信しない事です」
 そう言ってユウは下がっていた眼鏡を指で押し上げた。
「…………」
 何か言い返してやろうとケヴィンは返す言葉を捜すように視線をめぐらせる。それが止まった。
 先程から騒がしい階段の方に、白い頭部に紫色の皮膚に覆われた筋肉質の肉体を見つけたからだ。背中に巨大な爪を持つ、明らかに人ではないもの。
 誰かと対峙しているようだが、それは彼の位置からは見えない。
 強敵の予感にケヴィンは走り出すと類稀な跳躍力で飛び上がっていた。ユウが止める暇もない。
 奴には後ろにも目がついているのか、自分を襲う背中の爪をかわして、ケヴィンはその後頭部に膝蹴りをくらわせた。
 右手に7.62mmバルカン、左手に12.7mmオートライフルと40mmランチャーは、ビジターキラーの特徴だ。
 蹴りをくらいバランスを崩したビジターキラーが床に膝を付いた。
 階段でビジターキラーと対峙していた見知った顔が、階下から呆気にとられやようにケヴィンを見上げている。
 侵入してきたのはシオンだったのか、とケヴィンは片手をあげた。
「しばらくぶり」
 まるで何事もなかったかのように軽い挨拶の言葉を吐く。
 ビジターキラーが怒ったような咆哮をあげ右手のバルカン砲を放った。
 さすがにとび蹴りぐらいでは倒せなかったか、とケヴィンは後方に退く。
 シオンも銃撃を裂けるように5階と4階の間の踊り場まで退いた。
 それとほぼ同時、ダクトからレイシアのバルカンが火を吹いた。ビジターキラーは、人間には不可能なほど俊敏な動きでそれをかわすとレイシアの死角へ飛び込む。
 そこへバルカンの砲撃音が聞こえてきた。
 目の前のビジターキラーもレイシアも撃ってはいない。そう思った瞬間、ケヴィンの立っていた廊下のすぐ横の部屋の壁が突然砕け散った。
 中から1人の黒いうさ耳帽子をかぶった男が、青い髪をした男を引きずって現れる。
 バルカンの弾が更に壁の穴を大きく広げ砂煙を周囲に巻きあげた。
 それが止んで現れたのは、彼らと交戦中だったらしい、別のビジターキラーだった。
「あ……」
 うさ耳の男――姫抗が見知った顔に気付いて呟く。
「あなたは……」
 シオンが呆気にとられたように2人を見上げた。
 青い髪の男――ゼクス・エーレンベルクもシオンに気付く。
 しかし、互いに落ち着いて自己紹介をしている暇も、呑気に挨拶を交わす暇もなかった。
 2体のビジターキラーの圧倒的な攻撃力の前に、誰も何も言わなかったがその瞬間全員が意を同じくしたのである。


 ◇


 白銀の獣毛に覆われた狐の獣人が堅牢な警察署の外壁を見上げていた。白神空である。
 普段は腰まである長い銀髪を背中で揺らせた妖艶な美女であったが、今は既に臨戦体勢にあった。肉体変化ESPによる獣人化【玉藻姫】である。
 獣特有の感覚に加え、肉体・格闘能力が数段に上がっていた。
 空は一瞬考えるみたいにして首を傾げると、ふと、その両手を広げた。
 警察署にはビジターキラーがいる。主目的は奴らと戦う事によるスキルアップだ。この先へ進むなら、一度は対戦しておくべきだろう。
 しかし下の階には下位のタクトニムが多く潜んでいることは想像に難くない。それらを相手にしていたら持久力の少ない自分はビジターキラーまでたどり着けないだろう。帰るだけの体力は残して、出来れば効率よく戦いたい。
 彼女の獣毛が白い羽毛へと変化する。広げられた両腕は翼へと変化した。飛行能力をもつ【天舞姫】。
 彼女は翼を広げると飛翔し、地上から数えて5つ目、恐らくはかつて5階だったと思われる窓まで飛んだ。
 ガラスの代わりに強化プラスティックの使われた窓は鉤爪でも傷1つつかない。空は小さく舌打ちすると、壁から突き出した梁に立った。
 【天舞姫】から【人魚姫】へと変化する。彼女のもつ、3形態の中では最も怪力を誇る形態だ。それで瞬間的に力を一点集中し強化プラスティックを穿つ。
 だが、【人魚姫】は下半身が魚の尾のようになってしまうため、すぐにバランスを崩して後方に倒れた。再び【天舞姫】に変化すると、更に高く飛翔する。穿たれた穴目掛けて加速し続ける運動エネルギーをその鉤爪に集中し強引に窓を突き破った。
 転がりこんだ部屋で空は【玉藻姫】に変化する。
 【玉藻姫】の獣の感覚が瞬時に危険を察知して、彼女は横へ体をスライドさせた。彼女のいた場所をライフルの弾が駆け抜ける。
 空は後ろに飛びながら、スチームポッドを投げた。
 瞬時に部屋が煙に覆われる。
 だが空の獣人としての感覚は、敵の位置を見落としたりなどしない。
 高速で動くビジターキラーの軌跡を超感覚だけで追尾しながら、空は9mmサブマシンガンを構えた。
 背後にキラーの気配を感じて空は振り返らず、奴の攻撃よりも先んじて脇の下から背後へ向けサブマシンをぶっ放した。一瞬の隙をついて間合いをあける。
 ケイブマンとは違う敵の圧倒的な力に息を呑んだ。
 こめかみを伝う汗を手の甲で拭って走り出す。
 自然笑みがこぼれたのは、どういった具合だったのか。
 音響爆弾に冷却スプレー、感覚妨害系の支援アイテムを使ってビジターキラーの弾切れを目論む。
 やはり自分の十八番は接近戦なのだった。



【My name is ...】

 都市中央警察署のかつて4階だった場所の一角に情報制御管理室、通称ICCのコンピュータールームがあった。
 部屋の置くには大型スクリーンと4つの小さなディスプレイ、それに付属したオペレーションコンソールが4つ並んでいる。そこにはめられた銘板には【C4ISR】と書かれていた。恐らくこのメインコンピュータはC4ISRシステムに於ける情報ステーションだったのだろう。
 そのオペレーションコンソールの前で長身のグラマラスな女性がタッチパネルを叩く手を止め、顔の半分も覆うほどのサングラスをはずすと目の前のディスプレイを覗き込んだ。
「HMIが生きてるわ」
 そして再び目にも止まらぬ速さで女――ジェミリアス・ボナパルタはキーボードを叩き始めた。対話型ヒューマン・マシン・インターフェースが彼女の問いかけに答える。
「我が名はANGRA……」
 その言葉に、隣のコンソールでメインコンピュータにアクセスしていた彼女と瓜二つの、しかしこちらは男がジェミリアスを振り返った。ジェミリアスの加齢停止能力により、外見年齢が変わらない為まるで双子のように見えるが実はこの2人親子である。
「アングラ?」
 ジェミリアスの息子、アルベルト・ルールが彼女のディスプレイを覗いた。
 アングラと聞いて彼が連想したのはアンダーグランドの略である。
「それなら、頭文字はUですよ」
 ジェミリアスの背後に立っていたタクトニムを凌ぐほどの巨体を持つ男が指摘した。3m近い身長に体格も良い。しかし粗野な感じが全くしないのはローゼンドルフ家で執事見習いをしているからだろうか。彼――シュワルツ・ゼーベアは今、ジェミリアスとアルベルトの護衛で来ていた。
「あぁ、ANGRA……アンラ=マンユだっけ? ゾロアスター教の確か破滅を司る暗黒神とかって……!?」
 言いかけた彼の言葉が何かに気付いたように途切れる。
「まずい、ウィルスだ!」
 ANGRAの名に気を取られている間にCRTオペレーション画面には無数の【z】が幾何学模様を作っていた。
 ANGRAはコンピュータウィルスの名前だったのか、アルベルトはマシンテレパスで接触を試みる。しかしウィルスの侵食が速過ぎるのか、ウィルスのプロテクトを解読し片端から無効化したが追いつかなかった。
 実際には数瞬のいたちごっこの末に、アルベルトは舌打ちしながらメモリスティックを引き抜いていた。
「悪ぃ、9割がたもってかれた」
 メインコンピュータのデータを丸ごとダウンロード中だったのだが、殆ど壊されたらしい。
「何ですって!?」
 一瞬激昂しかけたジェミリアスだったが、すぐに我を取り戻して、しょうがないわね、と溜息を吐いた。
 まさか一筋縄でいくと思っていたわけではない。
「ANGRA……ね」
 ジェミリアスは腕を組むと、その名を反芻するように口の中で呟いた。警察署の内部機構が誇る絶対無比のデータプロテクトか、或いは……。
 何故だろう、ビジターキラーを操った上位タクトニムの事が引っかかった。行動操作ESPを持っていると思われる奴らがマシンテレパス能力を持っている可能性を考えてしまうせいだろうか。
 刹那、アルベルトが叫んだ。
「おふくろ!」
 強い力で後ろに引っ張られたかと思うと、彼女のいた場所を秒間100発の弾が駆け抜けた。
「ジェミリアス様」
 彼女をガトリング砲から守ったのはシュワルツの大きな腕だった。ジェミリアスが息を呑む。
 アルベルトは楽しげに口の端をあげた。
「どうやらお出ましのようだな」
 室内に風などない。けれどふと、彼の髪が揺れた。刹那、彼の瞳が白く底光りし、彼を中心に空気が渦巻いていく。
 次の瞬間再びビジターキラーのバルカンが火を吹いた。
 シュワルツがジェミリアスを庇うようにその前に立ちはだかる。しかし彼の持つスコップは接近戦の武器だ。それでどうやって対抗しようというのか。
 だがアルベルトが起こした大気の渦がシュワルツとジェミリアスを取り囲み乱気流が弾を彼らに届く前に天井へと押し上げた。
「おいおい、相手が違うだろ」
 呟いてアルベルトが一気に跳躍する。
 ここへ来た時点であらゆる侵入口は押さえてある。
 射角からビジターキラーの位置を計算して、そちらへ手を伸ばした。青白い光が膨れ上がり、アルベルトはタイミングをはかる。体が落下する。手が銃の形を模した。それが奴の真正面にきた瞬間、彼は呟いた。
「Bang!」
 銃を模した指から光の弾丸が飛び出し奴の右肩の急所を穿つ。腱が切れ一瞬にしてビジターキラーの右腕はだらんとぶら下がり動かなくなった。
 しかし左手のオートライフルが確実に落下するアルベルトを狙っている。
 それはコンマ以下の秒単位の中で起こった事だろうか。
「計算どおり」
 アルベルトはそこにあったペンを蹴飛ばした。
 宙に浮いたペンはそこから微動もせず、ただアルベルトの落下の向きを変えた。彼は跳躍した瞬間、ペンを物質操作でそこに固定しておいたのだ。
 彼の体が落下する予定だった場所をライフルの弾が虚しく抜けていく。
「はい、もう一発」
 PKフォースをライフルの弾倉目掛けて放った。
 アルベルトが着地する。
 ビジターキラーは暴発したライフルに左腕も使いものにならなくなって一気にアルベルトとの間合いを詰めてきた。奴の背中の爪はまだ健在だ。接近戦に持ち込もうというのだろう。
 しかし後方に軽く飛んだアルベルトのいた場所にシュワルツが割って入った。
 ビジターキラーの爪を、手にしていたスコップで受け止めて。
「ここからは、私がお相手します」
 それを見ながらアルベルトがジェミリアスの傍らに立って肩をすくめてみせる。
「しっかし、生け捕りはきついよな」
「精神治療は遠隔で出来ないんだから、しょうがないでしょ」
 ジェミリアスが言った。



【saucer】

 ビジターキラーの攻撃に5人は走り出した。
 正確には4人かもしれない。残る1人は、引きずられていた。
 いつの間にかビジターキラーはその数を増していた。
 ライフルもバルカンも全弾撃ちつくしたビジターキラーが2体。そして弾を残したビジターキラーが2体。
 奴らは連携して波状攻撃を仕掛けてきた。
 危険予測によりケヴィンが奴らの攻撃を察知して指示をだす。シオンがそれに呼応するようにブレードをふるった。タイミングをはかってレイシアがライフルを撃ちこむ。抗は野生の勘だけで相手の行動を読みながらトリッキーな動きで、敵を撹乱していた。
 さすがにビジターキラーの圧倒的な火力の前にユウは後方へ退いていた。接近戦を得意とする彼に、この戦闘は不利である。
 だが、後方でのうのうとしていたわけではない。彼らの背後を別のタクトニムが襲ってくる可能性も充分にあるからだ。
 もし、この場に後方で本気でのうのうとしている者があったとしたら、それは1人しかいないだろう。ゼクスは腕を組んで戦況を見守っていた。
「危ない」
 ゼクスが言った。
 その声に抗が彼を押し倒す。ゼクスの頭のあった辺りを、ライフルの弾が駆け抜けていった。どうやら危なかったのはゼクス自身だったようである。
 そのまま抗は戦闘に戻る。
 いつまでも床に転がっているゼクスをユウが呆れた顔で見下ろした。
「あなたには、プライドというものがないんですか?」
 引きずってもらって、助けてもらって、ただそこにいるだけで何もしない。いや出来ないのだろう男だ。しかもそうして貰う事をまるで当たり前のようにしている。
「それで腹がふくれるならいくらでも持つ」
 ゼクスは起き上がりながら答えた。
「それに、俺は戦力外だからな」
 何故か胸を張って彼は答えた。そんな事自慢にもならないだろう、プライドの高いユウには自分自身すら守りきれない彼など全くもって理解出来なかった。
「何故それで、あなたはここに来たんです?」
 これは厭味である。しかし相手にそれが伝わったかどうかは甚だ疑問だ。
「そりゃ、あいつ1人じゃ心許ないからに決まっている」
 ゼクスはシレッと答えた。
「あなたがいない方が彼も心置きなく戦闘に集中出来るんじゃないですか?」
「知らんのか? 適材適所って言葉がある」
「あなたの適所はここにあるとは思えませんが」
「嫌な事を言う奴だな」
 そう言ってゼクスは不愉快そうにそっぽを向いた。
 ユウは小さく肩を竦めている。
 お互い、こいつとは絶対合わないと思った事だろう。
 と、突然、先程からひっきりなしに攻撃を仕掛けていたビジターキラーの攻撃が止んだ。一斉に彼らが後方へ退いたのだ。
「なっ!?」
 追いかけようとした面々の前に、ビジターキラーと入れ替わるように別のタクトニムが現れる。
 大きな皿を二枚重ねたようなシンクタンクが、ふわふわとこちらへ向かって飛んできた。
 皿の間にあるカメラが彼らを見つめている。
 銃口が2つ、こちらを向いていた。
「ますいですね。ソーサーです」
 シオンが腕部内蔵サブマシンガンを構えたまま、じりと後退った。
「また、厄介なものが出てきましたね」
 ユウも身構えている。
「奴は弾切れになると自爆する。考えてる暇はないぞ」
 ゼクスが淡々と言った。
「この状況でどこへ逃げろって?」
 ケヴィンが肩を竦める。
 ソーサーの自爆はプラスティック爆弾並の威力なのだ。橋やビルを簡単に破壊する。どこかの手近の部屋に飛び込んだって、こんな薄い壁では何の助けにもならないだろう。
「おもしろい」
 抗が言った。
「へ?」
 誰もが一瞬彼を振り返る。
「相手にとって不足なし!」
「抗!?」
 言うが早いか抗はソーサーに向かって駆け出していた。
 誰もがア然とする中、彼はソーサーの上に飛び乗ってみせたのである。かと思うと、ソーサーに付いた彼の手が光始め、一瞬の内に白く光る球体はソーサーと彼自身を包み込んでいた。
「ちょっ?! 待て、あいつまさか……」
 ケヴィンが慌てたように言った。
 PKバリアーを内側に発動する事でソーサーの爆発を抑えようというのだろうか。
「無茶です!」
 シオンが止めに入る。
 そんな事をしたら中にいる彼自身ただじゃすまない筈だ。
「うぉりゃぁぁぁ〜」
 雄たけびと共に、抗はソーサーを方に担ぎ上げる。
「…………」
「ゼクス、後は任せた」
 そう言って彼はゼクスに自らの武器を投げた。それがゼクスの足元に突き刺さる。
 それはあっという間の出来事だったろう。
 彼はソーサーを肩に担いだまま、まるで散歩にでも出かけるような笑顔で、窓の外へ飛んだ。
「あ……」
 刹那、ソーサーが自爆した。
 殆ど放心状態で、誰もがその爆発を見守っていた。
 さすがはセフィロト塔内で最も堅牢と謳われる警察署。
 中へ爆発の威力が及ぶことはなかった。
 だた、誰も咄嗟に言葉が出なかった。
 ただ1人、ゼクスを除いては。
「俺にお前の代わりなど出来るか、ばか者」
 ゼクスは誰にも聞き取れないような声で呟くと、足元に落ちた抗の子母鴛鴦鉞を拾いあげた。
「行くぞ」
 ひどく抑揚のない声だった。いつも彼の物言いはこんなものだったが、特にこの時はそれが強く響いたような気がした。
「驚きました。あなたが一番動揺しているかと思いましたが」
 ユウが眼鏡を指で押し上げながら内心の動揺を隠すように言った。
 別段、付き合いがあったわけでもなかったが、一時なりと共通の敵を前に手を組んだ相手である。多少の気落ちはあったのだ。
「何の話だ?」
 ゼクスが心底訝しげに尋ねた。
「ご友人を失って」
 ユウが答える。
「あいつは100回殺しても死なん」
 意外にも淡々とした口調で言ってのけたゼクスにユウが内心で舌を巻いた。冷静を心がけていた自分でさえ、一瞬動揺してしまったのだ。
 彼は退くと思っていたが、その選択も意外だった。
 戦いに於いて注意がそれる事ほど恐ろしい事はない。自分はもしかしたら彼の事を少し誤解していたのだろうか。
 ユウは再び全神経を尖らせた。
 シオンとケヴィンも我を取り戻す。今は動揺している場合じゃない。
 まだここは敵のテリトリー内なのだ。退くにせよ、進むにせよ、気を緩められるような場所ではなかった。
「それに大事な食料をまだ回収していないからな。ビジターキラーは食べられる部分が少なそうで残念だ」
 ゼクスの言葉に3人が目を見開いて振り返った。

 ――あれを、喰うのか?



【Confluence】

「上だ!」
 ゼクスが叫んだ。
 その声に反射的にシオンが後方へ飛ぶ。
 シオンを追いかけるようにガトリングガンの銃弾が天井からシオンのいた場所に降り注いだ。
「右だ!」
 言われて左の壁を蹴り、ケヴィンが両手を勢い良く振った。ソニックブームがところかまわず派手に壁を切り裂いて走った。
 しかしビジターキラーの動きを捉えきれない。
 別の場所から飛んでくる殺気にケヴィンは大きく前にジャンプした。
「危ない!」
 ゼクスの声が飛ぶ。
 ちなみに危ないのはやっぱりゼクスだった。
 ユウが反射的にゼクスの襟首を引っつかんで後ろに引き倒す。いつもは抗の役目だったが、彼がいない以上、今は仕方がない。
「何故わかるんですか?」
 ユウがゼクスに尋ねた。先程からゼクスはビジターキラーの動きをよんでいるように見える。先刻、抗がしていたような。
「さっきまでの戦闘を見てた。統制された動きはかえって予測し易い」
「なるほど、わかりました」
 納得げに頷いてユウは走り出した。
 それなら、相手のスピードについていく必要はない。自分の射程に追い込めばいいのだ。
「K!」
 呼ばれたケヴィンが振り返った。
「あそこの通気口です!」
 ユウの言葉にケヴィンは確認もなくPKフォースを放っている。ユウは逆方向に飛んでいた。
 そこは、ケヴィンの攻撃をかわして移動してきたビジターキラーの懐だ。
 もう一体のビジターキラーの前にはゼクスの指示で回りこんだシオンが立っている。
 ユウはビジターキラーの鳩尾に掌底を叩き込む。ありったけの気を内側へ叩き込んだ。
 それはシオンがブレードを振るうのとほぼ同時だったろう。
 ケヴィンが再び跳躍する。3体目のビジターキラーの攻撃をソニックブームでなぎ払うと、その影からもう1体が飛び出した。
 そのビジターキラーにレイシアの5.56mmバルカンが襲い掛かる。
 ケヴィンは壁を蹴って退いた。
 だが、ビジターキラーはまだいた。
 それが、まだ床にこけているゼクスを襲う。
 シオンが高機動運動にスイッチした。


 ◇


 少し前に遡る。
 情報管理制御室でジェミリアスは捉えたビジターキラーから情報を引き出そうと精神治療を施した上で記憶読破を試みていた。
 両腕と腰から下を失ったビジターキラーは尚、生きていた。その恐るべき生命力に脱帽であり、時に脅威であり、今は幸いでもある。
 彼らを統率する上位タクトニム。
 その姿を少しでも垣間見る事が出来たら。
「……ANGRA」
 呟いたジェミリアスに傍らで見ていたアルベルトが「へ?」と耳をそばだてた。
 ジェミリアスの脳裏に、緋色の髪をした少女が過ぎる。その紅の瞳が何とも印象的で。
『我が名は……ANGRA……』
 反射的にジェミリアスはビジターキラーから飛び退いていた。
 息を吐く。
「おふくろ?」
 ジェミリアスの様子がおかしいのにアルベルトが心配げに尋ねる。しかしジェミリアスはまるで耳に入らない態で半ば呆然と呟いた。
「思い出した。ANGRAはブラジル神話に出てくる火の女神の名前……」
「!?」
 刹那、鈍い振動が彼らの体に伝わった。強化プラスティックで出来た窓の向こうに凄まじい爆発が見える。
 アルベルトが眉を寄せた。
 その爆発に巻き込まれたのだろう腹を抉られ、鮮血を溢れさせているそれが、人か、或いは人型タクトニムなのかは判然としない。
 それは一瞬の出来事だった。
「今のは?」
 怪訝にアルベルトが窓の方へ近づく。
 次の瞬間、この部屋の廊下側の壁が避けた。
「…………」
 爆煙にジェミリアスが咳き込むのに、アルベルトがエアーPKで煙を遠ざける。
 ゆっくりと霧が晴れるように煙が収まった先に、ビジターキラーが立っていた。
 今まで、ジェミリアスが記憶読破をしていたビジターキラーを踏みつけて。


 ◇


 ゼクスを襲ったビジターキラーの体が突然縦に二つに避けた。
 ゼクスの前に移動してきたシオンよりも速かったから、奴を2つに切ったのはシオンではない。
 倒れたビジターキラーの向こうに立っていたのは、白銀の獣毛に覆われた狐の獣人だった。
「空さん?」
 ゼクスの前に立ったシオンが、見知った女性の名を呼んだ。
「大丈夫?」
 空が尋ねた。
「はい、助かりました」
「…………」
 答えるシオンに、実際に助けてもらった方のゼクスは自分のセリフを奪われてなんだか面白くない顔で横を向いた。
 一時の幕間。
 しかしそこへ音もなく忍び寄る影。
 まだ息のあったビジターキラーがレイシアを襲ったのである。
 ふいをつかれたレイシアにビジターキラーの鋭い爪が走った。ぎりぎりでかわしたつもりが、かわしきれなかったのか、或いはその風圧に尻餅をつく。
 再びビジターキラーの爪があがった。MSの装甲をも切り裂く爪がレイシアを襲う。
 だが、突然彼女の目の前にビジターキラーよりも大きな体の男が現れた。消火用斧を振りかざしてビジターキラーを両断する。
 ビジターキラーの体は真っ二つに裂け、後ろへ倒れた。
「大丈夫ですか?」
 シュワルツの声にレイシアはほんのわずか大きく開かれた目をそらせて言った。
「……助かった」
 横を向いてしまったレイシアにシュワルツが柔らかい笑みを向ける。
「皆さん……」
 そこに見知った3人を見つけてシオンが嬉しそうな笑みを向けた。
「こんにちは」
 シオンにジェミリアスが片手をあげる。
 それは更に心強い助っ人だったろう。
「なんて、安心してる場合でもないわね」
「はい。まだ、後2体は潜んでる筈です」
 言ったシオンに誰もが臨戦体勢に戻った。
 刹那、ビジターキラーのバルカンが左右から火を吹く。
 8人が一斉に駆け出した。
 ただ1人、貧弱な体力の持ち主ゼクスだけがその場に立ち尽くしていた。ここまで抗に引きずってもらってきた彼である。自力では進めないのだ。
 幸い8人を追うようにバルカン砲の弾が走った。
 それを見送りながらゼクスは壁にもたれてホッと人心地ついた。
「ゆっくり追いかけよう」



【ANGRA】

 最後に残ったと思われるビジターキラーを倒した。
 しかし、それも束の間、6人の目の前に少女が立っていた。
 シオンはブレードを構え、ケヴィンはソニックブームを放てるように腕をあげ、ユウは両手を構え、アルベルトはPKフォースを放てるように前に手を伸ばし、シュワルツは斧を振り上げて、ジェミリアスはその少し後ろで身構えて。
 6人は半ば立ち尽くしていた。
 警察署所長室には毛の長い豪奢な絨毯が敷かれ、重厚そうな応接セットが並び、その奥にマホガニー製のデスクが置かれている。
 その傍らに少女が立っていた。
 まるで人間のような少女だ。
 けれど、今居るこの場所とこの状況を合わせれば、それが人間でない事は容易に窺い知れただろうか。
 少女は人型シンクタンクではなかった。モンスターに分類される人をベースにした、生身の人間の身体そのものを改造した生物兵器。ならば彼女は人ではないのか、そんな疑問が脳裏を過ぎる。サイバーと何が違うのだろう。
 だが、彼女は人を憎み多くのビジターを殺してきたタクトニムなのだ。
 長い緋色の髪が床まで伸びていた。
 同じ緋色の目が彼らを見つめている。
 それはまるで表情のない人形のようにも見えた。
「ANGRA……」
 思わずジェミリアスは呟いていた。
 次の瞬間、彼女達は指1本動かせなくなっていた。
 しまった、と思ったときには遅かった。
 彼女はビジターキラーを操るほどのテレパス能力を持っているのだ。
 ――行動操作か!?
 6人は一歩も動けなかった。
 ジェミリアスは自分自身の精神治療を試みる。
 しかし、指が額に届かない。
 次の瞬間、ANGRAを無数の弾が襲った。
 この部屋に、ダクトから侵入していたレイシアがバルカン砲をぶっ放したのだ。
 しかし、ANGRAはPKバリアーに包まれると、ゆっくりと浮かび上がった。
 一体彼女はいくつのESPを同時に操れるのか。それもかなり強力な、である。テレパス系は特5S級に扱える筈のジェミリアスが、回避出来なかったのだ。
 ダクトの入口まで浮上しレイシアの前で止まると、ANGRAはゆっくりとレイシアに向け手を差し出した。
「!?」
 ANGRAを包むPKバリアーは消えたが、代わりにレイシアの体がANGRAへ引き寄せられる。レイシアは持っていた武器を取り落とした。
 その首がANGRAの左手の平に収まる。
 ANGRAの右手が光を凝縮していた。ゆっくりと閉じられたその手の中に握られたのは光の槍――PKフォース。
 それがレイシアの胸を貫こうとしていた。
 そこへ横から高周波ナイフがANGRA目掛けて飛んできた。
 投げたのは、外を飛翔し、窓からこの部屋に侵入した空だった。
 光の槍が瞬時に消え、ANGRAの2本の指がナイフの柄を挟んだ。と思った瞬間ナイフは空に向かって投げ返されていた。
 ナイフの刃が彼女の右肩を抉る。
 空は前のめりに窓から倒れ、床に転がった。
 興が冷めたようにANGRAはレイシアを投げ捨てる。
 それは軽々としていたのに、彼女の体は壁を抉って倒れた。サイバーでなければその体はへしゃげていたかもしれない。恐ろしい力だった。
 ANGRAの腕があがる。
 ソニックブームを予想して、しかし、誰もが一歩も動く事が出来なかった。


 ◇


 誰一人動ける者のない中で、しかし1人だけ動ける者がいた。彼はその貧弱な体力により、皆より遅れてその場に到着したのである。
 彼が、既にANGRAに感付かれていたかどうかはわからない。ただ、気付かれていたとしたらANGRAは、彼を歯牙にもかけていなかったのだろう。
 戦力外と自認する男は、皆からも認められていた、という事か。
 とにもかくにも、やっと追いついたと思ったら皆、1人の少女の前で固まっていた。何やってるんだと思ったが、レイシアを投げ捨て少女の腕があがった瞬間、状況を察した。
 彼は持っていた相棒の武器を右手に構えた。彼の姿が薄らいでいく。光偏向による目くらましだ。
 彼は部屋に入ると出来るだけANGRAに接近して、持っていた子母鴛鴦鉞をまるでブーメランのように力一杯投げつけた。
「俺は、ノーコンだっ!」
 小さく吐き捨てたゼクスであったが、幸い子母鴛鴦鉞は大気を裂き、弧を描いてANGRAの胴に届いた。
 ゆっくりと子母鴛鴦鉞がANGRAの体を右から左へ抜けていく。
 それが瞬時の治療なのか物質変異による透過なのかはわからない。ただANGRAの体は子母鴛鴦鉞が走り抜けても2つに分かれる事もなかったし、倒れたりもしなかったのである。
 だが、それだけで充分だったろう。
 6人の行動操作が解けた。
 やはり、これだけ複数のESPを使うにはそれだけの集中力が必要だったのだろうか。
 しかし、レイシアのバルカンはPKバリアーで防いだに、ゼクスの攻撃が防げなかったのは、どういった具合であろう。やはり戦力外のレッテルを貼られていたせいだろうか。
 ゼクスは力尽きたようにそこに倒れた。相変わらず体力のない男である。
 動けるようになったユウはレイシアの元に駆け寄った。
「大丈夫ですか」
 気を失っている彼女を診る。サイバー部の損傷が著しい。それに、電力もかなり消費されている。何とか一命は取りとめたようだが、彼には燃料電池の持ち合わせがなかった。
 とりあえず手当てを試みる。
 一方、アルベルトは空の元へ走っていた。治療ESPで彼女の傷を瞬時に治してやる。
 気を失っていた空が気付いて目を開けた。
「……ありがとう」
「よかった」
 シュワルツは大量に持ち込んでいた燃料電池をユウに投げるとジェミリアスを庇うように立って身構えた。
 ジェミリアスは自分の額に指をあてている。もう2度と行動操作は受ける気はない。次に全員が行動操作を食らったら、その時こそ本当に終わりだろう。
 ケヴィンはソニックブームをはなっていた。
 空気がかまいたちの如くANGRAに襲い掛かる。
 ANGRAは飛翔した。
 ケヴィンの攻撃を避けるように。
 扇状に広がり続けるソニックブームもこの近距離では回避の余地がある。
 そこへ、シオンが斬りこんだ。
 だがANGRAはシオンの高機動運動より速く、動いた。
 誰の目にもANGRAの動きを捉える事は出来なかっただろう。
 次の瞬間シオンはANGRAの回し蹴りを腹部にくらって後ろの壁にめり込んでいた。オールサイバーの装甲がかろうじて彼を守った。
 そのシオンが壁にぶちあたるより速く、ANGRAはケヴィンの前に移動している。
 彼女の膝蹴りが彼の鳩尾を抉った。ケヴィンは体をくの字に折って、そのままその場に倒れた。
 大きく目を見開いて立ち上がったユウの元にANGRAが佇んでいる。ユウは身構える暇もなかった。
 もし、シュワルツから貰った燃料電池により何とか動けるようになったレイシアが、ユウの体を支えていなければ生身の彼の体は壁にぶつかってつぶれていたかもしれない。それでも肋骨の何本かは持って行かれたようだ。肺に息を為、強引に骨の位置を戻しながらユウは息を呑んだ。
 ANGRAはアルベルトの前にいた。
 それに、気配だけで追いかけていたジェミリアスは奥歯をぎりと噛み締めた。
 彼女の移動はテレポートではない。何故ならテレポートには攻撃の予備動作が入るからだ。恐らく彼女が使っているのは時間停止。これにより時間を止め、相手に近づき攻撃、そのインパクトの瞬間、時間を戻しているのだ。そして止める、移動する、攻撃の予備動作の後、戻す、叩く、止める。
 だから、ガードをする暇がない。
 アルベルトが倒れる音がした。
 次は自分かと身構える。
 ジェミリアスを庇うようにシュワルツが立っていた。
 その前で、ANGRAは止まっていた。
「え……?」
 思わずジェミリアスが目を見開く。
 シュワルツの前に、まるで呆然と佇んでいるように見えるANGRAにユウが声をあげた。
「K!」
 その声に反応してケヴィンが手を振る。
 ソニックブームがANGRAを襲った。
 しかしユウの声に反応していたのはケヴィンだけではない。
 我に返ったようにANGRAは後退していた。
 ぎりぎりで彼女がケヴィンのソニックブームをかわす。
 そこに、シオンは最後の高機動運動にスイッチして飛び込んだ。恐らく、これ以上使えば間違いなく維持モードに入るだろう。
 高周波ブレードの振動もこれが最後と思われた。
 これで……。
 ANGRAを切り裂く。
 手ごたえはあった。
 だが――。
 彼が斬ったのはANGRAではなかった。
 ANGRAを庇うように割って入ったビジターキラーの腕。
「……まだ、いたんですか」
 シオンが呟いて膝を折った。
 もう、殆ど力が残っていない。
 しかしビジターキラーは攻撃を仕掛けずANGRAを抱き上げると窓の外へ飛んでいた。
 ビジターキラーが自らの意志でANGRAを守ったのか、或いはANGRAがビジターキラーを操ってそうしたのか。
 何れにせよ――、
「逃げ……た?」
 誰かが呆然と呟いた。
 誰もが同じ事を思っただろう。
 呆然と窓の向こうに遠ざかるANGRAの姿を見送りながら。
 ただ、誰もがその時生きている事に安堵した。
 生き残ったその事に安堵した。
「何故……?」
 誰とはなしに呟いたのはジェミリアスだったろうか。
 その疑問は誰もが感じるものだった。
 何故、彼女はあの時動くのを止めてしまったのだろう。
 それは1つの推測を生んだ。
 タクトニムが人を庇った事に驚いていたのではないか。
 シュワルツは基礎フレームに人型シンクタンクを使った、タクトニムがベースのオールサイバーだったのだ。
 ならば彼女を攻略する余地はまだ残されている。驚く心があるなら――しかし、それはやはり推測の域を脱さない。彼女がESPを使いすぎ、オーバーワークを起こした可能性だって、どんなに少なくとも否定は出来ないのだ。
「このまま無事、ヘルズゲートを抜けたら、飲みに行きましょうか」
 床に仰向けに転がってシオンが言った。
「いいわね」
 空が答えた。
「俺も賛成だ」
 アルベルトが言った。
「そうね」
 ジェミリアスが微笑んだ。
「お供します」
 シュワルツが小さく頭を下げた。
「俺も行くぜ」
 ケヴィンが手をあげた。
「……そういえば、何か忘れていませんか?」
 ユウがふと、思い出したように言った。
「何か?」
 ケヴィンが首を傾げる。それからハッとしたようにゼクスを振り返った。シオンも飛び起きてゼクスを見る。
 皆の視線を一身に集め、ゼクスはのろのろと顔だけあげて言った。
「ん? 俺も行くぞ」
「そうじゃない!」
 3人の突っ込みを受けてゼクスが眉を顰める。
「あんたの連れじゃないのかよ」
 ケヴィンが言った。
「あ……」
 ゼクスは思い出したようにあんぐり口を開けて、間の抜けた声をあげ。
「K……」
 ユウがケヴィンに声をかける。
「はいよ」
 ケヴィンはのろのろとゼクスに近づくと、床にうつ伏せに這ってるゼクスの襟首を掴み上げた。
「わ、何をする!?」
「既にオーバーワークなんだけど」
 ぶつくさと呟いて、ケヴィンはゼクスを窓まで引きずると、ひょいと窓の外へ飛んだ。
「!?」
 高さ16階の窓から落下する。
 しかし、そう思った瞬間ゼクスは抗の前に立っていた。
 瓦礫に埋もれ、座っていた抗が、突然目の前に現れた二人に目を丸くした。
 ケヴィンのテレポートによるものだ。
 抗の抉れた腹は火で焼き切ったのか、とりあえず止血されている。
「やぁ」
 抗はゼクスとケヴィンに笑顔を向けた。
「一攫千金は見つかった?」
 意識してか明るい口調で言った抗にゼクスが「あっ」と声をあげる。
「忘れてた。ちょっと待ってろ」
 そう言って踵を返すと警察署内に戻ろうとするゼクスに抗が思わずふきだす。
「そう言うと思ってたよ」
「おい、死ぬぞ」
 ケヴィンが言った。一応、重傷である事に変わりはないのだ。
「後、2時間くらい大丈夫だろ」
 ゼクスが素っ気無く言う。
「大丈夫じゃないと思うけど……」
「くっくっくっ……」
 抗は腹筋の痛みを堪えながら、笑いを噛み殺すのに必死だった。


 ――生きている。今はその事に感謝しよう。


「さて、そろそろ行きますか」
 シュワルツの燃料電池で、何とか電力回復を果たしたシオンが言った。
「そうですね」
 アルベルトの治療ESPで骨折を治してもらったユウも賛同する。
「ANGRAがいなくなったからってタクトニムがいなくなったわけじゃないものね」
 ジェミリアスが言った。
 皆、立ち上がる。
「走りますよ」
 そうして7人は駆け出した。
 タクトニムとの戦闘は極力避けて。
 しんがりを務めるシュワルツは、来る途中で仕掛けておいた消化栓トラップを発動した。消化栓の瞬間最大出力は30l/s。それを廊下の向こうに固定して、追走してくるタクトニム目掛けて噴射するのである。
 次々に警察署内の廊下を水浸しにして7人は外へ出た。
 そこで3人と合流して、誰も何も言わなかったが、そこに止まっていた軍用オフロードと大型バンに別れて飛び乗りヘルズゲートを駆け抜けた。
 後はヘブンズドアに走るだけだ。
 旨い酒が待ってるだろう。



【END】

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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0375】シオン・レ・ハイ
【0233】白神・空
【0390】レイシア・クロウ
【0486】ケヴィン・フレッチャー
【0487】リュイ・ユウ
【0544】ジェミリアス・ボナパルト
【0552】アルベルト・ルール
【0607】シュワルツ・ゼーベア
【0641】ゼクス・エーレンベルク
【0644】姫・抗


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┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 たいへん遅くなりました。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。